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リラとディランの出会い

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十四の時。
ディランは暗闇の中にいたリラにその大きな手を差し伸べ、微笑みかけてくれた。

『初めまして。僕はディラン。これからよろしくね』

にっこりと微笑む彼は、太陽のような鮮やかなオレンジ色の髪を輝かせ、リラを見つめる瞳は新緑よりも綺麗な優しい緑色だった。
一目で、彼に惹かれた。
彼になら何をされても良い。
本気でそう思った。
公爵家に連れて来られると、名を聞かれた。
だが親から与えられた名など、既に忘れてしまっていた。
もう十年以上、呼ばれてこなかったからだ。何と答えようか、と俯いてしまったリラに対し、彼はそれを察したのだろう。
大きな手で頭を撫でると、そっと囁くように口を開いた。

『なら、今日からキミはリラだ。キミの瞳の色はラベンダー色だし、キミを見ていると不思議と落ち着く。だから、リラと名乗ると良いよ』
『リラ……』

その単語は、自然と唇に馴染んだ。
やんわりと抱きしめられ、ちゅっ、と額にキスをされてから、綺麗な細工が施された首輪ネックプロテクターを首に付けられた。

『リラ。可愛い僕のオメガ』

所有物の証を付けてもらえ、幼かったリラは嬉しさのあまり、つい俯いてしまった。
広い胸板に再び閉じ込められ、彼の体温にホッと息をつく。
こんなに優しく扱われたのは記憶にある限り初めてだった。
だが相手はアルファである。
彼が何を目的としているのか、わからないはずがない。
その日の夜。
リラは幼い自分の身体で彼が満足するか不安に思いながらも、その寝室の扉を叩いた。
ディランは扉の前で薄い夜着しか着ていないリラの訪れに一瞬目を見開き、だが寝室へと招き入れた。
けれど、抱かれることはなかった。

『リラ。僕はキミが嫌がることを強要したくてキミを連れて来たわけじゃない。だから……』
『私はオメガです。どんな奉仕も可能です』
『ッ……!』

淡々とした口調で「大丈夫だ」と暗に言うと、彼は息を呑み、綺麗な顔をくしゃりと歪めた。

『この身体のどこでも……。手も口も、ご主人様のお好きなようにお使いください。中にはまだ挿入したことはありませんが、必ずやご期待に……』
『リラ!』

最後まで言い終わる前に、ディランに名を呼ばれ、きつく抱すくめられた。

『良いから。僕にそんなことはしなくていい』
『でも……』
『キミはオメガである前に、ひとりの女の子だ。もっと自分を大切にしてくれ』

自分を大切に。
その言葉の意味を、この時、リラは正しく理解できなかった。
結局この日はディランの寝室で並んで眠ったが、それっきり、寝室に招き入れられることはなかった。




ふっ、とリラは目を覚ました。
昔の夢を見ていたようだ。
寝起きで頭が覚醒しておらず、見知らぬ天井を前にちらりと視線を横へ流す。

「目が覚めた?」

ルクレールは長い髪を頭の高い位置でまとめ上げ、白衣姿で椅子に腰かけ、テーブルの上に置かれていた紙を折り畳んでいるところだった。

「どれくらい眠っていたのでしょうか?」
「ざっと半日かしら。お腹すいた? 下で何か貰ってきましょうか?」
「いえ、お構いなく……」

隣の寝台へと視線を移すと、ノアはまだ深く眠っていた。だが顔色はずいぶんと良くなっている。
ホッと胸を撫でおろしていると、いつの間に淹れてくれたのか、ホットココアが入ったコップを差し出された。

「飲みなさい。疲れている身体に糖分は必要不可欠よ」
「はい。ドクター」

有難くそれを受け取り、少しずつ口に含んでいく。
じんわりとした甘さとカカオの苦みが空っぽになっていた胃に染み渡った。

「あんた、これからどうするの?」

ちびちびとココアを飲んでいると、何の気なしに尋ねられた。
ルクレールの視線はテーブルの上へと戻されており、ちょっとした雑談程度に尋ねたのだろうことが伺える。

「王都を出て、旅に出ようと思っています」

敢えて、行先を『北部だ』とは言わなかった。
すると彼は「ふーん」と鼻を鳴らし、広げた紙の中心に陶器に入っていた粉を匙でひと掬いし、その紙を折り曲げていく。

「『首輪なしのオメガ』が旅をするには、この国は物騒よ」
「――わかっています」
「ひとりで行くつもり?」
「……はい」

同じ作業を繰り返しながら、ルクレールはしばし黙り込んだ。
そしていくつか作業を終えてから、再びその唇がうっすらと開く。

「一緒についてらっしゃい」
「え……?」

テーブルに向けられていた視線が、リラへと向けられた。

「もう二度と公爵家に戻るつもりがないのであれば、あたしと一緒に北部にいらっしゃい、って言ってるの」
「ですが……」
「首輪もない、お金もない、アルファもいない。そんなオメガをひとり野放しにするほど、あたしは落ちぶれていないわ。それに、あたしはあんたたちみたいなオメガを助けたくて医者になったの」

真っすぐにリラを見つめてくるその瞳には、有無を言わせない力があった。
アルファ特有の、支配者の瞳だ。
だが、オメガを従わせるためではない、ほんのりとした優しさがにじみ出ていた。

「もちろん、どこか行く宛があるっていうなら、そこまであたしが同行してあげるわ。でも、あんた、行く宛なんてないんでしょう」
「――どうして、そう思われるのですか?」
「大抵のオメガがそうだからよ」

ふん、と顎をしゃくり、ルクレールは再びテーブルへと向き直った。

「今まで、何人も色んな事情を抱えた子を見て来たけど、大抵似たような境遇の子があたしのところに来るの。あたしにそういう子だけを引き付ける何かがあるのか、あんたたちが本能的にあたしを見つけ出すのかはわからないわ。だからわかるの」
「…………」

リラはココアを持ったまま足元に視線を落とした。
ルクレールの言っていることは理解できる。
リラも、不思議と彼……彼女に他のアルファには感じない何かを感じ取ってここに来たのだ。

「――北部で仕事を見つけるまで、お世話になっても宜しいでしょうか」
「仕事? あんた、仕事がしたいの? てっきり……、いえ、なんでもないわ」

長い指で口元を覆い、ルクレールはチラリとリラへと視線を投げる。

「あんた、今まで何をしていたの?」
「公爵家ではメイドを務めておりました」
「へぇ……、じゃあ、この作業、ちょっと手伝ってみてくれないかしら?」

その長い指が、テーブルの上に広げられているものを指す。
リラはそっと寝台から立ち上がると、空いている椅子に腰を下ろし、見様見真似で同じ作業を繰り返した。

「覚えも良いし、手先も器用ね」
「ありがとうございます」

褒められて少しだけ嬉しくなる。
てきぱきと目の前にあるものを終わらせていくと、ふむふむ、とその様子を眺めていたルクレールがパンッ、と両手を叩いた。

「うん。あんた採用! 北部についたら、あたしの診療所の助手をなさい! あたし、こういうチマチマした作業って苦手なのよ。それを手伝ってくれたら衣食住とお給金も出すわ!」
「私で宜しいのですか?」
「あんたじゃないとダメなの!」

びしっ、と目の前に人差し指が突き出され、「ね?」と歯を見せて笑みを向けられる。
その笑みにつられ、リラは小さく頷いた。
そのときだった。

「う……」

眠っていたノアが小さく呻き、二人同時に彼の方を振り返る。

「ノア様……!」

サッと彼の寝台へと近づき、リラは細い手を取った。
すると、長い睫毛がフルフルと揺れ、そこから金色の瞳が姿を現した。
朦朧としているのか、焦点が合わない瞳が天井を見上げている。

「ここ、は……」

ふと、彼の瞳がリラを映し出した。

「キミは……リラ……さん……?」

その唇に名を呼ばれ、リラはホッと息を吐き出した。
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