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腹黒鬼畜ド変態王子
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「~~~~っ!!」
シャーロットは、演習場に戻る道すがら、声なく唸り、ブルブルと身体を震わせた。
「シャーロット嬢? どうかしましたか?」
「いっ、いいえ?」
苛立ちを含んだ力強い否定に、レオンは不思議そうに目を瞬かせている。
(あんの腹黒鬼畜ド変態王子……ッ!)
シャーロットには、聞こえていたのだ。
彼らの情事の声が。風に乗って、その恥ずかしい情事の一部始終がシャーロットの耳まで届いてきたのだ。
そしてその声に含まれた、コンラッドの意図的な思考まで伝わってきてしまい、苛立ちは頂点に達しようとしている。
彼女とて、自分たちがいなくなったらコンラッドがマリアンヌを組み敷くだろうことは予想していたが、まさか故意に聞かせてくるとは思わなかった。
(なに? 自慢? それともそういう性癖なの? いや、そういう性癖なんだっけ……)
好きな女を他の男に触らせるような男だ。性癖が歪んでいることは、原作小説を読んでいたので知っている。
否、むしろあの第一王子の責め苦が前世のシャーロットがそういう方向の性癖に目覚めるきっかけでもあったのだから、知らないはずはなかったのだ。
だが、まさかここまでド変態だったとは思わなかった。
「やはり具合がお悪いのですか? なら、今日はこのままお休みになった方が……」
「いえ、大丈夫です」
せっかくのレオンとの時間だ。こんなことで減らされては堪らない。
こほん、と一つ咳払いをし、シャーロットは再び歩き出す。
荷物はすべてレオンが持ってくれたので、シャーロットは手ぶらだ。演習場に続く林の中を二人並んで歩きつつ、つい気になってスカートの裾を掴んでしまうのは、あの第一王子のせいである。
(どうしよう……)
あの男があんな声を聴かせるものだから、身体が疼いてしまう。放っておけば治まるだろうが、それまでレオンに気づかれないかが心配である。
(絶対気づかれないようにしないと……)
朝から身体がちょっと変だったこともあり、ちょっとした刺激で疼きやすくなっているのだろうか。
身体が火照ってしまって仕方がない。
(殿下も声だけは良いからな……。好みじゃないはずなのに……)
いかにも爽やかイケメンボイスで、幼さが滲む彼の声はシャーロットのタイプではない。
それでも言葉攻めに反応してしまうのは、これはもう性癖なので仕方がないのかもしれないが、何となく、解せない。
(レオン様に言われたら……)
同じ言葉を隣を歩く彼に言われたら、きっとそれだけで達してしまうだろう。
だが、それは今のところ見込めない。
彼はそういうことを言う人ではなさそうだし、似た言葉を要求したとき、明らかに困惑していた。
(言葉攻めは無理かぁ……)
一晩の過ちを犯してもらえたらそれだけで万々歳だが、やはり思い出はたくさん欲しいと願ってしまう。
だが強制はしたくない。無理に言わせるのと、自然に出てしまう言葉では、声に対する感じ方が全く違うのだ。
「そういえば、レオン様はご結婚なされておりますよね? お子様はいらっしゃるのですか?」
何気ない質問だった。
「どうして私が既婚者だとご存じなのですか?」
「あ……殿下から聞きました」
嘘はついていない。コンラッドから聞いたというのは確かだ。
「あの……、奥様、お亡くなりになったとか……」
「はい。それもコンラッド様から?」
「えぇ……、まぁ」
どうしてもこうした話は気まずくなってしまう。うっかり聞いてしまわなければよかったと後悔するが、この口は全く学習しないのか、思ったことをすぐにポロッと漏らしてしまう。
「そうでしたか。ご質問の答えですが、私には子どもはおりません」
「そうですか……」
「なのでご安心ください」
ん? とシャーロットはレオンを見上げた。
安心しろ、とはどういう意味だろうか。
まさかシャーロットの邪な気持ちに気づいて、妻は亡く子もいないから貞操を気にする必要はない、とでも言いたいのか。
(いやいや、レオン様は魔道騎士だけど、人の心の内は読めないはず……)
魔法には各属性のほかに無属性の力も存在しているが、人の心を読む類の魔力を保持している者はこの世界には存在しないはずだ。それはこの世界で勉強したから知っている。
魔法は万能ではない。中途半端に便利ではあるが、何でもできるわけではないのである。
(私、まさか物欲しそうな目でレオン様を見てたとか? やだ……恥ずかしい……)
最終的にはそう思っていたことを暴露するつもりではあるが、それは今ではない。
惚れている相手に自分の邪な心を伝えるには時期尚早だ。まだそれを知られる覚悟もできてない。そもそも現状、まだシャーロットに対して心を開きかけた段階で伝えたら、絶対に引かれてしまうだろう。
(あ……うーん。いや、もう手遅れ?)
前世の記憶を思い出したあの時、結構変なことを言ってしまった。その後の度々シャーロットのおかしな言動を耳にしてしまっているのだから、手遅れかもしれない。
(でもそれを言ったら、マリアンヌに厭らしいことをしたレオン様だって……)
確実にその場にいたかはわからないが、「騎士たち」の中に含まれていた可能性があるレオンは、やっぱりティーンズラブの世界の住人なのかもしれない。
(この世界、ちょっと性癖変な人多いしな……)
そういう世界なのだから今更嘆いても仕方がないのだが、どうせ転生するならもう少しまともな世界が良かった。
変態なのは主要な登場人物とその周囲の人間だけ、という可能性もあるが、もしそうならとっくに革命か何かしらで王族が入れ替わっているはずだ。
だが現状、そう言った歴史はない。
(まぁ地球の歴史上にも、性癖にクセがある王様とか普通にいたしな……)
国政と性癖は関係ないといえばそうだが、王妃候補がすでにあの状態では、現状の王族もどんな人たちなのか知りたいようで、知りたくない情報だった。
(――考えないようにしよう……)
深堀は危険だ。
世の中には知らなくていいことがたくさんある。
「シャーロット嬢は私に子がいた方がよかったですか?」
ひとり物思いに耽っていたことを、子がいないことについて考えていたと思われたのだろう。
レオンの言葉に、シャーロットは慌てて取り繕った。
「いえ、そんなことはありませ……いえ、その、そういうことではなくて……」
ここで否定してしまえば、忘れ形見を得ることができなかったレオンの心の傷を抉ってしまうかもしれない。
妻が亡くなった傷すら、癒えているかわからない状況だ。
(奥方のことを想って後妻をお取りになっていないって殿下も言っていたし。奥様のこと、まだ忘れられないんだよね……)
だがそうであるなら、「安心しろ」と言ったのはシャーロットの欲望に気づいて鎌をかけてきたわけではないのだろう。
(じゃあ、安心、ってなに?)
ますますレオンの言葉の意味がわからない。
いっそのことストレートに聞いてしまえばいいのだろうが、十八年間貴族の令嬢として育った矜持がそれを許さなかった。
貴族は察してなんぼの世界でもある。多くを聞きたがるのは褒められたことではなく、特に男性にあれこれ聞くのは無礼とされているのだ。
結婚しているか、親しい関係であればまだ許されるが、シャーロットとレオンはまだそうした関係ではない。
この話はここでやめて、違う話題に切り替えよう。そう思って口を開いたときだった。
「シャーロット嬢は将来的に子どもを望んでいらっしゃいますか?」
「私、ですか? えぇ、それは授かれるのであれば何人でも欲しいとは思いますが……」
「そうですか。それは少し頑張らないといけませんね」
たしかに子どもを産み育てるのは並大抵の意志や努力ではない。現世では一人っ娘ではあるが、前世では三人兄弟の真ん中だった。子どもの頃は両親も手を焼いただろう。
姪を見ているので、その苦労は何となくわかっている。
このまま貴族としての地位を維持できれば、子育ては乳母に任せるという方法もあるが、シャーロットは出来れば自分の手で育てたいと思っている。
「そうですわね。たくさん子どもが居れば賑やかですが、その子たちが真っすぐに育つよう努力をしないといけませんものね」
いつか、シャーロットはこの世界で所帯を持つことができるだろうか。まずは相手探しだが、その相手は――きっとレオンではない。
「シャーロット嬢は今から子どもたちの未来のことまでお考えなのですね」
「えぇ。だって、産んだらそれで終わり、というわけではありませんもの」
下半身が暴走しているコンラッドやマリアンヌはそんなこと考えずに所構わず中出しし放題だが、頻繁に子種を注いでいれば、いつかは子を授かるだろう。
そうなったときのことを、ふたりは考えているのだろうか。少し心配になる。
「シャーロット嬢はしっかりしておいでです。子が出来ても安心ですね」
「まだ早いですよ。私には――」
最後まで言い終わる前に、演習場に着いてしまった。
「遅いぞ。まったく、もう済ませてしまったぞ」
演習場の見物席に設けられたテラスで、コンラッドとマリアンヌは隣り合わせに座り、テーブルの上には二人分の弁当が広げられていた。
だが「済ませた」という割に、中身は全然減っていない。一体何を「済ませた」のか、問いただしてやりたいくらいだ。
「それは申し訳ありませんわ。ですが、用事が済んだのであれば、さっさと教室に戻った方が宜しいのではありませんこと?」
「マリアンヌと、今日は授業をサボろうかという話をしていたところだ。まだキミと話もできていないしな」
レオンより先にコンラッドの元へ行き、シャーロットは座っている彼を見下すようにして、テーブルの上で手を突いた。
「私には話すことなど何もありませんわ。それにその『婚約者』に早く『元』を付けて頂けると助かるのですが」
最後の一言は、コンラッドにだけ聞こえる声量に抑える。さすがに大きな声でこれを言うのは憚られるからだ。
「キミには利用価値……いや、交渉の余地がある。まだ破棄はしない」
(いま思いっきり利用価値って言いやがったなこの野郎……)
ニコニコ微笑む第一王子と、同じく微笑むシャーロットの構図は、周囲からどう見えたのだろう。
ほぼ同時にレオンはシャーロットの、マリアンヌはコンラッドの腕を掴んだ。
シャーロットは強い力でぐいっとレオンに引っ張られ、彼の腕の中に収まった。
(え……?)
なぜかレオンに抱きしめられている。
その理由がわからず、許容範囲を超えた情報量にシャーロットはフリーズした。
「王族がそのような発言をするというのは、どうかと」
頭の上からレオンの低く感情を極力抑えた抑揚のない声が降ってくる。
「お前は頭が固いな。俺にだって息抜きは必要だろう?」
「隣のご友人の方は教室に戻りたがっているように見受けられますが?」
「そうなのか? マリア」
わざとらしくコンラッドがマリアンヌに尋ねる。彼女はコンラッドの腕を掴んだまま、返答に困って慌てている。
「わ、私は……コンラッドさまの、お好きな、方、で……」
もじもじしているところがなんとも愛らしい印象があるが、騙されてはいけない。
このもじもじは、足の間に埋まっているものを気にしているのであって、絶対に可愛い理由ではない。
「殿下にすべてを委ねるだなんて、あなたは成績に自信があるようですわね」
「え……?」
「まだ一年生だというのに、素晴らしいですわ。半日くらいサボっても、それを取り戻せる学力がおありだなんて」
元平民のくせに、というニュアンスを含ませ、シャーロットは敢えて嫌味を言ってやった。
この学園は貴族なら誰しもが入れるがしかし、未来の宰相や重鎮になる貴族たちが集まる学校なのだ。授業のレベルは高い。侯爵令嬢として恥ずかしくない教育を受けてきたシャーロットでも上位の成績をキープすることが難しいくらいだ。
彼女が次期王妃でも構わないが、快楽に溺れた使い物にならない王妃では困る。仮にコンラッドの交換条件を飲むにしても、四六時中彼女のお守りをするのはご免だ。
ある程度は自分でやって、それでもどうにもならないことだけシャーロットが裏から手を回すくらいでないと、割に合わない。
そもそも彼らと食事をしたところで、せっかく作ったお弁当が不味くなるだけだ。レオンのために作ったものでもあるため、その努力を無にしたくはなかった。
「婚約者殿は辛辣だな」
「あら、私、何か失礼なことでも言いまして?」
「――まぁいい。俺たちは出直すとする」
コンラッドがやっと重い腰を上げた。
さっさと帰れ! と心の中で罵声を浴びせつつ、シャーロットは優雅に手を振った。
(一昨日来やがれ変態下半身カップルが!)
去っていく彼らに向かって、心の中で罵声を浴びせるのも、もちろん忘れなかった。
シャーロットは、演習場に戻る道すがら、声なく唸り、ブルブルと身体を震わせた。
「シャーロット嬢? どうかしましたか?」
「いっ、いいえ?」
苛立ちを含んだ力強い否定に、レオンは不思議そうに目を瞬かせている。
(あんの腹黒鬼畜ド変態王子……ッ!)
シャーロットには、聞こえていたのだ。
彼らの情事の声が。風に乗って、その恥ずかしい情事の一部始終がシャーロットの耳まで届いてきたのだ。
そしてその声に含まれた、コンラッドの意図的な思考まで伝わってきてしまい、苛立ちは頂点に達しようとしている。
彼女とて、自分たちがいなくなったらコンラッドがマリアンヌを組み敷くだろうことは予想していたが、まさか故意に聞かせてくるとは思わなかった。
(なに? 自慢? それともそういう性癖なの? いや、そういう性癖なんだっけ……)
好きな女を他の男に触らせるような男だ。性癖が歪んでいることは、原作小説を読んでいたので知っている。
否、むしろあの第一王子の責め苦が前世のシャーロットがそういう方向の性癖に目覚めるきっかけでもあったのだから、知らないはずはなかったのだ。
だが、まさかここまでド変態だったとは思わなかった。
「やはり具合がお悪いのですか? なら、今日はこのままお休みになった方が……」
「いえ、大丈夫です」
せっかくのレオンとの時間だ。こんなことで減らされては堪らない。
こほん、と一つ咳払いをし、シャーロットは再び歩き出す。
荷物はすべてレオンが持ってくれたので、シャーロットは手ぶらだ。演習場に続く林の中を二人並んで歩きつつ、つい気になってスカートの裾を掴んでしまうのは、あの第一王子のせいである。
(どうしよう……)
あの男があんな声を聴かせるものだから、身体が疼いてしまう。放っておけば治まるだろうが、それまでレオンに気づかれないかが心配である。
(絶対気づかれないようにしないと……)
朝から身体がちょっと変だったこともあり、ちょっとした刺激で疼きやすくなっているのだろうか。
身体が火照ってしまって仕方がない。
(殿下も声だけは良いからな……。好みじゃないはずなのに……)
いかにも爽やかイケメンボイスで、幼さが滲む彼の声はシャーロットのタイプではない。
それでも言葉攻めに反応してしまうのは、これはもう性癖なので仕方がないのかもしれないが、何となく、解せない。
(レオン様に言われたら……)
同じ言葉を隣を歩く彼に言われたら、きっとそれだけで達してしまうだろう。
だが、それは今のところ見込めない。
彼はそういうことを言う人ではなさそうだし、似た言葉を要求したとき、明らかに困惑していた。
(言葉攻めは無理かぁ……)
一晩の過ちを犯してもらえたらそれだけで万々歳だが、やはり思い出はたくさん欲しいと願ってしまう。
だが強制はしたくない。無理に言わせるのと、自然に出てしまう言葉では、声に対する感じ方が全く違うのだ。
「そういえば、レオン様はご結婚なされておりますよね? お子様はいらっしゃるのですか?」
何気ない質問だった。
「どうして私が既婚者だとご存じなのですか?」
「あ……殿下から聞きました」
嘘はついていない。コンラッドから聞いたというのは確かだ。
「あの……、奥様、お亡くなりになったとか……」
「はい。それもコンラッド様から?」
「えぇ……、まぁ」
どうしてもこうした話は気まずくなってしまう。うっかり聞いてしまわなければよかったと後悔するが、この口は全く学習しないのか、思ったことをすぐにポロッと漏らしてしまう。
「そうでしたか。ご質問の答えですが、私には子どもはおりません」
「そうですか……」
「なのでご安心ください」
ん? とシャーロットはレオンを見上げた。
安心しろ、とはどういう意味だろうか。
まさかシャーロットの邪な気持ちに気づいて、妻は亡く子もいないから貞操を気にする必要はない、とでも言いたいのか。
(いやいや、レオン様は魔道騎士だけど、人の心の内は読めないはず……)
魔法には各属性のほかに無属性の力も存在しているが、人の心を読む類の魔力を保持している者はこの世界には存在しないはずだ。それはこの世界で勉強したから知っている。
魔法は万能ではない。中途半端に便利ではあるが、何でもできるわけではないのである。
(私、まさか物欲しそうな目でレオン様を見てたとか? やだ……恥ずかしい……)
最終的にはそう思っていたことを暴露するつもりではあるが、それは今ではない。
惚れている相手に自分の邪な心を伝えるには時期尚早だ。まだそれを知られる覚悟もできてない。そもそも現状、まだシャーロットに対して心を開きかけた段階で伝えたら、絶対に引かれてしまうだろう。
(あ……うーん。いや、もう手遅れ?)
前世の記憶を思い出したあの時、結構変なことを言ってしまった。その後の度々シャーロットのおかしな言動を耳にしてしまっているのだから、手遅れかもしれない。
(でもそれを言ったら、マリアンヌに厭らしいことをしたレオン様だって……)
確実にその場にいたかはわからないが、「騎士たち」の中に含まれていた可能性があるレオンは、やっぱりティーンズラブの世界の住人なのかもしれない。
(この世界、ちょっと性癖変な人多いしな……)
そういう世界なのだから今更嘆いても仕方がないのだが、どうせ転生するならもう少しまともな世界が良かった。
変態なのは主要な登場人物とその周囲の人間だけ、という可能性もあるが、もしそうならとっくに革命か何かしらで王族が入れ替わっているはずだ。
だが現状、そう言った歴史はない。
(まぁ地球の歴史上にも、性癖にクセがある王様とか普通にいたしな……)
国政と性癖は関係ないといえばそうだが、王妃候補がすでにあの状態では、現状の王族もどんな人たちなのか知りたいようで、知りたくない情報だった。
(――考えないようにしよう……)
深堀は危険だ。
世の中には知らなくていいことがたくさんある。
「シャーロット嬢は私に子がいた方がよかったですか?」
ひとり物思いに耽っていたことを、子がいないことについて考えていたと思われたのだろう。
レオンの言葉に、シャーロットは慌てて取り繕った。
「いえ、そんなことはありませ……いえ、その、そういうことではなくて……」
ここで否定してしまえば、忘れ形見を得ることができなかったレオンの心の傷を抉ってしまうかもしれない。
妻が亡くなった傷すら、癒えているかわからない状況だ。
(奥方のことを想って後妻をお取りになっていないって殿下も言っていたし。奥様のこと、まだ忘れられないんだよね……)
だがそうであるなら、「安心しろ」と言ったのはシャーロットの欲望に気づいて鎌をかけてきたわけではないのだろう。
(じゃあ、安心、ってなに?)
ますますレオンの言葉の意味がわからない。
いっそのことストレートに聞いてしまえばいいのだろうが、十八年間貴族の令嬢として育った矜持がそれを許さなかった。
貴族は察してなんぼの世界でもある。多くを聞きたがるのは褒められたことではなく、特に男性にあれこれ聞くのは無礼とされているのだ。
結婚しているか、親しい関係であればまだ許されるが、シャーロットとレオンはまだそうした関係ではない。
この話はここでやめて、違う話題に切り替えよう。そう思って口を開いたときだった。
「シャーロット嬢は将来的に子どもを望んでいらっしゃいますか?」
「私、ですか? えぇ、それは授かれるのであれば何人でも欲しいとは思いますが……」
「そうですか。それは少し頑張らないといけませんね」
たしかに子どもを産み育てるのは並大抵の意志や努力ではない。現世では一人っ娘ではあるが、前世では三人兄弟の真ん中だった。子どもの頃は両親も手を焼いただろう。
姪を見ているので、その苦労は何となくわかっている。
このまま貴族としての地位を維持できれば、子育ては乳母に任せるという方法もあるが、シャーロットは出来れば自分の手で育てたいと思っている。
「そうですわね。たくさん子どもが居れば賑やかですが、その子たちが真っすぐに育つよう努力をしないといけませんものね」
いつか、シャーロットはこの世界で所帯を持つことができるだろうか。まずは相手探しだが、その相手は――きっとレオンではない。
「シャーロット嬢は今から子どもたちの未来のことまでお考えなのですね」
「えぇ。だって、産んだらそれで終わり、というわけではありませんもの」
下半身が暴走しているコンラッドやマリアンヌはそんなこと考えずに所構わず中出しし放題だが、頻繁に子種を注いでいれば、いつかは子を授かるだろう。
そうなったときのことを、ふたりは考えているのだろうか。少し心配になる。
「シャーロット嬢はしっかりしておいでです。子が出来ても安心ですね」
「まだ早いですよ。私には――」
最後まで言い終わる前に、演習場に着いてしまった。
「遅いぞ。まったく、もう済ませてしまったぞ」
演習場の見物席に設けられたテラスで、コンラッドとマリアンヌは隣り合わせに座り、テーブルの上には二人分の弁当が広げられていた。
だが「済ませた」という割に、中身は全然減っていない。一体何を「済ませた」のか、問いただしてやりたいくらいだ。
「それは申し訳ありませんわ。ですが、用事が済んだのであれば、さっさと教室に戻った方が宜しいのではありませんこと?」
「マリアンヌと、今日は授業をサボろうかという話をしていたところだ。まだキミと話もできていないしな」
レオンより先にコンラッドの元へ行き、シャーロットは座っている彼を見下すようにして、テーブルの上で手を突いた。
「私には話すことなど何もありませんわ。それにその『婚約者』に早く『元』を付けて頂けると助かるのですが」
最後の一言は、コンラッドにだけ聞こえる声量に抑える。さすがに大きな声でこれを言うのは憚られるからだ。
「キミには利用価値……いや、交渉の余地がある。まだ破棄はしない」
(いま思いっきり利用価値って言いやがったなこの野郎……)
ニコニコ微笑む第一王子と、同じく微笑むシャーロットの構図は、周囲からどう見えたのだろう。
ほぼ同時にレオンはシャーロットの、マリアンヌはコンラッドの腕を掴んだ。
シャーロットは強い力でぐいっとレオンに引っ張られ、彼の腕の中に収まった。
(え……?)
なぜかレオンに抱きしめられている。
その理由がわからず、許容範囲を超えた情報量にシャーロットはフリーズした。
「王族がそのような発言をするというのは、どうかと」
頭の上からレオンの低く感情を極力抑えた抑揚のない声が降ってくる。
「お前は頭が固いな。俺にだって息抜きは必要だろう?」
「隣のご友人の方は教室に戻りたがっているように見受けられますが?」
「そうなのか? マリア」
わざとらしくコンラッドがマリアンヌに尋ねる。彼女はコンラッドの腕を掴んだまま、返答に困って慌てている。
「わ、私は……コンラッドさまの、お好きな、方、で……」
もじもじしているところがなんとも愛らしい印象があるが、騙されてはいけない。
このもじもじは、足の間に埋まっているものを気にしているのであって、絶対に可愛い理由ではない。
「殿下にすべてを委ねるだなんて、あなたは成績に自信があるようですわね」
「え……?」
「まだ一年生だというのに、素晴らしいですわ。半日くらいサボっても、それを取り戻せる学力がおありだなんて」
元平民のくせに、というニュアンスを含ませ、シャーロットは敢えて嫌味を言ってやった。
この学園は貴族なら誰しもが入れるがしかし、未来の宰相や重鎮になる貴族たちが集まる学校なのだ。授業のレベルは高い。侯爵令嬢として恥ずかしくない教育を受けてきたシャーロットでも上位の成績をキープすることが難しいくらいだ。
彼女が次期王妃でも構わないが、快楽に溺れた使い物にならない王妃では困る。仮にコンラッドの交換条件を飲むにしても、四六時中彼女のお守りをするのはご免だ。
ある程度は自分でやって、それでもどうにもならないことだけシャーロットが裏から手を回すくらいでないと、割に合わない。
そもそも彼らと食事をしたところで、せっかく作ったお弁当が不味くなるだけだ。レオンのために作ったものでもあるため、その努力を無にしたくはなかった。
「婚約者殿は辛辣だな」
「あら、私、何か失礼なことでも言いまして?」
「――まぁいい。俺たちは出直すとする」
コンラッドがやっと重い腰を上げた。
さっさと帰れ! と心の中で罵声を浴びせつつ、シャーロットは優雅に手を振った。
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