9 / 38
7話 UZI
しおりを挟む
連れてこられたのだろう、すぐにミリオに変わった。
「まったく、クソぐらいゆっくりしたいものだな。で、どうしたヨハク?何か弾入れがどうのとゴンとグリが騒いでいるが」
「そうなんだよ、サブマシンガンとリボルバーの弾入れとか聞きたいんだけど」
「なに、サブマシンガンだと?ダブルハンドだとUZIだったか。あれはイスラエル軍が」
「ミリオ、銃の蘊蓄はいいんだよ。早くヨハクに球の入れ方教えろよ」
「そうだよ、あくしろよ!」
ミリオは二人の異様な剣幕に押され、説明を始めた。
ヨハクは説明を受けながら装填、ガスの入れ方を教えてもらい、ミリオが語り出すのをゴンとグリが止めるという工程をいくつか経て、ようやく打てるようになった。
最後に、ミリオから試射はしたほうがいいと言われ、電話を切った。
いや、最後はグリの「ぼくはヨハクさんを信じてるから!」だったかもしれない。
ヨハクは、約束通り先ほど撮ったアイリスの写真を投稿するべくLIONアプリを呼び出し、4人のグループルームをひらく。
未読がいくつかあるようだ。内容は3人は一緒にいること、ヨハクを心配するようなトークが投稿されていた。
こいつら、いい奴だなとちょっと感動した。アイリスの写真を選び、コメント欄に俺の妖精と入力して、消した。流石にそれはないかなと恥ずかしくなり、アイリスの写真だけを投稿した。
それから試射のため、シューティングレンジに構える。おあつらえ向きに人型の的がぶるさがっていた。まずはコルトパイソン(ミリオから、マグナムじゃなくコルトパイソンと言え!と怒られた)から、特有の円形に飛び出たシリンダー横にある安全装置(マニュアルセーフティ)を解除し、ハンマーコックを後ろに倒し、トリガー引く。
バスっ、というガスの噴出音と反動(リコイルショック)が腕に伝わり、少し銃口が跳ね上がり、的を大きく外した。少し銃口を下げてさげてから、再度発射。 バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、と調整しながら24連射を撃ちきる。
本来のリボルバーにはない、トイガンならではの機能。ダブルアクションと言われる自動でシリンダーを回転させ、ハンマーコックをあげる連射機能があるのだ。また六点装填の薬莢には最大4発までBB弾を詰めることができるため、最大24連射できるのだ。
次に、UZIを試す。安全装置(グリップセフィー)を外し、銃身に沿って前方にスイング式に折りたたまれた銃床(ストック)を後方に伸ばし、肩にあてて。両手が構える。ヨハクの印象ではマッチョな主人公が片手で車のハンドルを握り、もう片手て窓からズッドドドドドと連射するイメージがあったのだ、ミリオ曰く肩に銃床(ストック)をあてる所謂肩打ちをする銃をサブマシンガンというらしかった。
ヨハクは、ミリオに言われた通り、本来の肩打ちスタイルで撃ってみることした。
ズッ、ドラドラララララララララララララララララララララララララララララララララララララ!!とコルトパイソンと明らかに違う早い回転数のセミオートで発射したBB弾はものすごい勢いで飛び出し、装填数38発を直ぐに撃ちきってしまった。
的ななった可哀想な人型は穴だらけになっていた。
「これ、凄いじゃない!害虫(ペスター)の1匹や2匹目じゃないわね」
UZIの圧倒的な連射性能にぴょんぴょんと飛んで喜ぶアイリスを尻目に、ヨハクは思ったよりも大きかった反動(リコイル)に両手で使わないとなと冷静に考えていた。
もう少し試射もしたいと思ったが、ガスも球も無限にあるわけではないのだ。ヨハクは試射を切り上げて、使ったマガジンにガスと弾を再度装填した。
それから、……これからどうしたらいいんだ?
周りを見れば、もうもうと立ち込める煙が幾本か見えるというのにサイレンの音一つ聞こえない。下を見ればのそりのそりと歩く……害虫(ペスター)なのだろうが見える。
これからを考えると、まずは生き残ることだ。倒した害虫(ペスター)を思い出すと背筋がぶるりと震えた。あんなのに喰われるのなんてごめんだ。それからミリオたちと合流だ、3人とも生き残っているんだ。ミリオは色んな知識があるし、ゴンはかっこよくて気が利く、グリは暴走することもあるけど明るいムードメーカーだ。なんの取り柄もない自分とは違う。早く3人に会いたかった。……ほかにも生きてる人はいるだろうか、漫画喫茶(ダブルハンド)の店長さんや奥さん、親父に、クラスメイト、それと朝霞さん。幸運にもクラスで隣の席になったことで、見ることが出来た美しい横顔が浮かぶ。みんな、生きてほしいな。
ぶるりと、スマホが揺れる。ポケットを漁ってスマホの通知を見るとLIONアプリからだ。
通知内容は、グリからで「アイリスたん、マジ天使。ぶひぃいいいい」と表示された。
「よしっ、武器も手に入れたことだし。楽園の創造。まずはここの拠点化からよ!何をぼさっっとしているの早くいくわよ。ヨハク!」
アイリスがリュックサックを背負い、準備万端といった趣で、両手を腰にあてて仁王立ちしていた。
今行くよ、ヨハクはそう言い、スマホをポケットにしまい、UZIを構える。
アイリスの横を通りすぎ、錆びた鉄製の扉の前につく。
異様な気配を感じた。先ほどまでの明るい空気を霧散させ、緊張が走る。まるで扉が安全地帯と危険地帯を門のような存在に感じた。取っ手を掴むと外気にさらされ、生暖かくぬめっと感じた。
ふわっと、甘い清かなシナモンの香りが下から舞い上がってきた。その香りはどことなくヨハクを安心させた。
「もう、大丈夫って言ってるじゃない。もう少し信じなさい、あなたはこのて!ん!し!になる私が育てたのよ!」
とアイリスがぷくっーと頬を膨らます。これからのことに一抹の不安もなく、自分の思い通りになるそう思って疑わない自信に溢れたアイリスの姿に、ヨハクもまぁなんとなかなるかなと気持ち少し楽になった。
よしっ、とぎぃいいいと軋みながら、鉄製の扉を開く。LEDに淡く照らされた階段、先程と変わった様子はない。意を決して、ヨハクは階段を降りた。
その後ろをピクニックにでも出発するかのような陽気さでアイリスが付いてきた。
階段を降り切るとしぃーんと静まり返った廊下 “415”号室がすぐ横にある、中を覗くと倒れた女性の体、首から上は木が生えているという不気味なオブジェのような死体が先ほどと変わらず倒れていた。
その斜め正面、“414”号室の取っ手を回すが鍵がかかっているようで開かない、それから“413……410”と順に回してみたがどれも鍵がかかっていた。
ヨハクが漫画喫茶に入ったのは平日の夕方だ。利用客がそれほどいなかったのだろう、ヨハクは主人が消え無残に放置された衣類を踏まないように跨ぎ“409”号室に戻ってきた。部屋は変わらずLEDの淡い光に照らされ、PC画面にはアイリスがネットサーフィンした後のまま、色んなWEB記事のウィンドウが開かれていた。そのまま置かれた学校指定のカバンだけを取り肩にかけた。
部屋を出て、“408”号室に鍵がかかっていることを確認する。そういえばアイリスはと横を見ると廊下に背中越しに座り込んでいるアイリスがいた。
よく見ると洗濯物を選別するように、「何もないわね~」と残された衣類を漁っていた。まじかよ……ヨハクは少し引いてしまった。
アイリスには、アイリスの考えがあるのだろう、ヨハクは見なかったことして、部屋の確認を始める。エレベーター前、階は2階で止まっているようだ。ポスターに映った小倉小豆ちゃんは変わらずニッコリと微笑んでいた。こんなことがなければ会えたかもしれないな~とヨハクは少し残念に思えた。
エレベーター横には、コの字回るようぐるりとした階段が備えれている。階段下を覗いでみたが壁で遮られて、下の階の様子は分からない。耳をそばだててみるが、ヒューという風が抜ける音しか聞こえてこなかった。
まずはこの階の確保だ。階段を通り過ぎ、“407”号室へと向かう。
「んっぐ、んっぐ、ぱぁー。とりあえず、この階と上は問題ないわね」
まぁ私が確認しているから、当然だけど。とペットボトルの水を美味しそうに飲みながらアイリスは言った。
4階の全部屋を確認したが、ヨハクがいた“409”と害虫(ペスター)が出てきた“415”あとはトイレ以外の扉はすべて閉まっていた。4階の確保が終わったので、トイレ前にあるフリーの自動販売機で水を飲んでいるところだ。
最初はアイリスが喉が乾いたというので出したが、ヨハクもそれに釣られて飲んだら止まらなくなった。考えてみれば10日間も寝ていたのだ、喉が渇いて当然だ。そう思うと緊張で忘れていた空腹も思い出してきた。
そういえば、オムライスを注文していたはずだ!さすがに10日間前のでは食えないがキッチンにいけば何かしら材料があるだろう。それに奥さんがいれば作ってもらえるかもしれない。
ヨハクの脳内にオムライスが駆け巡り、ついに腹の虫まで泣き出してしまった。これは早く行かねばならない。水を飲みほし、紙コップを投げるようにごみ箱に入れた。
アイリスを伴い、エレベーターホールといっても目と鼻の先なのだが、行く。少し迷ったが、階段で行くことにした。この手のことが起こると映画だと途中でエレベーターが止まったり、扉が開いた瞬間に害虫(ペスター)が殺到してもそののジ・エンドなんていうシーンが脳裏をよぎったからだ。
アイリスもそれに何も言わず、黙って後ろをついてきた。
静かに音を立てないようにヨハクは気をつけて歩いたが、モルタル塗装特有のくっついて剥がれるぺたりとぺたりという音がどうしてもしてます。
階段は短くものの数段でコの字の曲がり角に差し掛かった。耳をそばだてるが、あいからわず、音は風しか聞こえない。恐る恐る壁越しから階段下を覗くと、LEDの照らされた4階と変わらぬ廊下が見えた。視界の先には害虫(ペスター)はいないようだ。
ヨハクは忍び足で、階段下まで降りると壁にべたりと背をつける。すると4階同様に、自動売買機と奥のスペースが若干見える。視界内には害虫(ペスター)はいない。ヨハクの壁に背を付けたまま、視界ぎりぎりに壁の向こうを見るが、閉じられた扉が見えるだけだ。耳を澄ましても廊下はしーんと静まり返っている。ヨハクの心臓がバクバクと鳴り響いてうるさいぐらいだった。緊張を表すようにぐっと握ったUZIに力を籠めると、ヨハクを勇気づけるように光出した。
よしっとヨハクはUZIを構えなおし、意を決して、体を180度回転させるように身をひるがえした。
正面なし。左なし。右なし。ハリウッド映画に出てくる特殊部隊の動きを、頭でトレースしながら、UZIの機銃の先をそれぞれの方向に向けるが、害虫(ペスター)の姿は見えなかった。4階と変わらない廊下に等間隔に並んだ等間隔の閉められた扉があるだけだった。
階段も覗いてみたが、間にもいないみたいだ。試しに一番近くの扉に手をかけてみるが、鍵がかかってるみたいだ。
「この階にはいなさそうね。あの陰気な気配がないもの」とちょこちょこと飛ぶように可愛らしくアイリスが階段を降りてきた。
「そうみたいだね」とヨハクは返事をしつつ、アイリスと部屋をチェックしていったが、どの部屋も鍵がかかっていた。
考えてみれば、ネットによるとヨハクが眠ってからすぐにこの事件?が起こっているみたいだし、すると平日の夕方、夕飯の前だ。自分のような学生ぐらいしか利用しないだろう。実際に4階は自分とあのカップルだけだったみたいだし。案外、害虫(ペスター)に出くわさずに済むかもしれない。
このままの勢いでヨハクは2階へと降りて行った。コの字の曲がり角で先を見ても何もおらず、先ほどと同じ要領で階段下まで降り、壁に背をつける。風景はまったく変わらない。自動販売機に閉じた扉、肩越しに見る後ろも同様だ。UZIを構え、180度回転させるように身を翻す、正面構えたUZIの機銃の先で、それと目が合う。
濁った魚のような目、開いた口からよだれがどろりと、落ちると、ヨハクの全身が総毛だった。
「あっあ、ああああ」
完全に油断をしていた。不意を突かれた形で遭遇した害虫(ペスター)にヨハクは硬直してしまった。害虫(ペスター)は緩慢な動きで腕をあげると、「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお」と唸り声をあげて向かってきた。
「ううう、うわぁあああああああああああ!!」
害虫(ペスター)の動きに反射的に構えたUZIの引き金を引いた。
ドララララララララララララララララララララララララララララララララララララララ!!とリコイルショックに銃口がブレ、あらぬところにBB弾が飛んでいく。害虫(ペスター)を外れた球も、プラスチック弾の柔らかさが功を奏して壁や扉にあっても跳弾して色んなところに弾けた。
結果、上から下、下から上、右に左にと色んな方向から飛んでくるBB弾(スノードロップ)に、腕が、足が、胸が、太ももが、爆散していき穴だらけとなり、最後は頭へとあたり、害虫(ペスター)は雪の欠片(スノードロップ)となって霧散した。
「はぁはあ、はぁ~あああああ、びっくりした」
荒い息を吐きながら、あたりを見渡すと害虫(ペスター)の姿はなく、衣服と降り積もった雪のように白いBB弾が散らばっているだけだ。
とんっと後ろで何かが降り立つ気配がして、ヨハクはUZIを反射的に向けた。
「むっ、何よ。そんな向けないで頂戴」とむくれ顔のアイリスがいた。
「ご、ごめん」
「まったく、害虫(ペスター)の一匹如きでそんなに焦らないでよ。あなたのほうが強いんだから」と全く臆した様子もなく、荒い息のヨハクの横を通り越してドアを次々とアイリスは確認していく。全く頼もしい限りだが、ヨハクも臆病だが男の子だ。アイリスに負けじと慎重にドアを確認していく。
その後、全部のドアが閉まっていることを確認できて、害虫(ペスター)は1体だけのようで。どうやらそもそもの客が少ないから害虫(ペスター)も少ないはずという予想もあながち間違えはなさそうだとヨハクは思った。
次はいよいよ1階だ。外に通じている分、害虫(ペスター)とも多く遭遇するかもしれない。けどもしかしたら、バックヤードがなんかに立て籠もっている店長さんや奥さんに合流できるかもしれない。なにせあの厳つい店長さんだ。害虫(ペスター)にだってそうそうやられはしないだろう。
アイリスに目配せして、1階に降りることをアイコンタクトで伝える。極力音を立てたくなかったからだ。すると、何を勘違いしたのか、アイリスはヨハクのアイコンタクトにウィンクで返してきた。
OKということなのだろうか、なんとなく釈然としない感じだが、まぁアイリスなら大丈夫だろう。ヨハクは1階へと慎重に降りていた。
モルタルの階段の先、板張りの床が1階エントランスだということを告げている。階段から見た限りでは変わったところはない。ほんの少しだけ身を乗り出しながら、様子をうかがうと、床の上に誰かが倒れているのか手が見える。害虫(ペスター)だろうか。慎重に音をたてないように少しずつ視線を広げていく。手から腕、肩、血が広がった固まったような赤黒い模様が木の板に広がっており、それらを覆う産毛のように草の芽が出ている。
そして半身を出すころには、倒れたそれとエントランス入口までが全部見えた。倒れているのは男のようで後頭部に包丁が突き刺さっていた。
その先の入口の自動ドアのを見やると、どうやらシャッターがおろされているようだ。その前には頭部が何かしら損傷した死体がいくつか倒れているのが見える。。そしてカウンターの中に人が立っているのが見えた。
倒れた男を避けるようにすり抜け、カウンターに近づくと、そこには赤い生地に黒い刺繡で髑髏が書かれたバンダナを頭に巻いているのが見えた。
「店長さん!」
こんな特徴的なバンダナを巻いている人なんてそうはいない。害虫(ペスター)とこんなに出来るなんてさすが店長さんだ。
ヨハクの呼びかけに店長さんがゆっくりと振り返る。
よう坊主、生きてたか。そうニヒルに笑う店長さんの顔はなく「うぅうううううううう」と半開き開けられた口からうめき声が漏れていた。
「そんな……」
「うぉおおおおおおおお」とカウンターの中で叫び声をあげ、元店長さんだった害虫(ペスター)は暴れだした。しかし、何かが引っかかっているのかカウンターからは出られないようだ。
今のうちに。ヨハクはUZIを正中に構えた。サイトと呼ばれる照準を覗き店長さんの額に合わす。
射るような鋭い眼光を放っていたかつての目は、半分は白目をむき、もう半分は死んだ魚のように濁っている。不精ひげに覆われ引き締まっていた唇はだらしなく開き、言葉にもならない何かを叫んでいる。
こんなもの、店長さんじゃない!害虫(ペスター)だ。そう思いヨハクは、そう思いUZIに力を籠める。
UZIに纏う光がヨハクの意識に呼応するようにより一層輝きだす。
こんな状態の店長さんを置いてはいけないだろう。送ろう。自分にはそれが“死を贈る(できる)”のだから。
そう思っているのに。
そう分かっているのに。
まるでセメントで固められたように指が動かなかった。引き金を軽く引けば数秒後にはこれが嘘のように消えてなくなるのだ。
そう引けさえすればいいのだ。
それなのに引けない。唇はまるで水分が吸われたように乾燥していき、吸われた水分は頬を熱く流れた。
視界が徐々ににじんで、景色も店長さんの顔も歪んでいく。すると次々にヨハクの頭に記憶がフラッシュバックしていく。
最初出会ったとき、目を合わせたら殺られる。そう思うほど怖かった。でもミリオと楽しそうに話す姿をみてそんなことはないと思った。
2回目には顔を覚えていてくれた。話してみると割と気さくで、怖いと思った瞳、目が合うと優しそうに笑っていた。
グリたちとシューティングレンジの周りでサバゲ―ごっこをして、こっぴどく怒られた時は本当に怖った、ちょっぴり漏らしてしまったのは内緒だ。
おなかがすいたとき、ここで食べたケッチャプがいっぱい乗ったオムライスは本当に美味しかった。
そんなに数は多くないが、ここでの思い出。でもそれはヨハクにとって大切なもので、それは当たり前にあってから気づかなかった。ここは、ヨハクにとって大切な場所なのだ。第二の家といってもいいくらい。
視界は完全に滲んでもう何も見えない。ああっ、このまま何も見えなくてなってしまってばいいのに、それで目が覚めるころには嘘のように日常が戻っているのだ。ミリオが嬉しそうに兄の武勇伝を話、グリが昨日のアニメがと語り、ゴンがそんなことよりと会話を回してく、それに自分は笑いながらそこにいて、横眼に今日もきれいな朝霞さんが来栖さんと楽し気に話して優雅に手をあてて笑う。放課後になったら、漫画喫茶(ダブルハンド)に来て、オムライスを食べながらネットして。
そんな当たり前の日常が、
「ねぇ、ヨハク」
ヨハクを現実へと引き戻す鐘の音ように響くアイリスの声。
甘くさわやかな清涼感のあるシナモンの香りが鼻を抜けると同時に、ヨハクの固まった指に冷たいしっとりとした指が絡みつく。
「さっさと撃てばいいじゃない」
小枝のように細く小さな指は思いのほか力強くヨハクの指を押し込んだ。
ドラッラララララララララララとUZIが軽快にBB弾を発射した。
えっ、とヨハクが事態に気づくころにはまるで最初からそこには何もなかったように、店長さんは舞った雪の欠片とともに一瞬で消えた。
「まったく、クソぐらいゆっくりしたいものだな。で、どうしたヨハク?何か弾入れがどうのとゴンとグリが騒いでいるが」
「そうなんだよ、サブマシンガンとリボルバーの弾入れとか聞きたいんだけど」
「なに、サブマシンガンだと?ダブルハンドだとUZIだったか。あれはイスラエル軍が」
「ミリオ、銃の蘊蓄はいいんだよ。早くヨハクに球の入れ方教えろよ」
「そうだよ、あくしろよ!」
ミリオは二人の異様な剣幕に押され、説明を始めた。
ヨハクは説明を受けながら装填、ガスの入れ方を教えてもらい、ミリオが語り出すのをゴンとグリが止めるという工程をいくつか経て、ようやく打てるようになった。
最後に、ミリオから試射はしたほうがいいと言われ、電話を切った。
いや、最後はグリの「ぼくはヨハクさんを信じてるから!」だったかもしれない。
ヨハクは、約束通り先ほど撮ったアイリスの写真を投稿するべくLIONアプリを呼び出し、4人のグループルームをひらく。
未読がいくつかあるようだ。内容は3人は一緒にいること、ヨハクを心配するようなトークが投稿されていた。
こいつら、いい奴だなとちょっと感動した。アイリスの写真を選び、コメント欄に俺の妖精と入力して、消した。流石にそれはないかなと恥ずかしくなり、アイリスの写真だけを投稿した。
それから試射のため、シューティングレンジに構える。おあつらえ向きに人型の的がぶるさがっていた。まずはコルトパイソン(ミリオから、マグナムじゃなくコルトパイソンと言え!と怒られた)から、特有の円形に飛び出たシリンダー横にある安全装置(マニュアルセーフティ)を解除し、ハンマーコックを後ろに倒し、トリガー引く。
バスっ、というガスの噴出音と反動(リコイルショック)が腕に伝わり、少し銃口が跳ね上がり、的を大きく外した。少し銃口を下げてさげてから、再度発射。 バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、バスっ、と調整しながら24連射を撃ちきる。
本来のリボルバーにはない、トイガンならではの機能。ダブルアクションと言われる自動でシリンダーを回転させ、ハンマーコックをあげる連射機能があるのだ。また六点装填の薬莢には最大4発までBB弾を詰めることができるため、最大24連射できるのだ。
次に、UZIを試す。安全装置(グリップセフィー)を外し、銃身に沿って前方にスイング式に折りたたまれた銃床(ストック)を後方に伸ばし、肩にあてて。両手が構える。ヨハクの印象ではマッチョな主人公が片手で車のハンドルを握り、もう片手て窓からズッドドドドドと連射するイメージがあったのだ、ミリオ曰く肩に銃床(ストック)をあてる所謂肩打ちをする銃をサブマシンガンというらしかった。
ヨハクは、ミリオに言われた通り、本来の肩打ちスタイルで撃ってみることした。
ズッ、ドラドラララララララララララララララララララララララララララララララララララララ!!とコルトパイソンと明らかに違う早い回転数のセミオートで発射したBB弾はものすごい勢いで飛び出し、装填数38発を直ぐに撃ちきってしまった。
的ななった可哀想な人型は穴だらけになっていた。
「これ、凄いじゃない!害虫(ペスター)の1匹や2匹目じゃないわね」
UZIの圧倒的な連射性能にぴょんぴょんと飛んで喜ぶアイリスを尻目に、ヨハクは思ったよりも大きかった反動(リコイル)に両手で使わないとなと冷静に考えていた。
もう少し試射もしたいと思ったが、ガスも球も無限にあるわけではないのだ。ヨハクは試射を切り上げて、使ったマガジンにガスと弾を再度装填した。
それから、……これからどうしたらいいんだ?
周りを見れば、もうもうと立ち込める煙が幾本か見えるというのにサイレンの音一つ聞こえない。下を見ればのそりのそりと歩く……害虫(ペスター)なのだろうが見える。
これからを考えると、まずは生き残ることだ。倒した害虫(ペスター)を思い出すと背筋がぶるりと震えた。あんなのに喰われるのなんてごめんだ。それからミリオたちと合流だ、3人とも生き残っているんだ。ミリオは色んな知識があるし、ゴンはかっこよくて気が利く、グリは暴走することもあるけど明るいムードメーカーだ。なんの取り柄もない自分とは違う。早く3人に会いたかった。……ほかにも生きてる人はいるだろうか、漫画喫茶(ダブルハンド)の店長さんや奥さん、親父に、クラスメイト、それと朝霞さん。幸運にもクラスで隣の席になったことで、見ることが出来た美しい横顔が浮かぶ。みんな、生きてほしいな。
ぶるりと、スマホが揺れる。ポケットを漁ってスマホの通知を見るとLIONアプリからだ。
通知内容は、グリからで「アイリスたん、マジ天使。ぶひぃいいいい」と表示された。
「よしっ、武器も手に入れたことだし。楽園の創造。まずはここの拠点化からよ!何をぼさっっとしているの早くいくわよ。ヨハク!」
アイリスがリュックサックを背負い、準備万端といった趣で、両手を腰にあてて仁王立ちしていた。
今行くよ、ヨハクはそう言い、スマホをポケットにしまい、UZIを構える。
アイリスの横を通りすぎ、錆びた鉄製の扉の前につく。
異様な気配を感じた。先ほどまでの明るい空気を霧散させ、緊張が走る。まるで扉が安全地帯と危険地帯を門のような存在に感じた。取っ手を掴むと外気にさらされ、生暖かくぬめっと感じた。
ふわっと、甘い清かなシナモンの香りが下から舞い上がってきた。その香りはどことなくヨハクを安心させた。
「もう、大丈夫って言ってるじゃない。もう少し信じなさい、あなたはこのて!ん!し!になる私が育てたのよ!」
とアイリスがぷくっーと頬を膨らます。これからのことに一抹の不安もなく、自分の思い通りになるそう思って疑わない自信に溢れたアイリスの姿に、ヨハクもまぁなんとなかなるかなと気持ち少し楽になった。
よしっ、とぎぃいいいと軋みながら、鉄製の扉を開く。LEDに淡く照らされた階段、先程と変わった様子はない。意を決して、ヨハクは階段を降りた。
その後ろをピクニックにでも出発するかのような陽気さでアイリスが付いてきた。
階段を降り切るとしぃーんと静まり返った廊下 “415”号室がすぐ横にある、中を覗くと倒れた女性の体、首から上は木が生えているという不気味なオブジェのような死体が先ほどと変わらず倒れていた。
その斜め正面、“414”号室の取っ手を回すが鍵がかかっているようで開かない、それから“413……410”と順に回してみたがどれも鍵がかかっていた。
ヨハクが漫画喫茶に入ったのは平日の夕方だ。利用客がそれほどいなかったのだろう、ヨハクは主人が消え無残に放置された衣類を踏まないように跨ぎ“409”号室に戻ってきた。部屋は変わらずLEDの淡い光に照らされ、PC画面にはアイリスがネットサーフィンした後のまま、色んなWEB記事のウィンドウが開かれていた。そのまま置かれた学校指定のカバンだけを取り肩にかけた。
部屋を出て、“408”号室に鍵がかかっていることを確認する。そういえばアイリスはと横を見ると廊下に背中越しに座り込んでいるアイリスがいた。
よく見ると洗濯物を選別するように、「何もないわね~」と残された衣類を漁っていた。まじかよ……ヨハクは少し引いてしまった。
アイリスには、アイリスの考えがあるのだろう、ヨハクは見なかったことして、部屋の確認を始める。エレベーター前、階は2階で止まっているようだ。ポスターに映った小倉小豆ちゃんは変わらずニッコリと微笑んでいた。こんなことがなければ会えたかもしれないな~とヨハクは少し残念に思えた。
エレベーター横には、コの字回るようぐるりとした階段が備えれている。階段下を覗いでみたが壁で遮られて、下の階の様子は分からない。耳をそばだててみるが、ヒューという風が抜ける音しか聞こえてこなかった。
まずはこの階の確保だ。階段を通り過ぎ、“407”号室へと向かう。
「んっぐ、んっぐ、ぱぁー。とりあえず、この階と上は問題ないわね」
まぁ私が確認しているから、当然だけど。とペットボトルの水を美味しそうに飲みながらアイリスは言った。
4階の全部屋を確認したが、ヨハクがいた“409”と害虫(ペスター)が出てきた“415”あとはトイレ以外の扉はすべて閉まっていた。4階の確保が終わったので、トイレ前にあるフリーの自動販売機で水を飲んでいるところだ。
最初はアイリスが喉が乾いたというので出したが、ヨハクもそれに釣られて飲んだら止まらなくなった。考えてみれば10日間も寝ていたのだ、喉が渇いて当然だ。そう思うと緊張で忘れていた空腹も思い出してきた。
そういえば、オムライスを注文していたはずだ!さすがに10日間前のでは食えないがキッチンにいけば何かしら材料があるだろう。それに奥さんがいれば作ってもらえるかもしれない。
ヨハクの脳内にオムライスが駆け巡り、ついに腹の虫まで泣き出してしまった。これは早く行かねばならない。水を飲みほし、紙コップを投げるようにごみ箱に入れた。
アイリスを伴い、エレベーターホールといっても目と鼻の先なのだが、行く。少し迷ったが、階段で行くことにした。この手のことが起こると映画だと途中でエレベーターが止まったり、扉が開いた瞬間に害虫(ペスター)が殺到してもそののジ・エンドなんていうシーンが脳裏をよぎったからだ。
アイリスもそれに何も言わず、黙って後ろをついてきた。
静かに音を立てないようにヨハクは気をつけて歩いたが、モルタル塗装特有のくっついて剥がれるぺたりとぺたりという音がどうしてもしてます。
階段は短くものの数段でコの字の曲がり角に差し掛かった。耳をそばだてるが、あいからわず、音は風しか聞こえない。恐る恐る壁越しから階段下を覗くと、LEDの照らされた4階と変わらぬ廊下が見えた。視界の先には害虫(ペスター)はいないようだ。
ヨハクは忍び足で、階段下まで降りると壁にべたりと背をつける。すると4階同様に、自動売買機と奥のスペースが若干見える。視界内には害虫(ペスター)はいない。ヨハクの壁に背を付けたまま、視界ぎりぎりに壁の向こうを見るが、閉じられた扉が見えるだけだ。耳を澄ましても廊下はしーんと静まり返っている。ヨハクの心臓がバクバクと鳴り響いてうるさいぐらいだった。緊張を表すようにぐっと握ったUZIに力を籠めると、ヨハクを勇気づけるように光出した。
よしっとヨハクはUZIを構えなおし、意を決して、体を180度回転させるように身をひるがえした。
正面なし。左なし。右なし。ハリウッド映画に出てくる特殊部隊の動きを、頭でトレースしながら、UZIの機銃の先をそれぞれの方向に向けるが、害虫(ペスター)の姿は見えなかった。4階と変わらない廊下に等間隔に並んだ等間隔の閉められた扉があるだけだった。
階段も覗いてみたが、間にもいないみたいだ。試しに一番近くの扉に手をかけてみるが、鍵がかかってるみたいだ。
「この階にはいなさそうね。あの陰気な気配がないもの」とちょこちょこと飛ぶように可愛らしくアイリスが階段を降りてきた。
「そうみたいだね」とヨハクは返事をしつつ、アイリスと部屋をチェックしていったが、どの部屋も鍵がかかっていた。
考えてみれば、ネットによるとヨハクが眠ってからすぐにこの事件?が起こっているみたいだし、すると平日の夕方、夕飯の前だ。自分のような学生ぐらいしか利用しないだろう。実際に4階は自分とあのカップルだけだったみたいだし。案外、害虫(ペスター)に出くわさずに済むかもしれない。
このままの勢いでヨハクは2階へと降りて行った。コの字の曲がり角で先を見ても何もおらず、先ほどと同じ要領で階段下まで降り、壁に背をつける。風景はまったく変わらない。自動販売機に閉じた扉、肩越しに見る後ろも同様だ。UZIを構え、180度回転させるように身を翻す、正面構えたUZIの機銃の先で、それと目が合う。
濁った魚のような目、開いた口からよだれがどろりと、落ちると、ヨハクの全身が総毛だった。
「あっあ、ああああ」
完全に油断をしていた。不意を突かれた形で遭遇した害虫(ペスター)にヨハクは硬直してしまった。害虫(ペスター)は緩慢な動きで腕をあげると、「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお」と唸り声をあげて向かってきた。
「ううう、うわぁあああああああああああ!!」
害虫(ペスター)の動きに反射的に構えたUZIの引き金を引いた。
ドララララララララララララララララララララララララララララララララララララララ!!とリコイルショックに銃口がブレ、あらぬところにBB弾が飛んでいく。害虫(ペスター)を外れた球も、プラスチック弾の柔らかさが功を奏して壁や扉にあっても跳弾して色んなところに弾けた。
結果、上から下、下から上、右に左にと色んな方向から飛んでくるBB弾(スノードロップ)に、腕が、足が、胸が、太ももが、爆散していき穴だらけとなり、最後は頭へとあたり、害虫(ペスター)は雪の欠片(スノードロップ)となって霧散した。
「はぁはあ、はぁ~あああああ、びっくりした」
荒い息を吐きながら、あたりを見渡すと害虫(ペスター)の姿はなく、衣服と降り積もった雪のように白いBB弾が散らばっているだけだ。
とんっと後ろで何かが降り立つ気配がして、ヨハクはUZIを反射的に向けた。
「むっ、何よ。そんな向けないで頂戴」とむくれ顔のアイリスがいた。
「ご、ごめん」
「まったく、害虫(ペスター)の一匹如きでそんなに焦らないでよ。あなたのほうが強いんだから」と全く臆した様子もなく、荒い息のヨハクの横を通り越してドアを次々とアイリスは確認していく。全く頼もしい限りだが、ヨハクも臆病だが男の子だ。アイリスに負けじと慎重にドアを確認していく。
その後、全部のドアが閉まっていることを確認できて、害虫(ペスター)は1体だけのようで。どうやらそもそもの客が少ないから害虫(ペスター)も少ないはずという予想もあながち間違えはなさそうだとヨハクは思った。
次はいよいよ1階だ。外に通じている分、害虫(ペスター)とも多く遭遇するかもしれない。けどもしかしたら、バックヤードがなんかに立て籠もっている店長さんや奥さんに合流できるかもしれない。なにせあの厳つい店長さんだ。害虫(ペスター)にだってそうそうやられはしないだろう。
アイリスに目配せして、1階に降りることをアイコンタクトで伝える。極力音を立てたくなかったからだ。すると、何を勘違いしたのか、アイリスはヨハクのアイコンタクトにウィンクで返してきた。
OKということなのだろうか、なんとなく釈然としない感じだが、まぁアイリスなら大丈夫だろう。ヨハクは1階へと慎重に降りていた。
モルタルの階段の先、板張りの床が1階エントランスだということを告げている。階段から見た限りでは変わったところはない。ほんの少しだけ身を乗り出しながら、様子をうかがうと、床の上に誰かが倒れているのか手が見える。害虫(ペスター)だろうか。慎重に音をたてないように少しずつ視線を広げていく。手から腕、肩、血が広がった固まったような赤黒い模様が木の板に広がっており、それらを覆う産毛のように草の芽が出ている。
そして半身を出すころには、倒れたそれとエントランス入口までが全部見えた。倒れているのは男のようで後頭部に包丁が突き刺さっていた。
その先の入口の自動ドアのを見やると、どうやらシャッターがおろされているようだ。その前には頭部が何かしら損傷した死体がいくつか倒れているのが見える。。そしてカウンターの中に人が立っているのが見えた。
倒れた男を避けるようにすり抜け、カウンターに近づくと、そこには赤い生地に黒い刺繡で髑髏が書かれたバンダナを頭に巻いているのが見えた。
「店長さん!」
こんな特徴的なバンダナを巻いている人なんてそうはいない。害虫(ペスター)とこんなに出来るなんてさすが店長さんだ。
ヨハクの呼びかけに店長さんがゆっくりと振り返る。
よう坊主、生きてたか。そうニヒルに笑う店長さんの顔はなく「うぅうううううううう」と半開き開けられた口からうめき声が漏れていた。
「そんな……」
「うぉおおおおおおおお」とカウンターの中で叫び声をあげ、元店長さんだった害虫(ペスター)は暴れだした。しかし、何かが引っかかっているのかカウンターからは出られないようだ。
今のうちに。ヨハクはUZIを正中に構えた。サイトと呼ばれる照準を覗き店長さんの額に合わす。
射るような鋭い眼光を放っていたかつての目は、半分は白目をむき、もう半分は死んだ魚のように濁っている。不精ひげに覆われ引き締まっていた唇はだらしなく開き、言葉にもならない何かを叫んでいる。
こんなもの、店長さんじゃない!害虫(ペスター)だ。そう思いヨハクは、そう思いUZIに力を籠める。
UZIに纏う光がヨハクの意識に呼応するようにより一層輝きだす。
こんな状態の店長さんを置いてはいけないだろう。送ろう。自分にはそれが“死を贈る(できる)”のだから。
そう思っているのに。
そう分かっているのに。
まるでセメントで固められたように指が動かなかった。引き金を軽く引けば数秒後にはこれが嘘のように消えてなくなるのだ。
そう引けさえすればいいのだ。
それなのに引けない。唇はまるで水分が吸われたように乾燥していき、吸われた水分は頬を熱く流れた。
視界が徐々ににじんで、景色も店長さんの顔も歪んでいく。すると次々にヨハクの頭に記憶がフラッシュバックしていく。
最初出会ったとき、目を合わせたら殺られる。そう思うほど怖かった。でもミリオと楽しそうに話す姿をみてそんなことはないと思った。
2回目には顔を覚えていてくれた。話してみると割と気さくで、怖いと思った瞳、目が合うと優しそうに笑っていた。
グリたちとシューティングレンジの周りでサバゲ―ごっこをして、こっぴどく怒られた時は本当に怖った、ちょっぴり漏らしてしまったのは内緒だ。
おなかがすいたとき、ここで食べたケッチャプがいっぱい乗ったオムライスは本当に美味しかった。
そんなに数は多くないが、ここでの思い出。でもそれはヨハクにとって大切なもので、それは当たり前にあってから気づかなかった。ここは、ヨハクにとって大切な場所なのだ。第二の家といってもいいくらい。
視界は完全に滲んでもう何も見えない。ああっ、このまま何も見えなくてなってしまってばいいのに、それで目が覚めるころには嘘のように日常が戻っているのだ。ミリオが嬉しそうに兄の武勇伝を話、グリが昨日のアニメがと語り、ゴンがそんなことよりと会話を回してく、それに自分は笑いながらそこにいて、横眼に今日もきれいな朝霞さんが来栖さんと楽し気に話して優雅に手をあてて笑う。放課後になったら、漫画喫茶(ダブルハンド)に来て、オムライスを食べながらネットして。
そんな当たり前の日常が、
「ねぇ、ヨハク」
ヨハクを現実へと引き戻す鐘の音ように響くアイリスの声。
甘くさわやかな清涼感のあるシナモンの香りが鼻を抜けると同時に、ヨハクの固まった指に冷たいしっとりとした指が絡みつく。
「さっさと撃てばいいじゃない」
小枝のように細く小さな指は思いのほか力強くヨハクの指を押し込んだ。
ドラッラララララララララララとUZIが軽快にBB弾を発射した。
えっ、とヨハクが事態に気づくころにはまるで最初からそこには何もなかったように、店長さんは舞った雪の欠片とともに一瞬で消えた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説


会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる