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ゆづちゃんが好きなだけ。ただ、それだけだよ
しおりを挟む蓮を追っていくと、いつかの河川敷グラウンドに着いた。
これから蓮が何をするのか――。
雨はいっそう酷くなっている。県境を流れる一級河川の水位が上がっていた。川は濁り、荒々しかった。ごうごうと唸っている。雨の匂いよりも、水と土砂、雑草が混じった土臭さが鼻をついた。
河川敷グラウンドには、ぽつぽつと水たまりができていた。
蓮は迷いなく、歩道から逸れ、グラウンドに降りていく。
「兄貴」
グラウンド脇の茂みで、蓮が屈む。そうして、見覚えのあるプーマのサッカーボールを手に、立ち上がった。
それは、大人が使うよりも一回り小さい、小学生用の四号球だった。
「ああ……」
懐かしさから、俺は思わず呻いた。
子どもの頃、日が暮れてもこのボールを蓮と結月と一緒に、三人で三角形になって蹴り合った。
ボール表面の塗装はほとんど剥げ、微かにプーマのマークが残っているぐらいだ。
「これ、ここに隠してるんだ。いつでも蹴れるように」
蓮が本当に楽しそうに、無垢な表情のまま言う。
「これをさ、一緒に蹴ろうよ」
蓮の意図がわからなかった。演技めいた仕草で雨空を仰ぎ、ゆっくりと顔を蓮へと向け直した。
「今、ここでか?」
「うん。ここで。できれば兄貴と一対一で、ボールを取り合いたい」
言うや、蓮がボールを蹴り上げた。緩やかな放物線を描いたボールが、10メートルほど離れた俺の足もとにぴたりと収まった。
「さすがだね、そのトラップ。足首のクッションが柔らかすぎる。やっぱ兄貴にはかなわないよ」
「おまえの方がトラップ上手いだろ。それに、おまえが蹴ったボールが正確すぎるんだよ」
蓮が、微笑んだ。何も言葉を返してこなかった。俺の声が聞こえていないようにも思えた。
が、
殺気のような、ぞくりとしたものを、蓮から感じた。
雨粒が蓮にあたる、次々と蒸発するように消えていった。
雨足がグラウンドの土に刺さり、煙る。
蓮が薄く、透きとおっていた。そんな風に思えてしまうのは、外灯の加減からか。蓮の足もとが途中で消えたように闇に溶けていた。
そんな蓮に対して、俺は呟く。
「蓮、おまえ、サッカーの鬼か?」
蓮は俺の声が聞こえていない、そんな素振りだった。じっと俺の口もとを見ていた。読唇するみたいに。
少しずれたタイミングで、蓮が破顔した。人懐こい笑顔だった。
「僕は、兄貴の――弟だよ。そして、サッカーが好きなだけ。ゆづちゃんが好きなだけ。ただ、それだけだよ」
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