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最終話 【完結】だって私は妻ではなく、母親なのだから…

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 「本当ですか、ハンナとの婚姻を認めてくれるのですね」
 「随分待った甲斐があったわね」
 「ありがとうございます、父上。良かったな、ハンナ。これで君は、晴れて侯爵家の一員だ」
 「嬉しい、私この日をずっと夢見ていたの、早く本邸に越して来たいわ。ここのお屋敷は、別邸よりもずっと広くて豪華でしょう。一番日当たりの良い部屋を、私の部屋にしてね」
 「ハンナ、それはまだ早いよ。日当たりの良い部屋は、母上が使っているから、俺達は…」
 
 「何を勘違いしている。お前達の婚姻は認めよう、ナターシャとの離縁も認めよう。だが、お前達に爵位を渡すつもりは無い」
 「何を言っているのですか、父上。爵位を渡さないって、この家の息子は私だけです」
 「そうですよ、侯爵になるのはレックスです」
 「レックス、お前は侯爵家から籍を抜く。そんなに平民が良いのなら、二人で仲良く暮らすと良い。今後一切、侯爵家とは無関係だ。別邸に戻る事も許さない。今直ぐに、その目障りな女を連れて、この屋敷から出て行きなさい」

 「そんな、父上あんまりです。何故私が、侯爵籍から外されなければならないのですか」
 「そうよ、世継ぎはどうなるの」
 「己の私利私欲の為に、何の関係も無い令嬢を騙し、陥れた事。候爵家を継ぐに値するとでも、思っていたのか。お前の様な、悪を悪だとも気付かない息子等、もう顔も見たくない。この愚者達を摘まみだせ」

 「御意」

 「お待ち下さい父上。孫は、孫は可愛くはないのですか!父上」
 窓から庭を眺めていたら、護衛に腕を掴まれ、館から追い出された夫とハンナが出て来たわ。
 「離せ、俺はこの屋敷の世継ぎだぞ」
 「そうよ、私は侯爵夫人になるのよ。お前達は全員解雇してやる」
 相変わらず醜いわね…
 ハンナと目があったから、私は淑女の笑みで返してあげたわ。
 何時もとは、立場が逆になったわね。

 「ふざけないで、今直ぐ出て来なさい!ナターシャ、あんたが侯爵を誑かしたのね!私が侯爵夫人になれる日を、どれ程待ち望んでいたと思ってんのよ、この女狐が」
 「ハ…ハンナ?」
 夫の前で本性を曝け出してしまったけれど、良いのかしら?レックスが、驚いているわよ。

 「冗談じゃないわよ、レックス。私と結婚したかったら、何とかしなさいよ!平民になったあんたなんか、何の役に立つと言うの!労働もした事無い足手纏いなんて、願い下げだわ」
 「なっ。君がそんな薄情で下品な女だったなんて…私を騙していたのかっ」
 「騙される方が悪いんじゃない!せっかく子供迄産んだって言うのに、何もかも水の泡だわ、どう責任取ってくれるのよ!」

 騙したなと喚き散らす姿は、百年の恋も冷める程に、醜かったのだろう。
 夫とハンナは暫く罵り合っていたけれど、お義父様が呼んだ警務隊が駆けつけて、ハンナだけ連行されて行った。
 貴族が使う封蝋と、手紙の偽造をしたのだもの、行き先は重罪人が収容されている炭鉱ね。

 ハンナは贅沢三昧暮らしていたから、産後間もない身体での強制労働に、耐えられるのかしら?
 今はまだ、自分の犯した罪の重さに気付いていない様だけれど…
 「気付いたところで、今更よね。犯した罪が消える訳では無いのだもの」
 夫は、連行されて行ったハンナを、呆然と見送っていた。
 そして、窓越しに私の姿を見つけて謝罪して来た。

 「ナターシャ、私が間違っていた。これからは心を入れ替えて、君と子供を愛すると誓う。だから、父上に頼んでくれ、子供には父親が必要だろう」
 私は謝罪を受けるつもりは無いので、部屋の奥に引き籠った。
 「何処までも身勝手な人…」
 暫く外で喚き散らしていたけれど、世間体を気にしたお義父が出て来て、別邸の離れに住む事を許されていた。
 
 「まだ夫婦の縁は切れていないのよね…あんな人に騙されるなんて、私も愚かだったわ」
 彼に向けていた結婚当初の恋心は、もうすっかり消え失せてしまっていた。
 レックスは、急遽建てた粗末な家に、自分が住む事になるなんて…考えてもいなかったのでしょうね。
 「哀れな人…」


 ナターシャ様、旦那様がお呼びです。
 「分かったわ」
 私は、お義父様の部屋に来た。
 「すまない、ナターシャ。追い出すと言っておきながら、離れに住む事を許してしまった。籍を抜く迄の間だが、慈悲をくれないだろうか…」
 「気になさらないで下さい、お義父様。きっと、借家の方が良いと、レックス様も直ぐに理解出来ますわ」
 「そうか…報告書では聞いていたが、それ程に酷い環境だったのだな」
 私は、にっこりと微笑むだけに留めた。

 「レックス様は、産まれたばかりの子供を、一人でどうやって育てるのでしょうか?」
 「心配する事は無い、赤子は孤児院に預けた。勿論、侯爵家とは何の関係も無い事は伝えてある」
 「宜しいのですか?侯爵家の血を引いている子を、孤児院に入れてしまって」
 「構わない…あの子は、レックスには似ていなかった。例え侯爵家の血を引いていたとしても、孫として認めるつもりは無い」
 「そうですか…」
 可哀想に…せめて優しい家族に引き取られる事を、願いましょう。
 「愚息には、仕事を探す様に言ってある。泣き縋ろうが、二度目は無いとも伝えた」
 「レックス様は見目麗しい方ですもの、きっと直ぐに働き口が見つかりますわね」
 
 義両親は子供が産まれたら、私を騙して監禁した罪で、レックス様を警務隊へ突き出すつもりでいたようだけれど…
 私は、産まれて来る子供の父親が罪人になるのは嫌だったので、反対したわ。
 決してレックス様の為ではありません。


 その後、義両親に大切にされ、私は無事に元気な男の子を出産したの。
 誰が見ても間違いなく、侯爵家の血を引いていると分かる程夫に良く似ていて、大人になったら見目麗しい紳士になると思います。
 だけど、性格まで夫に似ない様に育てなくては、いけないわね。
 天使の様に可愛い息子に、義両親も私の両親も頬が緩みっぱなしで、私迄笑顔になるわ。

 そして約束通り、息子が侯爵籍に入るのと同時に、夫は離籍され私達の離縁も成立しました。 
 離籍された事がきっかけで、子が誕生した事を知った彼が、何度か会いに来たようですけれど…     本邸に入る事は、許されなかったわ。


 その後レックスは、平民として真面目に働いていた様です。
 孤児院にいれた息子を引き取ろうと、訪ねたみたいだけれど…
 面会した時に、全く自分に似ていない事に気付いたみたい。
 それで不審に思って、お義父様に連絡が来たの。
 
 その連絡を受けてから、義両親は孤児院を訪れたけれど…
 髪も瞳の色も茶色になって、ハンナの面影はあったけれど、レックスには似ていなかったのですって。
 あの子は、当時ハンナの護衛をしていた男の子供だった。 
 彼は、茶色の髪に、茶色の瞳だったもの。
 レックスを騙して、侯爵家を乗っ取る計画を、二人で立てていたと聞いた。
 当然彼は解雇されて、ハンナと同じ炭鉱に送られた。
 両親が二人共重罪人になってしまったけれど、子供は里親に引き取られたと聞いて安心しました。
 

 あれからまた月日が流れ、息子が5歳の誕生日を迎えた。
 プレゼントは何が欲しいか聞いたら、お父様が良いと言われたの。
 これには皆、頭を悩ませてしまったわね。
 私はもう、男性は懲り懲りよ、再婚する気なんて無いのですもの。

 あの時は凄く辛かったわ。
 わだかまりが無くなった訳でもないけれど、父親が居ない事に寂しさを訴えて来る息子には、勝てなかった…

 ハンナとレックスから受けた仕打ちは許せないし、許す気もないのだけれど、私は息子をレックスに会わせる事にしたの。
 義両親は反対してくれたけれど、大きくなった息子は、やっぱり彼に良く似ていたのだもの。

 父親を奪う権利は、私には無いのよ。

 数年ぶりに会ったレックスはすっかり変わっていて、息子と面会をして大人気も無く泣いていた。
 息子はとても素直で、心の優しい子に育っているのよ。
 初めて会った父親に、喜んで飛び付いて行ったの。
 あんなに嬉しそうな息子の顔は、初めて見たわ。
 我が子を愛おしそうに抱きしめて、一緒に遊んでいるレックスを見ていたら、きっと良い父親になるのだろうと思いました。

 私は彼を受け入れる事が出来ないけれど、息子の為なら心に蓋をしましょう。

 だって私は妻ではなく、母親なのだから…

おしまい

 ここまで読んで下さり、ありがとうございました<(_ _)>

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