16 / 76
第一章 名家の子
15.綺麗な子
しおりを挟む「喰え!!! お前らも喰うんだ!!! 」
響く声。貫かれた肩が痛くて震えながら涙を流す彼女に、容赦なくそれらは笑う。歪に。残酷に。残虐に。
「有り得ないくらい美味い味だ!!! この世にまたとない味だ!!! 幸いにもこのガキは黒髪、つまり禁忌!!! 喰っても誰も文句は言わないっ!!! 俺らは不老不死になり得るんだ!!!!」
ズドンッ、と落とされた鎌の切っ先に、歯を食いしばる。痛いと叫びたい。怖いと逃げたい。されど、現実はそれを許してくれない。
「うまい」
「最高だ」
「これで俺らも神々に」
「もっと寄越せ」
「もっと、もっと!」
狂った目をした輩どもが、手を伸ばしてくる。それにハッと目を見開いた時、リレイヌは大きなベッドの上。息を乱して転がっていた。締め切られたカーテンの隙間から入り込む陽の光が、彼女のいる寝室を微かにだが照らしている。
「……ここ、は……シェレイザ、の……」
震える息を吐き出し、リレイヌは起き上がった。額に僅かばかり滲んだ汗をそのままに、無言でシーツを握る手を見つめる彼女の顔色は悪い。
一拍、二拍。黙って、もう一度息を吐いてから、少女は寝ていたベッドを降りて衣装ダンスへ。そこから真新しい衣服を取りだし、着替えて廊下に歩み出る。
「……ん?」
と、出た先に、誰かいた。丁度こちらに歩いてきていたらしいそれは、子供だ。丁度リオルたちと同じくらいに見えるその子供は少年で、癖のある茶の髪と金色の瞳を持っている。
リレイヌは歩行の邪魔をしないよう、今しがた出てきた部屋の扉まで足を下げた。それを横目、少年は無言で彼女の前を通過していく。
「……綺麗な子」
このお家の人かな?、と首を傾げる。そんなリレイヌに、「あ! おはようございます!」と明るい声がかけられた、振り返れば、そこにはアジェラの姿が存在する。今日は草を刈っているようで草刈りの道具を手にした彼は、頭に麦わら帽子を被っていた。
「おはようアジェラ。お仕事中?」
「はい。今から中庭の雑草を取りに行くつもりです」
「私も行っていい?」
「どうぞどうぞ!」
明るい彼に微笑み、並んで中庭を目指す。
「それにしても、リレイヌさまはよくお眠りになるんですね。もうお昼ですよ」
「うん。なんでかわからないけど、いつも寝ちゃう。寝るの好き」
「あはは、寝る子は育つって言いますし、良いことですね」
話しながら廊下を進み、階段を降りて一階へ。なにやらソワソワとした様子のメイドたちを不思議に思いながら渡り廊下まで行けば、そこから既に中庭は見える。
とても広く、美しい庭だった。
真っ赤なバラが咲き誇るそこは、シェレイザ家の人間がせっせと手入れしているが故に、荒れた様子はひとつも無い。
小さな小鳥が羽休めをしているのをちらりと見て、リレイヌは先行くアジェラを追いかけるように渡り廊下から中庭へ。ザクザクと土を踏みしめ、道具を地面に置くアジェラの傍で足を止める。
「……あ」
ふと、そこで庭の奥に人を見つけた。どこかお金持ちを彷彿とさせる整った服を身に纏うその者は、眉を寄せて明るい空を見上げている。癖のある茶の髪に、金色の瞳。先程部屋の前で見た少年だ、と、リレイヌはひとり思考。しゃがみこみ、邪魔な雑草を抜いていくアジェラを一瞥してから、少年の方へと歩み寄る。
「こんにちは」
声をかけた。
少年はそれにビクリと震えると、驚いたように振り返る。
「初めまして。私リレイヌ。貴方のお名前は?」
「……」
問うリレイヌに、声をなくしたように沈黙する少年。目を見開き硬直する彼に、彼女はこてりと首を傾げる。
「あの……」
「……」
「ええっと……」
「……」
「……アジェラー」
相手が喋らないのでどうしようもない。
リレイヌは仕方なく、振り返ってシェレイザ家の使用人を呼んだ。呼ばれた彼は不思議そうに顔を上げ、リレイヌの傍へ。「如何なさいました?」と問いながら自然と少年を見て、素っ頓狂な声を上げる。
「りりり、リピト様!!!???」
サッと青ざめたアジェラは、そこですぐさま頭を下げた。深々と下ろされたそれに、少年がハッとしたように意識を戻す。
「す、すまない。シェレイザ家の人間だな? 悪いが道案内をお願いできるか?」
「か、かしこまりましたっ! どこへお連れすればよろしいでしょう!!!」
「ああ、応接室に……」
「は、はい! すぐにでも! ──リレイヌさま、ちょっとこれ、持っててください!」
慌てた様子で帽子やらなんやらをリレイヌに預けたアジェラは、そのまま「こちらですっ!」と少年を誘導。誘導された少年はキョトンとするリレイヌを一瞥してから、そのまま何も言わずに歩いていく。
残されたリレイヌはひとり、目を瞬き考える。
リピトさま。
どこかで聞いたことあるなと、そう思った。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
【完結】では、なぜ貴方も生きているのですか?
月白ヤトヒコ
恋愛
父から呼び出された。
ああ、いや。父、と呼ぶと憎しみの籠る眼差しで、「彼女の命を奪ったお前に父などと呼ばれる謂われは無い。穢らわしい」と言われるので、わたしは彼のことを『侯爵様』と呼ぶべき相手か。
「……貴様の婚約が決まった。彼女の命を奪ったお前が幸せになることなど絶対に赦されることではないが、家の為だ。憎いお前が幸せになることは赦せんが、結婚して後継ぎを作れ」
単刀直入な言葉と共に、釣り書きが放り投げられた。
「婚約はお断り致します。というか、婚約はできません。わたしは、母の命を奪って生を受けた罪深い存在ですので。教会へ入り、祈りを捧げようと思います。わたしはこの家を継ぐつもりはありませんので、養子を迎え、その子へこの家を継がせてください」
「貴様、自分がなにを言っているのか判っているのかっ!? このわたしが、罪深い貴様にこの家を継がせてやると言っているんだぞっ!? 有難く思えっ!!」
「いえ、わたしは自分の罪深さを自覚しておりますので。このようなわたしが、家を継ぐなど赦されないことです。常々侯爵様が仰っているではありませんか。『生かしておいているだけで有難いと思え。この罪人め』と。なので、罪人であるわたしは自分の罪を償い、母の冥福を祈る為、教会に参ります」
という感じの重めでダークな話。
設定はふわっと。
人によっては胸くそ。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
私はいけにえ
七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」
ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。
私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。
****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
婚約破棄ですか? 無理ですよ?
星宮歌
恋愛
「ユミル・マーシャル! お前の悪行にはほとほと愛想が尽きた! ゆえに、お前との婚約を破棄するっ!!」
そう、告げた第二王子へと、ユミルは返す。
「はい? 婚約破棄ですか? 無理ですわね」
それはそれは、美しい笑顔で。
この作品は、『前編、中編、後編』にプラスして『裏前編、裏後編、ユミル・マーシャルというご令嬢』の六話で構成しております。
そして……多分、最終話『ユミル・マーシャルというご令嬢』まで読んだら、ガッツリざまぁ状態として認識できるはずっ(割と怖いですけど(笑))。
それでは、どうぞ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる