上 下
5 / 20

ディランの想い

しおりを挟む
早朝、ディランは寝台の上で書類に目を通していた。
あと数刻もすれば、リラがいつものように起こしに来るだろう。
毎日、その時を待つのが好きだった。
寝起きの悪い主人のフリをしていることは既に見破られているが、それでもリラはこの寝室にやってくる。
その健気さが実に愛らしかった。
ふっ、と小さく微笑みを浮かべたそのとき、部屋の外に人の気配がし、ディランは顔を上げた。

「なんだ」

短く問えば、スッとひとりの騎士が入ってくる。
その男はこの公爵家を守る騎士団の団長だ。
ディラン同様アルファであり、岩男のような巨体の男だ。

「ご報告が」

騎士団長の言葉に、ディランは目を眇める。

「リラ嬢が早朝、お出かけになりました」
「リラが? 昨日も出掛けていただろう。今日はどこへ行った」

リラの行動は彼女に気付かれないよう、屋敷の者たちに監視させている。
もちろん昨日の夕暮れ時に薬屋へ行っていたことも報告を受けていた。

「スラム街の娼館近くにある薬屋に入って行かれました」
「スラム街だと? そこで何を買ったんだ」
「どうやらヒートを抑えるための鎮静剤のようです」
「鎮静剤……か……」

リラはもうすぐ二十歳になる。
大抵のオメガは二十歳までには発情期が訪れるため、そのときのために購入したのだろう。だが、わざわざ早朝に行く必要はなかったはずだ。
リラのことだ。昨日行ったときに買い忘れた、というわけではないだろう。
早急に必要になる何かが起きた、と考えるのが妥当だ。

「リラに発情期が来たのか……? それともその兆候があったのか……」

そうとなれば、彼女に相応しいアルファを早急に見つける必要があるだろう。
叶うのであれば自分がリラの番になりたい。
だが今年で三十歳になる自分と年若いリラとでは、歳が離れすぎている。
彼女が自分のことを好いてくれていることはわかっているが、それは所謂、雛鳥の刷り込みなのだ。
酷い環境から救い出した存在であるディランを好いているに過ぎない。それは幼い子どもが親切にしてくれた大人を好くのと何ら変わらないだろう。
だからこそ、ディランはリラを手放すと決めていた。

「……リラが買ったモノは彼女の隙を見て、上等の物にすり替えろ」

スラム街で売っているような薬を口にすれば、何が起こるかわからない。
リラが発情期を遅らせようと必死にもがいていることを、ディランは知っている。そして今まで、そのことについて敢えて触れては来なかった。
彼女を大切に想えばこそ、リラの好きなようにさせてやりたかったのだ。
ディラン自身も、まだ彼女を他の誰かに渡したくないのだ。矛盾した思いだということは自覚している。
早く自分のような卑怯な男から解放してやりたいと思いながらも、もう少し傍に居てほしいと望んでしまっている。

「…………かしこまりました」

しばしの間を開けてから一言そう言うと、騎士団長は部屋を出て行った。
寡黙で必要なこと以外を口にしない騎士団長が何を言いたいのか、言われなくてもわかっている。
そんなに手放したくないなら番になればいい、と。彼はそう言いたいのだ。
お互いが強くそれを望むのであれば、歳の差や多少の事情などどうでもいいではないか、と。
オメガは愛されてこそ、自分の価値を見出すことができる。
つまり愛されなければ、永遠の絶望の中で生きていかなければならない。オメガという性に生まれた者は例外なく愛してくれる存在を追い求めている。
リラにとってそれがディランだというのであれば、ディランの事情など糞食らえだ。
だがディランは恐れていた。
仮にリラと番ったとして、彼女を傷つけてしまうのではないか、と。
ディランが自分の発情期ラットに屋敷の外でオメガを抱くのは、彼女を想ってこそだ。
アルファの発情期というのは凄まじく、必要以上にオメガを求めてしまう。
ディランは今まで数々のオメガを抱きつぶしてきた。本能を鎮めるために特別に教育された娼館のオメガたちですら、音を上げたほどだ。
こんな醜い欲望をリラにぶつけてしまえば、彼女を壊してしまうかもしれない。
それでも彼女であれば許してくれるだろう。だがそうではない。ディランが嫌なのだ。
リラに苦しい思いはさせたくない。
だからこそ、ディランはリラをオメガとして扱わないと心に誓っている。

「リラと歳が近くて有望な……、優しいアルファを早く見つけないとな……」

ぽつりと呟いた自分の言葉に、激しい嫉妬のような怒りが込み上げてくる。
リラは自分の物だ、と頭の中でもう一人の自分が叫ぶのを、大きく息を吐くことで押し留めるのがやっとだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

オオカミの旦那様、もう一度抱いていただけませんか

梅乃なごみ
恋愛
犬族(オオカミ)の第二王子・グレッグと結婚し3年。 猫族のメアリーは可愛い息子を出産した際に獣人から《ヒト》となった。 耳と尻尾以外がなくなって以来、夫はメアリーに触れず、結婚前と同様キス止まりに。 募った想いを胸にひとりでシていたメアリーの元に現れたのは、遠征中で帰ってくるはずのない夫で……!? 《婚前レスの王子に真実の姿をさらけ出す薬を飲ませたら――オオカミだったんですか?》の番外編です。 この話単体でも読めます。 ひたすららぶらぶいちゃいちゃえっちする話。9割えっちしてます。 全8話の完結投稿です。

【R18】雨乞い乙女は龍神に身を捧げて愛を得る

麦飯 太郎
恋愛
時は明治。 江戸の時代は終わりを迎えたが、おとめの住む田舎の村は特に変わりのない日々だった。 ある初夏の日、おとめの元に村長がやってきた。 「日照りを解消するために、龍神の棲む湖に身を投げ贄となって欲しい」 おとめは自身の身の上を考慮し、妥当な判断だと受け入れる。 そして、湖にその身を沈め、その奥底で美しい龍神に出逢った。 互いに惹かれるけれど、龍神と人間であることに想いを伝えられない二人。 その二人が少しずつ、心を通わせ、愛し合っていく物語。 R指定箇所はタイトルに*を付けています 1話の長さは長すぎる場合は2回に分けています。また、話の区切りによっては短い場合もあります。ご了承下さい( •ᴗ• ) 執筆は完了しているので、チェック次第少しずつ更新予約していきます( ¨̮ )

被虐の王と不義の姫君

佐倉 紫
恋愛
かつて王国の至宝と言われていた王女アルメリア。 彼女は叔父と関係した罪により『不義の姫君』と貶められ、宮廷を去り、 修道院で祈りの日々を送っていた。そんなある日、父王から縁談が決まったと呼び出しを受ける。 相手は隣国の若き国王。比類なき才覚の持ち主ながら、多くの妃を蔑ろにしてきたと言われる 恐ろしい人物だった……。 ■R描写の話には☆または★マークが付きます。☆は前戯など、★は本番描写につきます。序盤にヒーロー意外とのR描写がありますのでご注意ください。 ■自サイト閉鎖に伴い連載していた作品を上げ直した形です。更新はずいぶん止まっておりますので次話がいつ頃かは目処がついておりません。あらかじめご了承ください。

君がいれば、楽園

C音
恋愛
大学時代、クリスマスイブに一度だけ言葉を交わした夏加 春陽と冬麻 秋晴。忘れられない印象を抱いたものの、彼は大学卒業と同時に地元を離れ、縁はあっけなく途切れてしまった。 それから三年後。偶然冬麻と再会した夏加は、彼と付き合うことに。 傍にいられるなら幸せだと思っていた。冬麻が別の人を好きになったと知るまでは……。 『どうすれば、幸せになれますか?』 その答えを知っている人は、誰?

コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~

二階堂まや
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。 彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。 そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。 幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。 そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?

寡黙な彼は欲望を我慢している

山吹花月
恋愛
近頃態度がそっけない彼。 夜の触れ合いも淡白になった。 彼の態度の変化に浮気を疑うが、原因は真逆だったことを打ち明けられる。 「お前が可愛すぎて、抑えられないんだ」 すれ違い破局危機からの仲直りいちゃ甘らぶえっち。 ◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。

【R18】あなたに愛は誓えない

みちょこ
恋愛
元軍人の娘であるクリスタは、幼い頃からテオという青年を一途に想い続けていた。 しかし、招かれた古城の夜会で、クリスタはテオが別の女性と密会している現場を目撃してしまう。 嘆き悲しむクリスタを前に、彼女の父親は部下であるテオとクリスタの結婚を半ば強制的に決めてしまい── ※15話前後で完結予定です。 →全19話で確定しそうです。 ※ムーンライトノベルズ様でも公開中です。

王様のいいなり!

まぁ
恋愛
人生最大のピンチ!  多くの会社が入る、五十階建てのビルの中にある会社の一つに努める普通のOL霧島加奈は、不慮の事 故で同じビルの最上階にある外資会社の会社員南条明人の利き腕を骨折させてしまった。  全治一か月の大怪我を負わせてしまった加奈は、謝罪と慰謝料を払うと申し出たが、明人はそれらを断った。だがその代わり、加奈に怪我が治るまでの間介護をしろと言ってきた。  容姿もよく仕事も出来て語学堪能な明人だが、それとは裏腹に中身はかなりのマイペースで俺様な性格で、ドSと言うよりは王様気質。そんな明人のセクハラじみた嫌がらせに翻弄される加奈だが。 ※一応₍?₎TL物です。R18要素高めです。

処理中です...