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だって私は「テンプレ悪役令嬢」

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「申し訳ありません」
 シャーロットは、床に片膝をつき頭を下げ、最上級の謝罪をするレオンを、寝台に腰かけつつ見下ろしていた。
 朝までの行為で全裸に剥かれている彼女は、肌掛けを身体に纏いつつ、この状況について考えていた。
 媚薬だという薬を飲んで、その後、強烈な吐き気に襲われたと思ったら、いつの間にかレオンに組み敷かれており、何度気を失っても彼に突き上げられて目を覚ます、ということを繰り返し半日以上。
 その間、何度も『愛している』と言われた。
 閨の睦言だったとしても、その言葉は嬉しかったが、正気に戻った彼にこうして謝罪をされると、やはり全部『夢』だったのだということを自覚させられる。
「あの、レオン様。私は大丈夫ですので……」
 そっと手を伸ばして寝台から立ち上がろうとしたが、股関節がズキッと痛み、なかなか寝台から立ち上がれない。
「媚薬に当てられたとはいえ、私は……、大変な無礼を……」
 そう、あの小瓶の中身は、コンラッドが言った通り、本当に媚薬だったのだ。さらに飲み方を誤ったシャーロットは、彼に身体を慰めてもらわなければ廃人と化していたのだという。そしてレオンも、シャーロットの身体に触れている内にその媚薬に当てられ、我を忘れてしまったのだとも。
「もう二度と、あのような触れ方はしません。騎士の名に――いえ、神に誓います」
 レオンはさらに頭を低くし、これ以上されると土下座されそうな勢いだ。
「あの、私はレオン様がいなければ正気にも戻れなかったのでしょう? 謝るのは私の方です。ご迷惑を――」
「いいえ、すべての責任は私にあります」
「責任などありませんわ。レオン様は何ら謝罪する理由がありませんのよ? 元凶は私なのですし……」
 失恋がショック過ぎて、自暴自棄になって、衝動的に色々やらかしてしまった。
 つい感情に流されて後先考えずに行動してしまった。
(でも、これでよかったんだ……)
 最後に良い思い出が出来た。
 これで、後腐れなく学園を去ることができる。
 彼にも二度と会えなくなるだろうが、お邪魔虫は早々に立ち去るべきだろう。
 一人納得していたのだが、レオンはバッと顔を上げると、真面目な顔でシャーロットをその紫色の双眸で見つめてくる。
「アラステア殿からも、忠告を受けました。私は――言葉が足りませんでした」
(アラステアって、誰?)
 名前を言われても、それが誰なのかピンと来ず、そもそもそんな人いたっけ? と名前に該当する人間を思い出そうとするが、全くその名に聞き覚えがなかった。
「あなたを想っていながらも、私の行動はあなたを悲しませていました。どうかお許しください」
「許すもなにも……」
 レオンに謝ってほしいことなど、それこそ何もない。今朝方までのことも、結局はお互いに良い思いをできたのだ。
 心まではもらえなかったけれど、据え膳を食べてもらえたので、もう満足だ。
 こうして謝られることの方が、正直傷つく。
「本当にもうやめてください。私が……惨めになりますわ」
 あれは薬のせいだから許してほしいと何度も言われているのだ。嘘でもいいから違う言葉が欲しかった、というのは我が儘だろうが、せめて何とも言えない気まずさに包まれたこの空間からも早く解放されたい。
「もう、これが最後だから言ってしまいますが、私、レオン様のことを本当にお慕いしていたのです。だから、これは良い思い出ですの。むしろ感謝したいくらいですわ」
 心の内の少しは曝け出さないと、レオンが解放してくれない気がして、シャーロットはずっと言えずに秘めていた想いを口にしていた。
「――それは、もう私にはお心がない、ということでしょうか」
「はい」
 無理やり笑みを作ってハッキリと頷く。
 だがこれは嘘だった。
 まだ、レオンのことが好きだ。
 けれどそれを言えば、彼を解放してあげられなくなる。彼を本心から想うのであれば、解放しない方が優しさなのかもしれない。
 シャーロットが自ら進んで悪者になれば、レオンはすべての想いをシャーロットのせいにすることができるのだ。
(でも私には、そんな度胸がない……)
 憎まれてでも一緒に居たい、とは思えなかった。
 そんな感情を向けられるのであれば、いっそのこと嫌われて突き放された方がマシだ。
「私は卑怯なのです。いつも自分のことばかり考えて……。ですが、もう大丈夫です。私、これで何の未練もありませんわ!」
 顔を上げるレオンの頬へ、シャーロットはそっと手を伸ばした。目元に掛かっている髪を指先で払い、小さく微笑む。
「レオン様も、お辛いかもしれませんが、どうかご自分の御心にまま、正直になってください。私のことなど、気にして頂かなくてよろしいのです」
 マリアンヌへの想いは、恐らく叶うことはないだろう。さすがに相手が悪すぎる。
 彼もまた片思いで終わる未来なのだろうが、あの二人の傍に居れば、少なくとも触れることはできるだろう。
 コンラッドの性癖を考えれば、その可能性は高かった。
「――申し訳ありません」
 レオンは苦しそうに顔をしかめ、わずかに俯いた。
「私の想いは、あなたをそこまで追い詰めていたのですね……」
 やっとレオンも、マリアンヌへの想いを貫く決心ができたのだろう。
 シャーロットはホッと胸を撫で下ろした。
「ですが私は、あなたの心が得られていない状況で、無理やり自分のモノにしたいとは思えません。どうか今一度、チャンスを頂けないでしょうか」
(――……ん?)
「あのようなことをして、あなたの優しさに付け込んだ私を許せないでしょうが、どうか、私は――あなたを手放したくないのです」
「あの……」
「――はい」
「すみません。ひとつ宜しいですか?」
 レオンの真剣な想いに水を差して悪いが、どうにも言っていることの意味が分からず、シャーロットは意を決してハッキリ尋ねていた。
「レオン様はマリアンヌ様のことをお慕いしていらっしゃるのですよね? それがどうして私を……」
「私がマリアンヌ嬢を?」
「違いますの?」
「…………」
 二人は見つめ合う。
 しばしの沈黙の後、先に口を開いたのはレオンだった。
「私が愛しているのは、あなたです。そもそもマリアンヌ嬢はコンラッド様に贔屓にされているお方。私にとっては護衛対象でしかありません」
「いえ、建前の話はもう……」
「建前ではありません。あなたには何度も愛していると、そうお伝えしたはずですが、覚えておられませんか?」
「あれは閨の睦言では……?」
「――あれは本心です。私はロティー。あなたを愛しています。初めて言葉を交わしたあの瞬間から、あなたから目が離せなくなり、愛おしさが募っていました。こうしてあなたを二度に渡り一方的に蹂躙してしまいましたが、私の想いは真実です」
「でも昨日……! マリアンヌ様に触れて……」
「あのときは、これを受け取っただけです」
 言いながら、レオンはスッと小瓶を差し出してきた。
 それはシャーロットがコンラッドからもらったものとよく似た物だ。だが、色が少し薄い気がする。
「避妊薬です。マリアンヌ嬢より、あなたは私との子が出来たとき苦しむだろうと……。もし事実そうなのであれば、あなたにお渡しするつもりでした」
 スッと差し出され、シャーロットは反射的にそれを受け取っていた。
「あなたの中に、私の醜い欲を注いでしまいました。もし必要であれば、お飲みください」
 どこか悲し気なレオンの言葉に、シャーロットは固まってしまう。
(あれ? これって、まさか全部私の勘違いってこと……?)
 レオンのその瞳は、嘘をついているようには見えなかった。
 シャーロット・バレリアは悪役令嬢であり、断罪される宿命がある。それにもう退学手続きをしてしまった。
 シャーロットはもう、侯爵家にもいられなくなる。
 それなのにどうして今更、レオンは想いを伝えてくるのだろうか。どうして、今、気づかせてくれるのだろうか。
「私……は……」
 そっと、自分の腹部に手を当てる。
 ここにはすでに、彼の子が宿っているかもしれない。
 それを、この薬で殺すなんて、できるはずがなかった。
 子がいれば枷にもなってしまうが、もしそうだとしても――それでも……。
「必要ありませんわ」
 シャーロットは手のひらの上で転がる小瓶を床へと落とした。当然それは割れ、中身が床板に広がっていく。
「レオン様とのお子ができていたとしたら、私はひとりでも立派に育てて見せます」
「それは……私との子は望んでくださるが、私自身は望んでくださらないということですか?」
 真っすぐに見つめられ、シャーロットはもう自分の気持ちを隠すことを辞めた。
 頑なに守ってきた心だが、今こそ、打ち明ける最大のタイミングだろう。物語の佳境であろう今こそ、言うべきだ。
「私はこれからこの学園を去ります。おまけに殿下にも婚約破棄をされ、侯爵家からも追い出されます。平民に下る私などをレオン様のような素敵なお方が引き取ることはないのです。その価値もないのですから」
「あなたが侯爵家のご令嬢だから私があなたを慕っていると、そうおっしゃりたいのですか? それならば最初から、このような醜い想いは抱きません。私の方が、あなたには相応しくないのですから」
 ずっと、シャーロットは勘違いしていた。成り行きで結婚を決意させてしまい、それが申し訳ないと。断罪される宿命があるのに、レオンも道連れにしてしまうのだと思って、恋心に蓋をしようとして失敗した。
 今まで彼が語ってくれた言葉の数々は、気遣いからのおべんちゃらではなく、本心の言葉だったのだろう。
 シャーロットは自分を守るために、一番信じなければいけない人の言葉を疑っていたのだ。
「――もしも私が愛していると、そう言ったら……。レオン様は、嬉しいですか?」
 愛などまやかしだ。
 血の繋がりがあったとしても、そんな曖昧なモノに縋ってはいけないと、そう教えられてきた。
「ロティー……」
「これから先も、その名で私を呼んでくださいますか……?」
「当然です」
「私と一緒にいたら、不幸になるかもしれませんよ?」
「あなたと歩む道であるのであれば、それが茨の道であろうが、苦ではありません」
「茨どころか、地獄に落ちるような思いをするかもしれませんよ?」
「望むところです。地獄であるのであれば、私があなたを守り抜きましょう。あなたのためならば、何でも叶えて見せます」
 歯の浮くような言葉に、シャーロットは小さく微笑んだ。
 この世界はエッチなことが多い異世界のファンタジーで、愛の告白は引くくらい回りくどく、そして比喩的表現に変換される。
 実際に言われたら鳥肌モノで、ただクサいだけのはずなのに、それを口にしているのがレオンだからなのだろう。
 涙が溢れるくらい、嬉しかった。
 シャーロットは両手を広げ、不自由な身体をレオンに向かって投げ出していた。
 彼は何の躊躇もなく、その身体を優しく受け止めてくれる。
「好きです」
 ぎゅっと、レオンの身体にしがみつき、小さな声で囁いた。
「私、レオン様が好きです。ずっとずっと……ずっと前から……! こんな結末、まるで夢のようですわ」
「夢ではありません」
「えぇ……、えぇ……! そのようですわ」
 背中に回った彼の腕は、確かに温かく、そして苦しいくらい力強かった。これが夢であるはずがない。
 否、夢になどするものか。
 時間にしてはかなり短いが、それでも長い葛藤だった。辛くて苦しくて、死んでも良いと思うくらい、レオンへの想いが募って仕方がなかった。
 叶わない恋だと、彼と出会った頃から、こうなることを諦めて、自分のことしか考えられなかった。
 だがこれも、悪くはない。
 シャーロット・バレリアは悪役令嬢である。
 だが、基本的にテンプレの世界では決まっているのだ。
 悪役令嬢に転生転移した者は、勘違いとまどろっこしい回り道を繰り返し、己の運命を変えようと奮闘するのだが、実はこの瞬間から悪役令嬢はただのヒロインであり、どう動こうとも幸せな未来しか待ち受けていない。
 これは、悪役令嬢に転生転移した者の宿命であり、道さえ間違えなければ確定しているテンプレの運命なのである。
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