Bloom of the Dead

ロータス

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26話 それぞれの気持ち

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ヨハクが玲奈に翻弄されている時、久美はどこか逃げ道はないかと忙しく視線を泳がせていた。3階から4階へと上げる階段の踊り場、このまま上がれば4階にたどり着けるはずだが、いまは安全のために夜はシャッターを閉めることにしているのだった。

完全に失念していた。右は壁、左も壁、後ろにはシャッターがおろされている。正面からは、……ペタッペタッとモルタルを踏む音が聞こえていた。

ああ、逃げられない感じかと、まぁーしゃなしかなーと久美は嘆息した。

「よう!」

 などと気さくに、それもこんなところで何をしているの?偶然だね。とでも言いたげにこのクラスメイト、仲間内からはゴンと呼ばれる。近藤 直哉は手を上げて挨拶をしてきた。

「ああ、うん」などと挨拶のような相づちのようなあいまいな返事を久美はしてしまう。

 いやぁーだって変な緊張感があるんだもん。と誰でもない誰かに言い訳する。

「ちょうど、よかったわ。ちょっと話したいことがあって、…………さ」

 あっ、私はないです。それと明らかに追ってきましたよ?とは言えず、久美はうつむく。この嫌そうな態度で察してね?と期待込めて。

「正直、ミリオには悪いが俺は委員長を助けに来たわけじゃない。隠し事はいやだからな先に言っておくぜ」とポケットに手を突っ込みながらゴンは言った。

 どうやら、通じなかったようだ。そっぽを向き、緊張しているのか顔が赤い。今度は前髪をいじりだした。
それを見てそういうことだよねーと久美は胃が痛くなる思いにかられる。

「ああ、そう。でも結果的に助かったからね。」

 うーん、このままここで会話はまずいんだよね。
逃げる手はないかなーと先ほど確認したのにまた逃走経路を確認してしまう。

「お、おれは、おれはさぁ、」

 緊張のためかしどろもどろの口調になるゴンは、それが伝わってきてこちらまでなぜか恥ずかしくなってくるのを久美は感じた。

 いやぁできれば聞きたくないなー。その続き、。だって、聞いてしまったら、

「俺は浜崎、お前に会いたくて来たんだ!」

 答えなくちゃいけないじゃん。
 久美は辟易した。

「俺は後悔していたよ。あの時に、無理にでも答えを聞いておけばよかったって」

 うーん、それ自分だけ満足できればいいってこと?……さすがに意地悪すぎるか。なんとか穏便にごまかせないかなー。

「だからさ、聞かせてくれ。あの時の答えを」

 いやー、何その真剣な目!まぶしい!その純真さは薄汚れた私を溶かすよ!

「こんな状況だ。まじで明日には死ぬかもしれない」
「フラグイングゲット! そういうの完全にフラグだよ。ノンノン」

 とりあえずふざけてみる。

「茶化すなよ……」

 怒られる。

「まぁ、そういう明るいところもいいんだけよ」

 褒められる。……結構恥ずかしい。だめだ、これは多少のおふざけでは場の状況を変えられそうにない。

「もう後悔はしたくない。だから、浜崎には悪いけどよ。五分後にここに来るようにミリオを呼び出してある」

 ――――!それはやばす! ふざけー、悪いと思うなら呼ぶなよ。

 バスケットボール部の俊敏さをもって、この場を緊急回避するべくキュッ、キュッとモルタルの廊下を鳴らし、フェイント&ステップで躱そうとするが、敵も去ることながら、両腕を広げてこちらを逃がすまいとしている。

男女じゃ体格差がありすぎる。それにバスケットボールとは違いあちらはこちらを羽交い締めにできるのだ。分が悪すぎる。

 はぁああああああああああと大きくため息をつき、諦めて落とした腰を持ち上げる。

 それに合わせて、相手が体制を弛緩させたところをすかさずステップで!

 ドンッ!横抜けようとしたところを、壁ドンされてしまった。

 ふっ、……あんた、いいディフェンダーになるよ。
 そしてそのままこちらへの包囲をどんどん狭めてくる。これはまずい。どうやら本気にさせてしまったようだ。

「もう逃げられないぜ。観念しな」
「完全にやられ役のチンピラのセリフじゃん。それに―――」

 ドンッ!とリアル壁ドンをされてしまい中断されてしまう。逃げられない。
うっ、近藤君の顔が近い、久美ちゃんピンチ。

「さぁ聞かせてくれ」
「ああ、あのさ、ミリオ君が脅しになる時点で決まってるんじゃない?なんて……」
「そうかもしれないな、ただ俺はお前から直接聞きたかったんだ」

 そういわれましてもー。こういうガチ雰囲気は専門外なんですよねー。ここは緊急警報(さけんじゃう)?
 こちらがどう切り抜けるか必死に考えていると、追い打ちをかけてきた。

「周りを明るくするお前が好きだ」

 うわー、まじか。

「男女わけ隔てなくて、誰でも彼でも信用しちゃって、周りを気遣って気遣って気遣って、そのせいで傷ついて、傷ついて、傷づいて、それでも誰かのためが助かってるならそれでいいや笑っているお前が好きだ!」

 それは違うな。それは美化しすぎだよ。自分が助けれたからって。

「小学校の頃、いじめられて俺を、お前は助けてくれたのに。俺は逃げるように転校しちゃって」

 ああっ、近藤君の自分語りが始まってしまう。ミリオ君が来る前に終わるのー?勘弁してよ。
 別に私は他人を気遣ってなどいない。分かったように美化するのは辞めてほしい限りだ。

 ただ私は、私の世界を守りたいだけなのだ。たとえそれが表面上でも薄皮一枚向こうがどす黒くてもいいじゃないか、どうせ自分が見るのは水面を優雅に泳ぐ白鳥なのだ。冷たい水の中をばたつかせているなんて知る必要はないのだ。

 私にとっての世界、クラス、家庭、友達関係が明るく両行ならそれでいいではないか。
 嫌な雰囲気というのが嫌いなのだ。だから、表面上でも取り繕う。補う、臭いものにふたをする。あとは私が見えないところでご勝手にだ。

 そしてその加減が小学校の頃の私には分からなかった。

 だからいじめられていた近藤君を助けて、結果私もいじめられた。まぁネットなんかじゃありふれた設定だ。別にどうってこない。私も結局両親の都合で転校したし。

 転校先ではうまくやれたよ。いい経験が出来たとだけ言っておこう。
 ふっーと深い息とともに過去の嫌な思い出も吐き出していく。

 目を開くと、真剣な眼差しと目が合った。

「答えを聞かせてくれるな?」

 これは逃げられないと悟る。顔が近い、このままアゴクイなるキスの前段階たる顎を持ちあがられそうな勢いだ。
 久美は諦め交じりに、今度はちゃんと答えようと息を吸い込み、そして―――。

 ピッリリリリリリリリという電子音が張り詰めた空気を切り裂くように鳴る。
ポケットから伝わる振動で、スマホの着信音だと気づく。

ちょっとしらけたが、ゴンは諦める気はないようで、依然と壁ドンは継続中だ。

ワンコール、ツーコールと続いていく、どうやらメールやLIONの通知の類ではないようだ、久美はゴンと目と目を合わせたまま、電話は取った。

 このまま逃げられるのかとゴンが目を細めた。

「ああ、絵里奈。ごめん、すぐにかけな―――」
「―――――ちょと、久美今どこよ!葵が、葵が大変なのよ!!すぐに3階の事務室に来て!」

 それの怒鳴り声にも似た叫びは、ゴンにも聞こえたようで二人して顔を見合わせて慌てて3階へと向かったのだった。

 何がどこにあるのか一見すると分からない雑多に置かれた商品群のなのかで、ガラスケースがたち並ぶそこだけは整然と商品が置かれていた。

 それもそのはずだ、中に並べられた商品たちは、指輪やネックレスなどのいわゆる貴金属、そのほかにも有名ブランドのバッグなどで、値札を見れば触るのを躊躇うほどだった。

 こんな安物買いが売りの店に、果たしてこのような値段のものを買う人などいるのだろうか?と並べれた貴金属にも劣らない黒檀のように美しい少女は思った。

 ガラスケースに映る、端正な顔立ち、夜空を切り取ったような美しい黒髪に映える白いユリの花の髪飾り、朝霞 小百合だ。

 小百合は、特に貴金属やブランドが好きというわけではなかった。ただ手持ち無沙汰でやるこもないので、なんとなく眺めているだけだった。

 それだというのに、まるでガラスケースに並べられた貴金属は小百合を彩る花々のように輝き、小百合を神秘的な美しさで包んでいるようだった。

 見るものが見れば、思わずため息をついてしまうような美しさだ。こんなふうに、「ほぉー」 それに気づいた小百合が振り向く、

「ああ、笹先輩。こんばんわ」
「…………えっ、ああ、こんばんわ。呼び出して悪いね」

 現れた笹が取り繕うように頭の裏を掻く。

「それで要件というのは?」

 まぁ、分かってはいるけれど…………という言葉は口の中で消して小百合は尋ねた。

「うん、まぁこんな時だし、言える時はっきり言っておいたほうがいいかなってね」

 緊張しているのか、珍しく笹の声は上ずっている。

「…………実は、ここのバイトを辞めようと思っていたんだ」
「…………? はぁ…………」
「でもその前に世界はこんなになっちゃってそれで…………」

 はっきりと言うんじゃなかったのか?笹はこんな絶望した世界でと…………自分語りを始めてしまった。
 うんざりする…………それを仮面のような張り付いた笑顔の裏に隠し、その時を待つ。

「つまり、」

 ようやく来たか、と小百合は思った。

「こんな不幸な状況でもそう思わないのは、君に出会えたということだよ。好きだ、今まで出会ってきた誰よりも」

 笹の熱い視線が小百合と交わる。

 それに小百合は…………さてどうしたものかと考える。

 断るのは簡単だ、ばっさりと、両断すればいい。笹はそれに激高するタイプでもないだろう。
 ただ今後、扱いやすいようにしないと、…………それに玲奈の件もあるし。

 スッと白魚のように繊細な指をガラスケースに伸ばす。

「笹先輩…………あのピンクダイヤモンドの指輪取れます?」
「…………えっ、…………ああ!鍵ならあるよ!!」

 なぜか嬉々として笹は、ジャラジャラと鍵束を鳴らしながら、懸命に鍵を探す。

「玲奈…………赤とかピンクとか好きなんですよ」
「えっ?」
「これピンクダイヤモンド、なんて玲奈の指にとてもよく似合いそう」
「あの、朝霞さん!」
「鍵見つかりましたか?」
「ああ、それはあったけど、僕が好きなのは―――」
「―――――私、男の人好きじゃないんです」
「…………それってどういう?」
「言葉通りの意味に取ってもらって構いません」

 ピシャリと小百合が言い放つと笹は、口をあんぐりと開け、動揺しているようだ。口がもごもごとして、目が泳ぎ考えるように拳を口に当てる。

 考えさせない、小百合はさらに畳みかけるように言う。

「玲奈はとってもいい子ですよ。明るいし、話題も豊富だし、感性も豊かで、なによりも一挙手一投足が愛らしい。それに……」

 小百合が間を溜め、最後のキメを言い放つ。

「アッチも結構いいらしいですよ?」
「ああ、アッチ?」
「そうアッチです」

それにゴクリと笹が静かに唾を嚥下したのを小百合は確認した。

「そんな玲奈は私は大好きです。愛していると言ってもいい」

 小百合の言葉を聞いて、笹は降参したように息を吐いた。

「君の気持はわかったよ……ただ一つ聞かせてほしい。どうして灰原さんを僕にすすめようとしてくるんだい?」
「それは…………」と小百合が口を開きかけた時、ドタッドタッと走る音がホールに響いた。
「ぜはぁーぜはぁー、…………二人とも、はぁーはぁーここに、いた、んだね」

 息を切らし、額から汗を流し、Tシャツは絞れそうなほどに汗を吸って変色している。なんだか、匂ってきそうで、小百合は思わず顔をしかめた。

「ごめん、今井さん。ちょっと大事な話をしてて――――」
「二人とも今すぐ来てくれ!下が大変なんだよ!」

 笹の言葉を遮るように今井が叫んだ。
 その表情からも尋常じゃない様子が伺える。

「分かった、みんなで行こう」

 笹と小百合はお互いに頷き合い、今井の先導とともに駆け出した。
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