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第三章
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しおりを挟む「──鈴木よ、許せ……」
「だからお前は鈴木に何をしたんだッ!!」
氷木でできた氷の建物。冷たいのかと思ったが意外とそうでもなかったその中へ足を踏み込めば、いきなりのように冒頭の文を叩きつけられた。言葉として降り掛かってきたそれを振り払うようにつっこんだジルに、店員らしき人物は下げていた頭を上げる。
「えっと、すみません。これが我々の業界での、あの、挨拶なんです……」
そう言ったのは、困ったようなタレ眉が特徴的な女性だった。
女性の瞳の色は青みがかった鮮やかな緑、孔雀青。青緑とも呼ばれるその色に、合わせるように彩色された髪の色は水の色だ。
顔の隣──より少し下の方で、片方ずつ、青いリボンを使用し止められたそれは、女性の動きとともに微かに揺れ動いている。
白と青だけを用い作成された店員服は、可愛らしくも清楚感溢れるデザインだ。その服に身を包んだ彼女は、落ち着かないのか、右に、左に、視線を泳がせ、やがて俯く。
「え、えっと、それで、あの……」
悩む女性。チラチラと向けられる視線に堪えかねたのか、ミーリャが前へ。やけに威張った様子で腕を組んだ。
「コート!」
「は、はひ!」
女店員は転がるように商品の方へ駆けて行く。
綺麗に陳列された衣服類を漁りながら、客の望むものを探す姿はなんだか哀れだ。慌てすぎてすっ転んでいるが、果たして大丈夫なのかどうなのか。少々不安である。
「おい、ミーリャ。その態度さぁ……」
「悪なら悪らしく、堂々としてるのが一番なのね」
「あら、それを言うなら盗んだ方がよっぽど悪らしいわ」
「それ、あの男に言ってみれば?」
振り返ることなく背後を示したミーリャ。彼女の示した方向を見れば、難しい顔をしているオルラッドがいた。『盗む』というアランのセリフに、大いに悩んでいる様子だ。
悪を嫌う正義の塊のような男に、この話題は少し難易度が高すぎたか。次はもう少しレベルを下げた会話をしよう。
心に決めたジルは、そこで漸く、この場に欠けている者がいることに気づく。
「あれ? にーには?」
「ん? ああ、煙草を吸ってくるとかほざきながら出ていったよ」
「ほざくって……」
仲良くしてくれよ、頼むから……。
彼らの不仲さを、今後どうにかしていかなければな、と密かに考える。少女二人はともかくとして、彼女たちより年上の彼らが反発し合っている方が、いろいろと面倒なのだ。
もしもの時は止められないし……。
そうこうしていると、女店員がその細い腕に厚手のコートを人数分抱え、戻ってくる。重いのかどうなのか、足と腕を震わせる彼女は、正直見ていられない。
「あ、ありがとうございます。手伝いますよ」
「い、いえ、大丈夫です」
手を貸そうとしたジルにそう告げ、彼女は近くにあった机に抱えていたものを置いた。広がるそれらが落ちないように気をつけつつ、彼女は言う。
「コートはこの一種類のみの取り扱いになります。今ある色をとりあえず全種持ってきてみましたが……」
「あら、意外と素敵なデザインね! でも、女性物みたい……ジル様やオルラッドはともかく、にーには着れないわね」
困ったようなアランのセリフに、オルラッドが片手をあげて、輝かんばかりの笑顔と共に会話に乱入。
「いや、俺も結構。この服で問題はない。ジルとミーリャ、それからアランだけが着るといい。俺は着ない」
「必死だなおい……」
あと自分も大丈夫だからと断ったジルは、とりあえず白と薄桃色のコートだけを購入した。
コートを購入し、すぐにそれを身につけたミーリャとアラン。あったかー、と和んでいる彼女たちを背にしつつ外へと出たジルは、店の出入口近辺で座り込んでいたアドレンを発見。なぜか猫まみれの彼の姿に驚き、三度見する。
「な、なにしてんの、にーに?」
「戯れてる」
それは見ればわかります。
やけにあっさり返された返答に、なんと言葉を紡ぐべきかを考える。
いや、というかなぜ猫?にーにもしかして猫派?俺実は犬派なんだけど。これもしかして戦争起こる?
くだらないことを考えるジルに文句を言うように、ポチが彼の獣耳に歯を立てた。
「あいったぁああ!? なにすんのポチ!!」
「ギュエッ!!」
憤慨したような鳴き声と共に、近くにいたオルラッドの肩へと飛び乗るポチ。その様子に「浮気ですか!?」と叫ぶも、ポチはご機嫌斜めなのか知らん振り。そっぽを向いたまま停止する。
「お、おのれイケメン! 我が子まで落とすとはなんたることか! お父さん許しませんよ!」
「お、落ちつこう、ジル。俺は別になにもしてないし、この子は恐らくし──」
「おい」
騒がしい二人に文句を言うように、アドレンが言葉を発す。当然、声に反応した彼らはその動きを一旦停止させ、顔を彼の方へ。続くであろう言葉を待つ。
「……お前ら、店の中で誰と会った?」
「へ? かわいい店員さんだけ、だけど……あれ? にーに見てないの?」
「俺は入る前に出た」
なんか言ってること若干おかしい気がする。が、まあいいや。
何か気がかりなことでもあるのか、煙草を吹かしながら考えに耽るアドレン。その目が若干鋭くなっていることに恐怖するジルの隣、何かに気づいたオルラッドが頭を抱えた。やってしまった、そう言いたげな彼に、ジルのかわりにポチが首を傾げる。
「目的はどちらだ? いや、そもそもいつからこんな事に……」
「街の状況を見てみろ。目的なんざねぇし全ては最初から起こってやがった。コレクション集めかなんか知らんが、舐めたことしてくれやがる」
フッと煙を吐き出し、そのまま火のついた煙草を握り潰すアドレン。立ち上がった彼は猫達を追い返すように片手を払うと、状況についていけないジルとオルラッドの前を通り過ぎる。
その際、彼はひどく静かな声でこう告げた。
「──手ぇ貸せ。敵を叩く」
その言葉により、ジルは漸く気づく。この場に、アランとミーリャがいないということに……。
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