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ダンジョン編
第16話 借金と鍛冶屋の少女
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巨大蛾を殲滅した帰り、リルのダンジョンモォールで入り口に帰ってくると、一人の少女が走って出迎えてくれる。
汗臭いだろう体にも嫌な顔ひとつせずに抱き着いてくる。
「おにーさんお疲れ様!!」
この笑顔に騙されてしまってはいけない。
ダンジョン入り口付近にはこういった子供が少なからずいる。
ドロップアイテムをねだりに来る、いわゆる物乞いだからだ。
だが、心優しい僕はよく二束三文のドロップアイテムを渡しているために、
すっかり目を付けられ、ミリアという少女のカモにされてしまった。
まぁこうなんだ、おにーさんと呼ばれタオルで汗を拭いてくれたり、水をくれたりする献身的なことをこんな小さな子に一生懸命にやられてしまうとこうドロップアイテムの一つや二つぐらいあげても惜しくない。
ダンジョン帰りの癒し、通い妻ならぬ通い妹だ。
妹、いつ聞いてもいい響きだ。姉も嫌いじゃないけどね。
「きょ、今日は、糸」
とミリアにイモムシがドロップした糸をあげる。
「うわぁー今日もくれるの、おにーさん大好きー」と抱き着いてくる。
「シオン姉様。またあんな小さな子にデレデレしてますよ」
「旦那様が喜んでいるのならいいんじゃないかしら。・・・・・・帝国法に抵触さえしなければ」
だから、僕はロリコンじゃないって!!
・・・・・・ちなみに帝国法だと何歳からできるのかな?あとでそれとなく確認しておこう。
ミリアに手を振られながら馬車に揺られ、宿屋へと帰還する。
ダンジョンから帰ったら、やらなければならないことがたくさんだからな。
今日はなにせ死にかけたんだ。
たっぷりとシオンとリルにはおしおきしないと。
「ふぁあ~」
馬車の揺れ、ダンジョンで活動した疲労感から、眠気が襲ってきた。
ごろんとシオンの膝の上に頭を乗せる。
皮装備に包まれているせいでカチカチだ。くそ。
だが、眠気の前にはそんなことは気にならなかった。
外はすっかりと夕日に染まり、窓からの指し込む光が眩しい。
帝都の赤い空に幾本もまっすぐに雲が立ち上っているのが見えた。
雲? いや煙?・・・・・・まあどうでもいいか。
リルに窓のカーテンを閉めるように言って、宿屋につくまでの間、疲労感からすっかり眠りについてしまった。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
帝都の空に、一角にモクモクといくつもの煙が天に向かって幾本も伸びていた。
別に火事というわけではない。
帝都によるきれいに一本に立ち上る煙は、工房のものと決まっている。
帝都の郊外その一角に、球体が埋まって半分顔をだしているようなレンガ造りの建物が立ち並ぶ地区がある。
帝都工房地帯と名付けられたそこにで唯一煙を出していない建物があった。
窓が一つに、大きな煙突が立つその建物は、武器づくり工房であり、いつもなら鉄を叩く音や煙突からはモクモクと煙が立ち上っている。
その理由は、
「もう、分かったてぇ!そうさっきから言うてるやん!」
ドンッと拳を突きたてられた机が揺れる。
「ようやくご理解いただけたようで何よりです。では、この工房含む工具や備品、材料などでご返済に充てていただけるということですね?」
「だから、それだけはあかんって!!かぁーこの役人は、何度言うたら分かるん?!」
工房の作業台にお互い向い合せるに座るのは、眼鏡を知的に輝かせる襟首の学ランのようなびっしとしたスーツを着る帝都の役人と重歯を牙のように出して「ぐっるるるる」と唸っている一人の少女だった。
茶に近い金髪の間からぴょこんと△の耳がピンと立たせ、黒い瞳は怒りに吊り上がっている。
「具体的にどうやってご返済をされるのかお聞かせください。工房長のレナール・ヴォルグさん」
「だ、だから、そ、それは」とレナールと呼ばれた少女の歯切れが悪くなる。
「いい武器たくさん作こうてな。それを売ったり・・・・・・先日もなウチの武器が気に入ったとかで全部買い占めよった奴がいるくらいやねん! あとはそうそう。修理やメンテナンスを請け負ったりしてるし」
「ほぅ~、請け負っているというのはこれですか?」と役人が盾にしては妙にぺらぺらの丸い鉄板を手にする。
「せやで! くぼみやらくすみやら一切ないやろ!これが職人技って奴や」
「・・・・・・盾にしては、ぺらぺらすぎると思いますが?」
「はっ! 所詮、現場に出ないお役人様やな!それが盾なわけないやろ、どうに見ても鍋の蓋やん!」
そんなことも分からへんのかい!と鼻でレナールは笑い飛ばしてやった。
はぁーと深いため息とともにこめかみを抑える役人。
「ここは鍛冶屋ですよね? 鍋の蓋の修理なんて請け負っている暇があるのですか?」
「バカかいな!蓋だけ直してどないすんねん。鍋底もセットに決まってるやん。うちは地域密着型でやらしてももらってますねん」
「・・・・・・いいですかヴォルグさん。あなたが返済しなければならないお金は、総額で現在3,000万リーゲルとなっております」
「わ、分かってるって。だからこうして鍋底なんかニッコリ笑顔で、」
「分かってません! 鍋底なんかの修理代では到底返済は間に合いません」
役人の言いっきりに、レナールもうっと黙ってしまう。
「我々は充分待ちました。本来なら元本返済のところを利子のみの返済に変更しました。だがその利子の返済分ですら滞っている状況だ。我々は帝都市民の血税を扱っている!」
「う、うちかて、帝都市民やないか!」
「支払いの義務を怠っているのは帝都市民の権利はありません」
「な、なんやてこの・・・・・・」
ぶん殴ったろうかいな、このくそ役人が~とレナールは拳を握るが、我慢した。
すべてはこの工房を守るためだと。
「これはあなたのためを言っているんですよ?3,000万リーゲルがどれくらいの価格がご存知ですか?」
「まぁ、ど、どえらい大金なぐらいやわな」
「ふぅ~。・・・・・・こういうことはあまり言いたくないのですが、レナール・ヴォルグ。職業鍛冶師。帝都では珍しい狐人族。顔はそこそこ。胸も大きく若い女性だ。仮に奴隷として売った場合」
「な、何が奴隷や!あんたウチのことそんな風に見てたんか、このヘンタイ役人!死ね!!」
両腕で体を隠しながらのレナールの罵りにも役人は一切動じず淡々と告げる。
「30万リーゲルが妥当でしょう。謝肉祭で焚き付けたところで50万~いっても70万というところでしょうか。つまり100万リーゲルにも満たない」
「お前なんて、10万リーゲルもいかんは、ボケ!!」
ちゃっと役人は眼鏡をあげる。
「あなたの価値はその程度ということです。ご自身を売ったとしても借金の返済の足しにもならないのですよ。よく考えてください。今なら、工房だけで済むんですよ?」
「・・・・・・なんや、それ脅しのつもりなんか」
「そう捉えてもらっても構いません。今日は話合いではなく、勧告に来ました。今週末には強制執行致します」
「なんやって!そんな急に、あんまりや!」
「先日の月締めもお支払いしてもらっておりません。我々はあなたに返済能力はないと判断致しました」
「ふざけんな!」
レナールが役人の襟元を掴み上げ拳を掲げる。
「殴っても構いませんが、その場合、執行妨害として別の罪を負うことになりますよ」
「――――っ、くそがっ!」
「ご懸命な判断ですね」と役人が襟元をぱんぱんとはたく。
そういった行動がレナールの癪にさわる。
「では、勧告は致しました」と役人が立ちあがり、工房の扉に手をかける。
「そんなに」レナールは役人の背中を強く睨み付けて「そんなにウチからおとーちゃんとおかぁーちゃんが残してくれた工房を取り上げたいんか!」と叫んだ。
「いくらや、いくらボルドーがもらったねん!!このくそ役人どもが!!」
ボルドー工房、帝国の北部地区を主な商域にしていた巨大な工房の一つでここ帝都にも当然工房はある。
北部の田舎者とそしられつつも、ボルドー工房は帝都一の工房となるため拡大を狙っていた。
だが、帝都には工房を立てられる区画というのが決まっていて新規拡張などはなかなか進まないのだ。
そこで一番手っ取り早いのはレナールのヴォルグ工房のようにすでにある小さな工房を傘下に加えたり、または。
「おかしんやん!今まで利子の支払だけでよかったのに、その利率も急に上げられて、うちの作った武器を取り扱ってくれていた店も急に断りだしてさぁー。おかしやん!!」
恐喝、営業妨害、嫌がらせなんでもするのがボルドー工房と有名だ。
そしてレナールは借金の方に両親が残してくれた工房を取り上げられようとしている。
工房を守れなかった悔しさから涙が出る。それと拭きすらせずにレナールは叫び続けた。
「どうせボルドー工房の傘下入りを断ったからやろが!!」
「・・・・・・何をおっしゃってるか私どもに分かりませんが、そう思っているのならなぜ入らないのです」
「あんな混ざり物でごまかしくった粗悪品作れるかいな!」
はん、職人の名が廃るってもんやでとレナールは鼻で笑う。
それに役人は本当に不思議そうに眼鏡を抑える。
「そこが不思議だったんですよね。あなたの作ってる武器も混ざり物でしょ?それを純度100%の物よりも高く売っている。ありえないですよね」
「あっああん?! なんや武器のことも分からないどくされ役人に何が分かるんや!ウチのは合金ちゅう技術やねん!あんな原価を下げるためだけのただの嵩ましと一緒にすな!」
「・・・・・・では仮にそれが優れた技術だとしてなぜ純度100%の武器よりも値段を下げないのです?原価率は下がるのですから当然、値段も下げられるはず。それで質に勝るのなら売れない道理はないと思いますが」
「ふんっ、うちは職人や・・・・・・技術の安売りはせーへん。あれが妥当な値段なんや。・・・・・・実際常連さんだっておったねん。お前らが邪魔せんかったらなぁ!」
キッと小動物を射殺さんばかりの視線を役人に送る。
「顧客がより安くより良い質の高いものに流れるのは必然だと思いますけどね」と役人は涼しく受け流す。
「はんっ、所詮お前らが握るのは剣じゃなく権。それも借り物くせに、うちの技術はな本物にしか分からへんねん。それが分かってくれる人が少なからずおる、だからうちは帝都に工房を構えてるねん!」
せや、うちの武器が一番やっていてくれていた常連さんだっていっぱいおった。
あの腐れ外道共が嫌がらせさえしてこんかったらと悔しさに握った拳から血が流れる。
「・・・・・・ほぅ、なるほど。この帝都に・・・・・・、ならこうしましょう期日までにパトロンを見つけてください」
「ああっん?何言うてんねん」
「だから、パトロンですよ。いるんでしょ? このままではあなたは納得しないでしょう。だから実際に探してみてくださいよ。あなたの技術の価値を認めてくれる人を。その人に借金の返済を肩代わりしてもらえればいい。そうですね。まずは手付金として1/3の1,000万リーゲルと毎月利子30万リーゲルで手を打ちますよ。一度でも払いもれれば即回収させてもらいますがね」
役人がふんっ、と鼻を鳴らす。
小馬鹿にした笑みだ。
「まぁ無理ならいいんですよ。所詮あなたの混ざり物の紛い物武器を欲しい人なんていないそう認めて、工房を引き渡してもらいますからね」
「なわけいくか!おるわ、絶対おるわ!!」
「威勢だけはいつもいいですね。では結果を楽しみにしてますよ。ヴォルグさん」
「さっさと失せろ、このドぐされ役人が!」
役人が閉じた扉に灰をぶちまける。
消毒や。
モクモクと漂う灰、工房内が白い煙に包まれるなか、レナールは考える。
自分の武器を認めてくれる人でなおかつ金を出してくれる人だ。
・・・・・・おるわけないやん。
役人には威勢よく啖呵を切ったものの実際のところ心当たりはまったくなかった。
△の耳はしおれ、自慢のふっさふっさの髪の毛と同じ麦色の尻尾がしな垂れる。
よしんば武器を気にいってくれる人はいても3,000万リーゲルもの大金を自分につぎ込んでくれる。
そんな都合のいい人おるわけ・・・・・・・・・・・・・・・・・・レナールに閃きの火花が散る。
可能性・・・・・・あるんかな。
先日武器を一人で6本全部買い取ってくれた人。
ミスリル級の武器を6本も買える時点でそこそこの金持ちのはずや。
もしかしたら、貴族かもしれない。
レナールの思考、いや願望と言っていいそれが次々とつながっていく。
「せや、貴族や!絶対に貴族やん。あいつら欲しいものは自分一人で独占する。金はあるのにさもしい奴らやん。お抱えや!お抱えになればええ」
そうすれば、工房を守れる。
おとーちゃんとおかぁーちゃんが残しくれたこの工房を。
貴族様のこべつらいぬいてもええ。
機能美なんてこれっぽちもない金ぴかのバカみたいなものを作らさせられてもええ。
工房が守れるならそうでええ!
「絶対に守ってもみせるで!!」
願望は、結論へと変わる。
レナールは、工房の扉を蹴り開けて走り出す。
自分の武器を少しながら販売してくれている唯一の武器屋へと向かって。
汗臭いだろう体にも嫌な顔ひとつせずに抱き着いてくる。
「おにーさんお疲れ様!!」
この笑顔に騙されてしまってはいけない。
ダンジョン入り口付近にはこういった子供が少なからずいる。
ドロップアイテムをねだりに来る、いわゆる物乞いだからだ。
だが、心優しい僕はよく二束三文のドロップアイテムを渡しているために、
すっかり目を付けられ、ミリアという少女のカモにされてしまった。
まぁこうなんだ、おにーさんと呼ばれタオルで汗を拭いてくれたり、水をくれたりする献身的なことをこんな小さな子に一生懸命にやられてしまうとこうドロップアイテムの一つや二つぐらいあげても惜しくない。
ダンジョン帰りの癒し、通い妻ならぬ通い妹だ。
妹、いつ聞いてもいい響きだ。姉も嫌いじゃないけどね。
「きょ、今日は、糸」
とミリアにイモムシがドロップした糸をあげる。
「うわぁー今日もくれるの、おにーさん大好きー」と抱き着いてくる。
「シオン姉様。またあんな小さな子にデレデレしてますよ」
「旦那様が喜んでいるのならいいんじゃないかしら。・・・・・・帝国法に抵触さえしなければ」
だから、僕はロリコンじゃないって!!
・・・・・・ちなみに帝国法だと何歳からできるのかな?あとでそれとなく確認しておこう。
ミリアに手を振られながら馬車に揺られ、宿屋へと帰還する。
ダンジョンから帰ったら、やらなければならないことがたくさんだからな。
今日はなにせ死にかけたんだ。
たっぷりとシオンとリルにはおしおきしないと。
「ふぁあ~」
馬車の揺れ、ダンジョンで活動した疲労感から、眠気が襲ってきた。
ごろんとシオンの膝の上に頭を乗せる。
皮装備に包まれているせいでカチカチだ。くそ。
だが、眠気の前にはそんなことは気にならなかった。
外はすっかりと夕日に染まり、窓からの指し込む光が眩しい。
帝都の赤い空に幾本もまっすぐに雲が立ち上っているのが見えた。
雲? いや煙?・・・・・・まあどうでもいいか。
リルに窓のカーテンを閉めるように言って、宿屋につくまでの間、疲労感からすっかり眠りについてしまった。
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帝都の空に、一角にモクモクといくつもの煙が天に向かって幾本も伸びていた。
別に火事というわけではない。
帝都によるきれいに一本に立ち上る煙は、工房のものと決まっている。
帝都の郊外その一角に、球体が埋まって半分顔をだしているようなレンガ造りの建物が立ち並ぶ地区がある。
帝都工房地帯と名付けられたそこにで唯一煙を出していない建物があった。
窓が一つに、大きな煙突が立つその建物は、武器づくり工房であり、いつもなら鉄を叩く音や煙突からはモクモクと煙が立ち上っている。
その理由は、
「もう、分かったてぇ!そうさっきから言うてるやん!」
ドンッと拳を突きたてられた机が揺れる。
「ようやくご理解いただけたようで何よりです。では、この工房含む工具や備品、材料などでご返済に充てていただけるということですね?」
「だから、それだけはあかんって!!かぁーこの役人は、何度言うたら分かるん?!」
工房の作業台にお互い向い合せるに座るのは、眼鏡を知的に輝かせる襟首の学ランのようなびっしとしたスーツを着る帝都の役人と重歯を牙のように出して「ぐっるるるる」と唸っている一人の少女だった。
茶に近い金髪の間からぴょこんと△の耳がピンと立たせ、黒い瞳は怒りに吊り上がっている。
「具体的にどうやってご返済をされるのかお聞かせください。工房長のレナール・ヴォルグさん」
「だ、だから、そ、それは」とレナールと呼ばれた少女の歯切れが悪くなる。
「いい武器たくさん作こうてな。それを売ったり・・・・・・先日もなウチの武器が気に入ったとかで全部買い占めよった奴がいるくらいやねん! あとはそうそう。修理やメンテナンスを請け負ったりしてるし」
「ほぅ~、請け負っているというのはこれですか?」と役人が盾にしては妙にぺらぺらの丸い鉄板を手にする。
「せやで! くぼみやらくすみやら一切ないやろ!これが職人技って奴や」
「・・・・・・盾にしては、ぺらぺらすぎると思いますが?」
「はっ! 所詮、現場に出ないお役人様やな!それが盾なわけないやろ、どうに見ても鍋の蓋やん!」
そんなことも分からへんのかい!と鼻でレナールは笑い飛ばしてやった。
はぁーと深いため息とともにこめかみを抑える役人。
「ここは鍛冶屋ですよね? 鍋の蓋の修理なんて請け負っている暇があるのですか?」
「バカかいな!蓋だけ直してどないすんねん。鍋底もセットに決まってるやん。うちは地域密着型でやらしてももらってますねん」
「・・・・・・いいですかヴォルグさん。あなたが返済しなければならないお金は、総額で現在3,000万リーゲルとなっております」
「わ、分かってるって。だからこうして鍋底なんかニッコリ笑顔で、」
「分かってません! 鍋底なんかの修理代では到底返済は間に合いません」
役人の言いっきりに、レナールもうっと黙ってしまう。
「我々は充分待ちました。本来なら元本返済のところを利子のみの返済に変更しました。だがその利子の返済分ですら滞っている状況だ。我々は帝都市民の血税を扱っている!」
「う、うちかて、帝都市民やないか!」
「支払いの義務を怠っているのは帝都市民の権利はありません」
「な、なんやてこの・・・・・・」
ぶん殴ったろうかいな、このくそ役人が~とレナールは拳を握るが、我慢した。
すべてはこの工房を守るためだと。
「これはあなたのためを言っているんですよ?3,000万リーゲルがどれくらいの価格がご存知ですか?」
「まぁ、ど、どえらい大金なぐらいやわな」
「ふぅ~。・・・・・・こういうことはあまり言いたくないのですが、レナール・ヴォルグ。職業鍛冶師。帝都では珍しい狐人族。顔はそこそこ。胸も大きく若い女性だ。仮に奴隷として売った場合」
「な、何が奴隷や!あんたウチのことそんな風に見てたんか、このヘンタイ役人!死ね!!」
両腕で体を隠しながらのレナールの罵りにも役人は一切動じず淡々と告げる。
「30万リーゲルが妥当でしょう。謝肉祭で焚き付けたところで50万~いっても70万というところでしょうか。つまり100万リーゲルにも満たない」
「お前なんて、10万リーゲルもいかんは、ボケ!!」
ちゃっと役人は眼鏡をあげる。
「あなたの価値はその程度ということです。ご自身を売ったとしても借金の返済の足しにもならないのですよ。よく考えてください。今なら、工房だけで済むんですよ?」
「・・・・・・なんや、それ脅しのつもりなんか」
「そう捉えてもらっても構いません。今日は話合いではなく、勧告に来ました。今週末には強制執行致します」
「なんやって!そんな急に、あんまりや!」
「先日の月締めもお支払いしてもらっておりません。我々はあなたに返済能力はないと判断致しました」
「ふざけんな!」
レナールが役人の襟元を掴み上げ拳を掲げる。
「殴っても構いませんが、その場合、執行妨害として別の罪を負うことになりますよ」
「――――っ、くそがっ!」
「ご懸命な判断ですね」と役人が襟元をぱんぱんとはたく。
そういった行動がレナールの癪にさわる。
「では、勧告は致しました」と役人が立ちあがり、工房の扉に手をかける。
「そんなに」レナールは役人の背中を強く睨み付けて「そんなにウチからおとーちゃんとおかぁーちゃんが残してくれた工房を取り上げたいんか!」と叫んだ。
「いくらや、いくらボルドーがもらったねん!!このくそ役人どもが!!」
ボルドー工房、帝国の北部地区を主な商域にしていた巨大な工房の一つでここ帝都にも当然工房はある。
北部の田舎者とそしられつつも、ボルドー工房は帝都一の工房となるため拡大を狙っていた。
だが、帝都には工房を立てられる区画というのが決まっていて新規拡張などはなかなか進まないのだ。
そこで一番手っ取り早いのはレナールのヴォルグ工房のようにすでにある小さな工房を傘下に加えたり、または。
「おかしんやん!今まで利子の支払だけでよかったのに、その利率も急に上げられて、うちの作った武器を取り扱ってくれていた店も急に断りだしてさぁー。おかしやん!!」
恐喝、営業妨害、嫌がらせなんでもするのがボルドー工房と有名だ。
そしてレナールは借金の方に両親が残してくれた工房を取り上げられようとしている。
工房を守れなかった悔しさから涙が出る。それと拭きすらせずにレナールは叫び続けた。
「どうせボルドー工房の傘下入りを断ったからやろが!!」
「・・・・・・何をおっしゃってるか私どもに分かりませんが、そう思っているのならなぜ入らないのです」
「あんな混ざり物でごまかしくった粗悪品作れるかいな!」
はん、職人の名が廃るってもんやでとレナールは鼻で笑う。
それに役人は本当に不思議そうに眼鏡を抑える。
「そこが不思議だったんですよね。あなたの作ってる武器も混ざり物でしょ?それを純度100%の物よりも高く売っている。ありえないですよね」
「あっああん?! なんや武器のことも分からないどくされ役人に何が分かるんや!ウチのは合金ちゅう技術やねん!あんな原価を下げるためだけのただの嵩ましと一緒にすな!」
「・・・・・・では仮にそれが優れた技術だとしてなぜ純度100%の武器よりも値段を下げないのです?原価率は下がるのですから当然、値段も下げられるはず。それで質に勝るのなら売れない道理はないと思いますが」
「ふんっ、うちは職人や・・・・・・技術の安売りはせーへん。あれが妥当な値段なんや。・・・・・・実際常連さんだっておったねん。お前らが邪魔せんかったらなぁ!」
キッと小動物を射殺さんばかりの視線を役人に送る。
「顧客がより安くより良い質の高いものに流れるのは必然だと思いますけどね」と役人は涼しく受け流す。
「はんっ、所詮お前らが握るのは剣じゃなく権。それも借り物くせに、うちの技術はな本物にしか分からへんねん。それが分かってくれる人が少なからずおる、だからうちは帝都に工房を構えてるねん!」
せや、うちの武器が一番やっていてくれていた常連さんだっていっぱいおった。
あの腐れ外道共が嫌がらせさえしてこんかったらと悔しさに握った拳から血が流れる。
「・・・・・・ほぅ、なるほど。この帝都に・・・・・・、ならこうしましょう期日までにパトロンを見つけてください」
「ああっん?何言うてんねん」
「だから、パトロンですよ。いるんでしょ? このままではあなたは納得しないでしょう。だから実際に探してみてくださいよ。あなたの技術の価値を認めてくれる人を。その人に借金の返済を肩代わりしてもらえればいい。そうですね。まずは手付金として1/3の1,000万リーゲルと毎月利子30万リーゲルで手を打ちますよ。一度でも払いもれれば即回収させてもらいますがね」
役人がふんっ、と鼻を鳴らす。
小馬鹿にした笑みだ。
「まぁ無理ならいいんですよ。所詮あなたの混ざり物の紛い物武器を欲しい人なんていないそう認めて、工房を引き渡してもらいますからね」
「なわけいくか!おるわ、絶対おるわ!!」
「威勢だけはいつもいいですね。では結果を楽しみにしてますよ。ヴォルグさん」
「さっさと失せろ、このドぐされ役人が!」
役人が閉じた扉に灰をぶちまける。
消毒や。
モクモクと漂う灰、工房内が白い煙に包まれるなか、レナールは考える。
自分の武器を認めてくれる人でなおかつ金を出してくれる人だ。
・・・・・・おるわけないやん。
役人には威勢よく啖呵を切ったものの実際のところ心当たりはまったくなかった。
△の耳はしおれ、自慢のふっさふっさの髪の毛と同じ麦色の尻尾がしな垂れる。
よしんば武器を気にいってくれる人はいても3,000万リーゲルもの大金を自分につぎ込んでくれる。
そんな都合のいい人おるわけ・・・・・・・・・・・・・・・・・・レナールに閃きの火花が散る。
可能性・・・・・・あるんかな。
先日武器を一人で6本全部買い取ってくれた人。
ミスリル級の武器を6本も買える時点でそこそこの金持ちのはずや。
もしかしたら、貴族かもしれない。
レナールの思考、いや願望と言っていいそれが次々とつながっていく。
「せや、貴族や!絶対に貴族やん。あいつら欲しいものは自分一人で独占する。金はあるのにさもしい奴らやん。お抱えや!お抱えになればええ」
そうすれば、工房を守れる。
おとーちゃんとおかぁーちゃんが残しくれたこの工房を。
貴族様のこべつらいぬいてもええ。
機能美なんてこれっぽちもない金ぴかのバカみたいなものを作らさせられてもええ。
工房が守れるならそうでええ!
「絶対に守ってもみせるで!!」
願望は、結論へと変わる。
レナールは、工房の扉を蹴り開けて走り出す。
自分の武器を少しながら販売してくれている唯一の武器屋へと向かって。
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