Bloom of the Dead

ロータス

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29話 崩壊する日常

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 ヨハクが男の叫びを聞く、ほんの少し前、

 「嘘でしょ…………なんで」

 朝、熱が下がり復調を見せていた葵だったが、今度は熱が下がりつき、まるで凍っているように冷たくなってきていた。

「久美、ありったけ毛布持ってきて!」
「…………、うん分かった!」

 顔を青ざめさせながらも久美は返事をして走り出した。

 どうればいい…………。どうすればいいの…………。

 顔色は青から白へ、まるで彫像なんじゃないかと思うのほどに親友の顔が、体が白くなっていき、それと同時に血の気が引いていっているのが分かる。

 抗生物質を飲んで熱が下がり、それで安心してしまった。少し目を逸らした隙にこれだ。

 絵里奈は自分の行動を後悔した。

 自責の念に駆られながら、どうすれば、どうすれば、と気ばかりが焦りどうすればいいか分からない。

 ああ、私の“バカ”と、思った瞬間、頭に浮かぶのはあの“バカ”のことで、どうすれば、

「どうすれば、いいの武夫!」

 気づけば目に涙が浮かんでいた。あのバカは、確か…………上で寝ている!
 もう、本当にバカ。葵がこんな時に何、暢気に昼寝こいているのよ!

「葵、私すぐにあのバカを起こしてくるから。…………すぐに戻るからね!」

 目覚める様子のない葵の様子に後ろ髪をひかれながらもドアを閉めるのも忘れ絵里奈はミリオのもとへと駆け出した。


 「とりあえず、こんなもんか。一旦持てるだけ持ってくぞ!」
「…………う、うん」

 久美が毛布を集めているとゴンが近くを通りかかり、葵のこともあり昨日のことが気まずいなどと言ってられずに、久美はとにかく毛布を運んで!と頼んだったのだ。

 普通なら「は?」と疑問符が浮かぶところだが、久美の切羽詰まったものを感じたゴンはとくに何も言わずに毛布を運び込もうとしてた。

 遠く雄叫びのようなものが聞こえた。

「なんか、聞こえなかったか?」
「何が?それより早く―――」

 運ばないと、と続ける前に思わず耳を紡ぎたくなるような轟音に爆音、かな切り音が入り混じり、地震を思わせるようにビルが揺らぐほどの衝撃が二人を襲った。

 持っていた毛布が幸いして、倒れてもクッションとなりケガなどはしなかった。

しばらく続くと思われたそれらは案外早く終わり、フロアに静寂が戻った。

「な…………何、なんだったの?地震…………?」
「分からない」

 久美の怯えた質問に、ゴンはそう返した。
 周りを見渡せば、壁に亀裂などが走っている。直下型の地震だろうか。

「シャッターのほうだったよね?」

 二人は顔を見合わせ、シャッターのほうへと歩いてく。

「出来るだけ静かに。もしシャッターが壊れてたら、すぐに上の階のシャッターを閉じるぞ」

 そう出来るだけ静かに言うと、久美は震える手でゴンのシャツを掴んだ。
 正直、ゴンも怖かったが、シャツ越し伝わる久美の熱がゴンの勇気に火をつけていた。

 ここに着いた時には、見上げるほどに雑多に詰まれた商品群が宝物のように感じ、感動したものだが、いまや物々しい壁のように感じて疎ましい。

棚と棚の間をすり抜けて、頭だけ出す様に覗いた先には、―――――

「きゃぁあああああああああああああ」

 びっくりと背を震わせる、耳元で出された絶叫にゴンは驚いた。

 後ろを見ると、体全身を震わせながら、「ごめん…………」と久美が泣きそうに笑っていた。

 無理もないことかもしれない。覗いた先にあったのは、なぜか車がシャッターを突き破っており、そこから投げ出された人が、群がった害虫(ペスター)に食われていたのだ

 匂う血のにおいと車から漏れているのだろうか、ガソリンのにおいに胃液が競り上がってくるのを感じて、ゴンはそれを無理やり飲み込む。

 なぜなら、久美が叫んだことにより、人(エサ)に群がっていた害虫(ペスター)の一部がこちらに向かってきたからだった。

 それに本能的に身の毛がよだつ。ゴンは久美の腕を取り、引っ張る。が、―――――

「ごめん、足が動かないの、置いていて…………」

 あまりにショッキングな光景に腰が抜けてしまったようで久美が生まれたての子鹿のように膝が諤々と震え立っているのがやっとという感じだ。それを見てゴンは、

「乗れ」
「えっ」
「いいから、早くしろ。ああ、もう!」
「へっ、ぇええ。えええええええええええええええええ」
「おらぁあああああああああ!!!!」

 腰を落とし、おぶるというゴンのジェスチャーを、この状況でキョトンとする久美にイラだち、ゴンは最終奥義を繰り出した。

 久美の上半身を左腕で、下半身を右腕で支える。所謂お姫様抱っこという奴だ。

 その状態で、一歩進み、二歩進み、ゴンは歩き出き、走り出した。

「いや、うそ、マジ?絶対重いでしょ。無理でしょ」
「うるせーいいからしがみついてろ!」
「無理だよ。映画じゃないし、漫画じゃなし、アニメじゃなし、小説じゃないし、捨ててけ」
「大丈夫だ。絶対、離さない。なぜなら、」

 ヤバイ、告られる。久美はドキリとした。

「こんな、おっぱいと太ももの感触を味わい放題な状況手放すわけねー!!」

 馬鹿かこいつ!と久美はさっきの胸のときめきを返せこの野郎!と心で叫んだ!

「女の子の体やらけぇええええええ、最高ぅ!」

 こんな時に男という奴は!としがみつきながらも、もう息上がってんじゃんとそれが虚勢であるとすぐに見に抜いた。

 ある程度進んだところで、倒れるように久美を下ろす。

「ぜはぁーぜはぁー、ぜはぁーぜはぁー、ぜはぁーぜはぁー、ぜはぁーぜはぁー、ぜはぁーぜはぁー、ぜはぁーぜはぁー、ぜはぁーぜはぁー、ぜはぁーぜはぁー、ぜはぁーぜはぁー。ここらが限界みたいだ」

「馬鹿、無理するから」
「お、ぜはぁーぜはぁー、おっぱい、ぜはぁーぜはぁー、揉ませてくれたら、まだ走れるかも!」
「馬鹿なこと言ってないで、行くよ。もう、あああっ!!」
「ぜはぁーぜはぁー、マジかよ」

 もう害虫(ペスター)が来るよという言葉は出せなかった。害虫(ペスター)がいつの間にか包囲するように群がってきていた。一体どこから来たんだ。そんな疑問を考えている暇はなかった。

 害虫(ペスター)の一体が倒れこむように久美に絡みついてきた。

「きゃぁあああああああああああ」
「離せこの野郎!」

 それをゴンが渾身の力を振り絞り、羽交い締めにするように振りほどくが、

「ぐっうわぁあああああいてぇええええええええ」

 害虫(ペスター)はその腕を容赦なくかみついてきた。

「近藤!」

 久美の悲痛な叫びに、ゴンは覚悟を決めた。

「行け! 上に行け!浜崎! ミリオのところに行け」
「そ、そんな置いていけないよ…………」
「うらぁあああああああああああ!!!」
ゴンが無理やり、害虫(ペスター)を殴るように振りほどくと、肉が食いちぎられ、鮮血が舞った。
「畜生。浜崎、いいからいけ!ここは俺が食い止める!!」
「でも、」
「でもじゃねぇ、上に行けば、小豆ちゃんもいるし、ヨハクもいる。それになによりミリオがいる!」

 久美の瞳にみるみる涙が溜まる。

「あいつなら、あいつなら、この状況でもなんとかしてくれるはずだ!」
「ごめんね、ありがとう」

 久美は駆け出した。

 それをちらりと確認して、
「かっこつけちまったはいいけど、これどうすればいいんだよ」

 いつの間にか害虫(ペスター)は視界を埋めるように溢れんばかりに集まってきていた。

「はぁ、あああ、怖けぇよ…………」

 ゴンは今にも崩れ落ちそうな足に力を籠めて、少しでも害虫(ペスター)を集めようと叫びながら、フロアを駆け出した。


「うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」





 
 笹先輩と二人、宝石の花畑が二人を祝福するかのように光る。これはまごうことなき、初デート。幸せ絶頂、この世の春であり、天国のよう…………だった。

 ガラスケースから、取り出された金と銀が交互に編み込まれたチェーンの先には真紅がついたとても高級そうなネックレス。

「こんな高いのいいんですか?」

 もはやこの店には店員などはいないのだ、むしろこの店すべてが今いる私たちものと言ってもいい。それでもだ、申し訳なさそうに玲奈は言った。

「いいんだ」と笹が答える。それに、と続き、

「これは君に似合いそうだから」と玲奈の耳元で囁かれる。

 吐息が耳にかかって、ぶるりと震える。付けたあげるよ、と甘い囁きが重なり、腰がとろけそうになる。
 火照った皮膚に、金と銀のチェーンがヒンヤリとして気持ちいい。チェーンを付けた手がそのまま肩を掴む。

 下からのぞき込むように玲奈は聞いた。

「どうですか?」
「ああ、綺麗だよ、玲奈…………」

 玲奈と笹の目が合い、二人は自然と近づいていく、玲奈が目を閉じ、鼻先に笹の吐息を感じた時、それは起こった。


 直下型を思わせる建物が縦に揺れる衝撃に、爆音まで響いてきた。

 笹が玲奈を守るように支える。それに玲奈はしがみつきながら、恐怖ではなく幸福を感じた。だが、それもすぐにやんだ。

 余震がないか、しばらく待ったが続きはないようだ。

「ちょっと、下を確認してくる」

 笹には先ほどの甘い表情はなく、いつものみんなを引っ張っていくときのような凛々しい表情をうかべていた。
やだぁ、かっこいい!と玲奈は頬をあかまらせる。

「もしかしたら、バリケードが破られたのかもしれない。玲奈は、小豆ちゃんや立花君を…………」

 パァリィイン!とガラスが盛大に割れる音を聞いた。
 まさか!と笹は焦るが、いやここは4Fだ。いくらバリケードが破れたとしても早すぎると思いなおす。先ほどの地震で罅が入ったのかもしれない。だとすると早急に被害を確認しないとまた上階に籠城する羽目になる。

「笹先輩?」

 上目遣いに、心配そうに見上げてくる玲奈を見る。

「大丈夫」

 自分にも言い聞かせるように玲奈の頭を撫でる。

「ええっ、やめてくださいよ~崩れる~」

 子犬のように笹の手にじゃれる玲奈のいつも通りな感じを見て、少し平静さを取り戻した。
 よしと気合を入れたのをあざ笑うかのように哄笑が聞こえてきた。

「ぎゃっはぁはははははははっはははっ。これいいね」
「やべ、ブランドじゃん!前から欲しかったんだよね」
「…………だ、誰の声ですかね?」

 その哄笑に玲奈が怯えたように腰にしがみついてくる。
 その肩を抱きながら、笹は考える。

 誰の声だ?記憶を漁るが、ヒットはない。少なくともここにいたメンバーであんな下品な笑い声をあげる物はいないだろう。すると、侵入者?だが、ここは4階だ。どうやった侵入したというのだ。
 その思案の答えが出る前に、それは前に現れた。

「ん、んん??????? あれっぇえええええええええ」
「…………嘘、な、なんで…………」
「どうしたんだい、玲奈…………知り合い?」
「玲奈、玲奈じゃないか!」

 後ろに見るからのガラの悪そうな二人組を従え、向かえるように両手を広げる男。

「き、キング」

 玲奈は笹の質問には答えず、この世の絶望を見るかのように怯えた目をして、笹の腰に回した腕が震える。
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