上 下
30 / 71
15

ゆづちゃんが好きなだけ。ただ、それだけだよ

しおりを挟む

 蓮を追っていくと、いつかの河川敷グラウンドに着いた。

 これから蓮が何をするのか――。

 雨はいっそうひどくなっている。県境を流れる一級河川の水位が上がっていた。川はにごり、荒々しかった。ごうごうと唸っている。雨の匂いよりも、水と土砂、雑草が混じった土臭さが鼻をついた。

 河川敷グラウンドには、ぽつぽつと水たまりができていた。
 蓮は迷いなく、歩道から逸れ、グラウンドに降りていく。

「兄貴」

 グラウンド脇の茂みで、蓮がかがむ。そうして、見覚えのあるプーマのサッカーボールを手に、立ち上がった。
 それは、大人が使うよりも一回り小さい、小学生用の四号球だった。

「ああ……」

 懐かしさから、俺は思わずうめいた。
 子どもの頃、日が暮れてもこのボールを蓮と結月と一緒に、三人で三角形になって蹴り合った。
 ボール表面の塗装はほとんど剥げ、微かにプーマのマークが残っているぐらいだ。

「これ、ここに隠してるんだ。いつでも蹴れるように」

 蓮が本当に楽しそうに、無垢むくな表情のまま言う。

「これをさ、一緒に蹴ろうよ」

 蓮の意図がわからなかった。演技めいた仕草で雨空を仰ぎ、ゆっくりと顔を蓮へと向け直した。

「今、ここでか?」
「うん。ここで。できれば兄貴と一対一で、ボールを取り合いたい」

 言うや、蓮がボールを蹴り上げた。緩やかな放物線を描いたボールが、10メートルほど離れた俺の足もとにぴたりと収まった。

「さすがだね、そのトラップ。足首のクッションが柔らかすぎる。やっぱ兄貴にはかなわないよ」
「おまえの方がトラップ上手いだろ。それに、おまえが蹴ったボールが正確すぎるんだよ」

 蓮が、微笑んだ。何も言葉を返してこなかった。俺の声が聞こえていないようにも思えた。

 が、
 殺気のような、ぞくりとしたものを、蓮から感じた。
 雨粒が蓮にあたる、次々と蒸発するように消えていった。

 雨足がグラウンドの土に刺さり、煙る。
 蓮が薄く、透きとおっていた。そんな風に思えてしまうのは、外灯の加減からか。蓮の足もとが途中で消えたように闇に溶けていた。
 そんな蓮に対して、俺は呟く。

「蓮、おまえ、サッカーの鬼か?」

 蓮は俺の声が聞こえていない、そんな素振りだった。じっと俺の口もとを見ていた。読唇するみたいに。
 少しずれたタイミングで、蓮が破顔した。人懐こい笑顔だった。

「僕は、兄貴の――弟だよ。そして、サッカーが好きなだけ。ゆづちゃんが好きなだけ。ただ、それだけだよ」
しおりを挟む

処理中です...