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2章 〜ガールミーツガール〜

第7話:全力腕相撲

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 廊下では、男子や女子が熱狂的に私と蜜柑ちゃんを見ていた。
 腕相撲ごときでそこまで熱くなるの? と思いつつ、高麗こまちゃんに尋ねる。

「本当にやらなきゃダメなの?」

 私と蜜柑ちゃんはお互いの手を握って、いつでも始められる体勢になっているけども、それでも最終確認をした。

 なぜなら、負けたときの罰ゲームが嫌すぎるから。

 負けたら来週1週間ノーパンの刑。
 高麗ちゃんが言い出した鬼のような罰ゲーム。

 私が罰ゲームの内容を聞いて慌てている一方、蜜柑ちゃんは私を凝視して、1ミリも動かない。
 時間が止まったかのように完全停止していた。

「やっぱやーめた! とか無しだよ。もしもここで引くならましろん不戦敗で、来週1週間ノーパンの刑になるよ!」

「えぇ……。本当にそれやるの……嫌なんだけど……」

「やる! 私はやると言ったらやる女だから!」

 それ高麗ちゃんは被害ないじゃん……。
 1週間ノーパンの刑になるのは、私か蜜柑ちゃんだし……。

「ましろん、蜜柑ちゃん、準備はいい? 本当に『全力』『全開』『MAXパワー』で『異能力大爆発』腕相撲だからね?」

 はぁ……。
 ねぇ。
 どこまで本気なのやら……。

 高麗ちゃんは、本当のアームレスリングの審判のように、私たちの右手の上に自分の手を乗せている。
 そして、私と蜜柑ちゃんの顔を交互に見て、開始の合図をした。

「レディー、ゴー!!」


 廊下からの声が一層大きくなる。
 室内なのに甲子園球場にいるかのようなボリュームだった。

 私は「はぁ」とうんざりしながら、影から黒い手を出す。

 こちらの作戦は、このまま昼休み終了のタイムオーバーで、引き分け狙い。
 もし蜜柑ちゃんが全力を出してで腕を倒してきても、こっちには手が1000本以上ある。
 負けることはないだろう。

「……!!」

 蜜柑ちゃんは私の腕達を見て、一瞬だけ驚くような表情をする。

 うじゃうじゃと、教室の影という影から出てきて、私の手を支えた。
 ガッチリと固定され、最初の位置から動かない。

 よしっ!
 これなら大丈夫かな?

 そう思った瞬間、蜜柑ちゃんは席を立った。
 右肘は既に机から離れている。

 左手を添えて、全身の力で押す。 

「ちょ! それはんそ……」

 高麗ちゃんがこちらを見て、ニヤニヤとしていた。

 ここで「反則」と言ってしまったら、来週は蜜柑ちゃんが1週間ノーパンの刑になってしまうかも……。
 それは可哀そうかも……。

 ってか腕相撲のルールどうなってんの??

 彼女が全体重をかけても、小柄な蜜柑ちゃんvs1000本の手だから、負けることはないけど、双方に挟まれた私の手は痛い。

「ちょっと高麗ちゃん! この腕相撲のルールってどうなってんの? どうやったら『勝ち』でどうやったら『負け』なの?」

 高麗ちゃんは表情変えずニヤニヤして、私が痛がっているのをサディズムな目で楽しんでいた。

「相手に手の甲をつけさせたら勝ちだよ?」

「は、反則ルールとかは!?」

「んー。には無いよ? 肘を離しても、左手を使っても、今のましろんみたいに能力を使っても、オールオッケー! とにかく、手の甲さえ着けさせれば『勝ち』のルールだよ?」

「どこに着いたら負けなの? 微妙に濁しているけど……」

「今回の試合だと、教室の床か、今、ましろんが肘をついている机かな? まだまだ試合中だけど、それ以外に聞きたいことある?」

「ない!!」

 なんてアホなゲームをやっているんだろう。
 これが腕相撲????

 これが中学へ登校しなかった弊害か?
 中学に行かず、3年間研究所へ通っていたからこのゲームの楽しさが分からないのかな?
 
 廊下にいるクラスメイトはとても熱くなっていて、蜜柑ちゃんの行動に疑問に思っていないらしい。
 先ほどと変わらない熱量が送られていた。


 突然、手が引っ張られた。
 そっち側には力を加えていないので、当然私の身体も一緒に引かれる。

「わわっ!」

 椅子から落ち、そのまま体勢を崩してしまう。
 私の腕は思いっきり捻られた。
 
「痛ッ!!」

 痛みを逃そうと背中から倒れ込んでしまう。

 急いで『異能』を使って倒れるのを防いだ。
 黒の腕が網目状に絡まって安全装置になっている。

 ふぅ、せーふ……。

 一息安堵を挟むと、上から蜜柑ちゃんが飛び乗って来た。

 !?
 
「おおおおっとぉ!? 蜜柑ちゃんがましろんを押し倒していくぅぅ!!」

 高麗ちゃんは楽しそうに実況している。
 同じく楽しそうに廊下のクラスメイトはどよめいた。

 蜜柑ちゃんは、仰向けで倒れている私の右手に全体重を乗せてくる。
 小学6年生くらいの小柄な彼女なのに異常に重い!

「いたたたたた!! 蜜柑ちゃんいたいいたいいたい! はさまってる! はさまってるって!」

 影と蜜柑ちゃんで、右手はおせんべいになりそうだった。

「……。それなら影を消せばいい……」

「いやいやいや! 蜜柑ちゃん、この勝負まともにやろうと思っているの!? このまま時間をかけて引き分けにしようよ!!」

 それでも蜜柑ちゃんは力をかけてくる。
 勢いをつけて私の手を潰すような感じで。

「ごめんね」

 と言って、彼女を影で持ち上げる。
 頭、胸、肘、腰、膝に影を当て、こちらに体重がかからないようにした。

 やっぱり重い。

 この子くらいの体重だったら6本あれば余裕で持てるはずなのに、必要としたのは20本。
 それでもまだまだ重い。
 黒い腕がプルプルしている。

 見た目相応な体重ではなく、まるで、軽いボールだと思って手に持ったら鉄球だった時のように重い。

 さらに腕の量を増やして蜜柑ちゃんを支えた。

「ごめんね。うじゃうじゃしてて気持ち悪いかもしれないけど。このまま時間を……」

「……。本城真白……測定完了。戦闘モードへ移行」

「?」

「……。本城真白……ノーパン登校はあなた……」

 蜜柑ちゃんの目の色が変わった。オレンジ→赤へ。

 その瞬間、影の安全装置は力を失った。

 急激な浮遊感に襲われ、床に尻もちをついてしまう。
 影を見ると、鋭利な刃物でスパンと斬られたような切り口。

 何が起きた??

 かろうじて影は間に合って、手は着いていないけど身体はすべて着地済み。
 
「蜜柑ちゃん……考えなおそうよ……。このまま、このままでいこ?」

 しかし蜜柑ちゃんの気は変わらない。

 サラサラと私達の髪が風がなびく。

 不思議な風の流れができていた。
 天井には窓がないのに、そこから吹き付けるような風。
 
 それが一気に蜜柑ちゃんをブーストさせる。
   
 やっば、超痛い……。
 負けそう……。

「なにやってんの?」

 黒江の声と共に、上からの重さが無くなった。

 右手は床に着く前に止められてた。
 風の流れは健在だったけど、蜜柑ちゃんも空中で完全停止している。

「黒江……」

 黒江の念動力でが停止していた。

 廊下の人達の声も無い。

 熱狂的に騒いでいた彼らは、1人分通る道を開け、積み上げられていた。
 まるでスーパーで売っている米袋のように。
 文字通り。 

「真白、何やっているのって聞いているよ? あっ、これ買ってきたやつね?」
 そう言って、仰向けで寝ている私の胸にペットボトルのお茶を置いた。
「ほらほら、早く言わないと開放してあげないよ?」

「えっ……」

「温度差で出来た結露けつろで、真白の服べちゃべちゃになっちゃうよ?」

 服はじんわり濡れていく。
 ペットボトルの水滴が、服にどんどん侵食してきていた。

「あー、くろえんやっときた! ましろんは今、全力腕相撲をやっているのさ!」

 私が答えるよりも早く高麗ちゃんが答える。
 彼女は私の上にあるお茶を開封し、勝手に飲んでいた。

「全力腕相撲? 何それ? そんなことしたらこんな風な体勢になっちゃうの?」

「あー……。ましろんの場合はちょっと特殊だけどね……。でもでも! 負けたら罰ゲーム! 来週1週間ノーパンの刑なんだよ! 現在その勝負中!」

「んじゃ、その勝負今すぐやめてくれる? 私それ興味ないから」

 黒江は、念動力で私達を元に戻し、つながった右手を無理矢理に引きはがした。

「あー!! ましろんの負けー! 試合放棄で蜜柑ちゃんの不戦勝! 来週からノーパン登校の刑だよ~」

「何、意味わかんないこと言ってんの?」

「だーかーらー! 察しが悪いなぁくろえんは! 『異能力』でも『暴力』でも『なんでも』ありの全力腕相撲っていうゲームで、ましろんは試合放棄しちゃったの! それで罰ゲームなの! でもでもそれでも本来は! くろえんが蜜柑ちゃんと腕相撲をやるはずだったんだよ? いなかったからましろんがやることになったのさ!」

「あっそ」

 高麗ちゃんの発言を興味なさそうに聞いて、パンの袋を開けて食べて始めた。

 でしょうね。

 という感想しか漏れない。
 私でも流されて腕相撲をしたんだし、黒江は本気マジで興味ないだろうな……。

 すると、教師の外からは大ブーイングが発生しだした。
 黒江に積まれたクラスメイト達が文句を言っている。

「逃げんな―」
「つまんねーぞ!」
「ざこ!」

 口々に好き勝手言っている。 

「ほらほら! くろえんが邪魔したからみんな怒っているよ?」

「だから何? ってか腕相撲とか心底興味なんだけど? 私も真白も迷惑だと思っているんだけど、言わなきゃ分かんない? 白磁さん?」

「あー残念だなー……。蜜柑ちゃんと腕相撲してくれるだけでいいのにー。もし、くろえんがやってくれるんなら、ましろんの罰ゲームは、くろえんVS蜜柑ちゃんの勝負に持ち越してあげるのになー! みんなも2人の勝負楽しみにしているから、ね! やってよ!」

「はぁ、だっる……」

 自分1人で納めておくため息ではなく、こちらにまで聞こえるほど「嫌です」アピールをして、黒江は肘を着いた。

 足を組み、机に対して斜めの姿勢。
 これから腕相撲をする人の体勢ではない。

「この勝負のルールって何? 本当に使用していいの?」

「おー! くろえんやる気じゃん! うんうん! 反則ルールなんか特にないよ! 超能力でも魔法でもナイフでもなんでもござれ! 相手の手の甲を床につけるだけ!」

 当然のように蜜柑ちゃんも席に着く。
 しかし、さっき私に見せた目の色とは違い、赤くはない。
 赤→オレンジに戻っていた。

「……」

「本当にやっていいのね? 一瞬で終わって面白くないけど?」

 黒江は高麗ちゃんを少しだけ浮かせ、すぐに降ろす。
 つまり、これから念動力を使うということを示していた。

「いいよいいよ! それでこそ『全力』腕相撲なんだから!」

「はぁ……腕が千切れても知らないから」

 2人は机に肘をつき、右手を握る。
 高麗ちゃんは開始の合図を宣言した。
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