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妹の婚約者

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 「お姉様、私婚約が整いましたのよ」
 「あら、おめでとう。知らなかったわ、お父様は何も仰って下さらないから…」
 「執務中はずっと一緒に過ごしているのに、愛されていないのね、お可哀想」
 「そうね…お仕事の話し以外は、殆どした事がないわ」
 「だからお姉様は、見放されたのよ。お相手はレジット候爵家の次男で、アーノルド様と言うの。我が家へ、入り婿として来て下さるのですもの」
 「え…それは…」
 「うふふ、馬鹿なお姉様。社交もしないで、家に閉じ籠って居るから悪いのよ。これからは、私とアーノルド様で伯爵家を継ぐから、安心してね」

 嘘よね?目の前が真っ暗になった。

 私は急いで、お父様の執務室に来たけれど…
 何を話したら良いのか、分からない。
 ワンピースの裾を握りしめて、突っ立っていた。
 「マーガレット、何時迄そうしているつもりだ。立っていないで、座りなさい」

 見兼ねたのか、お父様の方から、声を掛けて下さったわ。
 「はい、すみません」
 「何か用事があるのなら、簡潔に話しなさい」
 「あ…あの。侯爵家から、入り婿が来ると、デイジーから聞きました。本当なのでしょうか?」
 「本当だ。聞きたいことは、それだけか?」
 「いえ…何故、デイジーなのですか?私は…」
 それ以上は、喉が詰まって声に出来なかった。
 「お前はパーティに参加しなかっただろう。毎回デイジーが、侯爵令息から声を掛けられていたと、聞いている。その縁で、入り婿の話しが進んだのだ」

 私はパーティに出なかった訳では無いと、喉元迄込み上げて来た言葉を、無理やり飲み込んだ。
 お母様が、連れて行ってくれなかっただけなのに…
 言ったとしても、どうせ信じて貰えないのだし、今更状況が変る訳でもないのよね。
 「分かりました…私の今後は、どうなるのでしょうか」
 「どうもならんだろう。1年間、アーノルド侯爵令息には、お前の仕事を手伝ってもらう。その間に、爵位を継げる者かどうかの判断を下す。お前はしっかりと、自分の役割を果たしなさい」
 「承知…致しました…」


 その後自分が何をしていたのか、どうやって部屋に戻ったのか、何も覚えて無かった。
 侯爵家と、伯爵家での話し合いが、どの様に行われたのか分からないけれど…
 私の気持ちの整理が付かないまま、彼は執務を覚える為に、伯爵家へとやって来た。
 「初めまして、アーノルド・レジットです。これから、家族の一員としてお付き合いして頂きたく思います。どうか私の事は、アーノルドとお呼び下さい」
 見上げる程背が高く、漆黒の様な髪色に青空を思わせる碧眼の青年は、とても穏やかで礼儀正しかった。
 「デイジーの姉、マーガレット・オルトーです。私の事は、マーガレットとお呼び下さい」

 その日から父の執務室で机を並べ、昼間の殆どを共に過ごす様になった。
 彼はとても優秀で、私が一度説明しただけで、直ぐに理解してくれる。
 お父様はきっと彼の事を知っていて、私達姉妹のどちらかと、縁を結ばせるつもりだったのね。
 だからお母様は、何時もデイジーだけを、パーティに連れて行ってたのだわ。

 「…様。マー…様、マーガレット様。顔色が優れませんね、お休みになられた方が、宜しいのではありませんか?」
 「す、すみません。大丈夫です、少し考え事をしていただけですから。あの…何処まで、お話したでしょうか」
 「すみません、突然私が現れてしまった事で、混乱されているのでしょう。本来ならば、貴方が伯爵家を継ぐ予定でしたのだから…」
 「あ…いえ…気を遣わせてしまい、申し訳ありません」
 考えたって、仕方の無い事よね。
 貴族なのだから、家同士の婚約は、本人の希望に添えない事等珍しくはないもの。
 
 私は、何を期待していたのかしら…
 父の執務を手伝って、立派に爵位を継げば、家族として認めて貰えると。
 幼い頃に、両親からの愛情を求める事は、諦めたけれど。
 家族として認めて貰う事は、まだ諦め切れてなかったみたい。
 嫌ね、未練がましいわ。
 爵位を、継げなくなるだけなのに。

 「マーガレット、今日はもういい。部屋に戻りなさい」
 「はい、お父様、少し疲れたようです。申し訳ありませんが、お言葉に甘えて、今日は失礼致します」
 「お大事にしてください」
 涙が零れるのを必死に堪えて、部屋に戻って来た私は、決壊が崩壊したように泣き続けた。
 その泣き声は、部屋の外にまで聞こえていたようだけれど、慰めに来てくれる者は居なかった。

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