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貴族編
第57話 エマニュエル夫人の苦悩①
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雲が降りる。
この地方に伝わる朝靄のことだ。
背を同じ長さに切り揃えれた青々とした芝に霜がおり、霧が立ち込めてまさにシュッサク城の庭園は雲で覆われているようだ。
そんな雲が降りる早朝から、エマニュエルの仕事は始まる。
屋敷程度の大きさと言えど、本来なら数人は必要な庭師の今はエマニュエル一人でこなしている。
いや正確には、朝から夜までやったとしてもところどころ行き届かないところが出てきている。
でもそれも仕方ないことだ、あの帝都の話題を一時独占した求人。
シュッサク城で働けるのは、妙齢の女性だけという募集要項のせいで、そもそも応募がなかったという。
庭師の仕事は力仕事も多く、本来は男性がする仕事だ。
募集したのが、エマニュエルだけであり、採用もそのまま決まった。
その点、競争がなかっただけありがたくもあるのだけれど。
バチバチと爆ぜる火、ほのかに立ち上る煙、お茶の代わりに庭で生えていた薬草を煎じた薬草茶をすすって暖を取る。
「う~ん・・・・・・」とベッドの中で、セイシェルが薄い毛布を手繰るように身を縮こませている。
まだ夢の中だろう我が子を愛おしく思いながら、自分の毛布をかけてやる。
すると、「むにゅー」と可愛らしい寝息を立てながら、満足げに再び夢の世界へと穏やかに旅立っていく。
「思ったよりも、冷え込むわね。もっと厚手のを用意してあげられればいいんだけど」
(庭仕事で集めた葉っぱで詰めてかさましする?)
(でも虫やダニが湧くのは勘弁だわ)
「はぁー」とため息が白い息となって漏れた。
(アンジュとモアナは、元気にやっているかしら・・・・・・)
(寒くないかしら)
(ご飯はちゃんと食べれているのかしら)
(喧嘩はせず仲良くやっているかしら)
まだ別れて数か月は経っただろうか。
不意に寂しさが込み上げてくるのは、エマニュエルは頭を振って追い払う。
(いけない、いけない)
親元を離れ、二人寂しく孤児院へと預けられ、寂しいのは、むしろあの子たちのほうだ。
(自分がこんな弱気じゃいけない)
(そうよね? あなた・・・・・・)
チャッ・・・・・・と首にかけられたペンダントを握りしめる。
庭師だった旦那、ダニエル。
ダニエルが戦争にいったのはセイシェルが生まれてすぐだった。
この子のためにも、なんとか生き延びてくる。
ええっそれまで3人の子供は私が守るわ。
そう約束しあって旅立った彼は、帰らぬ人となった。
このペンダントと3人の娘だけを残して。
(・・・・・・いいえ、それだけじゃないわ)
彼は仕事についてよく語っていた。
庭師の仕事を誇りに思っていたし、手伝ったこともある。
その経験が、未熟ながらもわたしにこの仕事をさせてくれている。
今は3人バラバラだけど、ここの給金は高い。
いづれお金をためていけば、4人また一緒に暮らすことだって夢じゃない。
彼は、希望を残してくれた。
だから、「頑張ろう・・・・・・」とエマニュエルは立ち上がる。
親子4人で早く暮らせるように、今で出来ることをしよう。
セイシェルを起こさないようにドアをあけ、霧が立ち込める早朝に仕事を始めるいつもの日常。
だからお昼を食べ終わり、午後からまた仕事を始めるその時、まさか自分でもこんなことを言ってるなんてこの時は夢にも思わなかった。
「バカにしないで!」
ダンッと叩いた机が震え、ガタつく机がカタカタ揺れる。
叫び、机を叩くエマニュエルに、メイドは笑みを絶やさずニコニコと笑い続け、旦那様はこちらの目を合わさぬようにキョロキョロと視線を泳がしている。
「バカになんてしてませんよ? 落ち着いてください、エマニュエルさん」
旦那様の御付き、リィナという少女のメイドは、「これはエマニュエルさんを正当に評価した結果の交渉です」なんてことを言ってくる。
(正当な評価? なにがよ、ただ獣欲を満たしたいだけ変態じゃない!)
そう言いたいのをエマニュエルはぐっと堪えた。
昼下がり、急に旦那様がメイドを二人連れてきて話があるというので、通したが、話というのはほかでもない。
親子4人一緒に暮らしていけるように面倒を見てやるから、この体で奉仕しろというのだ。
(馬鹿馬鹿しい)
貴族の変態の趣味のおもちゃになんてなるものかとエマニュエルの脳がかぁっと熱くなる。
キッと睨み付けるとそれに、私の雇い主であるシュッサク様は、下から覗き込んでくるように上目遣いでニチャァアアという嫌らしい笑みを浮かべる。
(気持ち悪い)
それにまたあの視線を浮かべている。
(また見てる・・・・・・)
目を合わせない代わりに、体の隅々まで舐めまわすような視線。
主に、胸、いで太ももに、お尻、そしてまた胸を這うように視線が行き来する。
視姦と言っていい不躾な視線。
今は座っているからだろう、胸に集中している。
本能からか、自然と胸を隠すように腕で体を抱いてしまう。
「とにかく出来ません。お話がそれだけしたら、私は仕事に戻らせてもらいます」
「なぜですか?」ととぼけたことをいうこのメイドにエマニュエルは言ってやった。
「すみませんが、あなたと違って私は器用ではないので。庭師と娼婦とを両立することは出来ません」
「・・・・・・」
こんな子供が3人もいるような年増の未亡人に手を出そうというような好色家であるシュッサク様のことだ、こんなうら若く美人なメイドを手付きにしていないわけがない。
図星だろう、初めてリィナというメイドが笑顔から真顔になった。
カチンときた、といったところだろう。
それを見てエマニュエルは少し溜飲が下がる思いだった。
「親子4人、暮らせるチャンスなんですよ、本当にいいんですか?」
「くどいわよ」とバッサリ切りつける。
私は3人の娘の母親として恥じない生き方をしたい、戦死してしまったとはいえ、ダニエルの妻としてほかの男と寝るなんてことは絶対にしない。
(それが正解)
鎖骨に触れるチェーンの感触にそうエマニュエルは言い聞かせる。
「そうですか、では最後にこれをお渡ししておきます」
封書のようなもを受け取り、「これは・・・・・・?」と聞き返すエマニュエルにリィナは衝撃的なこと言った。
「アンジュちゃんとモアナちゃんからですよ」
「―――――っ、二人に何をしたの!言っておくけど、もし二人に何かしようていうのなら容赦はしないわよ!貴族だろうとなんだろうと関係ないわ!」
心臓が高鳴り、急速に唇が乾いていくのをエマニュエルは感じた。
脅迫・・・・・・貴族なら何をしてもおかしくない、こいつらは平民なんて玩具にしか思っていないのだから。
震える手でそっとエプロンのポケットに手を伸ばす――――ヒヤリとした感触、堅い枝でも切り落とせる枝ばさみを握る。
「何もしてませんよ。帝都に用があったのでついでに孤児院に寄っただけです。帝都で人気の砂糖菓子まで買っていたんですよ? モアナちゃん大喜びでしたよ」
そう朗らかに言うリィナを見つつ、ちらりと旦那様は見れば高速で頷いている。
それを見て「そうですか・・・・・・」とエマニュエルはほっと息をつく。
「二人は字が書けないはずです」
「ええっですから私が代筆させていただきました」
「開けても?」
「構いませんよ」
了承を取ってから、エマニュエルは手に取った枝切りばさみで封を切って手紙を取り出す。
手紙は2通入っていて、綺麗な字で数文づつか書かれていた。
「もしよかったら、お読みしましょうか?」
「・・・・・・結構です。多少は覚えがありますから」
エマニュエルも全部が読めるわけではない、簡単な単語や日常的に使われるような言葉を覚えているだけだ。
だから、手紙に目を通しても「会いたい」「元気」といったようなところしか読み解く事が出来なかった。
胸に隠していた罪悪感が胸を締め付ける。
そうエマニュエルは、生活のため、3人の娘のうち一番幼いという理由でセイシェルを選んだ。
つまり、アンジュとモアナの二人は選ばなかったということでもあるのだ。
(ど、どうせ言わされただけ、いえむしろ言ってさえいないかもしれないわ)
そう理性が冷静に告げるが、どうしても感情が、胸をキュと締め付ける。
(ひどいわ、こんなの・・・・・・)
そうエマニュエルは思った。
こんな手の込んだ仕掛けまで作って好きにしようとするなんて、手紙を握りしめ、唇を噛む。
そんなエマニュエルに、リィナという憎らしいメイドが追い打ちをかけてくる。
「元気にはしてました、ただ二人とも瘦せてましたねーあまり食べられていないのかも」
(やめて・・・・・・)
「恰好も、服・・・・・・というよりも布を被ってるていう感じで、あれでは朝も寒いでしょうね」
(やめてよ・・・・・・)
「スウェールを頬張りながら、お母さんとも食べたいってモアナちゃん嬉しそうに言ってたなー」
(―――――もう、やめて!)
「アンジュちゃんは、大人ですよねそれでも―――――」
「――――やめてっ!」自然と涙が出てきた「・・・・・・もうやめてください・・・・・・・・・・・・」
机にポタッポタッと雫が落ちていく。
「私だって・・・・・・私だって・・・・・・あの子たちと暮らしたいんです!それを・・・・・・それを・・・・・・」
「それを、旦那様は叶えてあげようとしているですよ」
「――――っ! ・・・・・・ええっ、そうでしょね!私の身体目的だけに!」
「何事にも対価は必要ですから」
(この、身体を使って御付きになったアバズレが・・・・・・)
(対価がいるっていうのなら!)
「そう・・・・・・ですか、じゃあほかにも条件があります」
「というと?」
「貴方達には到底分からないと思いますけど、子供を育るていうのは大変なことなの!まずはそうね、給金を倍してもらわないと。もちろんお金だけで解決するお話じゃないわ!例えば食事・・・・・・ほかの使用人達と同様に子供たちにも城の使用人食堂の許可を、それからそうですね、2人増えるとなるとベッドが必要だわ・・・・・・あらっ、そうするとこの小屋みたいな家では手狭だわ!ああっこれもどうにかしてもらわないと!」
エマニュエルの要望、いやそれは夢と言っていいかもしれない。
親子4人でこんな暮らしが出来たらいいなという要望という名の希望、それを一度口にすると次から次へととめどなく溢れ出てくる。
毎日の食事に、綺麗な服装、ちゃんとした寝具に、家の改築。
いくらお金があっても足らないだろう。
あまりに滑稽無形、こんな条件ではいくら好色家の旦那様も呆れて絶句しているはず・・・・・・。
そう思ってみた旦那様は指して変わらずにへらっという媚びるような笑みを浮かべたまま大きく頷いてる。
「はい、承知しました旦那様」とリィナが返事をしている。
(一体何なの?)
「エマニュエルさん、旦那様は今の条件全部飲むそうです」
「えっ・・・・・・」
何を言っているのか、エマニュエルは思考が追い付かずに理解出来なかった。
まるで異国の言葉をしゃべられているような戸惑いを覚えた。
「ですから、エマニュエルさんがもう一つのご奉仕をするというのなら、今の条件をのむと言っているのです」
「あっ、そ、それは・・・・・・」
ありえない、理解を脳が拒否しているようだ。
「そ、それだけじゃダメです。子供達には教育を、字の読み書きが出来るように家庭教師を」
「分かりました、専属の教師の手配致します」
「・・・・・・」
そう明朗に返らされてエマニュエルは二の次が出てこなかった。
「ほかになければ、交渉成立ということでいいでしょうか?」
その言葉に、心臓が『ドクンッ!』と大きく高鳴る。
唇だけじゃなくて口の中全体までもが渇き切っているようで唾も出ない。
何かを言おうと口を開くが、喉が震えない。言葉が出ない。
パクパクと口が開閉を繰り返す。
私は3人の娘の母親として、恥ずかしく生き方を・・・・・・。
私は、あの人の、今でも、ダニエルの妻・・・・・・だからこの体は・・・・・・。
だから答えは決まっている。
(どんな条件を出されようと、答えは一緒よ!早くこの家から出ていって!)
そう言うと心に決めていたはずのに。
エマニュエルの口は、「夜まで考えさせていただけませんか」と心にも思ってないことを言う。
なんで私はこんなことを言っているんだろう。
気持ちと思考、言葉と行動がちぐはぐとして嚙み合わない。
頭の中がぐちゃぐちゃになっていて
「分かりました。では心が決まったら今夜旦那様の寝室にいらしてください」
お待ちしてますよ。では旦那様いきましょう。とリィナが立ち上がり、旦那様がそれに続く。
出ていく二人を見送ることも出来なかった。
(私はどうしたら・・・・・・)
右手が自然と胸元のペンダントを掴む。
答えは決まっているはずだった・・・・・・でも、左手で握りしめた・・・・・・二人からの手紙をエマニュエルは離すことが出来なかったのだった。
この地方に伝わる朝靄のことだ。
背を同じ長さに切り揃えれた青々とした芝に霜がおり、霧が立ち込めてまさにシュッサク城の庭園は雲で覆われているようだ。
そんな雲が降りる早朝から、エマニュエルの仕事は始まる。
屋敷程度の大きさと言えど、本来なら数人は必要な庭師の今はエマニュエル一人でこなしている。
いや正確には、朝から夜までやったとしてもところどころ行き届かないところが出てきている。
でもそれも仕方ないことだ、あの帝都の話題を一時独占した求人。
シュッサク城で働けるのは、妙齢の女性だけという募集要項のせいで、そもそも応募がなかったという。
庭師の仕事は力仕事も多く、本来は男性がする仕事だ。
募集したのが、エマニュエルだけであり、採用もそのまま決まった。
その点、競争がなかっただけありがたくもあるのだけれど。
バチバチと爆ぜる火、ほのかに立ち上る煙、お茶の代わりに庭で生えていた薬草を煎じた薬草茶をすすって暖を取る。
「う~ん・・・・・・」とベッドの中で、セイシェルが薄い毛布を手繰るように身を縮こませている。
まだ夢の中だろう我が子を愛おしく思いながら、自分の毛布をかけてやる。
すると、「むにゅー」と可愛らしい寝息を立てながら、満足げに再び夢の世界へと穏やかに旅立っていく。
「思ったよりも、冷え込むわね。もっと厚手のを用意してあげられればいいんだけど」
(庭仕事で集めた葉っぱで詰めてかさましする?)
(でも虫やダニが湧くのは勘弁だわ)
「はぁー」とため息が白い息となって漏れた。
(アンジュとモアナは、元気にやっているかしら・・・・・・)
(寒くないかしら)
(ご飯はちゃんと食べれているのかしら)
(喧嘩はせず仲良くやっているかしら)
まだ別れて数か月は経っただろうか。
不意に寂しさが込み上げてくるのは、エマニュエルは頭を振って追い払う。
(いけない、いけない)
親元を離れ、二人寂しく孤児院へと預けられ、寂しいのは、むしろあの子たちのほうだ。
(自分がこんな弱気じゃいけない)
(そうよね? あなた・・・・・・)
チャッ・・・・・・と首にかけられたペンダントを握りしめる。
庭師だった旦那、ダニエル。
ダニエルが戦争にいったのはセイシェルが生まれてすぐだった。
この子のためにも、なんとか生き延びてくる。
ええっそれまで3人の子供は私が守るわ。
そう約束しあって旅立った彼は、帰らぬ人となった。
このペンダントと3人の娘だけを残して。
(・・・・・・いいえ、それだけじゃないわ)
彼は仕事についてよく語っていた。
庭師の仕事を誇りに思っていたし、手伝ったこともある。
その経験が、未熟ながらもわたしにこの仕事をさせてくれている。
今は3人バラバラだけど、ここの給金は高い。
いづれお金をためていけば、4人また一緒に暮らすことだって夢じゃない。
彼は、希望を残してくれた。
だから、「頑張ろう・・・・・・」とエマニュエルは立ち上がる。
親子4人で早く暮らせるように、今で出来ることをしよう。
セイシェルを起こさないようにドアをあけ、霧が立ち込める早朝に仕事を始めるいつもの日常。
だからお昼を食べ終わり、午後からまた仕事を始めるその時、まさか自分でもこんなことを言ってるなんてこの時は夢にも思わなかった。
「バカにしないで!」
ダンッと叩いた机が震え、ガタつく机がカタカタ揺れる。
叫び、机を叩くエマニュエルに、メイドは笑みを絶やさずニコニコと笑い続け、旦那様はこちらの目を合わさぬようにキョロキョロと視線を泳がしている。
「バカになんてしてませんよ? 落ち着いてください、エマニュエルさん」
旦那様の御付き、リィナという少女のメイドは、「これはエマニュエルさんを正当に評価した結果の交渉です」なんてことを言ってくる。
(正当な評価? なにがよ、ただ獣欲を満たしたいだけ変態じゃない!)
そう言いたいのをエマニュエルはぐっと堪えた。
昼下がり、急に旦那様がメイドを二人連れてきて話があるというので、通したが、話というのはほかでもない。
親子4人一緒に暮らしていけるように面倒を見てやるから、この体で奉仕しろというのだ。
(馬鹿馬鹿しい)
貴族の変態の趣味のおもちゃになんてなるものかとエマニュエルの脳がかぁっと熱くなる。
キッと睨み付けるとそれに、私の雇い主であるシュッサク様は、下から覗き込んでくるように上目遣いでニチャァアアという嫌らしい笑みを浮かべる。
(気持ち悪い)
それにまたあの視線を浮かべている。
(また見てる・・・・・・)
目を合わせない代わりに、体の隅々まで舐めまわすような視線。
主に、胸、いで太ももに、お尻、そしてまた胸を這うように視線が行き来する。
視姦と言っていい不躾な視線。
今は座っているからだろう、胸に集中している。
本能からか、自然と胸を隠すように腕で体を抱いてしまう。
「とにかく出来ません。お話がそれだけしたら、私は仕事に戻らせてもらいます」
「なぜですか?」ととぼけたことをいうこのメイドにエマニュエルは言ってやった。
「すみませんが、あなたと違って私は器用ではないので。庭師と娼婦とを両立することは出来ません」
「・・・・・・」
こんな子供が3人もいるような年増の未亡人に手を出そうというような好色家であるシュッサク様のことだ、こんなうら若く美人なメイドを手付きにしていないわけがない。
図星だろう、初めてリィナというメイドが笑顔から真顔になった。
カチンときた、といったところだろう。
それを見てエマニュエルは少し溜飲が下がる思いだった。
「親子4人、暮らせるチャンスなんですよ、本当にいいんですか?」
「くどいわよ」とバッサリ切りつける。
私は3人の娘の母親として恥じない生き方をしたい、戦死してしまったとはいえ、ダニエルの妻としてほかの男と寝るなんてことは絶対にしない。
(それが正解)
鎖骨に触れるチェーンの感触にそうエマニュエルは言い聞かせる。
「そうですか、では最後にこれをお渡ししておきます」
封書のようなもを受け取り、「これは・・・・・・?」と聞き返すエマニュエルにリィナは衝撃的なこと言った。
「アンジュちゃんとモアナちゃんからですよ」
「―――――っ、二人に何をしたの!言っておくけど、もし二人に何かしようていうのなら容赦はしないわよ!貴族だろうとなんだろうと関係ないわ!」
心臓が高鳴り、急速に唇が乾いていくのをエマニュエルは感じた。
脅迫・・・・・・貴族なら何をしてもおかしくない、こいつらは平民なんて玩具にしか思っていないのだから。
震える手でそっとエプロンのポケットに手を伸ばす――――ヒヤリとした感触、堅い枝でも切り落とせる枝ばさみを握る。
「何もしてませんよ。帝都に用があったのでついでに孤児院に寄っただけです。帝都で人気の砂糖菓子まで買っていたんですよ? モアナちゃん大喜びでしたよ」
そう朗らかに言うリィナを見つつ、ちらりと旦那様は見れば高速で頷いている。
それを見て「そうですか・・・・・・」とエマニュエルはほっと息をつく。
「二人は字が書けないはずです」
「ええっですから私が代筆させていただきました」
「開けても?」
「構いませんよ」
了承を取ってから、エマニュエルは手に取った枝切りばさみで封を切って手紙を取り出す。
手紙は2通入っていて、綺麗な字で数文づつか書かれていた。
「もしよかったら、お読みしましょうか?」
「・・・・・・結構です。多少は覚えがありますから」
エマニュエルも全部が読めるわけではない、簡単な単語や日常的に使われるような言葉を覚えているだけだ。
だから、手紙に目を通しても「会いたい」「元気」といったようなところしか読み解く事が出来なかった。
胸に隠していた罪悪感が胸を締め付ける。
そうエマニュエルは、生活のため、3人の娘のうち一番幼いという理由でセイシェルを選んだ。
つまり、アンジュとモアナの二人は選ばなかったということでもあるのだ。
(ど、どうせ言わされただけ、いえむしろ言ってさえいないかもしれないわ)
そう理性が冷静に告げるが、どうしても感情が、胸をキュと締め付ける。
(ひどいわ、こんなの・・・・・・)
そうエマニュエルは思った。
こんな手の込んだ仕掛けまで作って好きにしようとするなんて、手紙を握りしめ、唇を噛む。
そんなエマニュエルに、リィナという憎らしいメイドが追い打ちをかけてくる。
「元気にはしてました、ただ二人とも瘦せてましたねーあまり食べられていないのかも」
(やめて・・・・・・)
「恰好も、服・・・・・・というよりも布を被ってるていう感じで、あれでは朝も寒いでしょうね」
(やめてよ・・・・・・)
「スウェールを頬張りながら、お母さんとも食べたいってモアナちゃん嬉しそうに言ってたなー」
(―――――もう、やめて!)
「アンジュちゃんは、大人ですよねそれでも―――――」
「――――やめてっ!」自然と涙が出てきた「・・・・・・もうやめてください・・・・・・・・・・・・」
机にポタッポタッと雫が落ちていく。
「私だって・・・・・・私だって・・・・・・あの子たちと暮らしたいんです!それを・・・・・・それを・・・・・・」
「それを、旦那様は叶えてあげようとしているですよ」
「――――っ! ・・・・・・ええっ、そうでしょね!私の身体目的だけに!」
「何事にも対価は必要ですから」
(この、身体を使って御付きになったアバズレが・・・・・・)
(対価がいるっていうのなら!)
「そう・・・・・・ですか、じゃあほかにも条件があります」
「というと?」
「貴方達には到底分からないと思いますけど、子供を育るていうのは大変なことなの!まずはそうね、給金を倍してもらわないと。もちろんお金だけで解決するお話じゃないわ!例えば食事・・・・・・ほかの使用人達と同様に子供たちにも城の使用人食堂の許可を、それからそうですね、2人増えるとなるとベッドが必要だわ・・・・・・あらっ、そうするとこの小屋みたいな家では手狭だわ!ああっこれもどうにかしてもらわないと!」
エマニュエルの要望、いやそれは夢と言っていいかもしれない。
親子4人でこんな暮らしが出来たらいいなという要望という名の希望、それを一度口にすると次から次へととめどなく溢れ出てくる。
毎日の食事に、綺麗な服装、ちゃんとした寝具に、家の改築。
いくらお金があっても足らないだろう。
あまりに滑稽無形、こんな条件ではいくら好色家の旦那様も呆れて絶句しているはず・・・・・・。
そう思ってみた旦那様は指して変わらずにへらっという媚びるような笑みを浮かべたまま大きく頷いてる。
「はい、承知しました旦那様」とリィナが返事をしている。
(一体何なの?)
「エマニュエルさん、旦那様は今の条件全部飲むそうです」
「えっ・・・・・・」
何を言っているのか、エマニュエルは思考が追い付かずに理解出来なかった。
まるで異国の言葉をしゃべられているような戸惑いを覚えた。
「ですから、エマニュエルさんがもう一つのご奉仕をするというのなら、今の条件をのむと言っているのです」
「あっ、そ、それは・・・・・・」
ありえない、理解を脳が拒否しているようだ。
「そ、それだけじゃダメです。子供達には教育を、字の読み書きが出来るように家庭教師を」
「分かりました、専属の教師の手配致します」
「・・・・・・」
そう明朗に返らされてエマニュエルは二の次が出てこなかった。
「ほかになければ、交渉成立ということでいいでしょうか?」
その言葉に、心臓が『ドクンッ!』と大きく高鳴る。
唇だけじゃなくて口の中全体までもが渇き切っているようで唾も出ない。
何かを言おうと口を開くが、喉が震えない。言葉が出ない。
パクパクと口が開閉を繰り返す。
私は3人の娘の母親として、恥ずかしく生き方を・・・・・・。
私は、あの人の、今でも、ダニエルの妻・・・・・・だからこの体は・・・・・・。
だから答えは決まっている。
(どんな条件を出されようと、答えは一緒よ!早くこの家から出ていって!)
そう言うと心に決めていたはずのに。
エマニュエルの口は、「夜まで考えさせていただけませんか」と心にも思ってないことを言う。
なんで私はこんなことを言っているんだろう。
気持ちと思考、言葉と行動がちぐはぐとして嚙み合わない。
頭の中がぐちゃぐちゃになっていて
「分かりました。では心が決まったら今夜旦那様の寝室にいらしてください」
お待ちしてますよ。では旦那様いきましょう。とリィナが立ち上がり、旦那様がそれに続く。
出ていく二人を見送ることも出来なかった。
(私はどうしたら・・・・・・)
右手が自然と胸元のペンダントを掴む。
答えは決まっているはずだった・・・・・・でも、左手で握りしめた・・・・・・二人からの手紙をエマニュエルは離すことが出来なかったのだった。
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しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
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男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にいますが会社員してます
neru
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30を過ぎた松田 茂人(まつだ しげひと )は男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にひょんなことから転移してしまう。
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