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貴族編
第50話 それぞれのお付きメイド達② ビケット編 エストア編
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静かな廊下。
そこに、ガチャリ!と一際大きなが響く。
「ワンっ!」とビケットはその音に思わず吠えてしまう。
しまったわん!
犬耳のメイド、ビケットは慌てて左右を見渡す。
窓から指す朝日の陽光は変わらず廊下を照らしている。
いつもは垂れ下がっている耳をピンとたてるが、あたりに人気は感じない。
その後も警戒したように柱の壁などを尻尾をブンブンと振る。
スカートの裾が尻尾に持ちあげられて、ガーターベルトと太ももを晒し、茶系の麻の下着が徐々に露わっていく。
しかし、ビケットはそんなことにも気づかず、よしっ、と誰もいないことを確認してホッと一息をついた。
まぁ別に悪いことをしているわけじゃないんだけどわん。
そうして、ビケットは大きなカギ、紐で結びペンダントになっているそれを胸元にしまいドアノブを回した。
「お邪魔しますぅー」と静かに部屋に体を滑り込ませ、ドアを閉める。
屋敷の1Fにある1室。
石壁で囲まれた堅牢で屋敷には不釣り合いな部屋。
そこには窓もなく、家具すら置かれていない。
当然、陽光が指しこないこの部屋は暗闇が支配するはずだが、この部屋の中央のそれによって昼間と変わらぬ明るさが部屋にはあった。
「いつ見てもすごい魔法陣だわん」
中央のそれを見て、ビケットは感嘆な声をあげる。
部屋の中央には、トラエルが帝都とシュッサク城を行き来出来るように用意してくれた転移魔法陣が描かれていた。
リルをして、10年は魔力を補給しなくても稼働すると言わしめたこの魔法陣は、その膨大な魔力量故に籠れ落ちる魔素の欠片が可視化でき、部屋を照らすほどの明るさを供給していた。
しかし、いくら10年は持つとはいえ、一メイド如きが気軽に使っていいものではない。
当然この部屋のカギは、シュッサク城の主である秀作と万が一の時に備えてメイド長であるベレーザ、そして帝都にいるレナールを毎朝毎夜迎えに行く役目を任されているレナールの専属メイド ビケットの三人だけだった。
旦那様に、ベレーザ様しか持っていないような貴重なものをわたしに貸して頂けるなんて、信頼されている証拠だ。
絶対に失敗したり、失くすなどありえないことだわんと、ビケットは魔法陣を見ながら胸元のカギをギュッと握る。
まずは、深呼吸。
すーっ、わん、すぅー、わん。よし
それと身だしなみをチェック・・・・・・わん!またスカートが捲りあがっているわん!とビケットは、スカートをなでつけてもとに戻す。
これ、短すぎわん、しかも尻尾穴がないから尻尾を振るとすぐにめくりあげるわん。
ビケットにとって秀作がドスケベメイド服を証するこの制服は、できれば着たくはなかった。
だが、メイドとしても日が浅く、経験も能力も足りず、しかも亜人である自分が従者になれるなど望外の出世だ。
制服は、ベレーザたちが来ているオードソックスな帝国のメイド服でも秀作が作ったドスケベメイド服でもどちらを着てもいいということになっているが、旦那様の心象を考えれば当然後者を切るべきだろう。
幸い、職場は旦那様以外はみんな女性だ。
少し恥ずかしい程度で済む。
そんなことを考えながら、身だしなみのチェックを終え、ビケットは魔法陣を踏んだ。
――――帝都へ
そう念じれば、ぐぅーと体が持ちあがり、足元がなくなり空中を浮いているような不思議な感覚。
次に足が地面に突けば、もうそこは帝都の土だった。
窓のない石壁づくりの室内に、魔法陣の明るさは変わらず、ただ下の地面が土がむき出しのところだけが違った。
レナール工房、魔法陣用に急遽横に増設される形で作れられた部屋を出れば、すぐに工房部分だ。
レナール工房は現在4つのスペースに分かれている。
入り口から工房につながるカウンター机とその前に簡易的な商談用のテーブルと丸椅子が2つ。
その横にベッドなどの住居スペース。あとは1Fから少し地面を下げ半地下となった工房と魔法陣のある奥の区画。
この4つに分かれていた。
レナールお嬢様は、住居スペースである工房にいるはず、そう思っていたビケットはその光景に思わず声が出た。
「わぁん!」
鉄や鋳造の窯、鉄を鍛えるためのハンマーなど雑多なものに囲まれながら、レナールが倒れていたのだ。
初日からいきなり事件だわん!!
ビケットは、慌ててレナールを抱きかかえる。
「がぁー!ごぉおおおおおおお」
うん?これは寝ているわん?
抱きかかえた体温は熱く、寝息というよりもいびきもすごい。
大きく開けられた口からは、牙が覗いていた。
「よ、よかったわん・・・・・・」
翌朝、お嬢様を迎えに行ったら死んでましたなどと同報告すればいいのか分からないわん。
安堵、一息ついて、冷静にあたりを見渡し・・・・・・そして新たなる問題に直面する。
「もう、こんなところで寝ているから汚れて・・・・・・」
さぁっとビケットの血の気が引く。
レナールは地面に直寝しているため、髪の毛や顔には土や埃、煤がつき。
服なんて最初から黒かったといったほうがいいほど汚れている。
つまり、この汚れを取り、レナールに服を着替えさせる必要があるのだ、朝食までに。
「ああっああああ、わん!レナールお嬢様起きてわん!!わん!」
ビケットはその事実に慄き、レナールの耳元で吠え、体を揺さぶる。
下着などつけていないレナールの胸がブルンブルンと揺れるが、当然ビケットはそんなものには目もくれない。
初日から遅刻などという失態を犯すわけにはいかない。
ビケットの必死の揺さぶり、さすがのレナールも目を醒ます。
「ああっん? なんやねん、朝から。うっさいはぼけぇ!」
髪をかき上げ、頭をボリボリ書きながら、レナールが犬歯を剥く。
「おはようございますだわん、レナールお嬢様!!さぁ早速着替えを、いえ、その前に水浴びをしなきゃだわん!水場はどこだわん!」
「誰やねん、お前?」
「レナールお嬢様の従者、ビケットだわん!面談で採用してもらったわん!」
耳に小指をつっこみながら、思案するレナール。
指を抜き、ふっと小指に息を吹きかける。
「思い出したわ。上様がなんやメイドつけぇーとか言うとってたやつか。確かにビケットがええって言ったわ」
「ありがとうございますだわん! さぁ早く水浴びを」
「ああっ押すなや!水場なんてあらへんぞ」
「はぁ、はい? なら普段はどうしてるわん?」
「井戸から組んできた水ばしゃー被ればええねん。それと週1川まで言ってるわぁ」
「・・・・・・ち、ちなみに川まではここからどれくらいわん?」
「ああ、1月は歩くかな」
1月とは、秀作の世界で言うところの1時間。
つまり、
「そ、それじゃとても間に合わないわん!井戸から水を組んでくるわん!タオル、それに竈に火を薪と火付け石は、それとそれとわん」
「まぁそう慌てるなや、ワンコ。竈はその鋳造のでまかぁなっとる、火はうちが灯したるさかい。布切れはそこへんに落ちてるやろ。井戸は工房でて左にまっすぐいったところにあるで。ふぁー」
とレナールが大あくびをするの、毛を逆立てながらビケットは見ていた。
どうやら事態を把握していないらしい。
記念すべきシュッサク城の第一回の朝食会を遅刻または汚いらしい格好で出ていくなどありえない。
そんなことになったら、・・・・・・減給?!または即解雇?!
従者が初日で解雇なんて前代未聞。そのうえ、絶対に紹介状なんて書いてもらえない。
そんなことになったら、メイドとして食べていけないわん!
「とにかく、急いでワン!わぁん!」
そんな悲壮、焦り、怒り、色々な思いを込めてビケットは吠える。
「わぁーったて。そんなに耳元で吠えるなや」
レナールが髪の毛をボリボリして、パラパラと落ちる灰を見ながら、ビケットはどんどん青ざめていく。
「まぁとりま。火を灯すわ」
「お、お願いしますわん、わ、私は、そう、そう水を・・・・・・」
慌てふためくビケットにレナールは、追い打ちをかける。
「じゃ、いっちょやります。ゴホン・・・・・・ああっ、コンコンコン」
えっあっはい、・・・・・・わん?
火を灯す。そう宣言したレナールがやり始めたことは火打ち石を用意する。またはてっきり魔法で使ってくれるのかと思っていたビケットの目の前で、コンコンコンと何やら奇妙な踊りを始めたのだ。
「コンコンコン」とレナールの踊りは続き、とうとう耐えられなくなったビケットは「わぁあああああん!」と吠えながらレナール工房を後にした。
外は照らされ始めた朝日で明るい。それはつまる時間がないということで絶望的ということだ。
しまいには、主人たるレナールは奇妙な踊りを始める。
その自体、ビケットはとりあえず見ないことにした。
まずは為すべきことをしよう、それは井戸に水を汲みに行くことだ。
精一杯やろう。なにせ、ここでの最後の仕事になるかもしれないからだ。
な、なんでこんなことに。
スカートを翻し、パンツがモロ見えしてようと気にせず、ビケットは泣きながら全速力で駆け出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「慌ただしい朝食だったわ」
「はい!ローザお嬢様」
「さてと、朝の仕事ぐらい落ち着いてやりたいわね」
「その通りですね、ローザお嬢様」
それに答えず、ローザは書類に目を通す。
ローザの自室の横に特別に作られた執務室。
そこにはローザとその御付きである従者、エストアの二人きりだけだ。
そしてこの時間が何よりエストアにとって至福の時間でもある。
部屋は静かだ。
時折、書類をめくる音、ペンを走らせる音がなるくらいの静寂に包まれている。
窓から指し込む朝日が、ローザの金髪を黄金に染め上げ、長いまつげを傅かせサファイアのようにきれいなブルーの瞳を縁取っている。
幼子のような童顔さと大人ような蠱惑魔的な魅力が混在したような整った小顔。
真剣に書類に目を通すわが主人ローザお嬢様の顔をまさに天使のように可愛らしい。
帝国の宝石、黄金卿の娘の従者を任される名誉に身を震わしながら、エストアは溜息が出てしまうほど可愛らしいローザを見ながら、それを甘受する。
ああ、なんとしてもこの我が宝を何があろうともお守りしなければならない、それが私の絶対の盾であり、使命であり、生き甲斐である。
そう思うエストアにとって、最大の敵は、この城の主にしてローザの奴隷の主人となろうとしている男、シュッサクだ。
なぜ帝国の宝をあんな頭からチンコが生えたような豚に渡さなければならないのか。
あいつはローザお嬢様の体を貪ることしか考えないような、貧弱なオークいや卑しさで言えばゴブリンのような奴というのが、エストアにとっても秀作の評だった。
尊敬し敬愛するトラエル様の考えとはいえ許し難い。
ローザお嬢様もそう思っているはず、それなりのトラエル様によって、あいつのために身を粉にして頑張っているのだ。
そう考えると腹正しい、胃に火が灯る思いだ。
ローザお嬢様を守るためなら、その時が来たら、いっそ、私が――――。
「やっぱり情報が足りないわねぇ」とローザが唸る。
「その通りですね」とエストアが反射的に答える。
「・・・・・・あなた分かってないでしょ」
「はいっ!」と元気よく答え、エストアは先ほどの不穏な思考を放棄する。
どうやらローザお嬢様はお話がしたいようだとエストアは感じていた。
「まったく、まぁいいはこの地域の情報なんだけどね」
「まずこのルーカス領だけど(城はシュッサク城となっているが、領地としての権限はまだなくそのように呼ばれている)」とローザこの地域のことを語り始める。
「うんうん」とエストアは頷く。
ルーカス領は横に長く色々な国と国境がぶつかっている要所であり緩衝地帯でもある。
北に目を向ければ、ヘカトンケイル山脈
山の上に山があるような大陸を分断するような大山脈。
ここに様々な亜人国やまだ見ぬ未開の部族や種族やいる。
大まかな国で言えば、ヘカトンケイル山脈の覇者と言われるドラゴンロードが治める龍皇国。
ヘカトンケイル山脈を包むように広がるウラノス大森林にあるとされるリザードマンが長を務める亜人国のコットス国、山脈の麓に街を気づくケイオス国。
特に龍皇国は帝国と敵対関係にあり、このルーカス領で何度もぶつかり合いが起こっている。
ここ10年程戦争は起きてないが、いつ勃発してもおかしくない一番敬愛しなければならない国である。
そのヘカトンケイル山脈から流れるギューゲス川は山脈のふもとで二手に分かれ一つは帝国南部まで続いており、もう一つは平地に流れ、湿地帯を作り出している。
そしてのその湿地帯にはシルフィーの故郷である湿地林が広がっているのだ。
「シルフィーに情報を聞きたいところだけど、万が一自殺されるかもしれないわよね」とペンを唇に当てる。
「ああっ、やっぱり開拓村に協力者が欲しいわね。この付近の村は・・・・・・」と書類をめくっていくローザ。
言っていることはチンプンカンプンだ。
だが、エストアはそれを相槌を打ちながらニコニコと聞いている。
でもそれでいいとエストアは思っていた。
ローザは、エストアに理解させようとして話をしているのではないからだ。
人に話をしながら、自分の中で情報を整理しているのだ。
エストアにはそれが分かり、そしてローザの役に立っているという事実が何より嬉しいのだ。
「この村がよさそうね、ええっと綴りは、トルコイ村でいいのかしら?まずは視察。それと歓待の準備も必要ね。仲良くしないと。それから・・・・・・」
考えがまとまったのか、ローザは作業に没頭し始める。
それをエストアは、ニコニコとしながら眺める。
次に声をかけられるまで従者として立ち続けるのだった。
そこに、ガチャリ!と一際大きなが響く。
「ワンっ!」とビケットはその音に思わず吠えてしまう。
しまったわん!
犬耳のメイド、ビケットは慌てて左右を見渡す。
窓から指す朝日の陽光は変わらず廊下を照らしている。
いつもは垂れ下がっている耳をピンとたてるが、あたりに人気は感じない。
その後も警戒したように柱の壁などを尻尾をブンブンと振る。
スカートの裾が尻尾に持ちあげられて、ガーターベルトと太ももを晒し、茶系の麻の下着が徐々に露わっていく。
しかし、ビケットはそんなことにも気づかず、よしっ、と誰もいないことを確認してホッと一息をついた。
まぁ別に悪いことをしているわけじゃないんだけどわん。
そうして、ビケットは大きなカギ、紐で結びペンダントになっているそれを胸元にしまいドアノブを回した。
「お邪魔しますぅー」と静かに部屋に体を滑り込ませ、ドアを閉める。
屋敷の1Fにある1室。
石壁で囲まれた堅牢で屋敷には不釣り合いな部屋。
そこには窓もなく、家具すら置かれていない。
当然、陽光が指しこないこの部屋は暗闇が支配するはずだが、この部屋の中央のそれによって昼間と変わらぬ明るさが部屋にはあった。
「いつ見てもすごい魔法陣だわん」
中央のそれを見て、ビケットは感嘆な声をあげる。
部屋の中央には、トラエルが帝都とシュッサク城を行き来出来るように用意してくれた転移魔法陣が描かれていた。
リルをして、10年は魔力を補給しなくても稼働すると言わしめたこの魔法陣は、その膨大な魔力量故に籠れ落ちる魔素の欠片が可視化でき、部屋を照らすほどの明るさを供給していた。
しかし、いくら10年は持つとはいえ、一メイド如きが気軽に使っていいものではない。
当然この部屋のカギは、シュッサク城の主である秀作と万が一の時に備えてメイド長であるベレーザ、そして帝都にいるレナールを毎朝毎夜迎えに行く役目を任されているレナールの専属メイド ビケットの三人だけだった。
旦那様に、ベレーザ様しか持っていないような貴重なものをわたしに貸して頂けるなんて、信頼されている証拠だ。
絶対に失敗したり、失くすなどありえないことだわんと、ビケットは魔法陣を見ながら胸元のカギをギュッと握る。
まずは、深呼吸。
すーっ、わん、すぅー、わん。よし
それと身だしなみをチェック・・・・・・わん!またスカートが捲りあがっているわん!とビケットは、スカートをなでつけてもとに戻す。
これ、短すぎわん、しかも尻尾穴がないから尻尾を振るとすぐにめくりあげるわん。
ビケットにとって秀作がドスケベメイド服を証するこの制服は、できれば着たくはなかった。
だが、メイドとしても日が浅く、経験も能力も足りず、しかも亜人である自分が従者になれるなど望外の出世だ。
制服は、ベレーザたちが来ているオードソックスな帝国のメイド服でも秀作が作ったドスケベメイド服でもどちらを着てもいいということになっているが、旦那様の心象を考えれば当然後者を切るべきだろう。
幸い、職場は旦那様以外はみんな女性だ。
少し恥ずかしい程度で済む。
そんなことを考えながら、身だしなみのチェックを終え、ビケットは魔法陣を踏んだ。
――――帝都へ
そう念じれば、ぐぅーと体が持ちあがり、足元がなくなり空中を浮いているような不思議な感覚。
次に足が地面に突けば、もうそこは帝都の土だった。
窓のない石壁づくりの室内に、魔法陣の明るさは変わらず、ただ下の地面が土がむき出しのところだけが違った。
レナール工房、魔法陣用に急遽横に増設される形で作れられた部屋を出れば、すぐに工房部分だ。
レナール工房は現在4つのスペースに分かれている。
入り口から工房につながるカウンター机とその前に簡易的な商談用のテーブルと丸椅子が2つ。
その横にベッドなどの住居スペース。あとは1Fから少し地面を下げ半地下となった工房と魔法陣のある奥の区画。
この4つに分かれていた。
レナールお嬢様は、住居スペースである工房にいるはず、そう思っていたビケットはその光景に思わず声が出た。
「わぁん!」
鉄や鋳造の窯、鉄を鍛えるためのハンマーなど雑多なものに囲まれながら、レナールが倒れていたのだ。
初日からいきなり事件だわん!!
ビケットは、慌ててレナールを抱きかかえる。
「がぁー!ごぉおおおおおおお」
うん?これは寝ているわん?
抱きかかえた体温は熱く、寝息というよりもいびきもすごい。
大きく開けられた口からは、牙が覗いていた。
「よ、よかったわん・・・・・・」
翌朝、お嬢様を迎えに行ったら死んでましたなどと同報告すればいいのか分からないわん。
安堵、一息ついて、冷静にあたりを見渡し・・・・・・そして新たなる問題に直面する。
「もう、こんなところで寝ているから汚れて・・・・・・」
さぁっとビケットの血の気が引く。
レナールは地面に直寝しているため、髪の毛や顔には土や埃、煤がつき。
服なんて最初から黒かったといったほうがいいほど汚れている。
つまり、この汚れを取り、レナールに服を着替えさせる必要があるのだ、朝食までに。
「ああっああああ、わん!レナールお嬢様起きてわん!!わん!」
ビケットはその事実に慄き、レナールの耳元で吠え、体を揺さぶる。
下着などつけていないレナールの胸がブルンブルンと揺れるが、当然ビケットはそんなものには目もくれない。
初日から遅刻などという失態を犯すわけにはいかない。
ビケットの必死の揺さぶり、さすがのレナールも目を醒ます。
「ああっん? なんやねん、朝から。うっさいはぼけぇ!」
髪をかき上げ、頭をボリボリ書きながら、レナールが犬歯を剥く。
「おはようございますだわん、レナールお嬢様!!さぁ早速着替えを、いえ、その前に水浴びをしなきゃだわん!水場はどこだわん!」
「誰やねん、お前?」
「レナールお嬢様の従者、ビケットだわん!面談で採用してもらったわん!」
耳に小指をつっこみながら、思案するレナール。
指を抜き、ふっと小指に息を吹きかける。
「思い出したわ。上様がなんやメイドつけぇーとか言うとってたやつか。確かにビケットがええって言ったわ」
「ありがとうございますだわん! さぁ早く水浴びを」
「ああっ押すなや!水場なんてあらへんぞ」
「はぁ、はい? なら普段はどうしてるわん?」
「井戸から組んできた水ばしゃー被ればええねん。それと週1川まで言ってるわぁ」
「・・・・・・ち、ちなみに川まではここからどれくらいわん?」
「ああ、1月は歩くかな」
1月とは、秀作の世界で言うところの1時間。
つまり、
「そ、それじゃとても間に合わないわん!井戸から水を組んでくるわん!タオル、それに竈に火を薪と火付け石は、それとそれとわん」
「まぁそう慌てるなや、ワンコ。竈はその鋳造のでまかぁなっとる、火はうちが灯したるさかい。布切れはそこへんに落ちてるやろ。井戸は工房でて左にまっすぐいったところにあるで。ふぁー」
とレナールが大あくびをするの、毛を逆立てながらビケットは見ていた。
どうやら事態を把握していないらしい。
記念すべきシュッサク城の第一回の朝食会を遅刻または汚いらしい格好で出ていくなどありえない。
そんなことになったら、・・・・・・減給?!または即解雇?!
従者が初日で解雇なんて前代未聞。そのうえ、絶対に紹介状なんて書いてもらえない。
そんなことになったら、メイドとして食べていけないわん!
「とにかく、急いでワン!わぁん!」
そんな悲壮、焦り、怒り、色々な思いを込めてビケットは吠える。
「わぁーったて。そんなに耳元で吠えるなや」
レナールが髪の毛をボリボリして、パラパラと落ちる灰を見ながら、ビケットはどんどん青ざめていく。
「まぁとりま。火を灯すわ」
「お、お願いしますわん、わ、私は、そう、そう水を・・・・・・」
慌てふためくビケットにレナールは、追い打ちをかける。
「じゃ、いっちょやります。ゴホン・・・・・・ああっ、コンコンコン」
えっあっはい、・・・・・・わん?
火を灯す。そう宣言したレナールがやり始めたことは火打ち石を用意する。またはてっきり魔法で使ってくれるのかと思っていたビケットの目の前で、コンコンコンと何やら奇妙な踊りを始めたのだ。
「コンコンコン」とレナールの踊りは続き、とうとう耐えられなくなったビケットは「わぁあああああん!」と吠えながらレナール工房を後にした。
外は照らされ始めた朝日で明るい。それはつまる時間がないということで絶望的ということだ。
しまいには、主人たるレナールは奇妙な踊りを始める。
その自体、ビケットはとりあえず見ないことにした。
まずは為すべきことをしよう、それは井戸に水を汲みに行くことだ。
精一杯やろう。なにせ、ここでの最後の仕事になるかもしれないからだ。
な、なんでこんなことに。
スカートを翻し、パンツがモロ見えしてようと気にせず、ビケットは泣きながら全速力で駆け出した。
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「慌ただしい朝食だったわ」
「はい!ローザお嬢様」
「さてと、朝の仕事ぐらい落ち着いてやりたいわね」
「その通りですね、ローザお嬢様」
それに答えず、ローザは書類に目を通す。
ローザの自室の横に特別に作られた執務室。
そこにはローザとその御付きである従者、エストアの二人きりだけだ。
そしてこの時間が何よりエストアにとって至福の時間でもある。
部屋は静かだ。
時折、書類をめくる音、ペンを走らせる音がなるくらいの静寂に包まれている。
窓から指し込む朝日が、ローザの金髪を黄金に染め上げ、長いまつげを傅かせサファイアのようにきれいなブルーの瞳を縁取っている。
幼子のような童顔さと大人ような蠱惑魔的な魅力が混在したような整った小顔。
真剣に書類に目を通すわが主人ローザお嬢様の顔をまさに天使のように可愛らしい。
帝国の宝石、黄金卿の娘の従者を任される名誉に身を震わしながら、エストアは溜息が出てしまうほど可愛らしいローザを見ながら、それを甘受する。
ああ、なんとしてもこの我が宝を何があろうともお守りしなければならない、それが私の絶対の盾であり、使命であり、生き甲斐である。
そう思うエストアにとって、最大の敵は、この城の主にしてローザの奴隷の主人となろうとしている男、シュッサクだ。
なぜ帝国の宝をあんな頭からチンコが生えたような豚に渡さなければならないのか。
あいつはローザお嬢様の体を貪ることしか考えないような、貧弱なオークいや卑しさで言えばゴブリンのような奴というのが、エストアにとっても秀作の評だった。
尊敬し敬愛するトラエル様の考えとはいえ許し難い。
ローザお嬢様もそう思っているはず、それなりのトラエル様によって、あいつのために身を粉にして頑張っているのだ。
そう考えると腹正しい、胃に火が灯る思いだ。
ローザお嬢様を守るためなら、その時が来たら、いっそ、私が――――。
「やっぱり情報が足りないわねぇ」とローザが唸る。
「その通りですね」とエストアが反射的に答える。
「・・・・・・あなた分かってないでしょ」
「はいっ!」と元気よく答え、エストアは先ほどの不穏な思考を放棄する。
どうやらローザお嬢様はお話がしたいようだとエストアは感じていた。
「まったく、まぁいいはこの地域の情報なんだけどね」
「まずこのルーカス領だけど(城はシュッサク城となっているが、領地としての権限はまだなくそのように呼ばれている)」とローザこの地域のことを語り始める。
「うんうん」とエストアは頷く。
ルーカス領は横に長く色々な国と国境がぶつかっている要所であり緩衝地帯でもある。
北に目を向ければ、ヘカトンケイル山脈
山の上に山があるような大陸を分断するような大山脈。
ここに様々な亜人国やまだ見ぬ未開の部族や種族やいる。
大まかな国で言えば、ヘカトンケイル山脈の覇者と言われるドラゴンロードが治める龍皇国。
ヘカトンケイル山脈を包むように広がるウラノス大森林にあるとされるリザードマンが長を務める亜人国のコットス国、山脈の麓に街を気づくケイオス国。
特に龍皇国は帝国と敵対関係にあり、このルーカス領で何度もぶつかり合いが起こっている。
ここ10年程戦争は起きてないが、いつ勃発してもおかしくない一番敬愛しなければならない国である。
そのヘカトンケイル山脈から流れるギューゲス川は山脈のふもとで二手に分かれ一つは帝国南部まで続いており、もう一つは平地に流れ、湿地帯を作り出している。
そしてのその湿地帯にはシルフィーの故郷である湿地林が広がっているのだ。
「シルフィーに情報を聞きたいところだけど、万が一自殺されるかもしれないわよね」とペンを唇に当てる。
「ああっ、やっぱり開拓村に協力者が欲しいわね。この付近の村は・・・・・・」と書類をめくっていくローザ。
言っていることはチンプンカンプンだ。
だが、エストアはそれを相槌を打ちながらニコニコと聞いている。
でもそれでいいとエストアは思っていた。
ローザは、エストアに理解させようとして話をしているのではないからだ。
人に話をしながら、自分の中で情報を整理しているのだ。
エストアにはそれが分かり、そしてローザの役に立っているという事実が何より嬉しいのだ。
「この村がよさそうね、ええっと綴りは、トルコイ村でいいのかしら?まずは視察。それと歓待の準備も必要ね。仲良くしないと。それから・・・・・・」
考えがまとまったのか、ローザは作業に没頭し始める。
それをエストアは、ニコニコとしながら眺める。
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長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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