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ダンジョン編
第34話 黄金の選択
しおりを挟むどうすればいい?!
サラサラと静かに流れる砂に、焦りが増していく。
誰も何も言わない。
ただ
ただ
僕の“選択”を待っている。
誰を、誰を、選べばいいんだ!
突き刺さる視線と緊張した空気から逃げるように、僕は―――スキルを使った。
これはシミュレーションの世界。
そう、ここならどんな選択でも許される。
この4人の中で、誰を選ぶ・・・・・・
シオンは絶対にない。
シオンは僕のすべてだ。
この挑戦だって黄金卿からシオンを守るためにやったことだ。
サラサラと現実と変わらぬ砂音を聞きながら、僕は決断する。
じゃあ・・・・・・「リル」と名前を呼ぶ。
はっきり言って意味はない。
4人の中の序列、シオンをのぞいたら、並びなんてない。
ただ僕からみて一番近くにいたというだけの理由だ。
それに、リルだったら、どうせ「なんで私なのよ。自分が残るぐらい言えないの!」とキレつつも残ってくれる。
そんな打算もあったかもしれない。
「はぁ!わ、私!ふざけるんじゃないわよ」
罵り、やっかみそういった言葉の数々が飛んでくる。
そう思っていた。
だが、
実際は、
「ーーーーーえっ、う、嘘。わ、わたし……」
見開かれる瞳、いつもの強気な釣り目は、今は捨てられた猫のようだ。
顔は、青白くなり、体が震えている。
「な、なんで?私、魔法使い、よ」
リルが震える唇が、たどたどしく言葉を紡ぐ。
「ゆゆ優秀じゃない、いままでだってーーーー」
「ーーーリル、旦那様の決定よ」
そんなリルの言葉をシオンはさえぎる。
「それに死ぬというわけではないは、合流できるはーーー」
「嘘!」
「リル……?」
リルのいつもとは違う様子にシオンも訝しげに眉を顰める。
リルは、シオンに反論することもなく崩れるように膝をつく。
そのあまりの光景に、レナールとシルフィー、僕やシオンも何も答えを書けることができない。
僕の心に剣が刺さったように痛い。
こんなことになるなんて思わなかった。
リルに罵られながら、なんだかんだ。うまくいく。
そんなあまい考え方をした僕は僕自身に嫌気がさす。
いつもこうだ。
僕がした選択は大体が間違っている。
そんな憂鬱な気分だが、確かめなければならない。
この先がどうなっているのか。
それに僕は最悪の選択をしたのかもしれないが、これはシミュレーションの世界。
いくらだってやり直せるのだから。
赤と青の扉の先が罠だっていうことだってある。
後ろでにリルのすすり泣く声が聞こえる。
「な、なんで。なんで私ばっかり捨てられるの…あの時だって…」
ズッガァアアとゆっくりと扉が開いていく。
その速度がもどかしい。
空気が重い、額や背中には変な汗が浮かんでいる。
スキルの効果時間もどんどん減っていく。
ズガンと、青の扉が開ききったとき、
僕は、リルから逃げるように走り出した。
後ろからシオンが追ってくる気配がする。
心臓がもう悲鳴をあげる。
肺に空気がいかないのが、苦しい。
でも僕は夢中になって石の通路を走って、走って、走って、ーーーーそして、スキルの効果が切れた。
「ーーーーーっ!ぜはぁーぜはぁー」
心臓がバクバクと興奮したように高鳴る。
青の通路の先、それはひたすらに通路が続く。
つまり、1分間その時間では、先を見ることができない。
1分、短いようで長い、この時間が弱点だ。
くそ、もう1回青か…いや、僕の足では無理だ。
それに僕はリルを見る。
「な、なによ」と強気ながらも自分が選ばれるんじゃないかと不安に内心おびえているのが見て取れる。
リルはまた捨てられたといっていた。
奴隷になったことと関係があるのだろうか。
どちらにしても・・・もうあのリルを見るのは嫌だった。
でも、サラサラと砂時計は刻一刻と時を落としていく。
残り時間という時を・・・。
僕は唇を噛んで立ち上がった。
血の味が口に広がる。
額からあふれた汗が目に入って、涙があふれるように濡らす。
赤の扉の先を確かめなければならない。
乾いた唇に血がにじむの感じながら僕は、「し、シルフィ」と絞り出した。
レナールとリルからはほっとしたような弛緩した雰囲気が一瞬流れる。
言われたシルフィーは、「……はい」と抑揚なく静かに答えた。
シルフィーは、リルのように僕を罵ってきたり、泣き言を言ったりしない。
いつのように、淡々と飄々と感情を感じさせない佇まいで、「私は一番の新参ですから…当然かと」と僕の意見を肯定してくれる。
それが、無性に、心をさわだてった。
こぶしを握る。こんなにも心が痛い。
「し、シオン。リリリル」と震える腕を伸ばして、青のほうの扉を指さす。
「レ、レナ」
「分かってる」とレナールが僕の手をしっかりつかんでくれる。
「上様は、うちが守る。そんでシルフィーを救いにいこうや!」とレナールが笑みを向けてくれる。
察しが悪い僕でも励ましてくれているんだと分かった。
少しだけ心が軽くなった。
扉がゆっくりと開き、僕のスキルを削っていく
くそ、早く開けよ!!
僕の念などお構いなしに一定の時間を消費して、扉は開いた。
開く同時に僕は駆け出す。
「えっ、上様!なに、しとんねん」
レナールが追いかけてくる。
赤の扉の先も石の通路が続いていく。
「上様、落ち着きぃ!」とレナールに肩を捕まれる。
振りほどいて、走る!
走っても、走っても、石の通路が続いていく。
「だから、待ってて!ゆうとるやろ!!」
最後は、レナールに抱き使えれるように、ダンジョンの床に抑えつけられる。
「気持ちはわるんよ、でも危ないやろ!」
「は、はな、」せーーーと言い切る暇もなくスキルが切れた。
ずっしりと体が重い。
もちろん、スキルは切れている。
だからレナールにのしかかられているというわけではない。
心が重い。
サラサラと砂が流れていく。
赤と青の扉の先…は分からなかった。
危険なのか、危険じゃないのか。
分からない。
いままで助けてきてくれたスキルが役に立たない。
刻一刻と砂は落ちていく。
シオンたちとの時間を減らしていく。
「……ちょ、ちょっと。ど、どうするのよ」とリルがいつもより歯切れ悪く聞いてくる。
服の裾をギュッとつまんで聞いてくる。
それに答えられず、砂が減っていく。
もう砂は一握りほどしかない。
残り僅か。
僕は下を向いて目をつむった。
リルの悲しそうな叫び、シルフィーの物言わぬ瞳が脳をよぎる。
だから、僕はーーーー第三の選択肢を選んだ。
「赤、レナールとシルフィー。青、シオンと」
リルの息を吞むことがはっきりと聞こえた。
「リル、みんな先にいってくれ」
一拍の間をおいて、そう言い切った。
僕を置いて、先にいけ!
へっへへへ、人生で一番かっこいいセリフかもしれない。
垂れた鼻水を、ずっーと吸い込む。
「ちょ、上様が残るん?!それはあかんやん!」
「なら、だれが残るって言うのよ!」
「それはあれやん、その」
「……私が残りましょうか。一番新参ですし」
「いや、そういうことやないやん」
「レナール様は旦那様と行ってください。レナール様は奴隷ではないですし……」
そう冷たく言い放ったれて、「シルフィー……」とレナールは静かに尻尾を下げる。
そうこうしているうちに、砂がなくなる。
もう時間が切れる。
「早く行けよ!」
僕はそう思い切り怒鳴ると、「旦那様の決定に従いましょう」とシオンが静かにみんなに行ってきかす。
それに誰も反論を唱えることなく。
それぞれが配置につくと扉ががぁーと開いた。
全員が扉から先の通路へと逃れ込むと、開いた速度とは違い崩れるように扉が閉まった。
「上様!」とレナールの声と、「旦那様!!!」といつもとは違う静かでそれでいて、ウィスパーボイスではない、叫ぶような張り上げたシオンの声。
「すぐにお向かいにあがります!!」
その声を境に、シオンたちの気配が消えていった。
通路の先に向かったのだろう。
僕は、それに満足して台座に寄り掛かるように座り込んだ。
そして、-----とても後悔した。
怖い!
なんで
なんで。僕はこんな選択を選んだのだろう。
部屋は静かだ。
さきほどのみんなといた喧噪などない。
だからかもしれない。思考が急に回ってくる。
考えてみれば、一人が死ぬって選択肢ではないんだよな。
誰か残して、最速で迎えに行く。
いや、ていうか。
一人残らず、むしろ全員残って戦う!ていう選択肢もあったんじゃないのか!!
何をしてるんだ、僕は!!
くぅ~と悶えていると、足元から冷気が、そしてーーーーぞわっと背筋を凍おる。
何かは分からないが、…………何かが来ている。
「ーーーーっ!」
思わず息をのみ込む。
本能が息をする音すらも消そうとするように。
部屋にいつの間にか靄のような闇が広がっていた。
靄は徐々に、徐々に部屋を覆っていく。
これが、最悪なのか。
闇は僕だけを残して部屋を多いつくす。
何かが僕を見ていた。
闇だ。顔もなければ体も分からない。当然目立ってない。
なのに、僕をみていると分かる。
やがて、闇がギラリと光った。
「ヒィイ!」と僕は悲鳴を上げる。
闇から二つの光が浮かび上がって、それがふたつの巨眼のようにこちらを見ているーーー気がした。
そしてその想像は間違ってないようで、空気が震えるように語りかけてきた。
「これが300年ぶりの全問正解者か。知恵ある者には見えないが」
ざわざわと闇が、ざわめく。
笑っているのだろうか。
「うんうん。でも女の子たちを逃がして自分が残るなんて、かっこいいわ!」と妙に甲高い声がすぐそばで響く。
いつの間にか。
小さな光がビュンビュンと闇を駆け抜けていた。
「勇気と無謀は違うと思うがな」
「もぅ!理屈じゃないわ。知恵あるものが剣を持っているのよ」
どうやら巨大な闇と小さな光が僕を除いておしゃべりしているようだ。
出来ればずっとそうしていて欲しい。
どこか逃げ道を見つけようと僕はそっと立ち上がろうと思ったーーーーが、どうやら腰が抜けているようだ。
立ち上がることができない。
くそっ、と思いながらそっと這うように移動しようした時、キンッと腰に携えた剣の鞘が床に落ちて妙に鳴り響いた。
バカっ!こんな時に
「ああっ!置いてきぼりだったわねぇごめんね」と光がビュンビュンと部屋を飛び回り、僕の顔の近くに来た。
まぶしい電球のようでなんとか人形のように小さい人型だと分かるが、よく見ようとすると目が焼けるように痛い。
「あらっ、私の美しさは直視できないということかしら、うぶねぇ~」と小さい光は上機嫌ようだ。
「ふぅーむ。では勇あるものよ。我と闘おうか」
ビリビリと空気が震える。
ひえぇ、こっちの闇は機嫌が悪いようだ。
それにこんなのと闘うなんて絶対に無理だ。
勝てる気がしない。
「だから、知恵あるものは私担当よ。わ・た・し!邪魔しないでよね」
「んぅーむ」と闇が押し黙る。ありがてぇ
「それじゃ全問正解者さんにはぁ~」
「スキル使った。ズルではないか」
「うるさい!! コホンっ、特別にぃ~、」と妙に語尾を延ばすまどろっこしいしゃべり方をしてくる。
「プレゼントぉー、あげちゃいます!!」
………
えっ、
「変わったスキルを持つ。気に変わったスキルをあげちゃう!どぉうれしい!うれしい!!」
スキルをプレゼントをだと!!
きたぁあああああああああああああああああああああ
ようやく異世界物らしい展開じゃないか!!
これだよ、これ。これを待ってたんよ。
僕はうれしさをアピールするため、首をぶんぶんとヘッドバンキングするように振る。
「そうだよね~!うれしいよねぇ!あっははははっは」
と小さな光は僕の周りを飛び回り鱗粉のように光をばらまいた。
熱くもなく寒くもない光の鱗粉が体に当たると音もなく吸収されるように消えていく。
【スキル〇〇〇】を入手しました。
そんな脳に響く神の声はも聞こえず、何も感じないまま。
「はぁい、終わりぃ!!」と小さな光は満足げに空中をぴょんぴょんはねるように飛ぶ。
「はしゃぎすぎだ」
「あら、いいじゃない。だって300年ぶりに人族と会うのよ。次はいつか分からないじゃない」
「それが我らのお役目である」
「はいはい、硬い固い堅い。闇の塊のくせにカッチカチね。でもあなたのいう通りだわぁ」
ピタッとそれまで一向に止まることなくせわしなく動き回っていた小さな光が闇の隣に立つように浮かぶ。
「知恵あるものよ」と厳かな言葉を放つ。
シーンと静まり返る室内に、小さな光が震えた。
「なんだっけ?」
コテーン!とひっくり返りたい気分だ。
「貴様ぁ~」
「いや、忘れるっしょ。覚えてないでしょ。300年言ってないし。ああっなから、あれよ、お勉強じゃなくて、筋トレしろ!的な奴よ」
と先ほどの厳かな雰囲気は霧散し、再び小さな光がバタバタとせわしなく動き出す。
むぅ~と闇が、唸る。
「知恵ある者よ」と闇が、しぶしぶと空気を震えさす。
「力をつけよ。どんな正しい選択が取れようとも、力がなければつかみ取れぬのだから」
「かっこいい!それだぁ、それ!あっ、そこのきみ、そんな感じだから」
バチンと火花のように小さな光がはじける。
光なりのウィンクだろうか。
「むうー。我らも精進せねばな。まずは文言の復習を100年ほどするか」
「ヒェッ!! ああっ、神の思し召しを感じるわぁ!」と小さな光は、まさに光陰矢の如し、流星のように一直線の光となってダンジョンを突き抜けるように消えていった。
「ふぅ~。しまらぬ」とため息をつく闇、僕はしめないでね。
「では、人族の子よ。もう会うこともないだろう。次に来ても我らは現れぬ。さらばだ」
と闇は、太陽の光が闇を振り払うようにどんどんと薄くなっていき、やがて消えていった。
はっ!と気づいた時には、背中に感じる台座の感触と変わらぬダンジョンの小部屋があるだけだった。
まるで今まで寝ていて夢でも見ていたんじゃないかと思ってしまう。
額に弾のように浮かんだ汗をぬぐっていると、ざさぁーと赤と青の扉が開いた。
「旦那様!」
「上様!」
とシオンとレナールが出てきた!
リルとシルフィーも続く。
みんな無事のようだ。
僕は相変わらず立ち上がれず、みんなに手を上げて無事を伝えると、
「良かった」とふわりと甘い香りが鼻に抜ける。
シオンが、あのシオンが、抱き着いてきていた。
おおぅ!
ついに、ついにシオンがデレた!!
感無量だ。
なかなかデレないんだもん。
さすがです、旦那様といいつつ、スカしてるし。
結局、あいつらはなんだったんだろうか。
そして、もらったスキルとは?何も感じないんですけど。
でも、そんな考えも、「無事でよかったです」というシオンの言葉と甘い香りに包まれて、
まぁいいかと消えていった。
今はこの瞬間を楽しもう。
僕もシオンを抱きしめ返した。
サラサラと静かに流れる砂に、焦りが増していく。
誰も何も言わない。
ただ
ただ
僕の“選択”を待っている。
誰を、誰を、選べばいいんだ!
突き刺さる視線と緊張した空気から逃げるように、僕は―――スキルを使った。
これはシミュレーションの世界。
そう、ここならどんな選択でも許される。
この4人の中で、誰を選ぶ・・・・・・
シオンは絶対にない。
シオンは僕のすべてだ。
この挑戦だって黄金卿からシオンを守るためにやったことだ。
サラサラと現実と変わらぬ砂音を聞きながら、僕は決断する。
じゃあ・・・・・・「リル」と名前を呼ぶ。
はっきり言って意味はない。
4人の中の序列、シオンをのぞいたら、並びなんてない。
ただ僕からみて一番近くにいたというだけの理由だ。
それに、リルだったら、どうせ「なんで私なのよ。自分が残るぐらい言えないの!」とキレつつも残ってくれる。
そんな打算もあったかもしれない。
「はぁ!わ、私!ふざけるんじゃないわよ」
罵り、やっかみそういった言葉の数々が飛んでくる。
そう思っていた。
だが、
実際は、
「ーーーーーえっ、う、嘘。わ、わたし……」
見開かれる瞳、いつもの強気な釣り目は、今は捨てられた猫のようだ。
顔は、青白くなり、体が震えている。
「な、なんで?私、魔法使い、よ」
リルが震える唇が、たどたどしく言葉を紡ぐ。
「ゆゆ優秀じゃない、いままでだってーーーー」
「ーーーリル、旦那様の決定よ」
そんなリルの言葉をシオンはさえぎる。
「それに死ぬというわけではないは、合流できるはーーー」
「嘘!」
「リル……?」
リルのいつもとは違う様子にシオンも訝しげに眉を顰める。
リルは、シオンに反論することもなく崩れるように膝をつく。
そのあまりの光景に、レナールとシルフィー、僕やシオンも何も答えを書けることができない。
僕の心に剣が刺さったように痛い。
こんなことになるなんて思わなかった。
リルに罵られながら、なんだかんだ。うまくいく。
そんなあまい考え方をした僕は僕自身に嫌気がさす。
いつもこうだ。
僕がした選択は大体が間違っている。
そんな憂鬱な気分だが、確かめなければならない。
この先がどうなっているのか。
それに僕は最悪の選択をしたのかもしれないが、これはシミュレーションの世界。
いくらだってやり直せるのだから。
赤と青の扉の先が罠だっていうことだってある。
後ろでにリルのすすり泣く声が聞こえる。
「な、なんで。なんで私ばっかり捨てられるの…あの時だって…」
ズッガァアアとゆっくりと扉が開いていく。
その速度がもどかしい。
空気が重い、額や背中には変な汗が浮かんでいる。
スキルの効果時間もどんどん減っていく。
ズガンと、青の扉が開ききったとき、
僕は、リルから逃げるように走り出した。
後ろからシオンが追ってくる気配がする。
心臓がもう悲鳴をあげる。
肺に空気がいかないのが、苦しい。
でも僕は夢中になって石の通路を走って、走って、走って、ーーーーそして、スキルの効果が切れた。
「ーーーーーっ!ぜはぁーぜはぁー」
心臓がバクバクと興奮したように高鳴る。
青の通路の先、それはひたすらに通路が続く。
つまり、1分間その時間では、先を見ることができない。
1分、短いようで長い、この時間が弱点だ。
くそ、もう1回青か…いや、僕の足では無理だ。
それに僕はリルを見る。
「な、なによ」と強気ながらも自分が選ばれるんじゃないかと不安に内心おびえているのが見て取れる。
リルはまた捨てられたといっていた。
奴隷になったことと関係があるのだろうか。
どちらにしても・・・もうあのリルを見るのは嫌だった。
でも、サラサラと砂時計は刻一刻と時を落としていく。
残り時間という時を・・・。
僕は唇を噛んで立ち上がった。
血の味が口に広がる。
額からあふれた汗が目に入って、涙があふれるように濡らす。
赤の扉の先を確かめなければならない。
乾いた唇に血がにじむの感じながら僕は、「し、シルフィ」と絞り出した。
レナールとリルからはほっとしたような弛緩した雰囲気が一瞬流れる。
言われたシルフィーは、「……はい」と抑揚なく静かに答えた。
シルフィーは、リルのように僕を罵ってきたり、泣き言を言ったりしない。
いつのように、淡々と飄々と感情を感じさせない佇まいで、「私は一番の新参ですから…当然かと」と僕の意見を肯定してくれる。
それが、無性に、心をさわだてった。
こぶしを握る。こんなにも心が痛い。
「し、シオン。リリリル」と震える腕を伸ばして、青のほうの扉を指さす。
「レ、レナ」
「分かってる」とレナールが僕の手をしっかりつかんでくれる。
「上様は、うちが守る。そんでシルフィーを救いにいこうや!」とレナールが笑みを向けてくれる。
察しが悪い僕でも励ましてくれているんだと分かった。
少しだけ心が軽くなった。
扉がゆっくりと開き、僕のスキルを削っていく
くそ、早く開けよ!!
僕の念などお構いなしに一定の時間を消費して、扉は開いた。
開く同時に僕は駆け出す。
「えっ、上様!なに、しとんねん」
レナールが追いかけてくる。
赤の扉の先も石の通路が続いていく。
「上様、落ち着きぃ!」とレナールに肩を捕まれる。
振りほどいて、走る!
走っても、走っても、石の通路が続いていく。
「だから、待ってて!ゆうとるやろ!!」
最後は、レナールに抱き使えれるように、ダンジョンの床に抑えつけられる。
「気持ちはわるんよ、でも危ないやろ!」
「は、はな、」せーーーと言い切る暇もなくスキルが切れた。
ずっしりと体が重い。
もちろん、スキルは切れている。
だからレナールにのしかかられているというわけではない。
心が重い。
サラサラと砂が流れていく。
赤と青の扉の先…は分からなかった。
危険なのか、危険じゃないのか。
分からない。
いままで助けてきてくれたスキルが役に立たない。
刻一刻と砂は落ちていく。
シオンたちとの時間を減らしていく。
「……ちょ、ちょっと。ど、どうするのよ」とリルがいつもより歯切れ悪く聞いてくる。
服の裾をギュッとつまんで聞いてくる。
それに答えられず、砂が減っていく。
もう砂は一握りほどしかない。
残り僅か。
僕は下を向いて目をつむった。
リルの悲しそうな叫び、シルフィーの物言わぬ瞳が脳をよぎる。
だから、僕はーーーー第三の選択肢を選んだ。
「赤、レナールとシルフィー。青、シオンと」
リルの息を吞むことがはっきりと聞こえた。
「リル、みんな先にいってくれ」
一拍の間をおいて、そう言い切った。
僕を置いて、先にいけ!
へっへへへ、人生で一番かっこいいセリフかもしれない。
垂れた鼻水を、ずっーと吸い込む。
「ちょ、上様が残るん?!それはあかんやん!」
「なら、だれが残るって言うのよ!」
「それはあれやん、その」
「……私が残りましょうか。一番新参ですし」
「いや、そういうことやないやん」
「レナール様は旦那様と行ってください。レナール様は奴隷ではないですし……」
そう冷たく言い放ったれて、「シルフィー……」とレナールは静かに尻尾を下げる。
そうこうしているうちに、砂がなくなる。
もう時間が切れる。
「早く行けよ!」
僕はそう思い切り怒鳴ると、「旦那様の決定に従いましょう」とシオンが静かにみんなに行ってきかす。
それに誰も反論を唱えることなく。
それぞれが配置につくと扉ががぁーと開いた。
全員が扉から先の通路へと逃れ込むと、開いた速度とは違い崩れるように扉が閉まった。
「上様!」とレナールの声と、「旦那様!!!」といつもとは違う静かでそれでいて、ウィスパーボイスではない、叫ぶような張り上げたシオンの声。
「すぐにお向かいにあがります!!」
その声を境に、シオンたちの気配が消えていった。
通路の先に向かったのだろう。
僕は、それに満足して台座に寄り掛かるように座り込んだ。
そして、-----とても後悔した。
怖い!
なんで
なんで。僕はこんな選択を選んだのだろう。
部屋は静かだ。
さきほどのみんなといた喧噪などない。
だからかもしれない。思考が急に回ってくる。
考えてみれば、一人が死ぬって選択肢ではないんだよな。
誰か残して、最速で迎えに行く。
いや、ていうか。
一人残らず、むしろ全員残って戦う!ていう選択肢もあったんじゃないのか!!
何をしてるんだ、僕は!!
くぅ~と悶えていると、足元から冷気が、そしてーーーーぞわっと背筋を凍おる。
何かは分からないが、…………何かが来ている。
「ーーーーっ!」
思わず息をのみ込む。
本能が息をする音すらも消そうとするように。
部屋にいつの間にか靄のような闇が広がっていた。
靄は徐々に、徐々に部屋を覆っていく。
これが、最悪なのか。
闇は僕だけを残して部屋を多いつくす。
何かが僕を見ていた。
闇だ。顔もなければ体も分からない。当然目立ってない。
なのに、僕をみていると分かる。
やがて、闇がギラリと光った。
「ヒィイ!」と僕は悲鳴を上げる。
闇から二つの光が浮かび上がって、それがふたつの巨眼のようにこちらを見ているーーー気がした。
そしてその想像は間違ってないようで、空気が震えるように語りかけてきた。
「これが300年ぶりの全問正解者か。知恵ある者には見えないが」
ざわざわと闇が、ざわめく。
笑っているのだろうか。
「うんうん。でも女の子たちを逃がして自分が残るなんて、かっこいいわ!」と妙に甲高い声がすぐそばで響く。
いつの間にか。
小さな光がビュンビュンと闇を駆け抜けていた。
「勇気と無謀は違うと思うがな」
「もぅ!理屈じゃないわ。知恵あるものが剣を持っているのよ」
どうやら巨大な闇と小さな光が僕を除いておしゃべりしているようだ。
出来ればずっとそうしていて欲しい。
どこか逃げ道を見つけようと僕はそっと立ち上がろうと思ったーーーーが、どうやら腰が抜けているようだ。
立ち上がることができない。
くそっ、と思いながらそっと這うように移動しようした時、キンッと腰に携えた剣の鞘が床に落ちて妙に鳴り響いた。
バカっ!こんな時に
「ああっ!置いてきぼりだったわねぇごめんね」と光がビュンビュンと部屋を飛び回り、僕の顔の近くに来た。
まぶしい電球のようでなんとか人形のように小さい人型だと分かるが、よく見ようとすると目が焼けるように痛い。
「あらっ、私の美しさは直視できないということかしら、うぶねぇ~」と小さい光は上機嫌ようだ。
「ふぅーむ。では勇あるものよ。我と闘おうか」
ビリビリと空気が震える。
ひえぇ、こっちの闇は機嫌が悪いようだ。
それにこんなのと闘うなんて絶対に無理だ。
勝てる気がしない。
「だから、知恵あるものは私担当よ。わ・た・し!邪魔しないでよね」
「んぅーむ」と闇が押し黙る。ありがてぇ
「それじゃ全問正解者さんにはぁ~」
「スキル使った。ズルではないか」
「うるさい!! コホンっ、特別にぃ~、」と妙に語尾を延ばすまどろっこしいしゃべり方をしてくる。
「プレゼントぉー、あげちゃいます!!」
………
えっ、
「変わったスキルを持つ。気に変わったスキルをあげちゃう!どぉうれしい!うれしい!!」
スキルをプレゼントをだと!!
きたぁあああああああああああああああああああああ
ようやく異世界物らしい展開じゃないか!!
これだよ、これ。これを待ってたんよ。
僕はうれしさをアピールするため、首をぶんぶんとヘッドバンキングするように振る。
「そうだよね~!うれしいよねぇ!あっははははっは」
と小さな光は僕の周りを飛び回り鱗粉のように光をばらまいた。
熱くもなく寒くもない光の鱗粉が体に当たると音もなく吸収されるように消えていく。
【スキル〇〇〇】を入手しました。
そんな脳に響く神の声はも聞こえず、何も感じないまま。
「はぁい、終わりぃ!!」と小さな光は満足げに空中をぴょんぴょんはねるように飛ぶ。
「はしゃぎすぎだ」
「あら、いいじゃない。だって300年ぶりに人族と会うのよ。次はいつか分からないじゃない」
「それが我らのお役目である」
「はいはい、硬い固い堅い。闇の塊のくせにカッチカチね。でもあなたのいう通りだわぁ」
ピタッとそれまで一向に止まることなくせわしなく動き回っていた小さな光が闇の隣に立つように浮かぶ。
「知恵あるものよ」と厳かな言葉を放つ。
シーンと静まり返る室内に、小さな光が震えた。
「なんだっけ?」
コテーン!とひっくり返りたい気分だ。
「貴様ぁ~」
「いや、忘れるっしょ。覚えてないでしょ。300年言ってないし。ああっなから、あれよ、お勉強じゃなくて、筋トレしろ!的な奴よ」
と先ほどの厳かな雰囲気は霧散し、再び小さな光がバタバタとせわしなく動き出す。
むぅ~と闇が、唸る。
「知恵ある者よ」と闇が、しぶしぶと空気を震えさす。
「力をつけよ。どんな正しい選択が取れようとも、力がなければつかみ取れぬのだから」
「かっこいい!それだぁ、それ!あっ、そこのきみ、そんな感じだから」
バチンと火花のように小さな光がはじける。
光なりのウィンクだろうか。
「むうー。我らも精進せねばな。まずは文言の復習を100年ほどするか」
「ヒェッ!! ああっ、神の思し召しを感じるわぁ!」と小さな光は、まさに光陰矢の如し、流星のように一直線の光となってダンジョンを突き抜けるように消えていった。
「ふぅ~。しまらぬ」とため息をつく闇、僕はしめないでね。
「では、人族の子よ。もう会うこともないだろう。次に来ても我らは現れぬ。さらばだ」
と闇は、太陽の光が闇を振り払うようにどんどんと薄くなっていき、やがて消えていった。
はっ!と気づいた時には、背中に感じる台座の感触と変わらぬダンジョンの小部屋があるだけだった。
まるで今まで寝ていて夢でも見ていたんじゃないかと思ってしまう。
額に弾のように浮かんだ汗をぬぐっていると、ざさぁーと赤と青の扉が開いた。
「旦那様!」
「上様!」
とシオンとレナールが出てきた!
リルとシルフィーも続く。
みんな無事のようだ。
僕は相変わらず立ち上がれず、みんなに手を上げて無事を伝えると、
「良かった」とふわりと甘い香りが鼻に抜ける。
シオンが、あのシオンが、抱き着いてきていた。
おおぅ!
ついに、ついにシオンがデレた!!
感無量だ。
なかなかデレないんだもん。
さすがです、旦那様といいつつ、スカしてるし。
結局、あいつらはなんだったんだろうか。
そして、もらったスキルとは?何も感じないんですけど。
でも、そんな考えも、「無事でよかったです」というシオンの言葉と甘い香りに包まれて、
まぁいいかと消えていった。
今はこの瞬間を楽しもう。
僕もシオンを抱きしめ返した。
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