Bloom of the Dead

ロータス

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1話 夢のスノードロップ

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 ぱぁあん!と乾いた音が病室前の廊下に響いた。

「この子ったら、母親をなんだと思ってるの!」

 ああっ、夢か。教会で摘んだ白い花を握りしめ、大声をあげて泣く幼き日の自分を見ながら、ヨハクはそう自覚した。

目に涙を浮かべ、激怒する冴子伯母(さえこおば)さんは、母の実妹で穏やかな母とは違いヒステリックに叫び、すぐに怒るのでヨハクはこの人が嫌いだった。

今日も、といってもこの夢の日は、病室に寝ている母のために、以前母が「とても綺麗な花でしょ。お母さんこの花が大好きなの」と言っていたのを思い出し、教会で咲いていた花を摘んできたのだった。

それを冴子伯母さんに見つかり、こっぴどく怒られたのだった、そんな花を病人に贈るとは何事かと。

花の名前は、雪(スノー)のしずく(ドロップ)。教会の庭先に咲く、乳白色の花びらが3枚下向きに生える可愛らしい花。待雪草とも呼ばれ、雪のそばで育ち、冬の終わりから春先にかけて咲くため、春を告げる花とも呼ばれている。

しかしだ、そんな可愛らしい見た目の花(スノードロップ)だったが、冴子伯母さん曰く「あなたの(スノ)死(ー)を(ド)望(ロ)みます(ップ)」という花言葉があるらしかった。

 夢だからだろう、そこから唐突に場面は飛んで病室。しかし幼い自分は大声で泣いているは変わらない。変わったのは冴子伯母さんから母に、手はたたいているのではなく、優しく髪をなでていた。

「ごっ、ごめんなさい、おがぁあさん、死なないでぇええ」
「大丈夫だよ、与白(よしろ)。ありがとうね、お母さんとっても嬉しいわ」

 そう言って微笑む、母。ベットの横のテーブルには、強く握ったためひっしゃげてしまた花(スノードロップ)が水の入ったコップに飾られていた。

「でもねでもねでもね、冴子伯母さんがね、この花は、死の花なんだってぇ。いっいいいい言ってね」
「うん。確かに、そういう風に言う人もいるかな」
「じゃああああ、やっぱり」
「でもね、それ以上に世界で一番優しいお花なんだよ」
「せかいでいちばん、やさしいお花?」

そう、世界で一番優しいお花。そう言って母は語り始めた。
むかし、むかし。

世界には色を持たない雪さんがいました。

色んな色が鮮やかに彩る世界にたった一人、色を持たない雪さんは悲しい気持ちで過ごしていました。
そんなある日、雪さんは一人の天使に相談します。

「天使さん、天使さん、僕は色がありません。どうしたら、色を持つことができるのでしょうか?」

 そう、尋ねる雪さんに天使さんはこう答えます。

「う~ん、ではお花さんに色を分けてもらいましょう。お花さんは色々な色を持っていますから、一つくらいくれるはずです」

それはいい!と思った雪さんは、世界中の花に尋ねます「花さん、花さんどうかその美しい色をおひとつ分けてくださいな」と。

しかし、どの花もその美しい色を分けてくれることはありませんでした。
これに果てた雪さんは、途方にくれてしまいます。


そんなとき、世界で唯一声をかけてくれた花があります。

「雪さん、雪さん、どうか泣かないで。僕の色でよければあげるから」

それは乳白色の綺麗なお花さんでした。

「だからね、雪さんは白いのよ」
「それがこのお花なの」

そうよ、と母は優しい微笑んだ。

「そうだから、この花はそんな怖いお花じゃないよの。それにこの花からお名前を取ってたのよ」
「なまえ?」
「そう与白(よしろ)。どうかこのお花(スノードロップ)さんみたいに人に何かを与えられるような優しい人、人の何かを受け入れられる余白のある人。そうなって欲しくてそう名付けたんだ」

優しい母のぬくもり、いつまでも自分は子供でいつまでもそうしていた心地よさ、しかし、やはり場面は唐突に切り替わり、白く輝く空間は、全身を黒に染めた人々がひしめき、舞っていた花の香は、すえた焼香の香へと変わっていた。

 黒く染められた空間、泣き崩れる父を尻目に、誰かに背中を押されるようにそこへと行った。
やはり黒い箱、しかし中は白い花に囲まれた白い衣装に包まれた母が寝ていた。

 小さい自分がその意味を理解していたかは分からないが、黒い衣装に包まれた自分のそこだけは鮮やかなほど白い一点。

手に持っていた“あなたの(スノ)死(ー)を(ド)望(ロ)みます(ップ)”を母へと手向けた。

 あれから図書館に通って、なぜ母が好きなこの花が死の花なのかを調べたみた。

イギリスの農村部にある言い伝えの一つにその起源があるようだった。

話は単純だ。

ある日、乙女の恋人が傷つき、倒れてしまった。乙女は教会に咲いていた花(スノードロップ)を、摘み彼の傷ついた体に添えた。

彼は、目を覚ますことがなく、花(スノードロップ)が触れた途端、雪(スノー)の欠片(ドロップ)となって消えてしまった。そこから、死を連想させる花という逸話が生まれたそうだ。

しかしだ、花(スノードロップ)は依然としてそこにあり、母の体も雪(スノー)の欠片(ドロップ)になることもなかった。

「これはお母さんが一番好きな花なんだって、このお花から、僕の名前を名付けたんだって」
 それを聞いた父は、さらに泣き崩れてしまった。いつも感情をあまり表に出さない父の姿を見て、幼い自分は逆に冷静だった気がする。

 いや、ただたんに事態をうまく理解していなかったせいかもしれない。
 母の棺は閉じられ、火葬場へと持っていかれる。

 黒い服を着た人が立ち並ぶ中、煙突からは、青空へと黒煙を登らせ、時折、バチバチと火の粉が舞い、それは赤い雪の欠片のように思えた。

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