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すれ違うふたり
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謹慎塔に戻ると、レオンは午後の授業は中止にしようと言ってくれたが、シャーロットは大丈夫だと押しきり、彼の授業を懇願した。
熱心なその願いにレオンもシャーロットのやる気を見たのか、渋々ながらも授業をしてくれている。
レオンの流れるような綺麗な美声と、シャーロットがペンを走らせる音が部屋に響き渡る。度々質問をしながらも、シャーロットはつい腕を気にしてしまっていた。
「――痛みますか?」
その視線に目ざとく気付かれてしまい、シャーロットは愛想笑いを浮かべた。
「いいえ、ただ、慣れなくて」
包帯で腕を締め付けられている感覚は、どうにも鬱陶しいものだ。
「そういえば、レオン様のお身体にもたくさん傷がありますよね」
「…………」
シャーロットの身体はとても綺麗なもので、シミ一つない。そこにできてしまったこの腕の傷は、恐らく痕が残ってしまうだろう。貴族の淑女として身体に傷は残らない方が良いに決まっているが、身体に刻まれたこの傷は、レオンとの少ない思い出のひとつだ。
腕の傷を見る度、彼のことを思い出せる。
たとえこの先、彼と離れ離れになって、二度と会うことがなくなったとしても。彼がシャーロットのこと忘れてしまう日が訪れても、シャーロットだけは、傷を見る度に彼を思い出せる。
「――良い思い出ですわ」
こんなものではなく、もっと素敵な思い出がほしいところだが、これはこれで形に残ったのだし、良い戒めにもなるだろう。
「私は、そうは思いません」
テーブル越しに、レオンの手が伸びてくる。その大きな手は、彼女が傷を負った右腕に添えられた。
「――申し訳ありません。私がついていながら、このようなお怪我を」
「レオン様は悪くありませんわ。私が自分でやったことですもの」
「いいえ、私がついていながら、怪我を負わせてしまいました」
レオンが責任を感じることは何一つないのだが、やはり彼は騎士として、何か思うことがあるのだろう。
シャーロットはあくまでも『まだ』コンラッドの婚約者でもあるため、その彼女に怪我を負わせたというのは、騎士としてまずいのかもしれない。
(だからあんなに怒ったのかな……)
シャーロットが怪我を隠そうとしたら、彼らしくなく怒鳴られた。
もちろん心配もしてくれたのだろうが、騎士として彼の立場が危うくなるのであれば、あの怒りも受けてしかるべきだ。
(私が勝手なことして怪我しても、レオン様のせいになるんだろうな……。でもバレなければよくない?)
そうは思ったが、既に学園医に扮した学園長にこの怪我は知られてしまっている。隠そうにも、あの男の口留めをすることは難しいだろう。
(あれ? じゃあなんで、医務室なんか……)
レオンは、学園長と面識があるはずだ。
彼はシャーロットが謹慎塔に入れられたとき、学園長からの沙汰を持ってきた張本人である。当然あの学園医が学園長であることを知っているはずだ。にもかかわらず、何故怪我をしたシャーロットを何の躊躇もなく医務室へ連れて行ったのだろうか。
(気が動転してた……?)
怪我をしたら医務室へ。これは至極当然の発想だ。あの血の量を見れば、いくら戦場に立つことが多い騎士だとしても、慌てて後先考えず行動してもおかしくはない。
(でもレオン様、結構冷静だったような……?)
的確に応急処置をしていたため、そこまで焦っているようには見えなかった。
「あの、レオン様。どうして私を医務室へ連れて行ってくださったのですか?」
「怪我をなされたからです。当然でしょう」
「いえ……、レオン様のお立場を考えると、内密に処理してしまった方がよろしかったのでは、と……」
シャーロットとしても、自分自身が怪我を隠そうとしたので、別にそれでも構わなかった。大した傷でもないのだし、素人が処置してもそれなりになんとかなっただろう。
「今後は、あのようなお気遣いは必要ありませんわ。訓練中にできた怪我であれば、むしろ――」
「できるわけがないでしょう」
腕に添えられていた手が、シャーロットの二の腕を掴んで引っ張ってくる。
その勢いに負けて前のめりになりそうになったところを、レオンの逞しい胸板に受け止められた。
「なぜ、そのようなことをおっしゃるのです。怪我を負わせたのは私の失態です。それに、あなたが私の立場など考える必要はありません」
「あ、あの……」
ギュッ、と背中に太い腕が回り、強い力で抱きしめられた。
「この訓練も、正直に言いますが、あなたには無理です。能力が、という以前に、時間が足りない。本来、魔道騎士であったとしても風魔法は操作が難しく、数年の基礎訓練の後、さらに訓練を重ねてようやく実戦で使えるようになるものなのです」
「……えぇ、そうですわね」
「それをたった一カ月で、学生であるあなたが習得するのは、不可能なのです」
「――……」
それは、最初から分かっていたことだ。
シャーロットとて昨日今日で風属性を得たわけではない。子どもの頃から、ずっと付き合って来たものだ。彼に言われなくても、この課題自体が無茶ぶりであり、無理難題であることなど、これを叩きつけられた日に気づいている。
シャーロット・バレリアは天才ではない。
魔法も、勉学も、すべて努力を積み重ねて、時間をかけて覚えてきたのだ。
どんなに勤勉な努力家であっても、時間には敵わない。
「わかっていますわ。だから、努力をしておりますの」
あの腹黒鬼畜変態王子を見返してやりたくて、前世のパワハラ社長からの嫌がらせのような無茶ぶりを思い出した、ということもあるが、すべては彼と少しでも長く一緒にいるためだ。
レオンは知らないのだ。
シャーロットがもはや課題などどうでも良いと思っていることなど。
仮にこの課題が達成できなくても、コンラッドがその合否を握っている。コンラッドの要求を飲めば、努力をしなくてもこの課題は受かったも同然だ。
それでも努力を積み重ねているのは、あの王子の言葉すら、信用ならないからである。結局、シャーロットは悪役令嬢であり、この舞台から退場することが決められた存在だ。そうではない道が切り開かれない限り、努力を怠れば簡単に奈落の底へと突き落とされるだろう。
「できないモノをできないと諦めて、毎日怯えて暮らすより、できることをやった方が良いと思いませんか?」
それは、自分に向けての言葉だった。
レオンのことは、諦めている。
彼の心までは最後まで手には入れられないだろう。だが、身体だけであれば、一晩だけでもチャンスがあるかもしれない。
だからこそ、彼と一緒にいたいのだ。
怪我をしようが、学園を追い出されようが、婚約破棄されようが、今のシャーロットにはレオンと過ごしている今の時間の記憶がある。
原作のシャーロットにはなかったかもしれないものを、得られている。
今もそうだ。
レオンに抱きしめてもらっている。
彼のぬくもりも、香りも、今だけは手にしている。そしてもしかしたら、彼との子も――。
「そこまで努力をして、何か得たいものがあるのですか」
「――少しでも長く、こうしていたいから、と言ったら、笑いますか?」
あぁまた余計なことを言っている。頭の冷静な部分で、前世のシャーロットが呆れてため息をついたのがわかる。
余計な事を言うものではない。
黙っていることが、正義であることもある。
彼に、その『余計な事』を言って、煩わせてどうするのだ。
頭ではわかっている。
言っても無駄だということも、迷惑だということも。
彼を困らせるだけだということも。
「それは……私と過ごす時間を指している、と思って構いませんか?」
シャーロットは、答えなかった。
黙ってレオンの胸板に顔を埋め、彼の香りを胸いっぱいに吸い込む。
「……答えてください」
大きな手がシャーロットの髪を撫でた。その声音はとろけるような甘さで、勘違いしそうになる。
「レオン様は、女性の扱いに慣れていらっしゃいますわよね」
妻がいたのだから当たり前だ。きっと、他の女性もいたことだろう。
ストイックそうに見せても、女性たちの方から近づいてくることはあっただろう。魔道騎士で、王宮勤め。貴族階級のこんなに素敵な男性なのだ。
ここで彼にとっての正解を口にすれば、その数多の女性のひとりに、彼はしてくれるだろうか。
「あなたが望んでくださるのであれば、私はすべての時間をあなたに捧げます。そうお約束をしたはずです」
レオンの切実な言葉を耳にしながらも、シャーロットは場違いにも「ん?」と頭を傾げた。
(そんな約束、いつした?)
まさか眠っている間に何か約束を交わしていたのだろうか。それとも別の何かを指しているのだろうか。
「私にはその責任があります」
そういえば以前、彼は責任がどうの、と言っていたことを思い出す。
(そういえば、私が生理と勘違いしてお腹が痛いって言ったとき、責任は自分にあるって……。でもあの痛みはただの――)
あれ、とシャーロットは瞳を瞬かせた。
バッと顔を上げ、間近で見降ろしてくるその双眸を見つめる。
(責任って……まさか……?)
貴族同士では、処女を捧げた相手とは、余程の障害や問題がない限り、結婚するものだ。
(そんな! 私が誘ったばっかりに、レオン様は私と結婚を!? なんてことなの!!)
うっかりそういうことをしてしまったせいで、レオンに無謀な決心をさせてしまっていたことに、シャーロットはやっと気が付いた。
だがそれと同時に、全身から血の気が引いていく。
(――そんなの、ただの脅しでしかないじゃない……)
貴族としてあるべき行動を彼は取ろうとしている。これから婚約破棄されて、しかも傷物になったシャーロットを、そのまま引き取るつもりなのだ。
だが彼には、シャーロットに対する愛情のようなものなど、なかったはずだ。
「れ、レオン様! 私、責任とか、そういうのは特には……!」
頼むから早まらないでくれ、と懇願しようとしたが、彼に後頭部を胸板に押し付けられてしまい、言葉を遮られてしまった。
「これから、私も努力をします。ですから、少しでいいので、私に甘えてください」
シャーロットは、突き放そうとして突っぱねようとした腕から、そっと力を抜いた。
(どうしよう……)
レオンとは、ワンナイトラブでも結ばれればそれでよかった。既にそれは叶った願いだが、もう一度だけ、記憶があるときにしたかった。――のだが、まさかこうくるとは。
自分が思っていたよりも事態が大きくなっていることにようやく気付いたシャーロットは、今後のことを考える。
シャーロットの未来は、とてもではないが明るいモノとは言えない。
それにレオンを付き合わせるわけにはいかないのだ。
(だって私は、悪役令嬢シャーロット・バレリアなんだから……)
熱心なその願いにレオンもシャーロットのやる気を見たのか、渋々ながらも授業をしてくれている。
レオンの流れるような綺麗な美声と、シャーロットがペンを走らせる音が部屋に響き渡る。度々質問をしながらも、シャーロットはつい腕を気にしてしまっていた。
「――痛みますか?」
その視線に目ざとく気付かれてしまい、シャーロットは愛想笑いを浮かべた。
「いいえ、ただ、慣れなくて」
包帯で腕を締め付けられている感覚は、どうにも鬱陶しいものだ。
「そういえば、レオン様のお身体にもたくさん傷がありますよね」
「…………」
シャーロットの身体はとても綺麗なもので、シミ一つない。そこにできてしまったこの腕の傷は、恐らく痕が残ってしまうだろう。貴族の淑女として身体に傷は残らない方が良いに決まっているが、身体に刻まれたこの傷は、レオンとの少ない思い出のひとつだ。
腕の傷を見る度、彼のことを思い出せる。
たとえこの先、彼と離れ離れになって、二度と会うことがなくなったとしても。彼がシャーロットのこと忘れてしまう日が訪れても、シャーロットだけは、傷を見る度に彼を思い出せる。
「――良い思い出ですわ」
こんなものではなく、もっと素敵な思い出がほしいところだが、これはこれで形に残ったのだし、良い戒めにもなるだろう。
「私は、そうは思いません」
テーブル越しに、レオンの手が伸びてくる。その大きな手は、彼女が傷を負った右腕に添えられた。
「――申し訳ありません。私がついていながら、このようなお怪我を」
「レオン様は悪くありませんわ。私が自分でやったことですもの」
「いいえ、私がついていながら、怪我を負わせてしまいました」
レオンが責任を感じることは何一つないのだが、やはり彼は騎士として、何か思うことがあるのだろう。
シャーロットはあくまでも『まだ』コンラッドの婚約者でもあるため、その彼女に怪我を負わせたというのは、騎士としてまずいのかもしれない。
(だからあんなに怒ったのかな……)
シャーロットが怪我を隠そうとしたら、彼らしくなく怒鳴られた。
もちろん心配もしてくれたのだろうが、騎士として彼の立場が危うくなるのであれば、あの怒りも受けてしかるべきだ。
(私が勝手なことして怪我しても、レオン様のせいになるんだろうな……。でもバレなければよくない?)
そうは思ったが、既に学園医に扮した学園長にこの怪我は知られてしまっている。隠そうにも、あの男の口留めをすることは難しいだろう。
(あれ? じゃあなんで、医務室なんか……)
レオンは、学園長と面識があるはずだ。
彼はシャーロットが謹慎塔に入れられたとき、学園長からの沙汰を持ってきた張本人である。当然あの学園医が学園長であることを知っているはずだ。にもかかわらず、何故怪我をしたシャーロットを何の躊躇もなく医務室へ連れて行ったのだろうか。
(気が動転してた……?)
怪我をしたら医務室へ。これは至極当然の発想だ。あの血の量を見れば、いくら戦場に立つことが多い騎士だとしても、慌てて後先考えず行動してもおかしくはない。
(でもレオン様、結構冷静だったような……?)
的確に応急処置をしていたため、そこまで焦っているようには見えなかった。
「あの、レオン様。どうして私を医務室へ連れて行ってくださったのですか?」
「怪我をなされたからです。当然でしょう」
「いえ……、レオン様のお立場を考えると、内密に処理してしまった方がよろしかったのでは、と……」
シャーロットとしても、自分自身が怪我を隠そうとしたので、別にそれでも構わなかった。大した傷でもないのだし、素人が処置してもそれなりになんとかなっただろう。
「今後は、あのようなお気遣いは必要ありませんわ。訓練中にできた怪我であれば、むしろ――」
「できるわけがないでしょう」
腕に添えられていた手が、シャーロットの二の腕を掴んで引っ張ってくる。
その勢いに負けて前のめりになりそうになったところを、レオンの逞しい胸板に受け止められた。
「なぜ、そのようなことをおっしゃるのです。怪我を負わせたのは私の失態です。それに、あなたが私の立場など考える必要はありません」
「あ、あの……」
ギュッ、と背中に太い腕が回り、強い力で抱きしめられた。
「この訓練も、正直に言いますが、あなたには無理です。能力が、という以前に、時間が足りない。本来、魔道騎士であったとしても風魔法は操作が難しく、数年の基礎訓練の後、さらに訓練を重ねてようやく実戦で使えるようになるものなのです」
「……えぇ、そうですわね」
「それをたった一カ月で、学生であるあなたが習得するのは、不可能なのです」
「――……」
それは、最初から分かっていたことだ。
シャーロットとて昨日今日で風属性を得たわけではない。子どもの頃から、ずっと付き合って来たものだ。彼に言われなくても、この課題自体が無茶ぶりであり、無理難題であることなど、これを叩きつけられた日に気づいている。
シャーロット・バレリアは天才ではない。
魔法も、勉学も、すべて努力を積み重ねて、時間をかけて覚えてきたのだ。
どんなに勤勉な努力家であっても、時間には敵わない。
「わかっていますわ。だから、努力をしておりますの」
あの腹黒鬼畜変態王子を見返してやりたくて、前世のパワハラ社長からの嫌がらせのような無茶ぶりを思い出した、ということもあるが、すべては彼と少しでも長く一緒にいるためだ。
レオンは知らないのだ。
シャーロットがもはや課題などどうでも良いと思っていることなど。
仮にこの課題が達成できなくても、コンラッドがその合否を握っている。コンラッドの要求を飲めば、努力をしなくてもこの課題は受かったも同然だ。
それでも努力を積み重ねているのは、あの王子の言葉すら、信用ならないからである。結局、シャーロットは悪役令嬢であり、この舞台から退場することが決められた存在だ。そうではない道が切り開かれない限り、努力を怠れば簡単に奈落の底へと突き落とされるだろう。
「できないモノをできないと諦めて、毎日怯えて暮らすより、できることをやった方が良いと思いませんか?」
それは、自分に向けての言葉だった。
レオンのことは、諦めている。
彼の心までは最後まで手には入れられないだろう。だが、身体だけであれば、一晩だけでもチャンスがあるかもしれない。
だからこそ、彼と一緒にいたいのだ。
怪我をしようが、学園を追い出されようが、婚約破棄されようが、今のシャーロットにはレオンと過ごしている今の時間の記憶がある。
原作のシャーロットにはなかったかもしれないものを、得られている。
今もそうだ。
レオンに抱きしめてもらっている。
彼のぬくもりも、香りも、今だけは手にしている。そしてもしかしたら、彼との子も――。
「そこまで努力をして、何か得たいものがあるのですか」
「――少しでも長く、こうしていたいから、と言ったら、笑いますか?」
あぁまた余計なことを言っている。頭の冷静な部分で、前世のシャーロットが呆れてため息をついたのがわかる。
余計な事を言うものではない。
黙っていることが、正義であることもある。
彼に、その『余計な事』を言って、煩わせてどうするのだ。
頭ではわかっている。
言っても無駄だということも、迷惑だということも。
彼を困らせるだけだということも。
「それは……私と過ごす時間を指している、と思って構いませんか?」
シャーロットは、答えなかった。
黙ってレオンの胸板に顔を埋め、彼の香りを胸いっぱいに吸い込む。
「……答えてください」
大きな手がシャーロットの髪を撫でた。その声音はとろけるような甘さで、勘違いしそうになる。
「レオン様は、女性の扱いに慣れていらっしゃいますわよね」
妻がいたのだから当たり前だ。きっと、他の女性もいたことだろう。
ストイックそうに見せても、女性たちの方から近づいてくることはあっただろう。魔道騎士で、王宮勤め。貴族階級のこんなに素敵な男性なのだ。
ここで彼にとっての正解を口にすれば、その数多の女性のひとりに、彼はしてくれるだろうか。
「あなたが望んでくださるのであれば、私はすべての時間をあなたに捧げます。そうお約束をしたはずです」
レオンの切実な言葉を耳にしながらも、シャーロットは場違いにも「ん?」と頭を傾げた。
(そんな約束、いつした?)
まさか眠っている間に何か約束を交わしていたのだろうか。それとも別の何かを指しているのだろうか。
「私にはその責任があります」
そういえば以前、彼は責任がどうの、と言っていたことを思い出す。
(そういえば、私が生理と勘違いしてお腹が痛いって言ったとき、責任は自分にあるって……。でもあの痛みはただの――)
あれ、とシャーロットは瞳を瞬かせた。
バッと顔を上げ、間近で見降ろしてくるその双眸を見つめる。
(責任って……まさか……?)
貴族同士では、処女を捧げた相手とは、余程の障害や問題がない限り、結婚するものだ。
(そんな! 私が誘ったばっかりに、レオン様は私と結婚を!? なんてことなの!!)
うっかりそういうことをしてしまったせいで、レオンに無謀な決心をさせてしまっていたことに、シャーロットはやっと気が付いた。
だがそれと同時に、全身から血の気が引いていく。
(――そんなの、ただの脅しでしかないじゃない……)
貴族としてあるべき行動を彼は取ろうとしている。これから婚約破棄されて、しかも傷物になったシャーロットを、そのまま引き取るつもりなのだ。
だが彼には、シャーロットに対する愛情のようなものなど、なかったはずだ。
「れ、レオン様! 私、責任とか、そういうのは特には……!」
頼むから早まらないでくれ、と懇願しようとしたが、彼に後頭部を胸板に押し付けられてしまい、言葉を遮られてしまった。
「これから、私も努力をします。ですから、少しでいいので、私に甘えてください」
シャーロットは、突き放そうとして突っぱねようとした腕から、そっと力を抜いた。
(どうしよう……)
レオンとは、ワンナイトラブでも結ばれればそれでよかった。既にそれは叶った願いだが、もう一度だけ、記憶があるときにしたかった。――のだが、まさかこうくるとは。
自分が思っていたよりも事態が大きくなっていることにようやく気付いたシャーロットは、今後のことを考える。
シャーロットの未来は、とてもではないが明るいモノとは言えない。
それにレオンを付き合わせるわけにはいかないのだ。
(だって私は、悪役令嬢シャーロット・バレリアなんだから……)
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