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今、前世の記憶が蘇りましたぁ!!
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危機に直面したとき、何かが起こる。
それはおそらく、テンプレと呼ばれる「良くある話」だ。
「あ……」
燃えるような長い赤毛を靡かせて立ち尽くす少女は、見るからに高貴な身分とわかる。
風の魔力保持者を意味する、緑色の瞳は長いまつ毛に縁どられ、スッと通った鼻梁やぷっくりとした桃色の唇は、まだあどけなさを残していた。
少女は大きく目を見開き、目の前の惨状に口元を手のひらで覆う。
――やってしまった。
その思いと同時に、自分のモノではない記憶が脳裏を駆け巡り、現状を理解することも困難な状況なのに、さらに頭がかき乱されて真っ白になっていく。
目の前に立つ屈強な騎士は、彼女・シャーロット・バレリアを鋭い眼光で睥睨しながら、剣の切っ先をこちらに向けていた。
その背後に守られるようにして地面に膝をついているのは、シャーロットの婚約者でありこの国の王子であるコンラッドと、強い魔力を秘めた庶民上がりの男爵令嬢・マリアンヌ。
「ち……」
違うの、と弁解しようとしたが、シャーロットはこの後の展開が分かっていた。否、『知っていた』。だから『それ』と同じセリフを言うのを躊躇った。
これは、大好きだったティーンズラブ小説で、前世の自分が一番好きだったシーンだ。
身分違いの恋を邪魔する悪役令嬢。
それがシャーロット・バレリアである。
「…………」
前世の自分は、このシャーロットが好きだった。
ずっと想って来た王子が、まさか他の女に取られて、嫉妬に狂う役柄ではあったが、それは仕方のないことだ。
身分違いの恋も素敵だけれど、あの小説で一番可哀そうなのはシャーロットである。
彼女は侯爵令嬢。
身分が高すぎるが故に、その取り巻きはその権力の恩恵に与りたいだけの空っぽな友人しかおらず、シャーロットは常に孤独だった。
彼女の友達になれたらと、前世の自分は良くこの話に自分を投影したものである。
(だからって……これはなくない……?)
普通は幼少期に記憶を取り戻して、断罪を回避したり、中途半端な時期に思い出したとしてもそこから成り上がったりするものだ。
だがこれは――かなり危機的状況すぎやしないか。
剣を向ける黒髪の騎士は、シャーロットをいつでも殺せる態勢を崩さない。
剣と魔法の世界なので魔法を使えば逃げきれるかと思いきや、魔法は万能ではないことは、この世界に十八年生きてきたので知っている。
特に目の前にいる彼、レオン・アルバートンとシャーロットの魔法の相性は最悪だ。
すべてを吹き飛ばす風魔法の使い手であるシャーロットに対して、彼は土属性の魔法を使う。
この世界では風属性者は土属性者を攻撃する場合、その何倍もの魔力を必要とする。
レオンは戦場に立つこともある騎士であり、かたやシャーロットはただのお嬢様学生。この瞬間に、もう勝負はついているのである。
(ここでゲームオーバーか……)
シャーロットは潔く死を覚悟した。
どうせ彼女は小説の原作通りであれば、この後王子を傷つけた罪で断罪され、侯爵家からも国からも見放されて平民に格下げされて死ぬ運命なのだ。
苦しみながら死ぬより、いっそのこと一瞬で死んだ方が良いに決まっている。
(それに、死ぬ前に良い絵が見れたわ。挿絵だと構図的にレオン様の後ろ姿しか描かれてなかったからご尊顔仕ることはできなかったけど、想像通り良い男だった……)
キリリとした切れ長の目に、少しだけ前髪が顔にかかっているので顔の全ては見えないが、かなりの美丈夫である。
ハリウッドスターにだって、こんな綺麗な顔立ちの人はいないのではないだろうか。
(それにしても、二次元の世界が三次元になると、こうなるのか……)
死を覚悟したシャーロットの思考は、もう前世の記憶に引っ張られていた。
婚約者だというコンラッドも金髪碧眼のかなりの美形であり、その彼の身体をそっと支えているマリアンヌも超絶美少女。
今思えば自分の周りには綺麗な顔立ちの人が多いなぁ……と、薄々感じてはいたが、シャーロット自身も気の強そうな吊り上がった目元が悪役っぽいものの、美人の部類に入る顔立ちである。
(我が一生に一片の悔いなし! 眼福です! ありがとうございます!!)
いるかもわからない神に感謝を言いながら、シャーロットは目を閉じた。
せめて死ぬ時くらい、綺麗な顔を崩さずに死のうではないか。
(あぁぁぁあああ、でもやっぱり怖い! 剣で切られるの? それとも魔法!?)
死を覚悟したところで、シャーロットは十八年しか生きていない。前世の記憶を取り戻したところで、それは映画を観ているような映像としての記憶でしかなく、精神年齢がこの瞬間跳ねあがるわけではなかった。
「あ……、あの!!」
この緊迫した空気の中、素っ頓狂なことを聞くようだが仕方がない。恥を忍んで、シャーロットはせめてこれだけは聞いておこうと声をかける。
「…………」
返事はない。レオンはジリッと地面を踏みしめるだけで、唇は引き結ばれたままだ。
シャーロットはそんな素っ気ないレオンを見つめながら、震える唇を開いた。
「その剣の切れ味は、良いですか?」
「…………?」
「切れ味です! 死ぬなら一瞬が良いです! 剣でも魔法でも良いですけど、一瞬で息の根止めてください!!」
剣を突き付けられてはいるが、不意打ちの魔法攻撃の可能性もある。
こんなことを聞くより他の言うことがあるのかもしれないが、この国の王太子候補である第一王子を、婚約者とはいえ傷つけてしまったのだ。原作小説でもただでは済まなかったので、弁解も弁明も諦めている。
だから命乞いはしない。一応十八年侯爵令嬢としての教育を受けてきたのだ。貴族として生き恥を晒すつもりはなかった。
もし王子を傷つけた罪を償うために、苦しみながら死ねというのであれば、自分の魔法を使うしかない。
シャーロットは基本的に守りの魔法しか習わなかったが、それを応用して自分の首を切り落とす魔法くらいは持ち合わせていた。
シャーロットの魔法は「自分を守ること」に特化しているため、自分以外は守れない。
守れないということは、敵味方問わず周囲を巻き込むということだ。
それが、彼らに使ってしまった魔法だった。
(そうだ……、『シャーロット』はマリアンヌのことが嫌いだったけど、このときだけは守ろうとしただけだったのに……)
本当にただの当て馬要因でしかない、哀れな悪役令嬢だ。
シャーロットは、木の幹に身体を強打して伸びてしまっている暴漢たちをチラリと目で追った。
(あいつらみたいに、気絶できたらもっとよかったなぁ……)
ショッキングな現場ではあるものの、シャーロットの意識はハッキリしている。本来気弱な高貴な令嬢であれば、その気の弱さゆえに気を失ったりするものなのかもしれないが、生憎前世の記憶を思い出してしまった彼女にはそんな可愛らしい芸当などできるはずもなかった。
(くそっ……! 現代日本おそるべし! ブラック企業勤めだったのも不幸だったのに、ここまでツイてないなんて……)
次は何に生まれ変わるのだろうか。
それともこれが最後だろうか。
むしろこれは夢の中の出来事かもしれない。
(それはないか……)
現実逃避をしたくても、頭がそれを否定する。
夢オチなんて都合の良いことなど、あるはずもない。
そんなことを一瞬のうちに考えていると、レオンが静かに口を開いた。
「――それは私が判断することではありません」
原作小説にはないセリフだ。
だが、声が良い。
無駄に良い。
声優さんだと誰あたりだろう。
顔が良いと声も良いのか。
(あの作品、もしかして私の死後、アニメとかボイスドラマになったのかなぁ……)
どちらにせよ耳まで幸せにしてもらった。
「あぁ……本当に幸せな人生でした」
「いや……、私の話を聞いてますか?」
「まさかレオン様の声がこんなに良いなんて……。その声で罵られたい!!」
「――はぁ?」
思っていたことが、ついに声に出てしまった。
しかしそれに気づかないシャーロットは、その場で両膝を折り、胸の前で両手を組んで祈りのポーズを決め込む。
前世の彼女はかなりの「声フェチ」だった。
イケボの男性声優が特に好きで、「そういう作品」にもたくさん手を出していたのだ。
「シャーロット嬢。気でも触れましたか」
「それ良い! もっと言って!!」
「…………」
レオンの顔が、明らかに引き攣っていく。
それは周囲の学生たちも同じだ。
風魔法で王子とその『友人』を巻き込んで攻撃しておいて、一体何を言い出すのか、と皆困惑している。
「どうせ死ぬなら、あなたに罵られながら死にたいです!」
さぁ! とキラキラした瞳を向けると、レオンが数歩後ずさった。
それを目の当たりにしてから、「あ」と気づく。
(ヤバ……)
死に際になると、性癖が理性を超越して願望が声に出てしまうものらしい。
「――レオン」
今度こそ本当に頭が真っ白になり硬直していると、ずっと黙っていた王子・コンラッドが声を上げた。
「彼女はどうやら気がおかしくなったようだ。――よくわからないが、お前が面倒を見てやれ」
コンラッドも声が良い。だがタイプじゃない。
「殿下、しかし……!」
「お前も彼女の魔法特性をわかっているだろう。状況からして、俺たちを守ってくれたようだ。彼女に戦う意思はない。剣を納めろ」
「はっ」
コンラッドのその言葉に、レオンが剣を鞘に納める。
「それに彼女はお前のことが気に入ったようだ」
「…………」
にやり、と口角を上げたコンラッドは、立ち上がりながらレオンの肩に手を置く。
「よろしく頼むぞ」
「――御意に」
コンラッドは心配そうなマリアンヌを連れて、シャーロットに背中を向けた。
その背中を見つめながら、シャーロットは思う。
(私にかける声はなし、か。原作通りね。でも――)
展開が、少し違う。
彼らの間にこんなに長い会話はなかった。
原作通りなのは、最後の一言だけ。
(もしかして、もしかするのかな……?)
ありがちな、断罪ルート回避というフラグ。
この世界は乙女ゲームではないけれど、原作通りに事を運ばなければ――もしかしたら。
「殿下の命です。シャーロット嬢。私についてきてください」
大きな手が、シャーロットの前に差し出される。
この後、原作通りの展開が待っているかもしれないが、今は考えない。
シャーロットはうっとりとレオンを見つめながら、その大きな手を取った。
(本当に、もう死んでも良いかもしれない……)
彼女はひとり、幸せを噛みしめていた。
それはおそらく、テンプレと呼ばれる「良くある話」だ。
「あ……」
燃えるような長い赤毛を靡かせて立ち尽くす少女は、見るからに高貴な身分とわかる。
風の魔力保持者を意味する、緑色の瞳は長いまつ毛に縁どられ、スッと通った鼻梁やぷっくりとした桃色の唇は、まだあどけなさを残していた。
少女は大きく目を見開き、目の前の惨状に口元を手のひらで覆う。
――やってしまった。
その思いと同時に、自分のモノではない記憶が脳裏を駆け巡り、現状を理解することも困難な状況なのに、さらに頭がかき乱されて真っ白になっていく。
目の前に立つ屈強な騎士は、彼女・シャーロット・バレリアを鋭い眼光で睥睨しながら、剣の切っ先をこちらに向けていた。
その背後に守られるようにして地面に膝をついているのは、シャーロットの婚約者でありこの国の王子であるコンラッドと、強い魔力を秘めた庶民上がりの男爵令嬢・マリアンヌ。
「ち……」
違うの、と弁解しようとしたが、シャーロットはこの後の展開が分かっていた。否、『知っていた』。だから『それ』と同じセリフを言うのを躊躇った。
これは、大好きだったティーンズラブ小説で、前世の自分が一番好きだったシーンだ。
身分違いの恋を邪魔する悪役令嬢。
それがシャーロット・バレリアである。
「…………」
前世の自分は、このシャーロットが好きだった。
ずっと想って来た王子が、まさか他の女に取られて、嫉妬に狂う役柄ではあったが、それは仕方のないことだ。
身分違いの恋も素敵だけれど、あの小説で一番可哀そうなのはシャーロットである。
彼女は侯爵令嬢。
身分が高すぎるが故に、その取り巻きはその権力の恩恵に与りたいだけの空っぽな友人しかおらず、シャーロットは常に孤独だった。
彼女の友達になれたらと、前世の自分は良くこの話に自分を投影したものである。
(だからって……これはなくない……?)
普通は幼少期に記憶を取り戻して、断罪を回避したり、中途半端な時期に思い出したとしてもそこから成り上がったりするものだ。
だがこれは――かなり危機的状況すぎやしないか。
剣を向ける黒髪の騎士は、シャーロットをいつでも殺せる態勢を崩さない。
剣と魔法の世界なので魔法を使えば逃げきれるかと思いきや、魔法は万能ではないことは、この世界に十八年生きてきたので知っている。
特に目の前にいる彼、レオン・アルバートンとシャーロットの魔法の相性は最悪だ。
すべてを吹き飛ばす風魔法の使い手であるシャーロットに対して、彼は土属性の魔法を使う。
この世界では風属性者は土属性者を攻撃する場合、その何倍もの魔力を必要とする。
レオンは戦場に立つこともある騎士であり、かたやシャーロットはただのお嬢様学生。この瞬間に、もう勝負はついているのである。
(ここでゲームオーバーか……)
シャーロットは潔く死を覚悟した。
どうせ彼女は小説の原作通りであれば、この後王子を傷つけた罪で断罪され、侯爵家からも国からも見放されて平民に格下げされて死ぬ運命なのだ。
苦しみながら死ぬより、いっそのこと一瞬で死んだ方が良いに決まっている。
(それに、死ぬ前に良い絵が見れたわ。挿絵だと構図的にレオン様の後ろ姿しか描かれてなかったからご尊顔仕ることはできなかったけど、想像通り良い男だった……)
キリリとした切れ長の目に、少しだけ前髪が顔にかかっているので顔の全ては見えないが、かなりの美丈夫である。
ハリウッドスターにだって、こんな綺麗な顔立ちの人はいないのではないだろうか。
(それにしても、二次元の世界が三次元になると、こうなるのか……)
死を覚悟したシャーロットの思考は、もう前世の記憶に引っ張られていた。
婚約者だというコンラッドも金髪碧眼のかなりの美形であり、その彼の身体をそっと支えているマリアンヌも超絶美少女。
今思えば自分の周りには綺麗な顔立ちの人が多いなぁ……と、薄々感じてはいたが、シャーロット自身も気の強そうな吊り上がった目元が悪役っぽいものの、美人の部類に入る顔立ちである。
(我が一生に一片の悔いなし! 眼福です! ありがとうございます!!)
いるかもわからない神に感謝を言いながら、シャーロットは目を閉じた。
せめて死ぬ時くらい、綺麗な顔を崩さずに死のうではないか。
(あぁぁぁあああ、でもやっぱり怖い! 剣で切られるの? それとも魔法!?)
死を覚悟したところで、シャーロットは十八年しか生きていない。前世の記憶を取り戻したところで、それは映画を観ているような映像としての記憶でしかなく、精神年齢がこの瞬間跳ねあがるわけではなかった。
「あ……、あの!!」
この緊迫した空気の中、素っ頓狂なことを聞くようだが仕方がない。恥を忍んで、シャーロットはせめてこれだけは聞いておこうと声をかける。
「…………」
返事はない。レオンはジリッと地面を踏みしめるだけで、唇は引き結ばれたままだ。
シャーロットはそんな素っ気ないレオンを見つめながら、震える唇を開いた。
「その剣の切れ味は、良いですか?」
「…………?」
「切れ味です! 死ぬなら一瞬が良いです! 剣でも魔法でも良いですけど、一瞬で息の根止めてください!!」
剣を突き付けられてはいるが、不意打ちの魔法攻撃の可能性もある。
こんなことを聞くより他の言うことがあるのかもしれないが、この国の王太子候補である第一王子を、婚約者とはいえ傷つけてしまったのだ。原作小説でもただでは済まなかったので、弁解も弁明も諦めている。
だから命乞いはしない。一応十八年侯爵令嬢としての教育を受けてきたのだ。貴族として生き恥を晒すつもりはなかった。
もし王子を傷つけた罪を償うために、苦しみながら死ねというのであれば、自分の魔法を使うしかない。
シャーロットは基本的に守りの魔法しか習わなかったが、それを応用して自分の首を切り落とす魔法くらいは持ち合わせていた。
シャーロットの魔法は「自分を守ること」に特化しているため、自分以外は守れない。
守れないということは、敵味方問わず周囲を巻き込むということだ。
それが、彼らに使ってしまった魔法だった。
(そうだ……、『シャーロット』はマリアンヌのことが嫌いだったけど、このときだけは守ろうとしただけだったのに……)
本当にただの当て馬要因でしかない、哀れな悪役令嬢だ。
シャーロットは、木の幹に身体を強打して伸びてしまっている暴漢たちをチラリと目で追った。
(あいつらみたいに、気絶できたらもっとよかったなぁ……)
ショッキングな現場ではあるものの、シャーロットの意識はハッキリしている。本来気弱な高貴な令嬢であれば、その気の弱さゆえに気を失ったりするものなのかもしれないが、生憎前世の記憶を思い出してしまった彼女にはそんな可愛らしい芸当などできるはずもなかった。
(くそっ……! 現代日本おそるべし! ブラック企業勤めだったのも不幸だったのに、ここまでツイてないなんて……)
次は何に生まれ変わるのだろうか。
それともこれが最後だろうか。
むしろこれは夢の中の出来事かもしれない。
(それはないか……)
現実逃避をしたくても、頭がそれを否定する。
夢オチなんて都合の良いことなど、あるはずもない。
そんなことを一瞬のうちに考えていると、レオンが静かに口を開いた。
「――それは私が判断することではありません」
原作小説にはないセリフだ。
だが、声が良い。
無駄に良い。
声優さんだと誰あたりだろう。
顔が良いと声も良いのか。
(あの作品、もしかして私の死後、アニメとかボイスドラマになったのかなぁ……)
どちらにせよ耳まで幸せにしてもらった。
「あぁ……本当に幸せな人生でした」
「いや……、私の話を聞いてますか?」
「まさかレオン様の声がこんなに良いなんて……。その声で罵られたい!!」
「――はぁ?」
思っていたことが、ついに声に出てしまった。
しかしそれに気づかないシャーロットは、その場で両膝を折り、胸の前で両手を組んで祈りのポーズを決め込む。
前世の彼女はかなりの「声フェチ」だった。
イケボの男性声優が特に好きで、「そういう作品」にもたくさん手を出していたのだ。
「シャーロット嬢。気でも触れましたか」
「それ良い! もっと言って!!」
「…………」
レオンの顔が、明らかに引き攣っていく。
それは周囲の学生たちも同じだ。
風魔法で王子とその『友人』を巻き込んで攻撃しておいて、一体何を言い出すのか、と皆困惑している。
「どうせ死ぬなら、あなたに罵られながら死にたいです!」
さぁ! とキラキラした瞳を向けると、レオンが数歩後ずさった。
それを目の当たりにしてから、「あ」と気づく。
(ヤバ……)
死に際になると、性癖が理性を超越して願望が声に出てしまうものらしい。
「――レオン」
今度こそ本当に頭が真っ白になり硬直していると、ずっと黙っていた王子・コンラッドが声を上げた。
「彼女はどうやら気がおかしくなったようだ。――よくわからないが、お前が面倒を見てやれ」
コンラッドも声が良い。だがタイプじゃない。
「殿下、しかし……!」
「お前も彼女の魔法特性をわかっているだろう。状況からして、俺たちを守ってくれたようだ。彼女に戦う意思はない。剣を納めろ」
「はっ」
コンラッドのその言葉に、レオンが剣を鞘に納める。
「それに彼女はお前のことが気に入ったようだ」
「…………」
にやり、と口角を上げたコンラッドは、立ち上がりながらレオンの肩に手を置く。
「よろしく頼むぞ」
「――御意に」
コンラッドは心配そうなマリアンヌを連れて、シャーロットに背中を向けた。
その背中を見つめながら、シャーロットは思う。
(私にかける声はなし、か。原作通りね。でも――)
展開が、少し違う。
彼らの間にこんなに長い会話はなかった。
原作通りなのは、最後の一言だけ。
(もしかして、もしかするのかな……?)
ありがちな、断罪ルート回避というフラグ。
この世界は乙女ゲームではないけれど、原作通りに事を運ばなければ――もしかしたら。
「殿下の命です。シャーロット嬢。私についてきてください」
大きな手が、シャーロットの前に差し出される。
この後、原作通りの展開が待っているかもしれないが、今は考えない。
シャーロットはうっとりとレオンを見つめながら、その大きな手を取った。
(本当に、もう死んでも良いかもしれない……)
彼女はひとり、幸せを噛みしめていた。
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