【完結】すり替えられた公爵令嬢

鈴蘭

文字の大きさ
12 / 95

アルフレッドの憂鬱

しおりを挟む
 三学年になってから、アルフレッドの目覚めは毎朝最悪な物となっている。
 「また、朝が来てしまった…」
 ぼそりと呟いた言葉を、傍仕えは聞かなかった事にする。
 嫌と言う程、アルフレッドの重たい心境が理解出来るのだ。
 今までは頻繁に会う事もなかったのだが、週末以外は毎朝個室で二人きりになってしまうのだ。
 婚約者の務めとして、マルゲリーターを公爵家へ迎えに行かなければならないこの時間が、アルフレッドは憂鬱で仕方がなかった。
 公爵邸の前に馬車を止め、マルゲリーターを出迎える為に待っているのだが、何をしているのかなかなか出てこない。
 使用人たちが、申し訳なさそうに右往左往しているのを、毎朝見届けるのも飽きて来た。
 彼女が約束の時間を守った事等、一度もないのである。
 アルフレッドは、時間に余裕を持って登園したいのだ。
 しかし毎朝公爵邸で無駄な時間を過ごす為、いつも遅刻ギリギリになってしまい、御者が慌てているのも知っている。
 王族を待たせるなど不敬にも程があるが、皇族の血筋だと信じて疑っていないマルゲリーターは、何をしても許されて当然だと思っているのだ。
 侍女がしつこく起こすとクビにされる為、マルゲリーターを起こすのはアマンダの役目なのだが、こっちの朝も遅いのである。
 オルターナ公爵がまずはアマンダを起こし、それからマルゲリーターを起こさせる。
 起こすだけでは、二度寝三度寝といつまでもベッドから出て来ないので、無理やり食堂へと連れて来るのがアマンダの役目なのだ。
 そしてマルゲリーターは、食べるのも遅かった。
 いや、目覚めた直後からよく食べられると思うほど、次から次へと食事を口に運ぶのである。
 特に甘いものが大好きなマルゲリーターは、食後のデザートだというのに何度もおかわりを要求して来るので、見かねた公爵が襟首を掴んで自室の鏡台の前に座らせるのだ。
 この時点で、アルフレッドがやって来る。
 王子を待たせているというのに、侍女たちの邪魔をし髪飾りが気に入らないだの、ファンデーションの色が悪いだのと文句を付けて来る。
 公爵が急ぐように促しても、全く聞き入れる事が無いのだ。
 そして王子を遅刻させる訳にはいかないと痺れを切らした公爵が、無理やり玄関ホールへと放り投げるのも、日課となっていた。
 「酷いですわ、お父様。こんな醜い姿で、アル様の前に出たくないのに。少しくらい遅れたって構わないでしょう」
 「いい加減にしなさい、マルゲリーター。殿下、お待たせして申し訳ございません。どうか、お目こぼしを」
 「もう良い。行くぞ、マルゲリーター」
 「アル様、おはようございます。ちょっと手直しをしたいので、待っていてね」
 「ならば、私は先に行く。共に遅刻をする気は無いのでな」
 「もう、せっかちなんだから」
 学園に入る歳になったというのに、まともな会話も出来ない婚約者に辟易しながら、手を差し伸べた。
 淑やかな令嬢ならば、そっと手を添えるだけだろうが、彼女は違った。
 がっちりと握り締めて来るので、反射的に手を引っ込めたくなるのを、王族としての矜持で耐える。
 馬車に乗り込むと、むせ返るような香水を纏ったマルゲリーターは、アルフレッドの隣に座り直す。
 アルフレッドの腕を己の胸の中に抱え込み、うっとりとした表情でキスを強請って来る婚約者に、吐き気を催すのも日課なのだろうかと考える。
 そっぽを向いても、懲りる事無く迫って来る彼女に、恐怖すら感じていた。
 「アル様。二人きりなんだから、遠慮しないで。学園を卒業したら、私たちは結婚するんだもの。おはようのキス位、皆やっている事でしょう」
 ネットリとした声音で、耳元で囁かれると、我慢出来ずに総毛立つ。
 「マルゲリーター。たとえ婚約者だとしても、過剰な触れ合いは慎むべき事だ。離れなさい」
 冷たい視線を向け、低い声で威嚇するように告げても気にする様子はない。
 「恥ずかしがるアル様も可愛いけど、私は情熱的に求めてくれる方が嬉しいな。それとも、我慢出来なくなるから、冷たくするの?私は今からしても構わないのよ。このまま二人で学園をサボって…」
 そう言いながらマルゲリーターは、アルフレッドの太腿を擦って股間へと手を伸ばそうとしたので、思わずその手を振り払い立ち上がって向かいの席へと移動した。
 「ふざけた事を言うな。公爵令嬢という身分でありながら、補欠で一般教養科に籍を置くなど、君は恥ずかしくはないのか。私は、婚約者が基礎的な知識もないと言うだけで、俯きたくなるほど恥ずかしいのだぞ。正直、門の前に馬車を止めるのですら、屈辱だ!」
 怒りでワナワナと震えながらも、拳をギュッと握りしめて、何とか冷静さを取り繕うとする。
 「酷い事を言わないで、アル様。私だって好きで入ったわけじゃないのよ。何かの間違いだと何度も抗議しているのに、きちんと評価をしてくれない学園長が悪いんだからね!」
 王弟でもある学園長の悪口を言うなど、この娘には常識という物が一切無いのだと、アルフレッドは再確認をした。
 「口を慎みなさい。学園長は私の叔父で、王弟だ。公爵令嬢ならば、その程度の常識くらい身につけているはずだろう」
 「私だって皇帝の血筋よ。この国で一番偉い女なんです」
 アルフレッドは一瞬呆気に取られていたが、今に始まった事ではないので、半ば諦めてもいた。
 「ルーカスに免じて、今の言葉は聞かなかった事にする。この国で一番地位の高い女性は、王妃だ。覚えておきなさい」
 マルゲリーターは、その後言い訳をしていたが、怒りを通り越して無の境地に陥ったアルフレッドの耳には届かなかった。
 アルフレッドは、決して一般教養科を蔑んでいるわけではない。
 高等教育を幾らでも受ける事が出来る立場でありながら、権力を振りかざすだけで王妃となるべく知識を身に付けていないマルゲリーター自身を、恥じているのだ。

 王立学園は、敷地が広大である。
 マルゲリーターが籍を置いている一般教養科の学舎がある敷地から、アルフレッドが籍を置いている成績優秀者の学舎がある敷地は、大きな塀に囲まれているので門も別になっている。
 その為毎朝送って行かなければならないアルフレッドは、王家の馬車を門前に止めるだけでも、羞恥で俯きたくなるのだった。
 それなのに目の前のこの女は、さかりの付いた雌猿の様に、ふしだらな事しか考えていない。
 会う度に胸を押し付けて来るのも不愉快だが、酷い時にはアルフレッドの手を掴んでスカートの中に入れようとするのだ。
 初めの頃は優しく注意をしていたのだが、興奮しているのか頬を赤く染めて、迫って来るのである。
 最近では相手が女性である事を知りながらも、怒り任せに声を張り上げる事も少なくは無い。
 そこまでしていると言うのに、何度もファーストキスを奪われそうになっている。
 馬車で二人きりになる時間が増えてからは尚の事、アルフレッドは貞操の危機まで感じる様になり、何度も公爵へ苦言を呈したのだった。
 しかし公爵は「マルゲリーターを喜ばせて下さい」と、意味の分からない返事しかして来なかった。
 父親でもある国王へ進言したが、何を考えているのか分からない表情で「その程度、自分で解決出来なくてどうする」と、返って叱りを受けるだけだった。
 まだ立太子もしていない学生の身でありながら、狭い馬車の中で迫り来る女体をうまく交わせと言う方が無理ではないのかと、アルフレッドが思うのも頷けた。
 なぜならば、甘いものをこよなく愛し動く事を好まないマルゲリーターは、アルフレッドよりも大きいのである。
 横にだが…
 マルゲリーターが入学して来てから、まだそれほど月日は経っていないのだが、アルフレッドは既に限界を感じている。
 本来ならば学園が終わったら送って行くのも婚約者としてのマナーではあるが、いつ来るか分からないマルゲリーターの為に、一般教養科の門前で待つ事はプライドが許さなかった。
 その為学園の終了時間が違うという理由を押し通し、帰宅時は別行動をしているのが唯一の救いになっている。
 マルゲリーターも、アルフレッドが終わるまで学園に残るよりは、さっさと帰宅し屋敷でのんびりしたいと思い了承した。
 公爵は、だらけている娘に対して、今更何かを言うつもりは無かった。
 どんなに態度を改めさせたところで、マルゲリーターに皇族の血は流れてはいない。
 むしろこのままの状態であれば、未来の王妃としての資格無しとして、第一王子との婚約が無くなるのではないかと期待をしているのだ。
 公爵家が生き残る為には、もはやそれ以外の道は無い。
 婚約が無くなれば、あの愚かな娘を他国の貴族へ嫁がせてしまおうともくろんでいる。
 頭は残念だが、父親の贔屓目で見たとしても美しく育ったと思っていたのだ、顔だけは。
 果たしてエレインの姿を見た後でも、同じ事を思えるのかは謎である。

 余談ではあるが、アルフレッドは頑なにファーストキスを守っているが、既に王妃に奪われている事を知らずにいた。
しおりを挟む
感想 366

あなたにおすすめの小説

婚姻無効になったので新しい人生始めます

Na20
恋愛
旧題:婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~ セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。 そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。 「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」 2025年10月24日(金) レジーナブックス様より発売決定!

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

【完結】役立たずの私はいなくなります。どうぞお幸せに

Na20
恋愛
夫にも息子にも義母にも役立たずと言われる私。 それなら私はいなくなってもいいですよね? どうぞみなさんお幸せに。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ

ごろごろみかん。
恋愛
「こちら、離縁届です。私と、離縁してくださいませ、陛下」 ある日、悪妃と名高いクレメンティーナが夫に渡したのは、離縁届だった。彼女はにっこりと笑って言う。 「先日、あなた方の真実の愛を拝見させていただきまして……有難いことに目が覚めましたわ。ですので、王妃、やめさせていただこうかと」 何せ、あれだけ見せつけてくれたのである。ショックついでに前世の記憶を取り戻して、千年の恋も瞬間冷凍された。 都合のいい女は本日で卒業。 今後は、余暇を楽しむとしましょう。 吹っ切れた悪妃は身辺整理を終えると早々に城を出て行ってしまった。

【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

処理中です...