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公爵家のメイド
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「ご主人様」
コンコン、とノックをした後、そう呼びかけるのが朝のルーティーンだ。
少女は中から人の気配がしたのを確認してから、そっとドアノブに手を掛けた。
なるべく音を立てずに大きな扉を押し開ける。その瞬間、中からふわりと漂うフェロモンの香りに、ひくりと肩が震える。
「リラ……?」
名前を呼ばれ、リラは感情を押し殺し、無表情で主の寝台へと足を進めた。
「朝でございます。そろそろお目覚めを」
主に対して淡々とした口調でそう口にすれば、怒りだす者もいるだろう。だが、長年彼の傍に居るリラは、こんな態度を取ったところでこの青年が怒らないことを知っていた。
「もう少し寝ていたいんだけど」
とっくに目が覚めていただろうに、彼はそんな我が儘を口にする。甘えているのだろう、という認識はある。
だが、ただのメイド相手に主が甘えるなどあってはならないことだ。
特にリラは唯一、この主が寵愛している特別なメイドだと周囲に思い込まれている。
男女の性の他に、アルファ、ベータ、オメガという三つの区分けがあるこの世界において、オメガがアルファに寵愛を受けることは珍しくはない。
特にリラの生家は男爵家であり、貴族階級のオメガである。
この世界では、男女という性ではなく、もう一つのアルファ・ベータ・オメガという三つの性により、ヒエラルキーが決まる。
更にその各性の中にもヒエラルキーが存在している。リラは恐らく、たオメガのヒエラルキーの中でも最上位の恵まれたオメガと言えるだろう。
男でも女でも関係なく、オメガはアルファの子を産むことができ、見目も美しい者ばかりだ。
リラもこの屋敷にいる人間たちの中で言えば、群を抜いて美しい容姿をしていた。
大きな瞳にスッと通った鼻梁、そしてぷっくりと赤いバラ色の唇は色っぽく、銀色の長い髪に、薄紫色の瞳。
王都にあるヴィレンツェ公爵家の屋敷に舞い降りた天使、と謳われる存在である。
そうした外面から、リラはこの公爵家の次男でありアルファのディランのお気に入り、とされているのだ。
だがリラは知っている。
自分が特別な存在ではない、ということを。
「四の五の言わずに早く起きてください。もうドレイク様がいらっしゃっています」
「あれ? 予定では昼じゃなかった?」
衣装棚からディランの洋服を出しながら、リラは先ほどドレイクが苛立たし気に言っていた言葉を繰り返した。
「ドレイク様のお言葉を拝借しますと『どうせ待たされるなら、朝から居座ってやる』だそうです」
ドレイク・オストラン伯爵はディランの幼馴染みだ。
ディランが優しい太陽の光のような人好きする男ならば、ドレイクは真冬の湖のような人を寄せ付けない冷酷な青年だ。
事実、ドレイクは多くのオメガを屋敷に囲っているが、数回抱いて子が出来なければ容赦なく捨てるのだという。
一方ディランは、リラ以外のオメガをこの屋敷に連れてきたことは一度もない。
だがリラは知っていた。
ディランはアルファだ。
アルファにもラットと呼ばれる発情期が存在する。
その時、リラがその相手に指名されたことは一度もない。
つまりそれがどういうことなのか。
それがわからない歳ではなかった。
「もしかして、ドレイクに会ったのか?」
ふと、ディランの視線が冷たくリラを射抜いた。
彼はリラが他のアルファと関わりを持つことを極端に嫌っている。それが親友であるドレイクでもだ。
「私はこの屋敷のメイドです。お客様の対応は私の役目でもあります」
「キミは僕の専属メイドだ。そんなことする必要はない」
「無理を言わないでください」
背中を向けながら淡々と返すリラの心中は複雑だ。
こんな風に執着を見せられると、勘違いしてしまいそうになる。周囲が言うように、自分は特別なオメガなのではないか、と。
だがリラはその『特別』にはなりえない。
それは自分が一番よくわかっていた。
「リラ」
不意に、近くでディランの声がした。
ハッとして振り返ろうとしたが、それよりも早く大きな両腕に捕らわれてしまう。
鼻腔をくすぐる彼のフェロモンにぞくりと背中が粟立つが、リラはきゅっと唇を噛みしめ、平静を装った。
「お戯れはおやめください。ご主人様」
「――怒ってる?」
「怒ってなどおりません」
「怒ってるだろ? そうでなければ、『ご主人様』だなんて呼ばないじゃないか」
ディランの言うことは半分は正しく、半分は間違っている。
リラが彼のことを『ご主人様』と呼ぶのは、それが正しい呼び方だからだ。ふたりきりのときであれば名前で呼ぶこともあるが、たかがメイドが主のことを名前で呼ぶことは本来許されることではない。
「早く着替えてください。ドレイク様をお待たせするのは……」
「――今日はもう抑制剤は飲んだ?」
すんっ、と首筋を嗅がれ、咄嗟にリラは彼を突き飛ばした。
「……もちろんです」
お仕着せの襟元を我知らず右手で掴み、ディランからわずかに距離を取りながら、リラはまっすぐに彼を見上げる。
「なんだか甘い香りがしたからさ。何度も言うけど、そのプロテクターは外さないようにね」
「もちろんです」
同じ言葉を繰り返しながら、リラは自分の首に付けられた首輪に手を添えた。これはこの屋敷にやってきたとき、ディランがプレゼントしてくれたものだ。
「それがあれば、キミは誰にも害されない。わかってるよね?」
「承知しております」
アルファが自分の所有物であるオメガに首輪を与えることは常識となっている。
これを付けていなければ、誰にオメガを奪われても文句が言えないからだ。
「キミの発情期が来るまでに、僕がリラに相応しいアルファを探してきてあげるから、それまでは絶対だからね?」
「…………はい」
毎日のように繰り返されるこの言葉に、リラは顔を背けて小さく頷いた。
ディランは確かにリラを大切にしてくれる。
だがそれは、彼が『良い人』だからなのだろう。
本来、貴族にはアルファしか生まれない。確かにオメガしかアルファの子を産むことはできないが、アルファの男女であれば、子をなすことができる。他の性もそうだ。ベータならベータ同士の男女、オメガならオメガ同士の男女。その中で異例なのが、オメガであれば男女関係なくアルファの子であれば産むことができる、ということだ。
つまりリラの両親はアルファであり、そのアルファの両親からオメガが生まれた、となれば、仮に貴族であっても、娼婦同然の教育を受ける。
リラはまだ処女だが、アルファを悦ばせる方法は生家で叩き込まれていた。舌や手の使い方、行為の最中にどうすればいいのかなど、ディランに引き取られるまでの間に娼婦としての心得を徹底的に刷り込まれたのだ。
故に、十四歳でディランに売り渡されたとき、そういう目的で引き取られたのだと思っていた。
だがディランはそういう意味で、リラに触れることは一度もなかった。
「ドレイク様は応接室でお待ちです。朝食をそちらにお運びしますか?」
自ら洋服を身につけていくディランに尋ねれば、彼は僅かに目を細めた。
「食事はいい。リラ。キミは僕が呼ぶまで、ここから出ないように」
「……かしこまりました」
そっと頭を下げると、彼の気配が遠ざかっていく。
パタン、と扉が閉まってから、リラは静かに顔を上げた。
彼が脱ぎ捨てて行った寝巻を拾い上げ、まだそこに残る彼の香りに眉根を寄せる。
「発情期なんて、来なければいいのに……」
発情期を迎えてしまえば、この屋敷から出て行かないといけなくなる。ディランにそう言われたわけではないが、『他のアルファを』と言われる度、そういうことなのだと理解していた。
「もっと強い抑制剤を買わないと……」
柔らかいカーペットの上に座り込みながら、リラは腕の中に抱えたディランの寝巻に顔を埋める。
ディランの傍で五年、メイドとして仕えてきた。生家とは違い、オメガとしてではなく、ひとりの人間として扱ってくれる彼を好きにならないはずがない。
オメガの発情期は、遅くても二十歳を迎える前にはやって来るのが常識だ。
リラはあと半年で二十歳になってしまう。
「他の薬も事前に準備しておかないと……。いつ発情期が来ても、おかしくないんだから……」
もし発情期が来たとしても、その時だけディランの傍に居なければ気付かれないかもしれない。
発情期はアルファに精を分けてもらわなければ治まらないが、鎮静剤を打つ、という手もある。
だがそれはかなりの苦痛を伴うとも言われていた。
だから特定のアルファがいないオメガは二か月に一回は苦しむことになるのだ。
「私を番にしたいアルファなんているわけない……。仮に発情期が来たって、どんなに苦しくても耐えて見せる……」
ただでさえ見目だけで目立ってしまうリラが、無表情と冷たい話し方を心がけているのはこのためだ。
不愛想で可愛げのないオメガなど、プライドが高く傲慢な人間が多いアルファは好かないだろう。
そのためにディランの前ですら、可愛げのない態度で接するよう心がけているのだ。
ふぅ、とひとつ息を吐いてから、リラは中庭が騒がしいことに気が付いた。
「何かしら……」
部屋から出ないように、と言われたが、バルコニーも彼の部屋の一部だ。
そこまでなら出ても良いだろう。
そう思い、バルコニーから階下を見下ろした。
「……オメガ?」
そこにはボロボロの服を纏った、一人の綺麗な青年が立っていた。彼の周囲を公爵家の番犬たちが取り囲んでいる。
どうやら侵入者らしいが、リラはすぐに彼が不審者ではないことに気づいた。
「あの人の匂い……ドレイク様からした甘い匂いに似てる……。あの人はドレイク様のオメガ……?」
ドレイクと顔を合わせる機会が多いわけではないが、今日の彼からは甘い香りがした。
きっとそれは、オメガでなければ気付かない僅かな同族の香りだ。
そしてリラは次の瞬間にはバルコニーから飛び降り、青年と犬たちの間に降り立っていた。
コンコン、とノックをした後、そう呼びかけるのが朝のルーティーンだ。
少女は中から人の気配がしたのを確認してから、そっとドアノブに手を掛けた。
なるべく音を立てずに大きな扉を押し開ける。その瞬間、中からふわりと漂うフェロモンの香りに、ひくりと肩が震える。
「リラ……?」
名前を呼ばれ、リラは感情を押し殺し、無表情で主の寝台へと足を進めた。
「朝でございます。そろそろお目覚めを」
主に対して淡々とした口調でそう口にすれば、怒りだす者もいるだろう。だが、長年彼の傍に居るリラは、こんな態度を取ったところでこの青年が怒らないことを知っていた。
「もう少し寝ていたいんだけど」
とっくに目が覚めていただろうに、彼はそんな我が儘を口にする。甘えているのだろう、という認識はある。
だが、ただのメイド相手に主が甘えるなどあってはならないことだ。
特にリラは唯一、この主が寵愛している特別なメイドだと周囲に思い込まれている。
男女の性の他に、アルファ、ベータ、オメガという三つの区分けがあるこの世界において、オメガがアルファに寵愛を受けることは珍しくはない。
特にリラの生家は男爵家であり、貴族階級のオメガである。
この世界では、男女という性ではなく、もう一つのアルファ・ベータ・オメガという三つの性により、ヒエラルキーが決まる。
更にその各性の中にもヒエラルキーが存在している。リラは恐らく、たオメガのヒエラルキーの中でも最上位の恵まれたオメガと言えるだろう。
男でも女でも関係なく、オメガはアルファの子を産むことができ、見目も美しい者ばかりだ。
リラもこの屋敷にいる人間たちの中で言えば、群を抜いて美しい容姿をしていた。
大きな瞳にスッと通った鼻梁、そしてぷっくりと赤いバラ色の唇は色っぽく、銀色の長い髪に、薄紫色の瞳。
王都にあるヴィレンツェ公爵家の屋敷に舞い降りた天使、と謳われる存在である。
そうした外面から、リラはこの公爵家の次男でありアルファのディランのお気に入り、とされているのだ。
だがリラは知っている。
自分が特別な存在ではない、ということを。
「四の五の言わずに早く起きてください。もうドレイク様がいらっしゃっています」
「あれ? 予定では昼じゃなかった?」
衣装棚からディランの洋服を出しながら、リラは先ほどドレイクが苛立たし気に言っていた言葉を繰り返した。
「ドレイク様のお言葉を拝借しますと『どうせ待たされるなら、朝から居座ってやる』だそうです」
ドレイク・オストラン伯爵はディランの幼馴染みだ。
ディランが優しい太陽の光のような人好きする男ならば、ドレイクは真冬の湖のような人を寄せ付けない冷酷な青年だ。
事実、ドレイクは多くのオメガを屋敷に囲っているが、数回抱いて子が出来なければ容赦なく捨てるのだという。
一方ディランは、リラ以外のオメガをこの屋敷に連れてきたことは一度もない。
だがリラは知っていた。
ディランはアルファだ。
アルファにもラットと呼ばれる発情期が存在する。
その時、リラがその相手に指名されたことは一度もない。
つまりそれがどういうことなのか。
それがわからない歳ではなかった。
「もしかして、ドレイクに会ったのか?」
ふと、ディランの視線が冷たくリラを射抜いた。
彼はリラが他のアルファと関わりを持つことを極端に嫌っている。それが親友であるドレイクでもだ。
「私はこの屋敷のメイドです。お客様の対応は私の役目でもあります」
「キミは僕の専属メイドだ。そんなことする必要はない」
「無理を言わないでください」
背中を向けながら淡々と返すリラの心中は複雑だ。
こんな風に執着を見せられると、勘違いしてしまいそうになる。周囲が言うように、自分は特別なオメガなのではないか、と。
だがリラはその『特別』にはなりえない。
それは自分が一番よくわかっていた。
「リラ」
不意に、近くでディランの声がした。
ハッとして振り返ろうとしたが、それよりも早く大きな両腕に捕らわれてしまう。
鼻腔をくすぐる彼のフェロモンにぞくりと背中が粟立つが、リラはきゅっと唇を噛みしめ、平静を装った。
「お戯れはおやめください。ご主人様」
「――怒ってる?」
「怒ってなどおりません」
「怒ってるだろ? そうでなければ、『ご主人様』だなんて呼ばないじゃないか」
ディランの言うことは半分は正しく、半分は間違っている。
リラが彼のことを『ご主人様』と呼ぶのは、それが正しい呼び方だからだ。ふたりきりのときであれば名前で呼ぶこともあるが、たかがメイドが主のことを名前で呼ぶことは本来許されることではない。
「早く着替えてください。ドレイク様をお待たせするのは……」
「――今日はもう抑制剤は飲んだ?」
すんっ、と首筋を嗅がれ、咄嗟にリラは彼を突き飛ばした。
「……もちろんです」
お仕着せの襟元を我知らず右手で掴み、ディランからわずかに距離を取りながら、リラはまっすぐに彼を見上げる。
「なんだか甘い香りがしたからさ。何度も言うけど、そのプロテクターは外さないようにね」
「もちろんです」
同じ言葉を繰り返しながら、リラは自分の首に付けられた首輪に手を添えた。これはこの屋敷にやってきたとき、ディランがプレゼントしてくれたものだ。
「それがあれば、キミは誰にも害されない。わかってるよね?」
「承知しております」
アルファが自分の所有物であるオメガに首輪を与えることは常識となっている。
これを付けていなければ、誰にオメガを奪われても文句が言えないからだ。
「キミの発情期が来るまでに、僕がリラに相応しいアルファを探してきてあげるから、それまでは絶対だからね?」
「…………はい」
毎日のように繰り返されるこの言葉に、リラは顔を背けて小さく頷いた。
ディランは確かにリラを大切にしてくれる。
だがそれは、彼が『良い人』だからなのだろう。
本来、貴族にはアルファしか生まれない。確かにオメガしかアルファの子を産むことはできないが、アルファの男女であれば、子をなすことができる。他の性もそうだ。ベータならベータ同士の男女、オメガならオメガ同士の男女。その中で異例なのが、オメガであれば男女関係なくアルファの子であれば産むことができる、ということだ。
つまりリラの両親はアルファであり、そのアルファの両親からオメガが生まれた、となれば、仮に貴族であっても、娼婦同然の教育を受ける。
リラはまだ処女だが、アルファを悦ばせる方法は生家で叩き込まれていた。舌や手の使い方、行為の最中にどうすればいいのかなど、ディランに引き取られるまでの間に娼婦としての心得を徹底的に刷り込まれたのだ。
故に、十四歳でディランに売り渡されたとき、そういう目的で引き取られたのだと思っていた。
だがディランはそういう意味で、リラに触れることは一度もなかった。
「ドレイク様は応接室でお待ちです。朝食をそちらにお運びしますか?」
自ら洋服を身につけていくディランに尋ねれば、彼は僅かに目を細めた。
「食事はいい。リラ。キミは僕が呼ぶまで、ここから出ないように」
「……かしこまりました」
そっと頭を下げると、彼の気配が遠ざかっていく。
パタン、と扉が閉まってから、リラは静かに顔を上げた。
彼が脱ぎ捨てて行った寝巻を拾い上げ、まだそこに残る彼の香りに眉根を寄せる。
「発情期なんて、来なければいいのに……」
発情期を迎えてしまえば、この屋敷から出て行かないといけなくなる。ディランにそう言われたわけではないが、『他のアルファを』と言われる度、そういうことなのだと理解していた。
「もっと強い抑制剤を買わないと……」
柔らかいカーペットの上に座り込みながら、リラは腕の中に抱えたディランの寝巻に顔を埋める。
ディランの傍で五年、メイドとして仕えてきた。生家とは違い、オメガとしてではなく、ひとりの人間として扱ってくれる彼を好きにならないはずがない。
オメガの発情期は、遅くても二十歳を迎える前にはやって来るのが常識だ。
リラはあと半年で二十歳になってしまう。
「他の薬も事前に準備しておかないと……。いつ発情期が来ても、おかしくないんだから……」
もし発情期が来たとしても、その時だけディランの傍に居なければ気付かれないかもしれない。
発情期はアルファに精を分けてもらわなければ治まらないが、鎮静剤を打つ、という手もある。
だがそれはかなりの苦痛を伴うとも言われていた。
だから特定のアルファがいないオメガは二か月に一回は苦しむことになるのだ。
「私を番にしたいアルファなんているわけない……。仮に発情期が来たって、どんなに苦しくても耐えて見せる……」
ただでさえ見目だけで目立ってしまうリラが、無表情と冷たい話し方を心がけているのはこのためだ。
不愛想で可愛げのないオメガなど、プライドが高く傲慢な人間が多いアルファは好かないだろう。
そのためにディランの前ですら、可愛げのない態度で接するよう心がけているのだ。
ふぅ、とひとつ息を吐いてから、リラは中庭が騒がしいことに気が付いた。
「何かしら……」
部屋から出ないように、と言われたが、バルコニーも彼の部屋の一部だ。
そこまでなら出ても良いだろう。
そう思い、バルコニーから階下を見下ろした。
「……オメガ?」
そこにはボロボロの服を纏った、一人の綺麗な青年が立っていた。彼の周囲を公爵家の番犬たちが取り囲んでいる。
どうやら侵入者らしいが、リラはすぐに彼が不審者ではないことに気づいた。
「あの人の匂い……ドレイク様からした甘い匂いに似てる……。あの人はドレイク様のオメガ……?」
ドレイクと顔を合わせる機会が多いわけではないが、今日の彼からは甘い香りがした。
きっとそれは、オメガでなければ気付かない僅かな同族の香りだ。
そしてリラは次の瞬間にはバルコニーから飛び降り、青年と犬たちの間に降り立っていた。
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