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寝ぼけて…
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苦し気に眠るシャーロットを前に、レオンはどうしようかと頭を抱えていた。彼は自室から持ってきた小瓶へと視線を落とす。
「起こすのは可哀そうだが、これを飲ませないとな……」
目が覚めたら渡そうと思っていたこの小瓶は、魔力を補うための薬品だ。魔力切れを起こしている彼女にこれを飲ませればすぐに体調は良くなる。
「ここで待っているのも……な……」
シャーロットも、許しも得ず王子の護衛騎士が部屋に居たらさすがに怒るだろう。
そもそも男女が密室にいるべきではない。
仮に騎士であっても、男は男である。
けれど、これをここに置いたまま去るというのも、難しい問題だ。
彼女は深刻な魔力切れを起こしている。早めに対処しなければ、それこそ命に関わるのだ。
「…………シャーロット嬢」
意を決して、そっと、声をかける。
だが彼女の瞼は閉ざされたままだ。
無礼を承知で何度か肩を揺さぶってみても、彼女は起きる気配を見せない。
「…………」
レオンはしばし考え込んだ。
これは治療の一環だ。下心があるわけではない。もし彼女がこれの途中で目が覚めてしまったとしても、一発くらい殴られるのは致し方ないだろう。
徐々に肌が青白くなっていくシャーロットを、これ以上傍観してはいられない。
唇に指を添えて少し開かせてから、そこから除く赤い舌を目の当たりにして、レオンは一瞬身を引く。
「っ……」
うっすらと、シャーロットの赤く縁どられた瞼が開いている。
「な、に……?」
意識が混濁しているのか、彼女の声は拙い。
「目が覚めましたか? すみません。これを飲ませようと……」
彼女の視線に合うように小瓶を見せるが、シャーロットは反応しない。
これが何かわからないのだろうか、と思い、レオンは小瓶の説明をするが、やはり彼女はぼんやりとしたままだ。
「どうかこれをお飲みください。すぐ、よくなりま……」
「なに、これ……すっごい、シチュ、じゃん……」
「はい?」
聞き慣れない言葉に、彼女らしくない口調。それはレオンの思考を停止させるのには十分だった。
「ほんっ、と……馬鹿、だなぁ、わたし……」
はは、と小さく笑う彼女は大粒の涙を零していた。
「こん、な……、優し……か……、夢……んて……」
――こんな優しい世界が、夢だけだなんて。
レオンには、彼女の拙いたどたどしい声が、そう言っているように思えた。
「夢ではありません」
夢だということにしておけばいいのに、レオンはそれがどうしてもできなかった。
彼女はいつも厳しい立場に立たされている。その彼女が誰かの優しさに触れる機会がなかったであろうことはわかっている。
レオンは誘われるように、彼女の眦から指先で涙を掬った。
女性であれば、こういう絵本の中の騎士のような仕草はお好みだろう。自分のような屈強な体躯の男がやったところで様にならず笑い者だろうが、笑ってくれればいい。
「……ぅ……」
彼女が小さく唸る。
笑ってくれ。こんなこっ恥ずかしいことをしている自分を嘲り、怒りを向けてくれればいい。
「――……死ぬ……」
まさか怒りを通り越して、死ぬほど嫌だったとは、とレオンが身を引きかけると、細い腕がレオンの手首をガシッと掴んだ。
「しあわせ、すぎて……、死んじゃう……」
「シャーロット嬢?」
「夢、なら……それ……」
泣きながら笑っている彼女は、視線をレオンの手の中に握られている小瓶に注いだ。
「口移し……、とか……」
正気か? 否、彼女は正気ではないのだろう。これを夢だと信じているようだ。
「シャーロット嬢。私はコンラッド様ではありません」
たぶん寝ぼけて、レオンをコンラッドだと思っているのだろう。そう結論付けたレオンだったが、彼女は形の良い唇で笑みをこぼした。
「れおん、さま……でしょう?」
「…………」
「ゆめで……、れおん、さま……会える、なんて……」
徐々に眠りの中に落ちようとしているのか、シャーロットの瞼が徐々に閉ざされていく。レオンの手首を掴む手の力も、抜けていった。
「シャーロット嬢。眠る前に、これを……!」
「――くちうつしが……いい、なぁ……」
瞼を閉じたまま、彼女がそう言った。
意外な言葉に瞠目しながらも、レオンは小さく息を吐き、小瓶を一気に呷る。そして彼女の頭の後ろに腕を差し込み、薄く開かれた彼女の唇に自分のそれを押し付け、小瓶の中身を彼女に飲ませた。
こくん、と彼女の喉が鳴りすぐに唇を離すが、シャーロットは何も反応しない。
どうやら、眠ってしまったようだ。
「…………」
レオンは唇を引き結び、彼女の頭を枕の上に戻す。そして少しはだけてしまった肌掛けを引き上げ、シャーロットの部屋を後にした。
「私は……なんてことを……」
閉めた扉の前で、レオンは小さく嘆く。
いくら本人の希望とはいえ、あれはやってはいけなかった。だが――したくなってしまったのだ。
騎士ではあっても、レオンも男である。
自分を望んでくれる女性を前に、それを断ることは相手に恥をかかせることでもある。きっと立ち回りの上手い男なら、上手く躱すのだろう。だがレオンは生憎そうした能力に長けてはいない。
仮にも自分の主の婚約者に手を出すとは、言語道断である。
「だが……、これはこれで、よかったのか……」
レオンはコンラッドに言われたことを思い出す。
『我が婚約者殿はお前がお気に入りのようだ。なぁレオン。それは俺にとって都合が良いということ、わかるな?』
いくら第一王子の命であっても、聞けることと聞けないことはある。あの場では断ったが、まんまとあの王子の手のひらの上で転がされてしまった。
「私に何ができるというんだ……」
つい愚痴をこぼしてしまい、レオンはハッとして唇を閉ざした。
あの王子の目的は「婚約破棄」だ。
この学園でマリアンヌと出会ってから、彼はそのために敢えて何もしてこなかった。
マリアンヌとどうすれば円満に結婚できるか、それしか考えていない。
本来あの王子は、邪魔なシャーロットを排除できればそれでよかったのだろう。いかなる方法であろうが、そこに容赦はなかった。だが今は少し違う。
『彼女と仲良くなれよ。レオン』
にやり、と笑う綺麗な顔を思い出し、レオンはひとり、大仰な溜息を吐いたのだった。
◇
(――すっごく良い夢が見れたわ)
なぜか私室として使っている寝台の上で目が覚めたシャーロットは、つい口元をにやつかせてしまった。
(あんな展開、小説とか漫画でしか読んだことないし! あ、この世界、小説だったっけ……)
その小説の世界でその恩恵に与れない立場のシャーロットは、なんとなく複雑な気分だ。
「でも、どうして私、ここで寝てるんだろう?」
キッチンで寝落ちしたはずだ。
覚えていないだけで自力で上がってきたということだろうか。そう結論付けようとして起き上がった瞬間、シャーロットはぴたりと動きを止めた。
「…………え?」
薄い肌掛けの上に、見覚えのある大きな制服が乗せられている。これは王宮騎士の制服の上着だ。
「レオン様が、いらした……?」
え? いつ? なんで? と混乱する頭で、まさか、とシャーロットの思考が停止する。
「あれ、夢じゃ……ない……?」
そう考えを巡らせてから、「いや夢か」と思い直す。
(レオン様があんなことしてくれるわけないし。ここまで運んではくれたんだろうけど、きっとそれだけに決まってる)
大き目なレオンの上着を両手で持ち上げ、シャーロットはその生地に顔を押し付けた。
(これが、レオン様の香り……)
ちょっと変態っぽいな、と思ったが、誰も見ていないのだから気にしない。
胸いっぱいに彼の香りを吸い込み、ホッと息を吐く。
(でも、惜しいことしたな……。せっかくレオン様が夢に出てきたなら、そのままエッチしちゃえばよかった……)
あの時この発想がなかったことが悔やまれる。
また次もあんな素敵な夢が見られるだろうか。
レオンの上着を抱きしめながら小さくため息を吐くと、コンコン、と控えめなノックの音が聞こえた。
「え? どなたですの?」
咄嗟にレオンの上着を離して声をかけると、「レオン・アルバートンです」という彼の声が聞こえてきた。
「レオン様!? え!? どうして……。あ、入ってきてください!」
シャーロットの許しを得て、レオンが扉を開けた。だが、こちらに近づこうとしない。
「あ、あの、レオン様が私を……」
「体調は如何ですか?」
「え? あぁ……すっかりよくなりました」
「どうして体調が悪いことを教えてくださらなかったのですか?」
「どうしてって……」
「今後は、少しでも異変を感じたらすぐにおっしゃってください」
あぁ、そうか、とシャーロットはシュン、と項垂れた。
「申し訳ありませんわ。レオン様に迷惑をかけてしまいましたね……」
「いえ、そうでは……」
「私の自己管理ができていなかったせいで、ご面倒をかけたことは事実でしょう?」
前世でもよくパワハラ社長に怒鳴られたものだ「てめぇ自己管理もできねぇのか!」と。
思いの度合いは違えど、レオンもそう思ったことだろう。
彼の苛立ちは理解できる。だから素直に謝ったのだ。
苛立ちのまま彼のイケボで罵られても良いが、その言葉が本心から出たのであればいくら声が良くてもショックかもしれない。
――否、それでも喜んでしまいそうな自分がいて、シャーロットは密かに反省する。
「シャーロット嬢」
彼の低音ボイスが、彼女の名を紡ぐ。
「はい」
どんな言葉を突き付けられても、喜ばずにいようと唇を引き結ぶ。
「魔法は勉強とは違い、詰め込み過ぎても結局は感覚の問題です。焦ったところで上達はしません」
「――はい」
「特に体調が悪いときに魔力が枯渇すると命の危険があります」
「え?」
それは初耳だ。
思わずレオンへ顔を向けると、彼はまっすぐな眼差しでシャーロットを見つめていた。
「やはりご存じありませんでしたか」
「えぇ……」
「魔力は生命力の一部だとお考え下さい。戦場に出ない限りそうそう魔力が枯渇することはありませんが、覚えていて損はありません」
「申し訳ありません。私、知らなくて……。魔力は一日寝ればすぐ戻るものかと」
「その通りですが、体調に問題がある場合はそうではないのです」
そんな細かい設定、覚えてるわけないだろ。と前世のシャーロットがツッコミを入れる。
「今日は魔法の操作ではなく、魔力についての座学にしましょう。まだ体調も万全ではない内から魔法を使うのはリスクが高い」
「座学? レオン様が教えてくださるのですか?」
「はい。といっても簡単にですが」
「えぇ! ありがとうございます!」
この声で授業が受けられるなんて、絶対普段の二割増しで覚えられるはずだ。嬉々として頷き、シャーロットは身支度を整えるために一度レオンには部屋から出て行ってもらう。
そしてそれから、レオンによる魔法基礎知識の座学が始まった。
「起こすのは可哀そうだが、これを飲ませないとな……」
目が覚めたら渡そうと思っていたこの小瓶は、魔力を補うための薬品だ。魔力切れを起こしている彼女にこれを飲ませればすぐに体調は良くなる。
「ここで待っているのも……な……」
シャーロットも、許しも得ず王子の護衛騎士が部屋に居たらさすがに怒るだろう。
そもそも男女が密室にいるべきではない。
仮に騎士であっても、男は男である。
けれど、これをここに置いたまま去るというのも、難しい問題だ。
彼女は深刻な魔力切れを起こしている。早めに対処しなければ、それこそ命に関わるのだ。
「…………シャーロット嬢」
意を決して、そっと、声をかける。
だが彼女の瞼は閉ざされたままだ。
無礼を承知で何度か肩を揺さぶってみても、彼女は起きる気配を見せない。
「…………」
レオンはしばし考え込んだ。
これは治療の一環だ。下心があるわけではない。もし彼女がこれの途中で目が覚めてしまったとしても、一発くらい殴られるのは致し方ないだろう。
徐々に肌が青白くなっていくシャーロットを、これ以上傍観してはいられない。
唇に指を添えて少し開かせてから、そこから除く赤い舌を目の当たりにして、レオンは一瞬身を引く。
「っ……」
うっすらと、シャーロットの赤く縁どられた瞼が開いている。
「な、に……?」
意識が混濁しているのか、彼女の声は拙い。
「目が覚めましたか? すみません。これを飲ませようと……」
彼女の視線に合うように小瓶を見せるが、シャーロットは反応しない。
これが何かわからないのだろうか、と思い、レオンは小瓶の説明をするが、やはり彼女はぼんやりとしたままだ。
「どうかこれをお飲みください。すぐ、よくなりま……」
「なに、これ……すっごい、シチュ、じゃん……」
「はい?」
聞き慣れない言葉に、彼女らしくない口調。それはレオンの思考を停止させるのには十分だった。
「ほんっ、と……馬鹿、だなぁ、わたし……」
はは、と小さく笑う彼女は大粒の涙を零していた。
「こん、な……、優し……か……、夢……んて……」
――こんな優しい世界が、夢だけだなんて。
レオンには、彼女の拙いたどたどしい声が、そう言っているように思えた。
「夢ではありません」
夢だということにしておけばいいのに、レオンはそれがどうしてもできなかった。
彼女はいつも厳しい立場に立たされている。その彼女が誰かの優しさに触れる機会がなかったであろうことはわかっている。
レオンは誘われるように、彼女の眦から指先で涙を掬った。
女性であれば、こういう絵本の中の騎士のような仕草はお好みだろう。自分のような屈強な体躯の男がやったところで様にならず笑い者だろうが、笑ってくれればいい。
「……ぅ……」
彼女が小さく唸る。
笑ってくれ。こんなこっ恥ずかしいことをしている自分を嘲り、怒りを向けてくれればいい。
「――……死ぬ……」
まさか怒りを通り越して、死ぬほど嫌だったとは、とレオンが身を引きかけると、細い腕がレオンの手首をガシッと掴んだ。
「しあわせ、すぎて……、死んじゃう……」
「シャーロット嬢?」
「夢、なら……それ……」
泣きながら笑っている彼女は、視線をレオンの手の中に握られている小瓶に注いだ。
「口移し……、とか……」
正気か? 否、彼女は正気ではないのだろう。これを夢だと信じているようだ。
「シャーロット嬢。私はコンラッド様ではありません」
たぶん寝ぼけて、レオンをコンラッドだと思っているのだろう。そう結論付けたレオンだったが、彼女は形の良い唇で笑みをこぼした。
「れおん、さま……でしょう?」
「…………」
「ゆめで……、れおん、さま……会える、なんて……」
徐々に眠りの中に落ちようとしているのか、シャーロットの瞼が徐々に閉ざされていく。レオンの手首を掴む手の力も、抜けていった。
「シャーロット嬢。眠る前に、これを……!」
「――くちうつしが……いい、なぁ……」
瞼を閉じたまま、彼女がそう言った。
意外な言葉に瞠目しながらも、レオンは小さく息を吐き、小瓶を一気に呷る。そして彼女の頭の後ろに腕を差し込み、薄く開かれた彼女の唇に自分のそれを押し付け、小瓶の中身を彼女に飲ませた。
こくん、と彼女の喉が鳴りすぐに唇を離すが、シャーロットは何も反応しない。
どうやら、眠ってしまったようだ。
「…………」
レオンは唇を引き結び、彼女の頭を枕の上に戻す。そして少しはだけてしまった肌掛けを引き上げ、シャーロットの部屋を後にした。
「私は……なんてことを……」
閉めた扉の前で、レオンは小さく嘆く。
いくら本人の希望とはいえ、あれはやってはいけなかった。だが――したくなってしまったのだ。
騎士ではあっても、レオンも男である。
自分を望んでくれる女性を前に、それを断ることは相手に恥をかかせることでもある。きっと立ち回りの上手い男なら、上手く躱すのだろう。だがレオンは生憎そうした能力に長けてはいない。
仮にも自分の主の婚約者に手を出すとは、言語道断である。
「だが……、これはこれで、よかったのか……」
レオンはコンラッドに言われたことを思い出す。
『我が婚約者殿はお前がお気に入りのようだ。なぁレオン。それは俺にとって都合が良いということ、わかるな?』
いくら第一王子の命であっても、聞けることと聞けないことはある。あの場では断ったが、まんまとあの王子の手のひらの上で転がされてしまった。
「私に何ができるというんだ……」
つい愚痴をこぼしてしまい、レオンはハッとして唇を閉ざした。
あの王子の目的は「婚約破棄」だ。
この学園でマリアンヌと出会ってから、彼はそのために敢えて何もしてこなかった。
マリアンヌとどうすれば円満に結婚できるか、それしか考えていない。
本来あの王子は、邪魔なシャーロットを排除できればそれでよかったのだろう。いかなる方法であろうが、そこに容赦はなかった。だが今は少し違う。
『彼女と仲良くなれよ。レオン』
にやり、と笑う綺麗な顔を思い出し、レオンはひとり、大仰な溜息を吐いたのだった。
◇
(――すっごく良い夢が見れたわ)
なぜか私室として使っている寝台の上で目が覚めたシャーロットは、つい口元をにやつかせてしまった。
(あんな展開、小説とか漫画でしか読んだことないし! あ、この世界、小説だったっけ……)
その小説の世界でその恩恵に与れない立場のシャーロットは、なんとなく複雑な気分だ。
「でも、どうして私、ここで寝てるんだろう?」
キッチンで寝落ちしたはずだ。
覚えていないだけで自力で上がってきたということだろうか。そう結論付けようとして起き上がった瞬間、シャーロットはぴたりと動きを止めた。
「…………え?」
薄い肌掛けの上に、見覚えのある大きな制服が乗せられている。これは王宮騎士の制服の上着だ。
「レオン様が、いらした……?」
え? いつ? なんで? と混乱する頭で、まさか、とシャーロットの思考が停止する。
「あれ、夢じゃ……ない……?」
そう考えを巡らせてから、「いや夢か」と思い直す。
(レオン様があんなことしてくれるわけないし。ここまで運んではくれたんだろうけど、きっとそれだけに決まってる)
大き目なレオンの上着を両手で持ち上げ、シャーロットはその生地に顔を押し付けた。
(これが、レオン様の香り……)
ちょっと変態っぽいな、と思ったが、誰も見ていないのだから気にしない。
胸いっぱいに彼の香りを吸い込み、ホッと息を吐く。
(でも、惜しいことしたな……。せっかくレオン様が夢に出てきたなら、そのままエッチしちゃえばよかった……)
あの時この発想がなかったことが悔やまれる。
また次もあんな素敵な夢が見られるだろうか。
レオンの上着を抱きしめながら小さくため息を吐くと、コンコン、と控えめなノックの音が聞こえた。
「え? どなたですの?」
咄嗟にレオンの上着を離して声をかけると、「レオン・アルバートンです」という彼の声が聞こえてきた。
「レオン様!? え!? どうして……。あ、入ってきてください!」
シャーロットの許しを得て、レオンが扉を開けた。だが、こちらに近づこうとしない。
「あ、あの、レオン様が私を……」
「体調は如何ですか?」
「え? あぁ……すっかりよくなりました」
「どうして体調が悪いことを教えてくださらなかったのですか?」
「どうしてって……」
「今後は、少しでも異変を感じたらすぐにおっしゃってください」
あぁ、そうか、とシャーロットはシュン、と項垂れた。
「申し訳ありませんわ。レオン様に迷惑をかけてしまいましたね……」
「いえ、そうでは……」
「私の自己管理ができていなかったせいで、ご面倒をかけたことは事実でしょう?」
前世でもよくパワハラ社長に怒鳴られたものだ「てめぇ自己管理もできねぇのか!」と。
思いの度合いは違えど、レオンもそう思ったことだろう。
彼の苛立ちは理解できる。だから素直に謝ったのだ。
苛立ちのまま彼のイケボで罵られても良いが、その言葉が本心から出たのであればいくら声が良くてもショックかもしれない。
――否、それでも喜んでしまいそうな自分がいて、シャーロットは密かに反省する。
「シャーロット嬢」
彼の低音ボイスが、彼女の名を紡ぐ。
「はい」
どんな言葉を突き付けられても、喜ばずにいようと唇を引き結ぶ。
「魔法は勉強とは違い、詰め込み過ぎても結局は感覚の問題です。焦ったところで上達はしません」
「――はい」
「特に体調が悪いときに魔力が枯渇すると命の危険があります」
「え?」
それは初耳だ。
思わずレオンへ顔を向けると、彼はまっすぐな眼差しでシャーロットを見つめていた。
「やはりご存じありませんでしたか」
「えぇ……」
「魔力は生命力の一部だとお考え下さい。戦場に出ない限りそうそう魔力が枯渇することはありませんが、覚えていて損はありません」
「申し訳ありません。私、知らなくて……。魔力は一日寝ればすぐ戻るものかと」
「その通りですが、体調に問題がある場合はそうではないのです」
そんな細かい設定、覚えてるわけないだろ。と前世のシャーロットがツッコミを入れる。
「今日は魔法の操作ではなく、魔力についての座学にしましょう。まだ体調も万全ではない内から魔法を使うのはリスクが高い」
「座学? レオン様が教えてくださるのですか?」
「はい。といっても簡単にですが」
「えぇ! ありがとうございます!」
この声で授業が受けられるなんて、絶対普段の二割増しで覚えられるはずだ。嬉々として頷き、シャーロットは身支度を整えるために一度レオンには部屋から出て行ってもらう。
そしてそれから、レオンによる魔法基礎知識の座学が始まった。
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