Bloom of the Dead

ロータス

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32話 暴風

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 それはまるで暴風のようだった。

 そのあまりの凶悪さに人のような小さなものは、縮こまって嵐が過ぎ去るのを待つしかないのだ。
 キングと名乗った男は、それほどの純度の暴力の塊だった。

 瞬く間に、とはこのことだった。鳴り響くサイレンの音、複数台のパトカーが首領・ホーテに集っていた害虫(ペスター)をその音で誘導した後、トラックや救急車などが首領・ホーテに突入してきた。中には爆発したものもあり、まさに突撃だ。

 そして最後に消防車が着て、はしごに乗る一人の男が叫んだ。伸びきったはしごは4Fまで届いており、窓をぶち破ってホーテへと入ってきたのだった。

 すぐに屋上へとやってきた男は、キングと名乗った。


「よう、小百合。言われた通りに向かいにきたぜ」

 ヨハクは何がなんだか、分からなかった。竹内さんのことはあったにしろ、やっとまともな生活に戻れると思ったのに、これからみんなでやり直していこうと思っていたのに、このキングという男は嵐のように突然やってきてそんなことをのたうち回った。

 どういうことだろう、ヨハクは小百合のほうを見るが、当の小百合は体を抱くように腕を回し、震えている。

「さぁ、そんなガキの乗り物乗ってないで、さっとこっちに、……なんだ、てめぇは」

 そんな小百合の様子を見て、どういう事情かは知らないが、少なくとも友好的な間柄ではないように感じた。
 どうみても、朝霞さんは怖がっている。その事実が、ヨハクを奮い立たせた。
  ヨハクはこの男の視線から小百合が隠れるように前に出たのだ。

「アイリス、離れてて」そう一言いうと、

「分かった、ヨハク」と アイリスがトコトコと可愛らしく離れていくのを目の視界に入れながら、男の前に出る。
威圧するような眼光に当てられ、ヨハクは身がすくみそうになるのを、ヨハク自身の花(チカラ)を込めて耐える。
「なんだ、お前。ピカピカ光りやがって」

 AK47に込められた天使の髪飾り(スノードロップ)の力が淡い燐光を放つ。

「なるほど、小百合の連れか。なかなかいかちいの持ってるじゃねーか、いいぜ。やろうぜ、タイマンだ。勝った方が小百合を持っていくそれでいいよな。俺はキングって呼ばれている」

 キングと名乗ったこの男は、ヨハクとは対照的に舌がよく回るようで、ヨハクが返事をする前にそう一気にまくし立ててきた。

「よぉ、小百合。それでいいよな、じゃあ決まりだ!殺し合うぜ」

 現に、小百合が返事する前に、ヨハクが名前を名乗る暇すら与えず、自分こそが世界の中心であり、法であると言わんばかりに、現にキングはそう思っている。こんな世界になってからは特に、勝った方がすべてを手に入れる単純明快な法に酔いしれている。

 キングはさぁ来いよっと言わんばかりに両手を広げ、叫びながら腰に刺さったホルスターから、銀色に光る銃を二丁掴む。

 ヨハクはそれに反応するようにすでに構えていたAK47の引き金を引いた。

 夏の陽光を浴びて、雪の結晶と見まがうばかりにBB弾は白く美しく輝く。

 小百合を守る!と決めたヨハクの渾身の力だ。球切れなど気にせず、秒速14発にも及ぶ速射でマガジンが空になるまで打ち尽くす。

 キングの体に無数にあたり弾ける。そして、―――――

「―――――っ、てぇなぁああああああああああああ、おぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」

 全身にBB弾を受けながらキングは引き抜いた両の銃の引き金を引く。
 電動のそれとは違う、火薬が爆ぜる爆音と硝煙。

「えっ、…………。」
「流石に、二丁拳銃(ダブルハンド)は無理かぁ全然合ったてないじゃねーか」

 その号砲のような爆音と硝煙のにおい、それにイチゴ型のゴンドラに、二つの穴が空いているのが見て取れる。
 まるで目のように並んだ二つの円の穴は、ヨハクが持つ電動ガン勿論、小豆が使っていた映画に出てくるような凶悪なスコヴィル U.02モデルをもってしてもあんな穴が空くわけがない、せいぜい凹みが出来る程度だ。
 つまり、あれは本物…………?

 それを想像したとき、ゾクリとヨハクの全身に悪寒が走った。

「ヨハク?!」

 アイリスの悲痛な叫びを聞いた時、ヨハクの視界に火花が散った。
 側頭部を襲う激烈な鈍痛、まるで遊園地でコーヒーカップの乗り物に乗ったときみたいに視界が360度周り、ぐわんぐわんと歪む。

 気づいた時には、青い空が見えた。
 そしてそれを遮るように黒い影が現れと思うと、腹部に胃がひっくり返るんじゃないかというほどの衝撃が走る。

「あっあははははは、なんだよ、お前のおもちゃかよ。そんなんじゃ人は殺せないぞ!」

 体中に走る痛みに耐えながら、ヨハクは思った。

 そうか、僕の力(スノードロップ)は、害虫(ペスター)には通じても人には通じないのか。
 誰かの叫びが聞こえる。

「よくも私のスノードロップに、」
「どけ、このチビが!」

 しかし、それを知ったのはあまりに遅すぎた。それはそうだ、人に向けて打つなので考えたこともなかったのだから、だから、アイリス、朝霞さん逃げて…………。

 脳天に重い衝撃が走り、ヨハクの意識が完全に闇に落ちた。


 ああ、なんでこんなことになってしまったんだろう。

 キング、それは玲奈の元彼の一人だ。

 確かに、私が呼んだ。こんな事態になっても生き残ってそうで、むしろこういう奴のほうが、役に立つのではないかと思ったからだ。

 実際にキングは向かいに来たっと言った。

しかしやり方は最悪だ。屋上から煙や火の手が見える。それに、この爆音だ。近隣の害虫(ペスター)
をかなり呼び寄せているだろう。バリケードも壊してきたのだろう、下に逃げることもできない。こいつはこの後どうする気だ?

 いや、どうする気もないのだろう、ダメならその時で、私やましては玲奈など不要と判断したら、囮や盾にすることぐらいは平気でする。そういう奴だ。

 怜奈は無事だろうか、笹と一緒のはずだ、でも…………最悪の想像にいきつき小百合は震えた。
 すると小百合とキングを遮るようにヨハクが前に出た。

 それを見た小百合は淡い期待を持った。もしかしたら、あの害虫(ペスター)を倒した力があれば、キングも倒せるかもしれない。この状況だ、籠城するにしても脱出するにしてもアイリスとヨハクの力は絶対に必要だ。

 この最悪の状況でそれがベストだ、小百合は不安を押しつぶそうと白い百合の髪飾りを握りこむ。これはただの髪飾りではない、もはや小百合の一部となったそれは、痛みを伴った。

 勝って!小百合はそう願わずにはいられなかった。
 しかし、現実は残酷だ。

 キングの突然の開戦に、先手を取ったのはヨハクだったが、天使(スノ)の(ー)髪飾(ドロ)り(ップ)と呼ばれた力は、ひと際美しい輝きを放つもキングの体にあたり弾けていった。

 天使(スノ)の(ー)髪飾(ドロ)り(ップ)の力は、人には通じないのだ。小百合の願いは届かず、キングが本物の銃を放ち、ヨハクの注意をされたところを飛びつくように殴りかかり、かばいにいったアイリスも蹴りを一発、まさに一蹴と蹴り飛ばし、一瞬でヨハクは倒されてしまった。

「ひぃいいいい!!!」

 それを見ていたもう一人、今井は悲鳴を上げながら、その巨体に見合わない俊敏な動きで屋上から下へと逃げていった。

 役に立たない。小百合は奥歯を噛んだ。髪飾りを痛いほどに握りこむ。どうすればいい、私はここからどうすればいい。

 ヨハクは頭を銃底で殴られてからピクリとも動かない。たぶん、脳震盪を起こしているのだろう。

「はっ! もう終わりかよ。まったく、雑魚の癖に体中あざだからじゃねーか、お礼に俺の銃で天に召してやるぜ」

 キングがヨハクの体を跨ぎ、両手で銃を構える。

 やめて!
 ―――――――ドッウン!

 小百合の叫びにならない悲痛な叫びは、届かず屋上に爆音が響いた。
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