上 下
5 / 9

第5話 本邸へ逃げました

しおりを挟む
 「ごきげんよう、陰気で惨めな奥様。今日は見せてあげたい物があるのよ、素敵な指輪でしょう。あんたの結婚指輪の何十倍も高いのよ」
 そう言って、三本の指からはみ出している、大きな宝石の付いた指輪を見せられた。
 「そうですか…羨ましいです」
 早く帰って欲しい。
 私は俯いて、愛人の機嫌が良くなる様に、演技をしていた。

 「ねぇ、あんた…体型変わったんじゃないの?」
 ビクッと、身体が小さく跳ねた。
 「それは…太ったのです」
 「あっはっはっはっは。男に捨てられて、惨めに閉じ籠ってばっかりだから、ブクブクとブタみたいに肥えて行くのよ。いい気味、そのまま太り続けなさい。そうだわ、レックスに頼んで、食事の量を増やしてあげるわね」

 ハンナは想像通り頭が軽い人だったらしく、私の体型を馬鹿にして、大きくなったお腹をこれみよがしに自慢しながら戻って行った。
 彼女の姿が小さくなって行く。
 「あんなに離れたのに、まだ笑い声が聞こえて来るわ。何が楽しいのかしら?」
 溜息が零れた。

 嫁いで来てから、溜息ばかり付いている気がするわ。
 両親も、義両親も手紙を受け取っているわよね?
 ハンナに見られてしまうから、返事は不要だとしたためてある。
 きっと驚いていると思うのだけれど、大丈夫上手く行くわ、もう少しの辛抱よ。


 最近ハンナが大人しくなったと思っていた頃、別館が慌ただしくなり、彼女が産気づいたと報告が来た。
 「陣痛で、動けなかったのね…」
 まるでこのタイミングを見計らっていたかの様に、義実家の馬車が私を迎えに来てくれたので、急いで乗り込んだ。

 離れに居た使用人達も連れて、そのまま本邸にいる義両親の元へ逃げて来たのだけれど…
 義両親は、私の手紙を読んだけれど、半信半疑だったようでとても驚いている。
 「ナターシャ、よく来てくれた。疲れただろう、部屋を用意しているから、休みなさい」
 「はい、お義父様。お言葉に甘えさせて頂きます」
 私が部屋に案内されて休んでいた時に、夫から速達便で世継ぎの男児が産まれたと報告が来た様で、義両親は余計に混乱したみたい。
 
 翌日朝食の席で、私の大きなお腹を見て、一体誰の子が産まれたのかと聞いて来た。
 手紙は急いでしたためた為、詳しい事情を義両親は知らなかったのだ。
 私は今迄の事や、ハンナの事も全て打ち明けたら、酷くお怒りになってらしたわ。
 「レックスは何を考えている、執事は何をやっているんだ?愛人との子を世継ぎにするなど、許される訳がないだろう」
 「そうよ。だからと言って、ナターシャをこんな酷い目に合わせるなんて…」
 お義母様は、途中から我慢出来なくなったのか、泣き出してしまった。

 「すまなかった、ナターシャ。不肖の息子だとは思っていたが…ここまで腐っているとは、親として情けない」
 「お義父様、お義母様私は今後、どうなるのでしょうか?出来る事ならば、レックス様とは、離縁しとうございます」
 「そうだな。其方の気持ちを、一番に考慮したい所だが…お腹の子は間違いなく我が侯爵家の血筋。私生児にする訳にはいくまい。申し訳無いが、子が産まれて来る迄、此処で辛抱してはくれないだろうか」
 「そうですわね。ナターシャは、母親になるのですもの。安心して出産に臨める場所が無いのは、問題ですわ。離縁は後になるとしても…そうね、貴方は私達の娘ですもの、出産後も此処に残ったら如何かしら。我が子と早々に離れる事になるのは、辛いでしょう」
 「そうだな。私達の目が届く場所ならば安心だ。あの馬鹿息子は、子が産まれたら追放しよう」

 「ですが…レックス様は、たった一人のお子ではございませんか。追放などされたら、世継ぎはどうなるのですか」
 「心配はいらない、世継ぎは親戚から探す。ナターシャは、無事に子を産む事だけを、考えていなさい。もし、元気な子が産まれたなら、爵位は孫に譲ろう」
 「そうよ、貴方は何も心配する事は、無いのよ。今迄本当にごめんなさいね、辛かったでしょう」
 お義母様は、優しく私を抱きしめて下さった。

 私は安心したのか、決壊が崩壊したように、泣きじゃくってしまったわ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

ある公爵の後悔

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
王女に嵌められて冤罪をかけられた婚約者に会うため、公爵令息のチェーザレは北の修道院に向かう。 そこで知った真実とは・・・ 主人公はクズです。

この罰は永遠に

豆狸
恋愛
「オードリー、そなたはいつも私達を見ているが、一体なにが楽しいんだ?」 「クロード様の黄金色の髪が光を浴びて、キラキラ輝いているのを見るのが好きなのです」 「……ふうん」 その灰色の瞳には、いつもクロードが映っていた。 なろう様でも公開中です。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

婚約破棄されなかった者たち

ましゅぺちーの
恋愛
とある学園にて、高位貴族の令息五人を虜にした一人の男爵令嬢がいた。 令息たちは全員が男爵令嬢に本気だったが、結局彼女が選んだのはその中で最も地位の高い第一王子だった。 第一王子は許嫁であった公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢と結婚。 公爵令嬢は嫌がらせの罪を追及され修道院送りとなった。 一方、選ばれなかった四人は当然それぞれの婚約者と結婚することとなった。 その中の一人、侯爵令嬢のシェリルは早々に夫であるアーノルドから「愛することは無い」と宣言されてしまい……。 ヒロインがハッピーエンドを迎えたその後の話。

初恋の相手と結ばれて幸せですか?

豆狸
恋愛
その日、学園に現れた転校生は私の婚約者の幼馴染で──初恋の相手でした。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

処理中です...