上 下
1 / 9

第1話 幸せの絶頂から地獄の底へ

しおりを挟む
 「ナターシャ、俺には、愛する人がいる。お前は彼女と同じ髪と瞳の色をしていたから娶っただけだ。この後からは、離れで大人しく過ごすんだな」 
 「待って下さい、何かの冗談ですよね」
 「冗談ではない、俺はハンナの為なら、何でも出来る。彼女の身分が低いと言うだけで、結婚を両親に反対されたのだ。お前は身分があるから、両親も賛成してくれた、只それだけだ。形だけでも、侯爵家の嫁になれたのだ、有難く思え」

 そう言うと、夫はベッドから降りて、衣服を纏いだした。
 「待ってください」
 縋ろうとする私に、侮蔑の眼差しで、さらに追い打ちをかけて来る。
 「それと…彼女は既に俺の子を身籠っている。お前との間に出来た子だと公表し、世継ぎにする。俺が良いと言う迄、外に出る事は禁じる。分かったな」

 「子供…世継ぎって…」
 夫から向けられる冷たい視線に、それ以上何も言えなくなってしまったわ。
 私を見降ろしたまま夫は、メイドに寝室から連れ出す様言ってから、部屋を出て行ってしまった。
 「どうして…」
 「あらあら、旦那様も残酷な事をなさるわね。貴方も運が無かったのよ、諦めた方が良いわ」
 直ぐにメイドが来て、私を嘲笑しながら身支度を整え、引き摺られる様に離れへと移された。

 「ほら、新妻様がいらっしゃったわよ。きちんとお世話して下さいね、陰気者同士、仲良くなれるでしょう」
 別邸のメイドは、私を乱暴に引き渡すと、笑いながら戻って行った。
 「奥様、大丈夫ですか?お労しい、直ぐにベッドへお連れ致します」
 「ありがとう…」
 昨夜、新婚初夜を迎えたばかりの新妻に、こんな酷い仕打ちが待っているなんて、考えてもいなかった。
 私は…どうなるのかしら?


 彼との出会いは、とある貴族家で開かれたパーティだった。
 私は伯爵家の娘で女性にしては背が高く、真っ白い肌は氷の様な冷たさを感じさせていた。
 髪と瞳の色が真っ赤な事もあり、更にキツイ印象を持たれる事が多い。
 結婚適齢期を迎えたけれど、パーティに出ても、言い寄って来る男性はいなかった。

 彼は、そんな私が見上げる程背が高く均整の取れた体格に、金色に輝くサラサラした髪から覗く碧眼は美しく、見る者を魅了する王子様の様だった。
 沢山の女性に囲まれていたのに、私を見つけると駆け寄ってきたのだ。
 初対面で熱烈なプロポーズをされ、その後も砂糖菓子の様な甘い言葉をささやかれ、毎日の様に素敵なプレゼントを持って会いに来てくれた。
 初めは警戒していたのだけれど、そんな彼の態度に絆されて、信じ切ってしまった私は愚かたっだのだろう。

 昨夜までの、幸せなひと時はなんだったのだろうか?
 彼の甘い囁きが、今でも耳に残っている。
 思い返してみたら、沢山人の集まる場所に、二人で出掛けた事は無かった。
 何時も侯爵邸か、伯爵邸で過ごす事が多く、結婚式も身内だけで済まされた。

 気怠い身体を無理に起され離れ迄来たけれど、ここは未来の侯爵夫人となる私が住むには、あまりにも質素で粗末だった。
 「奥様、お辛いでしょうけれど、寝室迄もう少しです」
 「ええ、頑張るわ」
 救いは、ここの使用人達が、私に同情的だった事。
 何かと気を遣ってくれたので、直ぐにベッドへ横になり、頭の中を整理する事が出来た。
 最初から、彼に愛されてはいなかったのね。

 愛人との子を世継ぎにする為に、私は選ばれたに過ぎない。
 この結婚が無効にならないよう、初夜の後で真実を継げられたのだと、これ以上は尽くす意味が無いと言われたのだ。
 用済みになったのだと理解は出来たけれど、まだ現実を受け止める事は出来なかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

ある公爵の後悔

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
王女に嵌められて冤罪をかけられた婚約者に会うため、公爵令息のチェーザレは北の修道院に向かう。 そこで知った真実とは・・・ 主人公はクズです。

この罰は永遠に

豆狸
恋愛
「オードリー、そなたはいつも私達を見ているが、一体なにが楽しいんだ?」 「クロード様の黄金色の髪が光を浴びて、キラキラ輝いているのを見るのが好きなのです」 「……ふうん」 その灰色の瞳には、いつもクロードが映っていた。 なろう様でも公開中です。

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

婚約破棄されなかった者たち

ましゅぺちーの
恋愛
とある学園にて、高位貴族の令息五人を虜にした一人の男爵令嬢がいた。 令息たちは全員が男爵令嬢に本気だったが、結局彼女が選んだのはその中で最も地位の高い第一王子だった。 第一王子は許嫁であった公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢と結婚。 公爵令嬢は嫌がらせの罪を追及され修道院送りとなった。 一方、選ばれなかった四人は当然それぞれの婚約者と結婚することとなった。 その中の一人、侯爵令嬢のシェリルは早々に夫であるアーノルドから「愛することは無い」と宣言されてしまい……。 ヒロインがハッピーエンドを迎えたその後の話。

初恋の相手と結ばれて幸せですか?

豆狸
恋愛
その日、学園に現れた転校生は私の婚約者の幼馴染で──初恋の相手でした。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

処理中です...