愛されない寵愛メイドの逃避行~捨てられたオメガの辿り着く場所~

潮 雨花

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発情(ヒート)期

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夜更け、自室に戻ったリラは夕方買った薬をベッドの上に広げていた。

「鎮静剤……ひとつしか買えなかったな……」

オメガのヒートを止める薬は、目が飛び出る程の高額だった。
スラム街に行けばもっと安いものが手に入るだろうが、粗悪品で下手をすればヒートどころか妊娠も難しくなると聞いている。

「妊娠……か……」

そっと自分の腹に手を添え、改めて自分の子どものことを考えてみる。
ディラン以外の他のアルファに孕まされれば、生まれた子供は当然、取り上げられるだろう。
オメガは子を作るだけの道具に過ぎず、母親としての役目を果たせてはもらえない。
一人を妊娠したらまた次の子を望まれ、永遠に孕み袋として扱われることがほとんどだ。
オメガにとって、特定のアルファがいるだけでも幸せなことだが、リラはそんな未来を望んではいなかった。
ディランのことだ。リラを引き渡す先のアルファはまともな人間だろう。
だが、アルファの考え方とオメガの考え方は根本から違う。
ディランが冷徹と噂されるドレイクと親しいように、必ずしもリラが望むような人間である保証はどこにもなかった。

「ドレイク様のあのオメガ……、ノア様、っておっしゃっていたわね……」

ドレイクが連れているオメガとは直接的には顔を合わせたことはないが、見かけたことならある。
稀に、ドレイクが連れてくるのだ。
どのオメガも似たような栗色の髪に浅黄色の瞳であり、鷹揚そうな子や天真爛漫そうな子ばかりだった。だがノアは彼らとは真逆で、ミルクティー色の髪に鮮やかな緑色の瞳でどちらかといえば引っ込み思案で臆病そうな印象がある。
まるで誰かの面影を重ねるかのように似たオメガばかり集めていたドレイクにしては珍しい選択だ。
しかも貴族出のオメガではなく、あの身なりは明らかに平民かそれ以下の……。

「それでも、抱いてもらえるだけ私より優れているということね……」

寝台に横たわり、膝を曲げて丸くなる。
ノアから漂ってきたドレイクの香りに当てられてしまったのだろうか。
身体が熱くなってくる。

「は……ぁ……」

下腹部の奥がジンジン疼き、リラははしたないと思いながらも自分の下半身へと手を伸ばした。
そして枕の下に隠していたディランのシャツを引っ張り出し、かすかに残る彼の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。

「ディランさま……」

僅かに濡れる蜜壺に細い指を挿れ、ゆっくりと抽挿を繰り返す。
くちゅくちゅと湿った音に頬を赤らめながら、ディランのシャツを抱きしめる。
この蜜壺に彼の楔を打ち込んでもらえたら、どれだけ幸せだろうか。
一度だけで良い。
思い出に抱いてほしい。
彼の香りに包まれて、きつく抱きしめてもらって、首筋に噛みついてほしい。

「う……、ぅう……」

嗚咽を噛みしめ、ポロポロと勝手に零れる涙に濡れていくシャツに顔を埋めた。
触れてほしい。
乱暴に扱われても構わない。
彼の熱をこの身体にぶつけてほしい。
ぐじゅぐじゅと蜜壺を掻き回し、ビクッと身体を震わせる。

「はっ……ぁ……」

小さく吐息を零し、濡れた右手を目の前にかざす。

「――本当に、はしたない……」

もしかしたらディランは、リラが見た目通りの無垢な娘ではないことに気付いているのかもしれない。
貴族出のオメガなのだから、当然アルファを悦ばせるために色々仕込まれていることは知っているだろう。
普段は無表情で不愛想な面をしながらも、その仮面の下はただの淫らなメスだ。
きっとそれを見透かされている。
だからディランはリラを抱かない。

「もうすぐディラン様のラット期……。また私以外のオメガを抱かれるのかな……」

オメガ同様、アルファにも訪れるラット期と呼ばれる発情期は、大抵の場合は定期的にアルファに訪れる。ラットと呼ばれる発情期はオメガを抱かなければ治まらず、現状はオメガのように鎮静剤のような薬も存在していない。
アルファの子どもは出生率が低いため、行き当たりばったりの相手であっても、アルファ性の子ができることは好ましいとされている。

「どうして、私じゃダメなの……」

一番身近にいるオメガは自分だ。
番契約さえしなければ、ラット期の衝動を抑えるのはリラにだってできるはずである。

「そんなに私は……醜いの……?」

見た目がどんなに美麗だと称されても、その中身が醜ければ抱く気にもならないだろう。
普段は絶対に考えないようなことが、席を切ったように頭の中をぐるぐると駆け巡っている。
鼻腔に残るドレイクとノアから漂うあの香りのせいだろうか。
思考が止められない。

「っ!!」

どくんっ、と全身が脈打ち、身体の中の血液が沸騰したように熱く全身を駆け巡り、リラはハッとして起き上がった。

(な……に……?)

全身が、痛いくらいに熱い。
自分の身体に何が起こったのか、すぐには理解できなかったが、すぐに状況を把握した。
これは発情期だ。
ヒートを起こしかけている。

(嘘……! 薬は飲んだのに……ッ!)

身体から、甘ったるい自身のフェロモンが放出されていくのを感じる。
このままではまずい。
この屋敷の使用人たちはほとんどがベータだが、アルファもいるのだ。
リラは急いで寝台の上に広げた鎮静剤に手を伸ばした。
オメガフェロモンが部屋の外に漏れる前に発情期を抑えなければならない。
紙の包装を解き、急いで粉薬を口の中へと流しいれる。噎せ返りながらもなんとか薬を呑み込み、毛布を頭からかぶった。

(いや……! 嫌よ……!! 発情期なんて、なりたくない……!!)

発情期が来たら、この屋敷から出て行かなければならなくなる。
それだけは嫌だ。
せめてあと半年。
二十歳になるまではディランの傍にいたい。
ガタガタと泣きながらリラは神に祈った。
あと半年だけ待ってくれたら、その後は運命に従う。だからそれまでは、せめて半年だけ待ってほしいと。
自分の身体から溢れ出す甘ったるいオメガのフェロモンが気持ち悪い。
全身が熱くて、苦しくて、吐き気が止まらない。
やっと発作が治まった頃には、窓の外から朝焼けの光りが部屋に降り注いでいた。
一睡もできなかったが、まだ初期の発情期だったからか、屋敷に居るアルファたちにも気づかれなかったのが不幸中の幸いだった。

「――薬……買わなきゃ……」

もっとたくさん。薬が必要だ。
粗悪品でも構わない。
あと半年、発情期が来たことをディランに悟られないだけの薬が必要だ。
虚ろな瞳で、リラは王都がある方角を見つめる。

「スラム街……」

一度も行ったことはないが、あそこなら娼館のオメガたちが使う安価な鎮静剤が売っているはずだ。
早朝の、まだ人々が起き出す前の今であれば、買いに行けるだろう。娼館のオメガたちだって、この時間に買いに出かけるはずだ。
ふらふらと寝台から降り、外行き用の服を纏い、その上からローブを被る。
急いで行って、店を探さなければ。
そこで買えるだけの鎮静剤を買おう。
小銭袋を握りしめ、リラはひとり屋敷を後にした。
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