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崩壊は、始まっていた

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 蓮――。

「兄貴、僕は、僕は、」

 窓ガラスが揺れた。風が強くなる。 遠く、マンション前の街路樹の、葉れの音まで聞こえてきそうだった。
 風でたわむ枝葉は、俺なのか、蓮もしくは結月なのか、それとも、俺たち三人全員なのだろうか。

 きっともう、俺たちは元の状態には戻れない。
 俺が、蓮のサッカー推薦の手続きを勝手にしなければ……結月のことを好きでなければ……蓮に嫉妬さえしなければ……サッカーなんてしなければ、……出会わなければ、よかったのだろうか?
 何もかもが、自分のせいに思えた。ままならない現実に、誰よりも弱い俺が真っ先に押し潰されている。

「蓮君、ごめんね。あたしは蓮君の想いには応えられない」
「それは、」

 蓮が一呼吸を置いた。結月に対峙するように、真っすぐな視線を向けた。

「僕が、ゆづちゃんの、実の、血の繋がった、弟だから? それとも――」

 蓮が諦めるように、話している途中で口を閉じた。
 風が、止んだ。
 海面になぎが訪れたような静けさ。でも、どこか危うい。 俺たちの崩壊は、始まっていた。

「思ってたよ、僕とゆづちゃんは似てるって。容貌も、考え方も、全部。まるでゆづちゃんから僕自身が分離したみたい。戸籍で、特別養子縁組の単語を見た瞬間、魂レベルで確信した。僕は、ゆづちゃんと血が通っている。それこそゆづちゃんから産み落とされたみたいに」

 蓮の顔から、表情がこ削げ落ちた。
 フェアプレーばかりの蓮が、試合中にレッドカードを提示されたら、こんな顔をするのだろうか。
 突きつけられた現実は蓮にとって、乗り越えられない壁レッドカードだったのか。

「でもね、僕は、あきらめないよ」

 蓮が、拳を強く握った。何度も、何度も。頬に朱がさす。

「血が繋がっていても、神様が定めた摂理に背いていようとも、僕はゆづちゃんが好き」

 穏やかな語り口だ。だけど、圧倒的な迫力があった。

 俺は、身じろぎさえできない。

 それに対して――、

 結月が、一歩前へと足を踏み出した。二人が対等に向き合う。俺の目の前で。

 それは、幼少期から見ていた風景だった。
 結月と蓮とが同じ距離に位置する。俺は、二人の中間で、一歩後退している。

 三角形、いや、逆三角形だ。
 結月と蓮がつくる底辺が上を向き、下向きの尖った位置に俺がいる。

 三人で逆三角形になってパスを回しても、いつも俺だけが、ボールを受け損ねた。ミスキックをした。
 三角形を歪な形にするのはいつだって、俺だった。
 結月と蓮とは、常に真っすぐな線で、同一線上で、結ばれていた。

「お母さんが亡くなる直前、最後の力を振り絞ってあたしに伝えた」

 結月が、言葉を一字一句思い出すように、目を瞑る。

「あたしと星夜くんは双子」
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