死にたがりの神様へ。

ヤヤ

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第一章 名家の子

14.重なる知識と天の才

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「さて! 勉強の時間だよ!」

 ドンッと机上に置かれた大量の本たち。嫌そうに舌を出す睦月の隣、リレイヌは「おお」と声を上げた。

 シェレイザ家に匿われて、数日。リレイヌに知識を与えようということで、リオルたちは書庫に集まっていた。歴史や数学、言語などの本を取り出し備え付けのテーブルに置いた彼らは、囲うようにリレイヌを挟み本を開く。リレイヌはリレイヌで手元のノートを無言で見つめ、不思議そうに万年筆を手に取っていた。

「さ、勉強の時間だよ! まずは言語から学ぼうか!」 

「言語くらいわかんだろーに」

「文字にすると無理な人もいるだろ。睦月だってわからなかったんだからいろいろ言わない」

「ぐぬ……」

 睦月が口をつぐみ、よくわからないままにそれをリレイヌが笑う。無邪気なその姿に「なんだよ!」と怒る睦月は、リレイヌの柔らかな頬をつかんで引っ張った。もちもちとした頬が僅かに伸びる。

「うにーっ!」

「はっはっはっ! 笑うからこんな事になるんだ! 俺様を笑うなんざ百年はええってことをよく覚えとけ!」

「おいやめろよ睦月……」

 大人げないぞと注意され、大人じゃないのでと言い返す。子供特有の言い回しであるそれに、リオルは呆れたと言わんばかりに嘆息すると、言語の教科書を開いて見せた。じゃれ合う二人の視線が、開かれた本へと向けられる。

「いいかい、リレイヌ。この世界の言語は全て引っくるめて七千以上存在する。それを全部覚えるのはとても大変なことだから必要最低限の言語だけ説明するね。まずは英語、日本語、そして──」

 説明されていく言語の話を、リレイヌはふむふむと聞いていた。本当にわかっているのか、と言いたげな睦月の視線を無視して話に聞き入る彼女は、目にした本の内容を素早く読了し、それを全て暗記する。問いただされる質問に百パーセントの解答を返す彼女に、二人は瞠目。こりゃたまげたと驚きを露にする。

「リレイヌ、君もしかしなくても頭いい?」

「頭?」

「龍神は天才ってか。はー、こりゃ差別だな」

「差別?」

 わからない、と首をかしげる彼女に辞典を出し、単語の説明を施した。彼女はそれをスルスルと吸収し、なるほど、と一つ頷く。

「天才とは、天性の才能、生まれつき備わった優れた才能のことである」

「そうそう」

「睦月が言ってる。私天才。すごい人」

「そうそう」

 頷くリオルに彼女は笑う。純粋なそれに、リオルは彼女の頭を撫で付けた。優しく、壊れ物を扱うかのような慎重な動きだが、彼女はただ嬉しそうに微笑んでいる。

「あ、リオルさま! 睦月に、リレイヌお嬢様も……」

 と、そこへやって来た使用人のアジェラ。彼はまた掃除をしているのか、雑巾のかかったバケツとモップを手にしている。

「やあアジェラ。今から掃除?」

「いえ、今しがた終わったところです。今は片付けの最中で……皆さんはなにを?」

「勉強。リレイヌにいろいろ教えてるんだ。アジェラもやるかい?」

 問われたアジェラが「いいんですか?」と小首を傾げる。それに頷くリオルに、アジェラは笑顔に。「これ置いてきます!」と駆けていく。
 バタバタと忙しない音が遠ざかるのを耳に、リレイヌがそっとリオルを見た。

「リオル。あの子は……」

「ん? ああ、使用人のアジェラだよ。昔道端でボロボロになってるのを見つけてね。そこで声をかけて住み込みで働いてもらってるんだ」

「ボロボロ……」

 よく分からないと言いたげなリレイヌ。リオルはそんな彼女に優しく笑う。

「世界にはね、嫌なことも酷いこともたくさんあるんだ。でも、精一杯、みんな生きてる」

「生きてる……」

「うん。だからリレイヌも、頑張って生きようね」

 笑んだリオルにこくりと頷く。そんな彼女を横目で見やる睦月は、そっと小さく、目を伏せた。
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