Bloom of the Dead

ロータス

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最終話 スノードロップ

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 せっかく全部が黒く染まったのに、何もかも、嫌なことに蓋をするようにすべてを黒い墨で塗りつぶした暗闇の世界に1つポツンと小さくシミように残る白い1点。

 1点だけ塗り忘れたような不快感、完璧な闇の世界に浮かぶ汚点のように感じ、どす黒く黒く黒く、もはや何に怒りを、悲しみを、感じているのかさえも分からなくってしまった負の感情の炎でもって塗りつぶし、焼き尽くし、焦げ尽くそうとする。

「手を、手を取ってよ。朝霞さん」

 それでもそれでも白い何か、不快だ。直接塗りつぶさなければいけないのか。
 もはや体などなくすべてが闇の如き炎と一体になったはずだった。

 それなのに体の概要がまだ残っていたのか、暗闇の中、小百合は立ち上がりそれに向かう。

 どこまでも、どこまで手を伸ばしても、空を切るばかりの暗闇にぽつんと灯るように咲く白い花、一瞬白百合だろうかと思ったが、それとは違うようだ。白く美しいそれなのに悲し気に花弁(アタマ)を下げている。

 それは以前にも見たことがある。なんだっただろうか。思い出せない。

「あ、朝霞さん、!お願いだ、この手を取ってくれ!」
 
 小百合の中にふと浮かぶ、

「教えてよ、朝霞さん。ゴンドラに乗った女の子はどうなったの?」

 花の名前は、

「約束したよね、名前を読んだら教えてくれるって」

零れる白い軌跡。

 それは朝露に濡れる若草のようにヨハクの目から一筋の涙がこぼれ、頬を伝い、顎に集まり、一粒の雫となって落ちる。

 小百合の黒檀のように黒い髪が風で流れる、かつては白かった百合の髪飾り、いや今や小百合の一部となった百合の花は、黒くどこまでも黒黒しく咲いている。

 そこに、しんしんと降る雪の欠片が舞い落ちるように、雫となって落ちた涙が、花弁を濡らす。

「教えてよ、小百合!」

スノードロップ

小百合の頭にそれが過った瞬間、暗闇に囲まれた世界は、強烈な光に追いやられるように去っていた。
 目を焼き尽くすような太陽を背に、こちらに懸命に腕を伸ばすヨハクが見えた。

「ヨハク君……きゃあ!」

 下から突き上げるような突風。真夏の暑さを吹き飛ばすような底冷えするような冷たい風に、そっと目を開けると、黒い粒がひしめている地上が見えた。

「あっ、あああ」

 そこで小百合は自分の置かれた状況にやっと気が付いた。いや、気が付いてしまったというほうが正しいか。地上から6階分の高さを実感してしまい腰が抜け、足がすくんでしまう。

「大丈夫だから」
「そ、そんなこと」

 言ったてと続く言葉は、軋んでガクンと下がるように揺れる観覧車に遮られる。
 恐る恐る周りを見渡せば、どうやら観覧車が横倒しになり、隣のビルへとひっかかったようだ。チューリップ型のゴンドラがぶらぶらと揺れている。

「小百合!」
「名前…………」
「そう、教えてよ。名前を呼んだら教えてくれるんでしょ。その続きを」
「お、女の子はね、いけない子だったの。だからゴンドラを降りた時、お母さんに置いてかれたの、誰も手を差し伸べてくれなかったの」

 まぶしいぐらいに光る手を取ることを小百合は恐れた。

「私はいけない子なの、こんな、こんな状態にしちゃって、だから」
「関係ないよ!」

 ヨハクは精一杯手を伸ばした。観覧車のフレームからそれ以上伸ばしたら、逆にヨハクが落ちてしまうんじゃないかというほどに、

「ほかの誰が手を伸ばさなくても、小百合がどんなにいけない子でも、僕は、僕だけは、君に手を伸ばし続ける!だからこの手を取って!」
「私は、私は、いっぱい壊して、いっぱいダメにして。だから、」

 だめなの。そう言葉を紡ごうとしているのに、手が自然と、まるで若葉が太陽を目指して伸びるように手が伸びていき、そして、

「掴んだ!今、引っ張るから!」

 手と手が触れあい、腕が絡む。だが、

「くぅう、ヨハクこのままじゃあ…………」

 ヨハク一人とアイリスでは足場が不安定とか関係なく到底小百合を持ち上げることなどできわけがない。
 歯を食いしばり懸命に持ち上げようとしているヨハクを、小百合は微笑むように見上げた。
 このままじゃ、彼が落ちてしまう。

 自分はもう満足した。伸ばせなかった腕を伸ばして、掴んでもらえかった手を取ってもらえて、これ以上何を望むというのか、小百合がそっとヨハクの手を放そうとしたとき、

「よくやったヨハク、お前ならやれると思っていたぞ」
「ミリオ!」
「感動の再開は後です!もう、うわぁあ一杯来ている!早く朝霞先輩を引っ張り上げて隣のビルに移りますよ!」
「小豆ちゃん!」
 ヨハクは嬉しい悲鳴をあげ、小百合はこんな奇蹟みたいなことが起こっていいのだろうかと思う。
「アイリスちゃん、協力してください。行きますよ!へーちゃん、びーちゃん、スーちゃん、ネーちゃん、クーちゃん」

 アイリスも最後の力を振り絞って虹の翼を広げる。その横で小豆が5体の黄金の蛇を顕現させる。

「時間がありません。まとめていきますよ」

 有無をいう時間はなく、5体の黄金の蛇はそれぞれ小百合、ヨハク、アイリスを掴み、他2体は観覧車の鉄柱を掴む、

「きゃぁああああああああああああああああ」
「うわぁああああああああああああああああ」

 思わず、ヨハクと小百合が悲鳴を上げる。

 無理もない、下を見れば建物5階分の高さはあるのだ。それを胴体に絡みついた蛇が持ち上げ、手足は宙ぶらりんだ。ジェットコースターなど比でもない。

 それを小豆が鉄骨渡りをするように進んでいく。黄金の蛇2体が支えているとはいえ、3人を抱えてだ。不安定な足場に突風のように吹くビル風に揺れる。

 落ちれば当然のように死ぬ。それも自分でコントロールすらすることは出来ず、ただ運ばれていくだけだ。

 恐怖に目をつぶりそうになるなか、ヨハクが見たのは珍しく怯えた表情を見せる小百合だった。

 自然と手が伸びてその手を絡むように握る。

 驚いた表情をした小百合だったが、ぎこちなく微笑むとヨハクの手を握り返してきた。

 恐怖の空中浮遊は、1分もかからず終わった。

「まったく俺も運んでくれればいいのに」

 命綱なしというのに、ミリオは何でもなかったかのように観覧車を伝ってきた。
ウォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお

 いつの間にか元居た首領・ホーテの屋上は害虫(ペスター)で埋め尽くされていた。

 そしてミリオと同じく観覧車を這うよう進み、互いを掴み合い、連なってくる。途中途中、害虫(ペスター)が剥がれるように落ちていくが、それでも着実に進んでくるが、金属が盛大に軋む音を立てて、ビルとビルの間に挟まっていた観覧車が徐々に傾き、鉄柱が折れるようにして害虫(ペスター)と共に落下していった。

 再び地震が起こったような落下音と衝撃、土埃は、舞い上がり屋上まで立ち上ってくるほどだった。

それでも、

「はぁ、どうにか逃げれましたね」

 小豆がどっと疲れたというようにぺたりと座る。

「ありがとう、ミリオ。小豆ちゃん助かったよ」

 ヨハクが頭を下げるの、ミリオはにっと笑ってこたえ、小豆が銀髪のかみを流しながらいえいえと頭を振る。

「お互い様ですからね、ところでここなんのビルですかね。籠城できるといいんですが」
「「…………」」
「どうしたんですか?」

 急に黙るヨハクとミリオを小豆が怪訝そうに見る。

「まぁ、そのなんというか…………」
「うむ、まぁある意味オカズはあるんだがな」
「オカズ…………?食料があるのはいいことじゃないですか、行きましょう」

 その言葉で重い腰を動かし4人とアイリスはビル内に入ると、
「ななななななななななななん、なんなんですか、ここはぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 小豆の絶叫がこだました。

 ミリオとヨハクは俯くことしか出来なかった。

店内には所狭しとレンタルショップのようにDVDが並び、張られたポスターは、裸の女性が多くを占めていた。

「オカ、オカ、…………オカズってそういう…………最低です!行きましょう、いますぐ出ましょう。ここにいたら、行けません!異論のある方は居ませんよね?」

 小豆が5体の蛇を阿修羅のように構え、瞳孔は蛇のように開き、有無言わさむ提案に異論をはさむものはいなかった。

「では、今すぐ脱出しましょう」

 小豆が先頭に立ち、ミリオがおらっ!とアイリスをおぶり、追いかける。

「いこう…………さ、小百合」

 ヨハクはどさくさに握ってしまった手を離さず、さらに力を籠める。絶対に離さないと。
 しかし、名前を呼び捨てる恥ずかしさに顔は見れずそっぽを向いてしまう。

「うん」

 そんなヨハクの真っ赤になった耳を見ながら、小百合は短くそう答え、手を握り返したのだった。
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