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協力
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暗い部屋で、毛布に顔を押し付けていた。唇をぎゅっと噛み締めたまま、涙で湿った毛布を、さらに濡らし続ける。
ちょっとでも力を抜けば、大きな嗚咽が漏れそうだ。
どこにも行きたくない。
だから、学校も休んだ。
部屋から一歩も出たくなかった。
それなのに、皮肉な事にトイレには行ったし、夜中にこそこそと、風呂にも入った。母さんが作って、部屋の前に置いてくれた食事にも手をつけた。それ以外は、ずっと毛布の上に倒れ込んでいた。
気が付けば、遼一の死から、一週間が経っていた。
お通夜や、告別式には、顔を出せなかった。
怖かったのだ。
遼一の死と向き合う事が、そして、遼一のおばさん達と顔を合わせるのが、怖かったのだ。
遼一が巻き込まれた事件は、事件か事故か自殺か分からないまま未だにベールに包まれていて、捜査は難航しているらしい。目撃者もいないし、遼一を轢いた運転手の証言も裏付けが取れないことから、警察はどちらかというと事故の可能性が濃厚だという見解を発表していたと、両親がぼそぼそと話していたのを、トイレに行くついでに聞いてしまった。
僕は、無力だ。
クズでバカで、友達一人も救えない、どうしようもない人間だ。
人間だと言うのも図々しい。
僕はゴミだ。塵芥のように何の意味もなく存在しているだけなのだ。
悲しみを自分への罵倒に変えてみたところで、余計に虚しくなるだけだった。
この数日間、何度も自分を卑下していた。だけど、そうしたところで何も起こらないことも、分かっていた。
そろそろ元の生活に戻って、現実と向き合わねばならない。
今の僕を遼一が見たら、絶対に嘲笑するだろう。鼻で笑って、これでもかとばかりに口汚く罵るに違いない。そして気がすんだら、最後は「立てよ、いつまでもうじうじしてんじゃねえ」と言い放つ。
都合の良い解釈だ。
死人に口無しというが、まさに遼一を冒涜するかのような、陳腐な妄想だ。
だけど、僕は、そんな妄想に頼らなければ、立ち上がることすらままならなかった。
ようやく、その妄想を励みにして立ち上がろうとした時、僕は小さく呟いた。
部屋の中に、かすれた情けなくて気持ち悪い僕の声がこだましたような気がした。
「遼一を殺した奴を、僕が見つける」
これが、一週間の間に考えたもう一つの僕の都合の良い妄想だ。
僕にはどうしても、運転手の人が出鱈目を言っているようには思えない。僕と別れるときに「また明日」と言って帰っていった遼一が、自殺をしたとも思えない。第一、自殺をする理由なんてどこにあるのだろう。
去年の例の事件に罪悪感をもって、死んだ少年への罪滅ぼしの為に俺も死ぬことにする……などと遼一が思うなんて、僕には到底考えられない。
遼一が死んだのは、事故でも自殺でもない。誰かに押されて、トラックに轢かれたんだ。
今のところ、誰も頼りにするつもりはない。
僕は優柔不断で気が変わりやすい性格だから、もしかしたら誰かに泣きつくかもしれないけれど、今の時点ではそんなつもりも予定もない。
どこまでも前途多難な思いつきだ。
もしも、本当にもしも、遼一が誰かに殺されたとして、その場合、僕が警察より早く、そして運良く犯人を見つけ出したとして、そいつが裁かれた時は、遼一に何もしてやれなかった僕自身を許せる気がする。
遼一にも、顔を合わせられると思う。
これもまた、僕の勝手な願望でしかない。
結局何をやっても、どれもこれも自己満足の域を越えられないのだから、自分に納得のいく事をしようと決めたのだ。
とりあえず、僕は部屋を出てリビングに行った。
部屋を照らす電灯が、やけに眩しいのと、両親の目が飛び出しそうなほど驚いた表情を見たのとで、可笑しくて吹き出しそうだったが、それをこらえて「今まで引きこもりまがいの事をしてごめんなさい」と頭を下げておいた。
父さんは「よかった」と頷き、母さんは涙ぐみながら「バナナがあるのよ、むいてあげよっか」などとわけのわからない事を言ったので、僕は無言で微笑み返した後、「コンビニ行ってくる」と行って、家を出た。
両親にはあまり遼一の事に触れてほしくない。
何となく、そう思ったのだ。
コンビニに行くというのは、勿論嘘だ。だけど帰った時に両親に怪しまれないように、ジュースの一本ぐらいは後で買っておくことにした。
そんなずる賢い僕が向かったのは、学校近くの公園、つまり、遼一が殺された現場のそばだった。
入り口付近のフェンスに、以前にはなかった遼一の為に手向けられた花束とたくさんのお供え、そして「目撃者を捜しています」などと書かれた看板が立てかけられていた。僕はその前でしばらく黙祷し、公園の敷地内に足を踏み入れた。
一見、普段と何ら変わらない夜の公園。灯りに照らされて、ベンチがぼうっと浮かび上がっている。
近付く。
誰にも見られないように辺りをはばかりながらそっと歩いていく様は、遼一には悪いけれど、スリル満点だった。
ベンチの側まで来ると、僕はそこに座りこんだ。ぼうっと僕達を照らす外灯を見て、ため息がもれる。
少なからず予測はしていたが、いつもと何ら変わらないただの深夜の公園だ。
これじゃあ、様子が分からないじゃないか。
舌打ちをする。
どんなに些細な事でも良かった。
遼一の服のボタンだとか、所持品とかが落ちていれば尚更良いけれど、どんなふうに彼がこの公園を横切り、そして誰かに会い、交差点へ突き飛ばされたのかを素人なりに予想したかった。
世の中そんなに甘くないなと、諦めて立ち上がる。今度は、まさに遼一が轢かれた場所となってしまった交差点に面した、ベンチ後ろの茂みを覗いてみようと思った。
思わぬ収穫があったのは、僕の手や爪が土まみれになって、立ち上がろうとしたら頭上の木の枝に頭が刺さりそうになって、慌てて頭を引っ込めたらバランスを崩して転んで後頭部を公園のフェンスにしたたか打ち付けた時だった。
遼一と犯人が争ったのか、僕の膝の高さぐらいの植木がバキバキに折れていた場所から、少し離れた場所に、キーホルダーが落ちていたのだ。
所々色の剥げた、どこかで見たことのあるクマのキーホルダーだった。
手がかりが欲しい。
僕はその一心で、後頭部の痛みで涙目になりながらも、そのキーホルダーを拾い上げた。
どこかで見たことがあると感じたから手に取ってみた。
僕にとっては、ただそれだけのつもりだった。
ジャリジャリという音がして、僕は思わず身を縮こめた。自転車を公園の入口に停めたのが間違いだった。
学校の前に停めれば良かったと、今更になって後悔する。これじゃあ、誰かが公園の中にいますといっているようなものだ。
「おい」
しばらくして、僕のすぐ後ろから声が聞こえてきた。
「ひいっ!」
僕は情けない叫び声を上げて、ますます身を固くした。
「お前、何してんだ?」
聞いたことのない声だ。顔を上げれば襲われそうな気がして、動かないでいようと思った。
「バカじゃねぇのお前、オレは殺人なんてしないから、起き上がれよ。服汚れるだろ」
腕を掴まれ、抗えなかった僕はされるがままに立ち上がった。目をしょぼしょぼさせながら相手を見る。
僕よりかなり背の高い、おそらく歳上の人だった。
「あの……」
「門のところにチャリがあったから、誰かいるんだろうなって覗いたらお前がいたんだ」
「ち、違います!僕は遼一を殺してなんかいません」
犯人は現場に戻ってくる。推理小説やドラマなんかでよく言われている言葉だ。もしもこの見知らぬ人が刑事だったりして、のこのこと現れた僕を見て、犯人だと勘違いして僕を捕まえに来たのだとしたら。そんな考えが頭をよぎり、咄嗟に叫ぶ。
「はあ?誰がそんなこと言ったよ?お前が殺人事件を起こすようには、到底見えねえよ」
そう言ってその人は、ケラケラと笑った。
僕は唖然とした表情で、その人を見つめた。
「あの、誰ですか?」
恐る恐る聞いてみると、すんなり返事が返ってきた。
「ん、俺か?荻野誠治。ちなみに君とは違ってちゃんとハタチ超えてるから補導されずにこうして深夜徘徊できる」
「……はぁ」
生返事をする僕には、萩野さんが同年代の少年に見えた。彼は、煙草やお酒なんかを買うと、年齢確認をされそうな風貌だった。
「僕は、後藤康介です。高校一年です。」
「はいはい。康介ね」
僕の自己紹介は、軽く流された。頼まれてもいないのに、勝手に名乗ったからだろうか。
初対面の人にいきなり親しくされるのも気が引けるけど、ちょっと寂しくなった。
「あの、荻野さんはどうしてここに?」
またおずおずと、僕は尋ねた。
「俺が君の友達を殺した犯人だから」
荻野さんは真顔で言ったものだからか、僕はかなり戸惑った。
「……訳の分からない事を言うのはやめてください」
「うん、ごめん」
すんなりと謝られて、拍子抜けをする僕。
「じゃあ逆に聞くけど、お前は何をしに深夜にここに来たんだよ。まさか警察の代わりに僕が犯人を見つけまーすとか思ってるんじゃねぇだろうな」
図星だ。無言のまま僕が頷くと、またゲラゲラと笑われた。
「そんなに大声で笑ってたら、誰かが来ます」
「おっ、なかなか言うね、探偵気取りの康介君」
荻野さんは皮肉たっぷりに言うと、ピタリと笑い止んだ。探偵気取り。そう呼ばれたことに少しだけ腹が立って、同時に違和感も抱く。
「なぜ、僕が探偵気取りなんですか?」
「お前も、追ってるんだろ。親友を殺した、ホントの犯人」
僕は驚いて萩野さんの顔を見た。どうしてそれを知っているんだろう。家を出てから誰にも会っていない。それにこの人とは初対面だ。どうして彼がこの近くで事故に遭って死んだ少年と、僕が親友同士だって知ってるんだろう。それに「親友を殺した、ホントの犯人」と彼は言った。やっぱり遼一は、誰かに殺されたんだろうか。
「どうして俺が、君の行動や気持ちを分かるんだって顔をしてるね。簡単さ。俺は刑事で、君の親友の件を担当している」
萩野さんは「内緒だぞ」と、ポケットから警察手帳を取り出し、僕に見せてきた。
「刑事……」
「どうやら警察では、この事件を事故だと断定しようとしている。近いうちに発表があるだろう。だが、そうは思っていない奴らも少なからずいてね。俺もその一人。運転手の証言にあった、遼一君が後ろ向きに飛び出してきたっていう一言が引っかかってね。こうして非番の日や空いた時間を利用して、俺独自で事件に向き合ってるんだ」
そうなんですかと、僕は呟いた。僕と同じことを考えている人が警察にもいる。そして、そんな人が僕に話しかけてきてくれた。奇妙な偶然に、僕は少しだけ感謝する。
「俺も協力してやろうか?」
「え?」
何を言ってるんですか、バカなんですかと聞きたくなる衝動をぐっとこらえる。警察の人が、一般市民の、しかも未成年にそんなことを言っていいのか。
「一人じゃ大変だろ?こんな俺だけどさ、なんか役に立てるかなぁと思って。駄目かな」
聞かれて、僕は戸惑った。さっきからこの人には動揺させられてばかりだ。
確かに、協力者が欲しいとは少なからず思っていた。だけどそれが見ず知らずの、ついさっき会ったばかりの人だったとしたら。
どうしたものかと考える。
荻野さんの顔を見る。見た感じでは害は全く無さそうだけど、人間なんて見た目じゃ判断出来ない。
刑事だというのは大嘘で、本当はこの人が犯人かもしれないのだ。
「駄目かな?」
痺れを切らしたのか、荻野さんはまた尋ねてきた。
「いえ、あの……」
焦る僕。うつむき、地面を見る。
断る理由は、無い。
「誰も信用出来ません」とか言ったとして、後で他の人と協力しているのを見られたら、気まずくなる。
そうなったとして「気が変わりました」とか言っても、不快感を抱かせてしまうだけだ。
こんな軽薄な関係だったとしても、誰かを苛立たせるのは嫌だった。
そう思った時点で僕には選択肢がひとつしか無い事に気がついた。
「よろしくお願いします」
協力を頼もうと決めた僕は深々と頭を下げる。少しわざとらしい気もしたが、「よろしくな!」とにこやかに言われて、そんな思いはすぐに消え去った。
思えば、せっかく協力してくれると言うのだから、その好意を仇にしてはいけないのだ。 世の中、見ず知らずの人に手を差しのべてくれる優しい人なんてわずかしかいないのだから、荻野さんとの出会いに感謝しなければいけない。
一度思い込むと、もうそのことしか考えられない僕は、荻野さんに対して抱いた不信感などとっくに忘れて、挙げ句の果てには連絡先の交換までしていた。
「あまり長居して、誰かに見つかっちまったら、ややこしい事になるぞ。たとえば、生活安全課の連中とかな」
荻野さんに言われて、僕達は公園から出た。
「じゃあ、何かあったら連絡するから。今日はもう遅いし、お前も家に帰ってゆっくり休めよ」
そう言って、ふらふらと帰っていく荻野さんを見送った後、僕も帰路についたのだった。
ちょっとでも力を抜けば、大きな嗚咽が漏れそうだ。
どこにも行きたくない。
だから、学校も休んだ。
部屋から一歩も出たくなかった。
それなのに、皮肉な事にトイレには行ったし、夜中にこそこそと、風呂にも入った。母さんが作って、部屋の前に置いてくれた食事にも手をつけた。それ以外は、ずっと毛布の上に倒れ込んでいた。
気が付けば、遼一の死から、一週間が経っていた。
お通夜や、告別式には、顔を出せなかった。
怖かったのだ。
遼一の死と向き合う事が、そして、遼一のおばさん達と顔を合わせるのが、怖かったのだ。
遼一が巻き込まれた事件は、事件か事故か自殺か分からないまま未だにベールに包まれていて、捜査は難航しているらしい。目撃者もいないし、遼一を轢いた運転手の証言も裏付けが取れないことから、警察はどちらかというと事故の可能性が濃厚だという見解を発表していたと、両親がぼそぼそと話していたのを、トイレに行くついでに聞いてしまった。
僕は、無力だ。
クズでバカで、友達一人も救えない、どうしようもない人間だ。
人間だと言うのも図々しい。
僕はゴミだ。塵芥のように何の意味もなく存在しているだけなのだ。
悲しみを自分への罵倒に変えてみたところで、余計に虚しくなるだけだった。
この数日間、何度も自分を卑下していた。だけど、そうしたところで何も起こらないことも、分かっていた。
そろそろ元の生活に戻って、現実と向き合わねばならない。
今の僕を遼一が見たら、絶対に嘲笑するだろう。鼻で笑って、これでもかとばかりに口汚く罵るに違いない。そして気がすんだら、最後は「立てよ、いつまでもうじうじしてんじゃねえ」と言い放つ。
都合の良い解釈だ。
死人に口無しというが、まさに遼一を冒涜するかのような、陳腐な妄想だ。
だけど、僕は、そんな妄想に頼らなければ、立ち上がることすらままならなかった。
ようやく、その妄想を励みにして立ち上がろうとした時、僕は小さく呟いた。
部屋の中に、かすれた情けなくて気持ち悪い僕の声がこだましたような気がした。
「遼一を殺した奴を、僕が見つける」
これが、一週間の間に考えたもう一つの僕の都合の良い妄想だ。
僕にはどうしても、運転手の人が出鱈目を言っているようには思えない。僕と別れるときに「また明日」と言って帰っていった遼一が、自殺をしたとも思えない。第一、自殺をする理由なんてどこにあるのだろう。
去年の例の事件に罪悪感をもって、死んだ少年への罪滅ぼしの為に俺も死ぬことにする……などと遼一が思うなんて、僕には到底考えられない。
遼一が死んだのは、事故でも自殺でもない。誰かに押されて、トラックに轢かれたんだ。
今のところ、誰も頼りにするつもりはない。
僕は優柔不断で気が変わりやすい性格だから、もしかしたら誰かに泣きつくかもしれないけれど、今の時点ではそんなつもりも予定もない。
どこまでも前途多難な思いつきだ。
もしも、本当にもしも、遼一が誰かに殺されたとして、その場合、僕が警察より早く、そして運良く犯人を見つけ出したとして、そいつが裁かれた時は、遼一に何もしてやれなかった僕自身を許せる気がする。
遼一にも、顔を合わせられると思う。
これもまた、僕の勝手な願望でしかない。
結局何をやっても、どれもこれも自己満足の域を越えられないのだから、自分に納得のいく事をしようと決めたのだ。
とりあえず、僕は部屋を出てリビングに行った。
部屋を照らす電灯が、やけに眩しいのと、両親の目が飛び出しそうなほど驚いた表情を見たのとで、可笑しくて吹き出しそうだったが、それをこらえて「今まで引きこもりまがいの事をしてごめんなさい」と頭を下げておいた。
父さんは「よかった」と頷き、母さんは涙ぐみながら「バナナがあるのよ、むいてあげよっか」などとわけのわからない事を言ったので、僕は無言で微笑み返した後、「コンビニ行ってくる」と行って、家を出た。
両親にはあまり遼一の事に触れてほしくない。
何となく、そう思ったのだ。
コンビニに行くというのは、勿論嘘だ。だけど帰った時に両親に怪しまれないように、ジュースの一本ぐらいは後で買っておくことにした。
そんなずる賢い僕が向かったのは、学校近くの公園、つまり、遼一が殺された現場のそばだった。
入り口付近のフェンスに、以前にはなかった遼一の為に手向けられた花束とたくさんのお供え、そして「目撃者を捜しています」などと書かれた看板が立てかけられていた。僕はその前でしばらく黙祷し、公園の敷地内に足を踏み入れた。
一見、普段と何ら変わらない夜の公園。灯りに照らされて、ベンチがぼうっと浮かび上がっている。
近付く。
誰にも見られないように辺りをはばかりながらそっと歩いていく様は、遼一には悪いけれど、スリル満点だった。
ベンチの側まで来ると、僕はそこに座りこんだ。ぼうっと僕達を照らす外灯を見て、ため息がもれる。
少なからず予測はしていたが、いつもと何ら変わらないただの深夜の公園だ。
これじゃあ、様子が分からないじゃないか。
舌打ちをする。
どんなに些細な事でも良かった。
遼一の服のボタンだとか、所持品とかが落ちていれば尚更良いけれど、どんなふうに彼がこの公園を横切り、そして誰かに会い、交差点へ突き飛ばされたのかを素人なりに予想したかった。
世の中そんなに甘くないなと、諦めて立ち上がる。今度は、まさに遼一が轢かれた場所となってしまった交差点に面した、ベンチ後ろの茂みを覗いてみようと思った。
思わぬ収穫があったのは、僕の手や爪が土まみれになって、立ち上がろうとしたら頭上の木の枝に頭が刺さりそうになって、慌てて頭を引っ込めたらバランスを崩して転んで後頭部を公園のフェンスにしたたか打ち付けた時だった。
遼一と犯人が争ったのか、僕の膝の高さぐらいの植木がバキバキに折れていた場所から、少し離れた場所に、キーホルダーが落ちていたのだ。
所々色の剥げた、どこかで見たことのあるクマのキーホルダーだった。
手がかりが欲しい。
僕はその一心で、後頭部の痛みで涙目になりながらも、そのキーホルダーを拾い上げた。
どこかで見たことがあると感じたから手に取ってみた。
僕にとっては、ただそれだけのつもりだった。
ジャリジャリという音がして、僕は思わず身を縮こめた。自転車を公園の入口に停めたのが間違いだった。
学校の前に停めれば良かったと、今更になって後悔する。これじゃあ、誰かが公園の中にいますといっているようなものだ。
「おい」
しばらくして、僕のすぐ後ろから声が聞こえてきた。
「ひいっ!」
僕は情けない叫び声を上げて、ますます身を固くした。
「お前、何してんだ?」
聞いたことのない声だ。顔を上げれば襲われそうな気がして、動かないでいようと思った。
「バカじゃねぇのお前、オレは殺人なんてしないから、起き上がれよ。服汚れるだろ」
腕を掴まれ、抗えなかった僕はされるがままに立ち上がった。目をしょぼしょぼさせながら相手を見る。
僕よりかなり背の高い、おそらく歳上の人だった。
「あの……」
「門のところにチャリがあったから、誰かいるんだろうなって覗いたらお前がいたんだ」
「ち、違います!僕は遼一を殺してなんかいません」
犯人は現場に戻ってくる。推理小説やドラマなんかでよく言われている言葉だ。もしもこの見知らぬ人が刑事だったりして、のこのこと現れた僕を見て、犯人だと勘違いして僕を捕まえに来たのだとしたら。そんな考えが頭をよぎり、咄嗟に叫ぶ。
「はあ?誰がそんなこと言ったよ?お前が殺人事件を起こすようには、到底見えねえよ」
そう言ってその人は、ケラケラと笑った。
僕は唖然とした表情で、その人を見つめた。
「あの、誰ですか?」
恐る恐る聞いてみると、すんなり返事が返ってきた。
「ん、俺か?荻野誠治。ちなみに君とは違ってちゃんとハタチ超えてるから補導されずにこうして深夜徘徊できる」
「……はぁ」
生返事をする僕には、萩野さんが同年代の少年に見えた。彼は、煙草やお酒なんかを買うと、年齢確認をされそうな風貌だった。
「僕は、後藤康介です。高校一年です。」
「はいはい。康介ね」
僕の自己紹介は、軽く流された。頼まれてもいないのに、勝手に名乗ったからだろうか。
初対面の人にいきなり親しくされるのも気が引けるけど、ちょっと寂しくなった。
「あの、荻野さんはどうしてここに?」
またおずおずと、僕は尋ねた。
「俺が君の友達を殺した犯人だから」
荻野さんは真顔で言ったものだからか、僕はかなり戸惑った。
「……訳の分からない事を言うのはやめてください」
「うん、ごめん」
すんなりと謝られて、拍子抜けをする僕。
「じゃあ逆に聞くけど、お前は何をしに深夜にここに来たんだよ。まさか警察の代わりに僕が犯人を見つけまーすとか思ってるんじゃねぇだろうな」
図星だ。無言のまま僕が頷くと、またゲラゲラと笑われた。
「そんなに大声で笑ってたら、誰かが来ます」
「おっ、なかなか言うね、探偵気取りの康介君」
荻野さんは皮肉たっぷりに言うと、ピタリと笑い止んだ。探偵気取り。そう呼ばれたことに少しだけ腹が立って、同時に違和感も抱く。
「なぜ、僕が探偵気取りなんですか?」
「お前も、追ってるんだろ。親友を殺した、ホントの犯人」
僕は驚いて萩野さんの顔を見た。どうしてそれを知っているんだろう。家を出てから誰にも会っていない。それにこの人とは初対面だ。どうして彼がこの近くで事故に遭って死んだ少年と、僕が親友同士だって知ってるんだろう。それに「親友を殺した、ホントの犯人」と彼は言った。やっぱり遼一は、誰かに殺されたんだろうか。
「どうして俺が、君の行動や気持ちを分かるんだって顔をしてるね。簡単さ。俺は刑事で、君の親友の件を担当している」
萩野さんは「内緒だぞ」と、ポケットから警察手帳を取り出し、僕に見せてきた。
「刑事……」
「どうやら警察では、この事件を事故だと断定しようとしている。近いうちに発表があるだろう。だが、そうは思っていない奴らも少なからずいてね。俺もその一人。運転手の証言にあった、遼一君が後ろ向きに飛び出してきたっていう一言が引っかかってね。こうして非番の日や空いた時間を利用して、俺独自で事件に向き合ってるんだ」
そうなんですかと、僕は呟いた。僕と同じことを考えている人が警察にもいる。そして、そんな人が僕に話しかけてきてくれた。奇妙な偶然に、僕は少しだけ感謝する。
「俺も協力してやろうか?」
「え?」
何を言ってるんですか、バカなんですかと聞きたくなる衝動をぐっとこらえる。警察の人が、一般市民の、しかも未成年にそんなことを言っていいのか。
「一人じゃ大変だろ?こんな俺だけどさ、なんか役に立てるかなぁと思って。駄目かな」
聞かれて、僕は戸惑った。さっきからこの人には動揺させられてばかりだ。
確かに、協力者が欲しいとは少なからず思っていた。だけどそれが見ず知らずの、ついさっき会ったばかりの人だったとしたら。
どうしたものかと考える。
荻野さんの顔を見る。見た感じでは害は全く無さそうだけど、人間なんて見た目じゃ判断出来ない。
刑事だというのは大嘘で、本当はこの人が犯人かもしれないのだ。
「駄目かな?」
痺れを切らしたのか、荻野さんはまた尋ねてきた。
「いえ、あの……」
焦る僕。うつむき、地面を見る。
断る理由は、無い。
「誰も信用出来ません」とか言ったとして、後で他の人と協力しているのを見られたら、気まずくなる。
そうなったとして「気が変わりました」とか言っても、不快感を抱かせてしまうだけだ。
こんな軽薄な関係だったとしても、誰かを苛立たせるのは嫌だった。
そう思った時点で僕には選択肢がひとつしか無い事に気がついた。
「よろしくお願いします」
協力を頼もうと決めた僕は深々と頭を下げる。少しわざとらしい気もしたが、「よろしくな!」とにこやかに言われて、そんな思いはすぐに消え去った。
思えば、せっかく協力してくれると言うのだから、その好意を仇にしてはいけないのだ。 世の中、見ず知らずの人に手を差しのべてくれる優しい人なんてわずかしかいないのだから、荻野さんとの出会いに感謝しなければいけない。
一度思い込むと、もうそのことしか考えられない僕は、荻野さんに対して抱いた不信感などとっくに忘れて、挙げ句の果てには連絡先の交換までしていた。
「あまり長居して、誰かに見つかっちまったら、ややこしい事になるぞ。たとえば、生活安全課の連中とかな」
荻野さんに言われて、僕達は公園から出た。
「じゃあ、何かあったら連絡するから。今日はもう遅いし、お前も家に帰ってゆっくり休めよ」
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