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25話 ハイレナ
しおりを挟むアイリスは屋上のすぐ下のイベントスペースにいた、ステージたちに観客となった雑草のごときものたちに天使のすばらしさについて語る。
その内容は判然としない。それもその通りだ、アイリスも花人でもない雑草に教える気はなく、またそれを聞いている今井やグリも別に理解をしようとはしてない。アイリスをまさしく神の如き偶像にとらえ、その身振り手振りなどの可愛らしいさまを見れていればいいのだ。
時折、合いの手や拍手を入れればいい。
双方の奇妙なエゴイズムが生んだ、奇妙な場だった。
そんな場に居合わせた絵里奈はアイリスに見つからないように嘆息する。自分が葵とミリオを二人きりにするために、無理やりしたとはいえ手持ち無沙汰だ。こんな時に意外と容量のいい相方はいつの間にか姿を消している。くそ、後で文句を言ってやると心の中でごちる。
そんなことを考える一方で葵とミリオ、どうなったかなーと頭の中はそれでいっぱいだ。
葵、ちゃんと気持ちを伝えてるかな。ちょんと言わないとだけだよ。タケオは本当に鈍感なんだから。
「好き」はっきり言わないと伝わらない。遠回しな迂遠な方法はだめなのだ、クリスマスの予定を確認したり、バレンタインデーにチョコあげる程度じゃ伝わらないクズ野郎だ。
それは絵里奈はよく知っていた。知っていてしまっていた。
だから、「ちゃんと、はっきりとね」と葵に伝えてきた。これで大丈夫なはずだ。確かに百合姫様ほどきれいじゃないけど、ハイレナほど男子に媚びは売れないけど、葵は可愛い、素直でいい子だ。人のために自分を犠牲に出来る子だ。そんな葵をタケオが嫌いなわけはない。あいつは正義感の塊のような奴だ、生まれついての委員長タイプの葵とはお似合いの二人だろう。
うん。これできっといいのだ、いいに決まっているのだ。
…………それなのに、なんだろう。どうしてだろう…………。
胸が痛いのは…………。
ぐっと拳を握りしめて耐える。葵が幸せになれればそれでいいじゃないか。わたしのは違う、絶対に違う。小学生以来の付き合いだ、もはやあいつなんて手のかかる弟ぐらいのものだ。
絵里奈はさらに拳を握りしめて前を向く、そうだ私は――――っ!そこで気づく、いつの間にかしゃがみこみ、こちらを覗き込むように見つめていた。
人足りえないひまわりのように輝く黄色の瞳、こうしてみると幼くも整ったいや整いすぎた人形のような美に息をのんでしまう。
アイリスの瞳に自分が移りこんでいるのが分かるほどに見つめていると、アイリスが可愛らしく小首を傾げ、まるで花が風で揺れるようにカールした青紫色の毛先が跳ねる。
「あなたに、“花”を感じるわ、なんなのそれ」
「えっ、…………は、花?」
「そう、花…………、雑草のはずなのにね」
雑草ってまたと、絵里奈はムッとすると同時にアイリス同様に不思議に思う。たしかこの生意気な妖精の話によると私は、能力が何もない雑草だったはずだ。というよりもアイリス自身がそういったのだ。
それを、私にも花がある?何か突然異能に目覚めてしまったのか、そんな馬鹿な、ゲームじゃあるまいしと思うと同時に、ヨハクや小豆の例もあるし、このペスターがいる現状自体がゲームじみているといえる。
「うーん、でも違うか。花というより元の力のような…………これが源泉なの…………でも、ああ、他にも感じる。至る所に…………一体どうして…………」
ことの真相を聞きたい絵里奈だったが、どうやらアイリスは自分の世界に入ってしまったようでそれ以上聞くことが出来なかった。
そんな時だ、屋上から妙に焦った達夫が降りてきたのは。
「ごめんね、呼び出して。まぁ座ってよ」
「うん……じゃあって、うわぁ!」
「えっ、何? どうしたの?」
ヨハクが玲奈に指さされたソファに素直に腰をかけると、すぐに玲奈も隣に座ってきた。その時にお尻がぶっつかり思わず声が出ってしまった。
「な、何ってちか近くない……かな?」
近いも何も、玲奈はヨハクにくっついており、ぴったりとくっついたお尻とふとももから熱と柔らかさが伝わってくる。
「こっちのほうが話しやすいかなって!……それとも嫌だった?」
玲奈に上目遣いにそう聞かれ、ヨハクは「いや、えっと嫌というわけではないけど」としどろもどろに答えると、玲奈は悲しそうに眼を伏せた。
「そっか、私みたいのが近づいたら嫌だよね。ごめんね」
玲奈はそう言って素早くその小さなお尻2個分ぐらいの距離を取った。
ヨハクは、足から一気に玲奈の体温が離れ、ちょっと残念な気持ちになった。
「いや別にそんな離れなくても」
「うんうん、気にしないでいいよ」
玲奈はそういってぶんぶん両手を降って、それに……と続けた。
「私、知ってるし。影で、“ハイレナ”って言われてるの。ヨハク君も聞いたことあるでしょ?」
ヨハクは確かに、玲奈がハイレナと言われているところ、聞いたことがあるが、それと近づかれるといやな理由になるのだろうか?。疑問をそのままに口に出してみた。
「知ってるけど、それがどうかしたの?」
「どうかしたのねって……ヨハク君って結構サド?」
「えっいや。だって灰原(はいばら) 玲奈(れいな)でハイレナでしょ?」
慌てて弁明した。苗字と名前の略称で愛称だとヨハクは思っていたが、違うのだろうか。
「うふっ、くっふふふふ、ははははっははは。……面白いね!ヨハク君って天然キャラなんだ」
えっなに?っと混乱するヨハクをよそに玲奈は手を口に充てて、笑いを堪えているのに必死なようだ。
ああ~面白かった、と玲奈は指で涙を拭くとこちらに居直った。
「ごめんね。えっとハイレナについてだけど、ヨハク君が言ったのは、まぁ表の理由かな。語呂合わせ的なね」
「そうなんだ。そ、それで裏の理由は?」
表の理由があるということは裏の理由があるということだ。ヨハクはちょっと気になって少し前かがみになりながら続きを促した。
「うん、私ね。いつもさゆといるでしょ?」
さゆというのは、朝霞さんのことだろう。ほかのクラスメイトが言っているところを聞いたことがないから二人の間だけの愛称だろうとヨハクはあたりをつけた。
「さゆってすっごく綺麗だし、可愛いし。まぁモテるのよね。ぶっちゃけうちのクラスだって半分以上の男子は、さゆのこと好きでじゃない」
その半分以上の男子に含まれるヨハクはドキッとして、「うん、そうかもね」ととりあえず相槌を打っておいた。
「でもね、さゆはまぁ男子に興味ないのよね。そうすると大体近くにいるわたしに相談とか来るわけ、良さそうなのには色々とアドバイスとか送ってあげるんだけどさ、まぁこれがまたうまくいかないようね。で、人によっては結局そのままさゆとじゃなくて私と付き合う、みたいな感じになっちゃってさ。そういうことってまぁまぁあるじゃない?」
えっ~と、まぁまぁあるのだろうか、恋愛経験のないヨハクは分からなかったが、とりあえず「そういうこともあるよね」と返しておいた。
それで正解だったようで、玲奈は話をつづけた。
「まぁそういうことがたまたま続いちゃた時があってさ、その男子のことが好きだった子とかやっぱりいるわけで、その子から見たら私は、さゆに集まってくる男子を手当たり次第に食べてると思われたわけ」
「つ、つまり?」
「死肉(フラれただんし)を食べるハイエナ(はいばら れいな)で、ハイレナって呼ばれてるっていう事。もぅ、全部説明させないでよ。やっぱりヨハク君は、ドSだ。さゆに伝えよーうと」
「あっ、え、やめ!」
そう言ってスマホを取り出す玲奈を、ヨハクは慌てて止めた。その際にスマホを握りしめた右手を握ってしまう。柔らかくて冷たくてスベスベとして、小さい女の子の手だ。
玲奈がすっと流し見るように見てきて、ヨハクは手を離した。
「ご、ごめん。そういうつもりじゃ」
「いや、別にいいんだけど。………ヨハク君ってさ?」
「―――――っ、何かな」
玲奈が身を乗り出し、こちらをのぞき込むように見てくる。するとワイシャツの胸元が重力に従い広がり、ピンク色のブラジャーに包まれた控えな胸の先からへそで見えそうになり、ヨハクは慌てて目を逸らした。見ているのが見つかったら、朝霞さんに何を報告されるか分かったものではない、そう考えていた時、玲奈の言葉を聞いてそれを塗りつぶされた。
「さゆのこと、好きだよね?」
咄嗟のことに、ヨハクは言葉を失った。いやしかし早く否定しないと確定してしまうが、口はパクパクと開くだけで言葉が出てこなかった。
「くっふふふふ。ヨハク君は素直だな。これでさゆに報告することがこれで二個目だね」
玲奈は、ウィンクしながら頭の上でピースサインをした。いうまでもなく満面の笑顔だ。
今更否定したところで遅いだろう。ヨハクが小百合のことを好きなことをよりにもよって一番小百合に近い玲奈に知られてしまった。恥ずかしさと緊張で顔が赤くなっているのが、自分でも分かった。
ヨハクが気持ちを落ち着かせようと手汗をズボンで拭いている時、「で、ヨハク君にお願いがあるんだけど。いいかな?」
いいかなも何もヨハクは秘密を2つも、1つは当てつけみたいなものだが、を知られてしまっているのだ、断れるわけもなかった。「僕に出来ることであれば」というしかなかった。
「ありがとう!お願いっていうのはね。私も、ヨハク君や小豆ちゃんみたいに何か力が使えるようになりたいんだよね。アイリスちゃんにお願いできない?」
力、というのはヨハクが害虫(ペスター)を雪の欠片に変えたり、小豆が召喚するように蛇を操る不思議な力のことだろう。そういえばアイリスは、花人(フロリアン)と呼んでいた気がする。
「えっと、たぶんだけど。アイリスにお願いしても無理じゃないかな」
「そうなの?!」
「うん、僕たちも、そのミリオたちね。も力を手に入れたかったんだけど、アイリス曰く無理みたいで、出来る人とできない人がいるみたい」
「出来る人と出来ない人の差は?」
「それが分からないんだよね。そのアイリスが言うには花があるかないかみたいだけど」
ヨハクには確かに能力を使うときに感じる花(スノードロップ)がある。きっと小豆もあるのだろう。そうすると、……あれ?ヨハクはアイリスが言っていたことを思い出した。
そういえば、アイリスは朝霞さん、灰原さん、小倉さんの三人を指して“花”がある、言ってなかったけ?それなら能力が使えるかもしれない。ヨハクが能力を使えるようになったのは、アイリスが光の翼を広げ、天使の粉を浴びてからだ。ヨハクはそれを伝えた。
「そうだね。でもあの時小豆ちゃんと一緒に天使の粉は浴びたけど、何も変化はなかったんだよね」
言われてみれば、害虫(ペスター)からここを解放する際に、すでに浴びていたか。すると手詰まりだなっとほかに何か条件はあっただろうか、うーんと額に手を当てて考えているとそっと玲奈がヨハクのその手を握ってきた。
えっ、なに?と思っているうちに手が玲奈の膝小僧まで誘導される。手同様にやはり膝もスベスベなのだろうか、と益体もないことを考えていると、「手……ケガしているね」
「えっああうん、ちょっと運んでいる時にね。でも嚙まれたわけじゃ……」
「その心配はしてないよ。ちょっと見して」
ヨハクの返事を待たずに玲奈は、ミリオによって大げさに巻かれた包帯とそれに包まれたガーゼを外す。すると、空気に触れたためか、傷口がジンジンと痛み出した。
「結構傷深いねー。ちゃんと消毒しないと」
「ちゃんと、消毒え、あっ!」
ヨハクが消毒液で消毒してあると言い切る前に、玲奈はヨハクの傷口を舐め始めた。
小さい舌は、ねっとりと絡みつくように、血がまだうっすらと滲む傷口を踊るようになぞる。傷口全体が熱を帯び、少しざらついた舌先がひっかくように動き、傷口を広げ、ぷくっと膨らむように赤い花が咲き始める。無数に咲き始めたそれを玲奈は包むように口でふさいだ。
「灰原さん、な何を?」
傷口から唾液がもたらす熱、舌先がなぞるたびに傷口を抉る痛み、そしてクラスメイトが懸命に手をしゃぶっているという何と云えぬ背徳感が入り混じり、ヨハクの背中をゾクゾクと駆け巡った。
しばらくそれが続き、ヨハクの中で違う世界の扉が開きかけるころ、玲奈はようやく顔を上げた。
「唾液ってさ。消毒効果があるみたいだよ。ツバ、つけておけば治る!はあながち間違えじゃないんだって」
玲奈はそう言って笑顔で舌を出しながらそう言った。
ツッコミどころの多い行動だが、ヨハクはそれよりも玲奈に起こった変化のほうに驚いた。
「灰原さん、……その目は」
「目? 目がどうかした?」
自分では気づかないらしい。まぁ自分では瞳の色などを見ることは出来ないのだから当然か。とヨハクは納得した。
「本当だ、真っ赤になってる」
ヨハクが指摘すると、玲奈は自分のスマホを覗きこんでそう言った。
玲奈の目はまるでヨハクから吸った血がそこに集まっているかのように、両目ともに赤赤としていた。
「それに……これは……うん、出来るかもしれない。そういうことだったんだ」
どうやら玲奈は自分の世界に入ってしまったようで、目をつむり、しきりに右手をぐーぱー開きながら、ぶつぶつと呟いていたかと思うと、唐突に立ち上がった。
「うん、OK.。ヨハク君色々とありがとう、なんだが大丈夫そう」
何が大丈夫なのか、ヨハクには分からなかったが、灰原さんがそういうのだからいいのだろうと思った。
「それとこのことは二人の秘密ってことでいいかな?お互い、秘密2つ持ちあうという事で」
1つは当てつけなんだけど、とは言えずヨハクは頷くことしか出来なかった。
玲奈はその答えに満足したのか、うんうんと頷き、目を開いた。
「どう、収まったかな?」
先ほどまでカラーコンタクトでもしているかのように赤赤としていた瞳は、まぁ充血してるかなーぐらいにはなっていた。
「いや、少しは……薄くなったかな」
「どれくらい? 私の着けているピンクのブラぐらい?」
「いや、そんな色には……あっ、」
ヨハクがしまった。と思うとくっふふふふと玲奈がいたずらぽく笑った。
「秘密三つ目はサービスしておいてあげるよ、じゃあ色々とありがとう」
そう言って、颯爽と何処かに行ってしまった。
ヨハクはぽつんと解放された階段に座り、灰原さんには勝てる気がしないなと独り言ちた。
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