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レオンの後悔

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 明らかにシャーロットは具合が悪そうだった。だが、本人が平気だというのであれば、王族の護衛騎士であるレオンにはそれを止める術はない。
「まだいらっしゃらないのか……?」
 翌日、約束の時間に演習場に来ていたレオンは、いつまで経っても現れないシャーロットを気にしていた。
 サボり、ということはないだろう。
 彼女は身分を笠に着て授業をサボるタイプの生徒ではない。
 彼女とレオンが護衛をするコンラッドは同じクラスだ。そのため、教室内に入らないが、廊下から彼女の授業態度を見ている。
 正直、シャーロットのことは哀れだと思っていた。
 どんなに王妃教育をしても、学園内で良い成績をおさめても、その努力をコンラッドは何とも思っていない。あの王子は、いつも下級生のマリアンヌのことばかりを気にしていた。
 確かにマリアンヌは可憐で愛らしく、つい守りたくなる小動物のような少女だ。さらにはシャーロットから嫌がらせも受けていたため、コンラッドの気持ちが婚約者に向かないのもわからなくはない。
 護衛の身ではコンラッドたちを注意することができないが、大人の男の視点から見たら、あの王子のやり方も酷いとは思っている。
 婚約者が居ながら他の令嬢に想いを寄せるなど、本来はあってはいけないのだ。
 だが、学園内にいるときだけは、王子の好きにさせたいと思ってもいる。彼は将来的にどうあっても政略結婚をしないといけない身なのだ。学生の時分くらい、年相応の少年らしい恋愛をしても許されるのではないか、と。
 レオンの護衛対象はあくまでも王子だ。婚約者であるシャーロットはその任の対象ではない。
 だがシャーロットに同情してしまうのは、彼女の想いがあまりにも一途で、見ているこちらが苦しくなるくらい純粋だったからだ。
「何かあったのか……?」
 やはり体調が悪かったのではないだろうか。
 もしあの塔の中で倒れていたら……。
「昨晩様子を見に行けばよかったな……」
 シャーロットのことは気になったが、相手は侯爵家の令嬢であり、子供とはいえレディである。あの塔はいわば、シャーロットの私室と同じ扱いであり、男であるレオンが容易に立ち入って良いわけがない。
 それに――。
(またあのような場面に遭遇したら、もう私はどうしたら良いのかわからなかったとはいえ……)
 年相応に、彼女も性的なことに興味を持っているようだった。あの時は用事があったので無礼を承知で中に入ったが、まさかあの現場を目撃してしまうとは思わなかった。
 だが、仮に遭遇してしまう可能性があっても、見に行くべきだったのだ。
 レオンは急いで謹慎塔へ足を向けた。
「――いない……?」
 一番上の階の五つある部屋すべてを確認したが、シャーロットの影も形もない。
 嫌な予感がして、レオンはすぐにすべての部屋を確認すべく走り出す。
「シャーロット嬢!?」
 粗末な簡易キッチンのある部屋で、シャーロットは倒れていた。荒く息をし、全身に汗をかいているのに、身体は震えている。
「まさか、一晩中……?」
 キッチンに備え付けられているテーブルには、食事の支度をしようとした痕がある。
「シャーロット嬢。御身に触れる無礼をお許しください」
 意識のない彼女に、それでも断りを入れてから、額に手を添えてみた。
「かなりの高熱だな……。魔力の枯渇と、元の体調不良が原因か……?」
 魔力は減っても一日寝れば回復するが、体調が悪いときはそうではない。
 シャーロットはそのことを知らなかったのだろう。当たり前だ。本来、魔力をそれほど使う機会のない侯爵令嬢の魔力が枯渇することなど有り得ないし、学園でもそんなことは有り得ないという認識の下、教えるとしても詳しく説明をしないのだ。
「くそ……」
 小さく毒づいてから、レオンはシャーロットの華奢な体を抱き上げた。
 その身体は驚くほど熱い。
「シャーロット嬢。申し訳ない。医師を呼んで差し上げたいのだが……」
 謹慎塔にいる限り、許された者以外との接触は禁じられている。たとえ、命の危険があっても、それは覆せないのだ。
 それを覆してしまえば、シャーロットは自動的に退学になってしまう。魔力の制御をあれほど頑張っていたのだ。そんな彼女を自分だけの判断で退学にするのは間違っている。
「すぐに、お部屋にお連れします……。どうか、それまでご辛抱ください」
 苦しそうに唸っているシャーロットを一度見降ろしてから、レオンは足早に階段を上がり、彼女が使っていた部屋の寝台にその痩躯を寝かせた。
「ここの寝具は粗末すぎやしないか……?」
 貴族の子女たちを反省させるためとはいえ、この粗末さは囚人並みだ。
 確かに彼女は罪を犯してしまったが、情状酌量の余地があるとして、課題を与えられたはずだ。侯爵令嬢である彼女が使うには、個々の設備はあまりにもお粗末である。
「……ぅ……ぁ……」
 薄い肌布を纏わせてやっても、シャーロットは寒さに身を震わせている。これはあんまりだろう。
「私の制服で申し訳ありませんが、まだ暖が取れるでしょう」
 レオンは徐に騎士の制服の上着を脱ぎ、シャーロットの身体にかけてやった。
 すると、幾分か彼女の表情が穏やかになる。
「…………」
 こんなか弱い女性が苦しむ姿を、ただ見ていることしかできない自分が歯がゆい。
 自分には何の権限もない。ただの護衛騎士だ。
 きっと主であるコンラッドに進言しても、「だから?」と跳ねのけられてしまう。
 それが予想できるから、何もできない。
 ひとり誰にも何も言えず苦しむ彼女を、救うことすらできないのだ。
 シャーロットは無意識下でレオンの上着ごと巻き込んで、暖を取ろうとしている。
 慣れない魔力操作の課題のせいで、ここまで弱ってしまうとは。
 レオンは無礼を承知で、シャーロットの額に張り付く前髪をかき分けてやった。
「――い……」
「シャーロット嬢?」
 気が付いたのかと思ったが、彼女は瞼を開けない。寝言、だろうか。
「さみ……し、い……」
 譫言のように、シャーロットは確かにそう言った。
 寂しい、と。
「…………」
 レオンは何も考えず、彼女の手を握ってやる。すると、シャーロットは嬉しそうに笑った、気がした。
「――……」
 きっと、コンラッドがこの場にいた方が、彼女にとっては幸せなことなのだろう。
 ずっと一途に想いを寄せていたのだ。コンラッドのためだけに生きてきたと言っても過言ではない。
 その代わりがレオンに務まるはずがないのだ。
「――体調が良くなるまで、練習はお休みにしましょう。今は、ゆっくり休んでください」
 せめて、孤独だっただろう彼女に優しい声をかける。
「――……っ……!」
 レオンの声に反応したのかはわからないが、シャーロットは一粒の涙を流していた。
 その涙があまりにも痛々しくてレオンは時間が許す限り、シャーロットに付き添った。だが、レオンにも時間の限りがある。
 小さな明り取りの窓から、夕日の光りが部屋に差し込んでくる。この時間には、一度コンラッドの下へ帰らないといけない。
「シャーロット嬢、また、夜に様子を見に参ります……」
 誰も側仕えが居ない場所にひとり置いていくのは胸が痛むが、レオンは王宮の騎士として役目を果たさなければならない。
「――しばし、お待ちください」
 親が子供にするようなキスを額に落としてから、レオンはハッとして身体を引いた。
(私は、何を考えている……!)
 やたらと妙な要求をしてくる彼女には、好かれているのかという感想を持っていたが、やって良いことと悪いことがある。
 レオンの方が彼女たちより五つも年上なのだ。
 その自分が、なんということを、とレオンは一人動揺していた。だが、当のシャーロットは眠っていて、それに気づいていない。
 多少は顔色も良くなり、ぐっすり眠っている彼女を見つめた後、レオンは謹慎塔を後にしたのだった。
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