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24話 それぞれの夜
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「ええっ、ではひとまず生活の拠点を確保できたということで今日は大いに盛り上がりましょう!かんぱーい!!」
「「「「「「かんぱーい」」」」」」」
ちゅりーぷ型の観覧車が置かれただけのコンクリートむき出しの屋上に複数の男女がBBQコンロを囲むように集まっていた。
4階の事務所の冷蔵庫に廃棄前の肉が残っているのを発見したのだ。このままでは腐るだけなのでせっかくだからアウトドア用品もあることだしとBBQ会を開くことにしたのだった。
夜空に肉の焼ける香ばしい匂いとともに煙が立ち込める。
みなここ最近、缶詰やスナック菓子などばかりだったため、久しぶりのまともな食事に大いに盛り上がった。
ヨハク達は主にジュースだったが、笹や今井などはビールなどを飲んでいるようで、その異様なテンションに当てられたのか、みなも変なテンションになっていた。
「腕立て対決だ!俺についてこれるか、ふんっ!ふんっ!ふんっ!」
「さすがに中学生には負けないよ!」
「お、俺だって、うぉぉおおおおお見てろよ」
「きゃぁあああ、笹先輩頑張て!」
「ミ、ミリオ君も頑張って!」
「みゃはは男子頑張れー」
「ほら、まだ20回もいってないぞ!」
「では、天使アイリスたんを讃えて讃美歌を歌います」
「いよっ、今井さん!」
「いや、そういうのいいですから」
「Amazig grace how sweet the sound」
「うまっ!」
あるところではなぜか腕立て対決が行われ、あるところでは今井のリサイタルが開かれていた。
みなの異様なテンションについていけずに一人観覧車の座席でジュースをちびちび飲みながら、今井さん歌がうまかったんだな~と思っていると、肉の焼ける匂いとはまた違う甘ったるい芳醇な香りが横から漂ってきた。
「ここ、正面いい?」
「あ、あ、朝霞さん」
「小百合でいいよ。クラスメイトでしょ」
そう言ってうっすらと笑みを浮かべて小百合が正面の座席に腰を下ろした。
扉が開け放たれているとはいえ、狭いゴンドラの中はほぼ小部屋といっていい、外の喧騒が別の世界のように遠ざかっていくのをヨハクは感じた。
「ねぇ立花君」
外の喧騒などもうヨハクの耳には届かなかった。耳元囁かれたような静かでそれでいて脳内に直接響くようなウィスパーボイス。半密閉のゴンドラの中には、小百合の体臭なのか甘ったるい芳醇な香りがむせ返るほどに鼻についた。
そのせいなのか、昼間とは違い、LEDランタンの淡い光が、小百合を妖艶に照らしているように思えた。
「何を飲んでるの?」
「…………えっ、あっ!オレンジジュース…………朝霞さんは?」
「……………………」
「えっ、…………朝霞さん?」
「もう小百合でいいって言っているのにな~」
小百合が困ったように首をかしげる。それだけでヨハクの心臓が高鳴った。
「―――っ!…………ご、ごめん。緊張しちゃって」
「まぁしょうがないか。こうなるまでそんなに話したことなかったしね」
実際、クラスメイトで席も現在は隣なのだが、ほとんどあいさつ程度しか交わしたことがなかった。
会話が途切れる。何か話さなければとヨハクは思う。というより最近は思ってばかりだ。
「か、観覧車…………観覧車乗るなんて子供の時以来だなー」
観覧車に乗っているからって安直すぎるだろー!と話してからヨハクは自分につっこんだ。
しかし、なぜだが、それが朝霞さんの琴線触れたようでそうね、子供の時に乗って以来かもね…………とつぶやき、「うちの近所にね、悪い女の子がいたの」と語り始めた。
「へぇ、そうなんだ…………」
小百合の視線を追うと、バカ騒ぎしているみんなのほうを見ているようだ。しかしその目は、何か別のものを見ているように感じた。
「その子はね、とっても悪い子でね、お母さんに意地悪なことばかりするの」
「お母さんに? 悪戯何かかな」とヨハクは話の流れが分からずとりあえず相槌を打つように答えた。
小百合はそれに首を振る。
「そういうのではないの、もっと…………そう心をえぐるような何か」
小百合はそういうと、その端正な顔を歪ませ、夜空に浮かぶお月様を思わせる黒髪に映える白百合の髪飾りに手をのばし、握りしめる。
綺麗な花が散ってしまうんじゃないかと心配なるほどにくしゃりと歪んだ。
「その女の子はね、知っていたんだ。お母さんはなかったことにしたくなかったのに、早く忘れさせようとまるで最初からお父さんがいなかったように振る舞ったり、お父さんから貰ったものを捨てたりした。でもね。優しいお母さんはある時いったの、どこで好きなところに連れていってあげると、悪い女の子はそこでも悪いことをするの、お母さんが高いところが苦手なのを知っていて、観覧車にはお父さんとの思い出が詰まっていることを知っていて、つらい思いをするのが分かっていながら、自分が乗りたいからっておねだりして、ここに連れてきてもらったんだ。そんなことばかりするから、その女の子は、観覧車から降りた後、お母さんに…………」
「――――やぁ、二人ととも」
唐突に声をかけられ、ヨハクはびくりとした。
完全に小百合の近所にいたという悪い女の子の話を聞き入っていたようだ。
声をかけてきた笹の後ろでは、BBQコンロの火を落とされ、バカ騒ぎも終わっていた。
「一旦お開きなんだけど、邪魔しちゃったかな」
そういって笑う笹に、小百合は、「そんなことないですよ」といつものように愛想笑いをうかべる。
「じゃあ、立花君またね」
「あっ、うん」
「あっ、そういえば朝霞さん」
笹が小百合に声をかけ、ヨハクのほうをちらりと見ていった。
「この後、ちょっといいかな。話したいことがあってさ」
「ええ、いいですよ」
そんな何気ない会話。LEDのランタンにの光に照らされた見つめあう二人はお似合いに見えて、ヨハクの心をざわつかせた。
ゴンドラを降り、二人で去っていく。小百合の背中に向かってヨハクは、「あの、朝霞さん!」声をかけた。
小百合が「なにっ?」と後ろでに振り返る。
「…………それで、そのあとは、その女の子はどうなったの?」
小百合は唇に手をあて一瞬遠くを見つめると、ふたたびこちらに視線を戻し、微笑んだ。
「それは、今度ヨハク君が、私の名前を呼んでくれたら話すわ」
薄暗い屋上、かつてネオンで彩られ、昼間のように明るかった駅前の繁華街はそのほとんどが光を失い、夜空に浮かぶ月といつかのLEDランタンだけが唯一の明かりだった。
その明かりに照らされた錆びついた観覧車、その下に集まるように缶やペッドボトル、スナック菓子の袋などゴミが散らばっている様は今の荒廃した世界のようだった。
葵はそれを一つ一つ丁寧に拾いながら、ゴミ袋に詰める。
今井からそんなもの上から捨てればいいという意見が出て、それはどうなの?と言いつつ、まぁいいかっという雰囲気を察した葵は、誰もやりたがらない委員長を引き受けた時と同じく夜空に浮かぶお月様に向かって高々と手を上げた。
そんな経緯でごみを集めている。周りを見れば皆一様にどこかに行ってしまったようだ。
そのまま屋上から外を覗けば、所々ついた明かりに照らされた街並みが見渡せた。
だが中途半端に、スポットライトされたビルは、まるでコンクリートの墓標のようだった。下には黒蟻の群れのように害虫(ペスター)が集まって、風が唸っているような不協和音を奏でている。
しかし、葵は荒廃した光景のなかで、まるでここでエデンの園のように感じた。
こんな時になんだってそんなことを思うんだろ、私。馬鹿だな………なんて考える。でも、
「委員長、もう一息だな、だいぶ片付いてきたな」
後ろでに声をかけられ、振り向けば角刈りの額にうっすらと汗をにじませ、ニっと笑うミリオを見て、そんな考えはふっとんでしまう。
ドキドキとして、私は本当に好きなんだなと思う。
狭い屋上に二人きり。下の階に行けばみんながいると分かっているのに、葵には世界に二人しかいないように感じた。それをお月様が祝福するように照らしてくれている。
あたりにはまだごみが散らばっていて、お互い軍手にごみ袋を持った状態なのに、まるで世界に取り残されたアダムとイブのようだなんて思って。それでそれでそれで、――――――。
「………どうした、委員長!泣いているのか。どこか痛むのか?!」
慌てて駆け寄ってくるミリオ君に、私は違うの違うのといい、袖口で目元をぬぐう。それでも涙が次々と溢れて止まらず、ぬぐい切れない涙が雫となってぽたぽたと屋上のコンクリートを濡らしていく。
口元の水分が吸われ、涙となっているのか唇がかさついている。
「好きです」
そう言いたい気持ちが、溢れ、はじけ飛びそうだった。それを葵は胸元を握るようにして耐えた。
好きだよ。好きなんだんよ。大好きだよ。世界で一番好き。こんな世界でも二人でいられればそれでいい。ほかに何もいらない。それぐらい好き。この気持ちを叫びたい。そして、ミリオ君の気持ちを聞かせてほしい。私のことをどう思っているんだろう、ほかの子のことをどう思っているんだろう。言ってほしい、小豆ちゃんに好きだって、朝霞さんや灰原さんより好きだって、久美や………絵里奈より好きだって言ってほしい。
力強く肩を掴まれる痛いぐらいのそれが、今はとても嬉しかった。大丈夫だよとその熱い胸板に手を添える。冷たい手からミリオの熱が伝わってきて気持ちよかった。
ああ、心のままに言えればどんなにいいか。しかし、それを言うことが葵は出来なかった。ミリオのために足枷を増やすわけには行かないからだ。
それに、ズキリ……ズキリ………と脈打つように痛むのだ。
ああ、これが恋煩い。胸の痛みだったら、どんなに良かっただろう。
しかし、痛むのは内腿。ひっかき傷とも擦り傷とも思えるあの傷が、覆ったガーゼの内側から熱を持ち、痛むのだ。
「委員長?…………おい、委員長大丈夫か!」
ミリオ君の声が遠い。とても遠く感じる。夏の外気は汗が噴き出るほどに生暖かいのに、まるで傷口に熱を持っていかれたかのように体の芯が底冷えするようだった。
葵は、ミリオの胸元に抱き着くように意識を失った。
暗闇を駆逐し、人工の太陽のような光の輝きを放っていた世界は、いまや暗闇がまた広がっていた。人々は害虫(ペスター)を恐れ、光を落とし、寄り添うように鳴りを潜め、朝日を待つ。
太陽がすべてを浄化してくれるんじゃないか、この悪夢のような世界は目を覚ませば、いつもの日常に戻るんじゃないかと願って。
そんなかくれんぼしている時のような不自然な静けさを保つ世界にあってそこは異常に明るく、騒がしかった。
そこはいくつもの倉庫を有する工場の一角。そのうちの一つのシャッターが開け放たれ、倉庫内には闇一つないんじゃないかというほど光に満ちていた。何かしらの音楽がかけられているのかドゥンドゥンという響く重低音が鳴っている。
暗い世界にあって、光を灯し、音を鳴らせば、夜の闇に浮かぶ火にめがけてくる蛾のように、無数の害虫(ペスター)が集まってくる。
世界を荒廃させた害虫(ペスター)が無数に集まってくる様は普通なら発狂して逃げ惑うところだが、彼らにとってはそんなことはないらしい。
「おらっ!ホームラン!!」
一人が害虫(ペスター)の足を金属バットでうち、態勢を崩したところで、もう一人が飛びかかるように上段から金属バットを振り下ろす。スイカをつぶす様に害虫(ペスター)の頭をつぶす。
「おい、このリーマン、見てみろよ!いち、にぃーの、十万も持ってやがるぜ!」
背広の内ポケットを慣れた手つきで探ると財布から札を抜き出し、ひらひらと手を振って喜ぶ。
「おいおい。まじかよ。おっさん金持ってんな。あっはははは、俺たちが使ってやるよ」
上段からバットを振った少年とハイタッチをかわす。
一方では、害虫(ペスター)が殺到し、いつ壊れてもおかしくないほどにひしゃげた鋼鉄の柵に、一台のフォークリフトが突進していく、一つの運転席に器用に三人乗り、二人は言わゆる箱乗りをしている。
フォークリフトの爪が鋼鉄の柵をうまくすり抜け、害虫(ペスター)の群れを突きさしていく、串刺しになり、押しつぶされた害虫(ペスター)をリフトの上下で振り落とし、再度を引き抜きぶつけていく。
そんなことをしていれば、柵が壊れ害虫(ペスター)があふれ出てしまうんじゃないかと思うが、それをとがめる物はいない。
まるで一つの戦場のように目の前の害虫(ペスター)を夢中に壊していく。
あるものはバットを、あるものは車を乗り回し、あるものは銃を構えている。そんな三者三様な少年たちに共通していることは、みな一様に目を血走らせ、何がそんなにおかしいのか哄笑しているということだ。
明るい倉庫内にさらに明かりが灯され、重低音がまた一つ増える。
倉庫内から一台のトラックが現れた。ハイビームをたき、荷台には装飾の施されたネオンがぎらついている。厳ついトラックの荷台の上に一人の丸坊主の少年が現れわれる。
それでも暴れまわる少年たちの暴走は止まらない。みな。世界は自分を中心に回っているのだと言わんばかりだ。
その光景を丸坊主の少年は睥睨した。特に気にした様子もなく後ろポケットに差したリボルバーを取り出す。警官となった害虫(ペスター)から奪ったものだった。
それを片手で構えるまでもなくひょいと持ち上げ、躊躇いもなく引き金を引く。
うるさい重低音のなかでも切り裂くように響く銃声、その後は風船がはじけるように害虫(ペスター)の頭部が引き飛ぶ。
「ワンショット、ワンキルってか」
ヘッドショットという奴だ、それに暴れまわっていた少年たちが雄たけびを上げる!
「すげぇええええええええええええええ」
「さすが、俺たちのキングだ!」
「イースターのキング!」
丸坊主の少年はこうなる前からキングと呼ばれていた。
イースターとは、なぜだが理由は分からないが、地元のゲームセンターの前にモアイ像が置かれているため、店舗名よりも地元民からはイーストと呼ばれていた。この少年はそこのゲームセンターのガンシューティングゲームでランキングトップなのだ、それでイーストのキングと呼ばれている。
キング!キング!キング!と連呼する声があがる。こたえるようにキングと呼ばれた少年がリボルバーを天に掲げる。
それで歓声がやみ、みな一様にキングの言葉を待つ。
「おまえらさ、そろそろ缶詰ばかりで飽きてこねーか」
そういって、キングは空いた缶詰を頬り投げる。カンカンと澄んだ金属音に混じって少年たちのそうだそうだという声が重なる
「そこでさ、ちっとホーテにいかねー。菓子とかパクるついでによ。俺の女もいるらしいだわ、ほかにもいるらしいぞ」
それに、本日最大の雄たけびが上がる。
「「「おんなぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ」」」
盛りのついた猿みたいに騒ぐ少年たちをみて満足げにキングは笑い、叫んだ。
「おまえら、準備しろ!パレードと行こうぜ!」
「「「「「「かんぱーい」」」」」」」
ちゅりーぷ型の観覧車が置かれただけのコンクリートむき出しの屋上に複数の男女がBBQコンロを囲むように集まっていた。
4階の事務所の冷蔵庫に廃棄前の肉が残っているのを発見したのだ。このままでは腐るだけなのでせっかくだからアウトドア用品もあることだしとBBQ会を開くことにしたのだった。
夜空に肉の焼ける香ばしい匂いとともに煙が立ち込める。
みなここ最近、缶詰やスナック菓子などばかりだったため、久しぶりのまともな食事に大いに盛り上がった。
ヨハク達は主にジュースだったが、笹や今井などはビールなどを飲んでいるようで、その異様なテンションに当てられたのか、みなも変なテンションになっていた。
「腕立て対決だ!俺についてこれるか、ふんっ!ふんっ!ふんっ!」
「さすがに中学生には負けないよ!」
「お、俺だって、うぉぉおおおおお見てろよ」
「きゃぁあああ、笹先輩頑張て!」
「ミ、ミリオ君も頑張って!」
「みゃはは男子頑張れー」
「ほら、まだ20回もいってないぞ!」
「では、天使アイリスたんを讃えて讃美歌を歌います」
「いよっ、今井さん!」
「いや、そういうのいいですから」
「Amazig grace how sweet the sound」
「うまっ!」
あるところではなぜか腕立て対決が行われ、あるところでは今井のリサイタルが開かれていた。
みなの異様なテンションについていけずに一人観覧車の座席でジュースをちびちび飲みながら、今井さん歌がうまかったんだな~と思っていると、肉の焼ける匂いとはまた違う甘ったるい芳醇な香りが横から漂ってきた。
「ここ、正面いい?」
「あ、あ、朝霞さん」
「小百合でいいよ。クラスメイトでしょ」
そう言ってうっすらと笑みを浮かべて小百合が正面の座席に腰を下ろした。
扉が開け放たれているとはいえ、狭いゴンドラの中はほぼ小部屋といっていい、外の喧騒が別の世界のように遠ざかっていくのをヨハクは感じた。
「ねぇ立花君」
外の喧騒などもうヨハクの耳には届かなかった。耳元囁かれたような静かでそれでいて脳内に直接響くようなウィスパーボイス。半密閉のゴンドラの中には、小百合の体臭なのか甘ったるい芳醇な香りがむせ返るほどに鼻についた。
そのせいなのか、昼間とは違い、LEDランタンの淡い光が、小百合を妖艶に照らしているように思えた。
「何を飲んでるの?」
「…………えっ、あっ!オレンジジュース…………朝霞さんは?」
「……………………」
「えっ、…………朝霞さん?」
「もう小百合でいいって言っているのにな~」
小百合が困ったように首をかしげる。それだけでヨハクの心臓が高鳴った。
「―――っ!…………ご、ごめん。緊張しちゃって」
「まぁしょうがないか。こうなるまでそんなに話したことなかったしね」
実際、クラスメイトで席も現在は隣なのだが、ほとんどあいさつ程度しか交わしたことがなかった。
会話が途切れる。何か話さなければとヨハクは思う。というより最近は思ってばかりだ。
「か、観覧車…………観覧車乗るなんて子供の時以来だなー」
観覧車に乗っているからって安直すぎるだろー!と話してからヨハクは自分につっこんだ。
しかし、なぜだが、それが朝霞さんの琴線触れたようでそうね、子供の時に乗って以来かもね…………とつぶやき、「うちの近所にね、悪い女の子がいたの」と語り始めた。
「へぇ、そうなんだ…………」
小百合の視線を追うと、バカ騒ぎしているみんなのほうを見ているようだ。しかしその目は、何か別のものを見ているように感じた。
「その子はね、とっても悪い子でね、お母さんに意地悪なことばかりするの」
「お母さんに? 悪戯何かかな」とヨハクは話の流れが分からずとりあえず相槌を打つように答えた。
小百合はそれに首を振る。
「そういうのではないの、もっと…………そう心をえぐるような何か」
小百合はそういうと、その端正な顔を歪ませ、夜空に浮かぶお月様を思わせる黒髪に映える白百合の髪飾りに手をのばし、握りしめる。
綺麗な花が散ってしまうんじゃないかと心配なるほどにくしゃりと歪んだ。
「その女の子はね、知っていたんだ。お母さんはなかったことにしたくなかったのに、早く忘れさせようとまるで最初からお父さんがいなかったように振る舞ったり、お父さんから貰ったものを捨てたりした。でもね。優しいお母さんはある時いったの、どこで好きなところに連れていってあげると、悪い女の子はそこでも悪いことをするの、お母さんが高いところが苦手なのを知っていて、観覧車にはお父さんとの思い出が詰まっていることを知っていて、つらい思いをするのが分かっていながら、自分が乗りたいからっておねだりして、ここに連れてきてもらったんだ。そんなことばかりするから、その女の子は、観覧車から降りた後、お母さんに…………」
「――――やぁ、二人ととも」
唐突に声をかけられ、ヨハクはびくりとした。
完全に小百合の近所にいたという悪い女の子の話を聞き入っていたようだ。
声をかけてきた笹の後ろでは、BBQコンロの火を落とされ、バカ騒ぎも終わっていた。
「一旦お開きなんだけど、邪魔しちゃったかな」
そういって笑う笹に、小百合は、「そんなことないですよ」といつものように愛想笑いをうかべる。
「じゃあ、立花君またね」
「あっ、うん」
「あっ、そういえば朝霞さん」
笹が小百合に声をかけ、ヨハクのほうをちらりと見ていった。
「この後、ちょっといいかな。話したいことがあってさ」
「ええ、いいですよ」
そんな何気ない会話。LEDのランタンにの光に照らされた見つめあう二人はお似合いに見えて、ヨハクの心をざわつかせた。
ゴンドラを降り、二人で去っていく。小百合の背中に向かってヨハクは、「あの、朝霞さん!」声をかけた。
小百合が「なにっ?」と後ろでに振り返る。
「…………それで、そのあとは、その女の子はどうなったの?」
小百合は唇に手をあて一瞬遠くを見つめると、ふたたびこちらに視線を戻し、微笑んだ。
「それは、今度ヨハク君が、私の名前を呼んでくれたら話すわ」
薄暗い屋上、かつてネオンで彩られ、昼間のように明るかった駅前の繁華街はそのほとんどが光を失い、夜空に浮かぶ月といつかのLEDランタンだけが唯一の明かりだった。
その明かりに照らされた錆びついた観覧車、その下に集まるように缶やペッドボトル、スナック菓子の袋などゴミが散らばっている様は今の荒廃した世界のようだった。
葵はそれを一つ一つ丁寧に拾いながら、ゴミ袋に詰める。
今井からそんなもの上から捨てればいいという意見が出て、それはどうなの?と言いつつ、まぁいいかっという雰囲気を察した葵は、誰もやりたがらない委員長を引き受けた時と同じく夜空に浮かぶお月様に向かって高々と手を上げた。
そんな経緯でごみを集めている。周りを見れば皆一様にどこかに行ってしまったようだ。
そのまま屋上から外を覗けば、所々ついた明かりに照らされた街並みが見渡せた。
だが中途半端に、スポットライトされたビルは、まるでコンクリートの墓標のようだった。下には黒蟻の群れのように害虫(ペスター)が集まって、風が唸っているような不協和音を奏でている。
しかし、葵は荒廃した光景のなかで、まるでここでエデンの園のように感じた。
こんな時になんだってそんなことを思うんだろ、私。馬鹿だな………なんて考える。でも、
「委員長、もう一息だな、だいぶ片付いてきたな」
後ろでに声をかけられ、振り向けば角刈りの額にうっすらと汗をにじませ、ニっと笑うミリオを見て、そんな考えはふっとんでしまう。
ドキドキとして、私は本当に好きなんだなと思う。
狭い屋上に二人きり。下の階に行けばみんながいると分かっているのに、葵には世界に二人しかいないように感じた。それをお月様が祝福するように照らしてくれている。
あたりにはまだごみが散らばっていて、お互い軍手にごみ袋を持った状態なのに、まるで世界に取り残されたアダムとイブのようだなんて思って。それでそれでそれで、――――――。
「………どうした、委員長!泣いているのか。どこか痛むのか?!」
慌てて駆け寄ってくるミリオ君に、私は違うの違うのといい、袖口で目元をぬぐう。それでも涙が次々と溢れて止まらず、ぬぐい切れない涙が雫となってぽたぽたと屋上のコンクリートを濡らしていく。
口元の水分が吸われ、涙となっているのか唇がかさついている。
「好きです」
そう言いたい気持ちが、溢れ、はじけ飛びそうだった。それを葵は胸元を握るようにして耐えた。
好きだよ。好きなんだんよ。大好きだよ。世界で一番好き。こんな世界でも二人でいられればそれでいい。ほかに何もいらない。それぐらい好き。この気持ちを叫びたい。そして、ミリオ君の気持ちを聞かせてほしい。私のことをどう思っているんだろう、ほかの子のことをどう思っているんだろう。言ってほしい、小豆ちゃんに好きだって、朝霞さんや灰原さんより好きだって、久美や………絵里奈より好きだって言ってほしい。
力強く肩を掴まれる痛いぐらいのそれが、今はとても嬉しかった。大丈夫だよとその熱い胸板に手を添える。冷たい手からミリオの熱が伝わってきて気持ちよかった。
ああ、心のままに言えればどんなにいいか。しかし、それを言うことが葵は出来なかった。ミリオのために足枷を増やすわけには行かないからだ。
それに、ズキリ……ズキリ………と脈打つように痛むのだ。
ああ、これが恋煩い。胸の痛みだったら、どんなに良かっただろう。
しかし、痛むのは内腿。ひっかき傷とも擦り傷とも思えるあの傷が、覆ったガーゼの内側から熱を持ち、痛むのだ。
「委員長?…………おい、委員長大丈夫か!」
ミリオ君の声が遠い。とても遠く感じる。夏の外気は汗が噴き出るほどに生暖かいのに、まるで傷口に熱を持っていかれたかのように体の芯が底冷えするようだった。
葵は、ミリオの胸元に抱き着くように意識を失った。
暗闇を駆逐し、人工の太陽のような光の輝きを放っていた世界は、いまや暗闇がまた広がっていた。人々は害虫(ペスター)を恐れ、光を落とし、寄り添うように鳴りを潜め、朝日を待つ。
太陽がすべてを浄化してくれるんじゃないか、この悪夢のような世界は目を覚ませば、いつもの日常に戻るんじゃないかと願って。
そんなかくれんぼしている時のような不自然な静けさを保つ世界にあってそこは異常に明るく、騒がしかった。
そこはいくつもの倉庫を有する工場の一角。そのうちの一つのシャッターが開け放たれ、倉庫内には闇一つないんじゃないかというほど光に満ちていた。何かしらの音楽がかけられているのかドゥンドゥンという響く重低音が鳴っている。
暗い世界にあって、光を灯し、音を鳴らせば、夜の闇に浮かぶ火にめがけてくる蛾のように、無数の害虫(ペスター)が集まってくる。
世界を荒廃させた害虫(ペスター)が無数に集まってくる様は普通なら発狂して逃げ惑うところだが、彼らにとってはそんなことはないらしい。
「おらっ!ホームラン!!」
一人が害虫(ペスター)の足を金属バットでうち、態勢を崩したところで、もう一人が飛びかかるように上段から金属バットを振り下ろす。スイカをつぶす様に害虫(ペスター)の頭をつぶす。
「おい、このリーマン、見てみろよ!いち、にぃーの、十万も持ってやがるぜ!」
背広の内ポケットを慣れた手つきで探ると財布から札を抜き出し、ひらひらと手を振って喜ぶ。
「おいおい。まじかよ。おっさん金持ってんな。あっはははは、俺たちが使ってやるよ」
上段からバットを振った少年とハイタッチをかわす。
一方では、害虫(ペスター)が殺到し、いつ壊れてもおかしくないほどにひしゃげた鋼鉄の柵に、一台のフォークリフトが突進していく、一つの運転席に器用に三人乗り、二人は言わゆる箱乗りをしている。
フォークリフトの爪が鋼鉄の柵をうまくすり抜け、害虫(ペスター)の群れを突きさしていく、串刺しになり、押しつぶされた害虫(ペスター)をリフトの上下で振り落とし、再度を引き抜きぶつけていく。
そんなことをしていれば、柵が壊れ害虫(ペスター)があふれ出てしまうんじゃないかと思うが、それをとがめる物はいない。
まるで一つの戦場のように目の前の害虫(ペスター)を夢中に壊していく。
あるものはバットを、あるものは車を乗り回し、あるものは銃を構えている。そんな三者三様な少年たちに共通していることは、みな一様に目を血走らせ、何がそんなにおかしいのか哄笑しているということだ。
明るい倉庫内にさらに明かりが灯され、重低音がまた一つ増える。
倉庫内から一台のトラックが現れた。ハイビームをたき、荷台には装飾の施されたネオンがぎらついている。厳ついトラックの荷台の上に一人の丸坊主の少年が現れわれる。
それでも暴れまわる少年たちの暴走は止まらない。みな。世界は自分を中心に回っているのだと言わんばかりだ。
その光景を丸坊主の少年は睥睨した。特に気にした様子もなく後ろポケットに差したリボルバーを取り出す。警官となった害虫(ペスター)から奪ったものだった。
それを片手で構えるまでもなくひょいと持ち上げ、躊躇いもなく引き金を引く。
うるさい重低音のなかでも切り裂くように響く銃声、その後は風船がはじけるように害虫(ペスター)の頭部が引き飛ぶ。
「ワンショット、ワンキルってか」
ヘッドショットという奴だ、それに暴れまわっていた少年たちが雄たけびを上げる!
「すげぇええええええええええええええ」
「さすが、俺たちのキングだ!」
「イースターのキング!」
丸坊主の少年はこうなる前からキングと呼ばれていた。
イースターとは、なぜだが理由は分からないが、地元のゲームセンターの前にモアイ像が置かれているため、店舗名よりも地元民からはイーストと呼ばれていた。この少年はそこのゲームセンターのガンシューティングゲームでランキングトップなのだ、それでイーストのキングと呼ばれている。
キング!キング!キング!と連呼する声があがる。こたえるようにキングと呼ばれた少年がリボルバーを天に掲げる。
それで歓声がやみ、みな一様にキングの言葉を待つ。
「おまえらさ、そろそろ缶詰ばかりで飽きてこねーか」
そういって、キングは空いた缶詰を頬り投げる。カンカンと澄んだ金属音に混じって少年たちのそうだそうだという声が重なる
「そこでさ、ちっとホーテにいかねー。菓子とかパクるついでによ。俺の女もいるらしいだわ、ほかにもいるらしいぞ」
それに、本日最大の雄たけびが上がる。
「「「おんなぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ」」」
盛りのついた猿みたいに騒ぐ少年たちをみて満足げにキングは笑い、叫んだ。
「おまえら、準備しろ!パレードと行こうぜ!」
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※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
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