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真吐き一座
第69話 来る者拒まず去る者追わず
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~子枯らし平野 ~
ジャハルが運転するラルバ一行を乗せたバスが、疎らに雑草が生える荒野をひた走っている。“悪魔の国”と呼ばれる君主主義国家“スヴァルタスフォード自治区”を目指し、グリディアン神殿を発って2日が経った。しかし、壊れかけのバスを修理しながらの旅は未だ乾燥地帯を抜け出せずにいた。
車内ではラルバとラデックとバリアとラプーが4人でトランプに興じており、それをイチルギが汚物を見るような眼差しで見下している。
「はい上がりー!!また私の勝ち!!」
ラルバが手札を場に放り投げて勝ち誇ると、続けてバリアが手持ちの札を全て場に出す。
「三番上がり」
「あははー、またラデック最下位だねぇ」
ラデックは僅かに眉間に皺を寄せて自分の残った手札を睨み、ラルバ達の顔へ順番に目を向ける。
「……使奴相手に競技を始めた時点で、既に負けが確定している様なものだ」
しかしラデックは発言とは裏腹にトランプを纏め、再び全員分の手札を配り始める。イチルギはそれを見て大きく溜息を吐いて視線を逸らす。
「暢気ねぇ……全く」
逸らした視線の先では、シスターが物憂げそうな表情で風景を眺めていた。イチルギはその近くに座ってシスターの視界に入る。
「心配?」
「…………いえ、そうではありません……」
「否定するってことは、悩みの種はグリディアン神殿のことじゃないのね」
シスターはイチルギの予想外の返答を聞いて、初めてカマをかけられたことに気付く。
「イチルギさんも人が悪いですね」
シスターが少し不機嫌な表情をすると、すぐ側にいたナハルがシスターを守る様にイチルギを睨みつける。しかしシスターは小さくナハルの名を呼んで牽制した。
「構いません。正直、この旅に同行した時点で道徳的な交流は半ば諦めています。イチルギさん。聞きたいことがあるならハッキリと仰ってください」
イチルギは少し意外そうな顔をして微笑む。
「……じゃあ遠慮なく。あなた、どうして私達に付いてきたの?」
その問いにナハルが怪訝そうな顔で首を傾げる。
「はあ?何を言っているんだ?お前のとこの暴れん坊が脅したんじゃないか」
「う~ん……そうなんだけど――――」
イチルギの発言を遮って、シスターが小さく失笑を溢す。
「ふふっ……出発前に、ラルバさんにも同じことを聞かれましたよ」
「あら、なら返答はそれで十分だわ」
「いいんですか?別に話しても構いませんが……」
「ええ。私のやるべきことは決まったし……困ったことがあったら何でも言って」
そう言ってイチルギが笑うと、シスターは眉を顰めて首を捻った。その時――――
バゴォン!!!
大きな爆発音と共に車体はガクガクと揺れ急停止した。すぐさまラデックが運転していたジャハルの傍へ駆け寄ると、ジャハルは目を伏せて首を振った。
「エンジンがイカれた」
イチルギとバリアが一旦降車し、エンジン部を覗く。するとイチルギはジャハル達の方を向いて大きく腕でバツ印を作った。
「限界ね。もう直したとこで幾らも走らないわ」
ラデックもバスを降りてエンジンを覗き込む。
「使奴が……3人もいるのに直らないのか?」
イチルギは小さく唸ってエンジンをノックする。
「ん~……というより、このバスの機能的にもう走れないわ。古い魔導機関だから波導が薄い地域、この辺みたいな温暖夏期少雨気候とは相性が悪いのよ」
「でもグリディアン神殿では一般的な乗り物なんだろう?あの砂漠気候だって波導が薄いことに変わりはないはずだ」
「この車が売れてるんじゃなくて、この車しか仕入れられないの。他所の国で使い古された型落ち品に税金かけまくって売ってるのよ」
「なんだ、よくある話か」
「ここからは歩くしかないわねー……」
イチルギが目を細めて地平線を眺める。荒野には只々薄黄土色の地面が広がっており、目的地どころか人工物の気配すら感じられない。するとラルバがバスから飛び降りて、唐突に空へ向かって大きく跳躍をした。そして凄まじい衝撃音と共に着地すると、あどけなく笑い出す。
「んあー……最低でも4日は歩き通しになるねぇ。この辺何もないわ」
その言葉に反応して、バスの中から何かが倒れる様な音が聞こえてきた。皆が音の方を見ると、酷く青褪めた顔のハピネスが亡者のように出口へ這い出てきた。
「そ……そんな……!!ダメだそんなの……!!」
見るも無惨に窶れたハピネスにラデックが手を差し伸べる。
「車酔いは大丈夫か?」
「大丈夫なものか……!!見ろ!この遭難3日目の墓荒らしの様な姿を!!こんな瀕死の体で炎天下に放り出されたら死んでしまう……!!」
バスの外でラルバが「死なない死なない」と手を扇いで否定しているが、ハピネスは顔をブンブン振って拒絶する。
「わた、私に1時間……いや!30分だけ時間をくれ……!!頼む!!」
ハピネスの懇願に全員が顔を見合わせ、小さく溜息を吐いた。
そうしてハピネスが汗だくになりながらウンウンと唸り始めてから30分後。背後からラルバが声をかけようと近づくと、ハピネスは不気味な笑顔を浮かべて振り返った。
「はは……わた、私の読み通りだ……ラルバ!提案がある!」
「何よ。言っておくけど、移動型民族の馬車に乗せてもらうって案は却下だよ。そんな少数民族が好んで“悪魔の国”に寄るとは思えないし」
この言葉にハピネスは凄惨な油絵の様に顔を歪め戦慄する。ハピネスが異能で見つけた希望の星は、瞬く間に遠ざかっていった。しかし、ラルバの発言にハザクラが何かを思い出したかの様に口を開いた。
「いや、待った。この辺の移動型民族というと、ひょっとして“真吐き一座”か?」
ハピネスはハザクラの方を見て、焦燥に塗り潰された微笑みを作る。
「そ、そうさ。ほら、行く価値あるだろう……?」
「ああ。ラルバ、ハピネスの言う通り進路を変更しよう」
「うぇ~!?なんでぇ~!?」
「“真吐き一座”……人道主義防衛軍が目をつけていた要注意国だ」
「いやそれは知ってるけどさぁ~」
「“なんでも人形ラボラトリー”と同じく警戒していたが……この流れでいくと、“真吐き一座”も同じく計り知れない問題を抱えている可能性が高い」
ハザクラの賛同にハピネスは目をギラギラと輝かせながら両手を広げる。
「ほら!ラルバ!君の好きな悪党の巣窟候補だよ!!行きたいだろう?行きたいよなぁ!」
「いや、別に……」
「行きたいはずだよぉ!!」
「そも本当に悪党がいるならこの反応は不自然だろう。私が喜ぶと思ったのなら、何故反論された時に弁明をしないんだ」
ラルバが半ば呆れながら指摘すると、ハピネスは再び抽象的な芸術作品の様に顔を歪ませて硬直する。そこへ見かねたラデックが現れ、石膏像と化したハピネスを庇った。
「ラルバ、幾らなんでもこの先歩き通しは可哀想だ。2人の意見を聞き入れよう」
ラルバは強く息を吹いて唇を震わせ威嚇する。
「なんだいなんだい!ラデック最近私に厳しいぞ!!」
「随分甘やかしているつもりだが……」
不貞腐れるラルバを他所目に、ラデックはハザクラの方を振り向いて説明を求めた。
「ハザクラ。その“真吐き一座”ってのはどういう国なんだ?移動型民族と言っていたが……」
「“真吐き一座”は、通称“演劇の国”と言われる移動型民族だ。彼らは決まった領土を持たず、主要都市から離れた人の居ない地域を縫う様に旅しながら生活している。演劇の国と言うだけあって、曲芸などを含めた演劇……いわゆる見世物の類を主な収入源として活動している」
ハザクラの言葉に反応して、ラルバが顔を輝かせて身を乗り出す。
「演劇の国!?面白そう!!」
「まあ実際、本当に面白いとは思うぞ。移動しているだけあって、行こうと思っても出会えるか分からないしな」
ハピネスは若干疑いつつも、一縷の望みに縋る様にか細い声を紡ぎ出す。
「じゃ、じゃあ……案内してもいいかな……?行くん……だよね?」
「え、やだよ」
「え……」
「ウソ。行く行く」
一行は荷物をまとめ、ただの鉄クズのなったバスに別れを告げて歩き出した。
~今際湖~
子枯し平野から2日ほど歩き続け、とっくに日が落ちた宵闇の湖。その畔に、真吐き一座と思しき馬車の集団が微かに見えたところで、突然イチルギが手を上げる。
「ちょっと待った」
一行が足を止めてイチルギに注目する。
「今回私身分隠していい?揉め事は避けたいの」
ハピネスは疲労で満身創痍であるにも関わらず、杖にもたれかかったまませせら嗤った。
「はっ。世界ギルドのパスポート取得条件に“定住者に限る”などと定めるからだ。事実上、貿易社会での村八分だ」
「違うわよ!!単なる棲み分け!!あの後ちゃんと事情説明に訪問したもん!!」
ラデックは上体ごと身体を捻って問いかける。
「それの何が問題なんだ?俺は社会事情に詳しくないから分からない」
小馬鹿にするように語り始めるハピネスを遮ってイチルギが咳払いをする。
「簡単に言うと、真吐き一座は私の政策が気に入らなかったのよ。私としては移動型民族としての地位を確立させてあげたかったんだけど……」
後ろの方でナハルがボソリと呟く。
「……イチルギ側、世界ギルドの言い分としては“他国の領地での行動は世界ギルドで定めた範囲で行え“と言うのに対し、真吐き一座側は”領土という制度を採用している側の勝手な都合で我々の行動を制限するな“と言うものだ。移動型民族からしたら、狩猟全般が他国の規則によって制限される訳だからな……鬱陶しいことこの上ないだろう」
このナハルの説明を聞くと、ラデックは蟠りの内容を漸く理解する。
「ああ、成る程。移動型民族という文化が国家として認められているからこその軋轢か」
イチルギは頭を抱えながら不機嫌そうに唸る。
「そう!そこよラデック!独立宣言と少しの条件さえ満たせば国家として認めてあげてるのにこの始末!!何よ“国領制度は自然への冒涜“って!!人間なんか生きてるだけで自然への冒涜よ!!」
「やめろイチルギ。それは天然の人間に対する冒涜だ」
怒りに打ち震えるイチルギに、ラルバは半笑いで話しかける。
「じゃあ真吐き一座にいる間は、イチルギを“チル助”って呼ぶことにしよう。異論は認めん」
イチルギは至極不満そうな面持ちでラルバを睨みつけるが、反論することはなかった。
~真吐き一座~
真吐き一座は100台近い馬車から成る移動国家である。宿泊専用の馬車や食堂専用の馬車、倉庫馬車、娯楽施設馬車、発電、魔導変換機、作業場などなど……旅人や少数の移動型民族とは異なる、大規模な移動型民族ならではの発展をしている。
ジャハルはその内の一つに、見張りの人間に敵意がないことを示すため単独で歩み寄る。
「そこの御者の方!!すまない!!少し時間を頂けるだろうか!!」
ジャハルの声に、御者の女性は数人の仲間に声をかけて近づいてくる。
「こんな所に人間なんて珍しい。旅の方ですか?」
「私は人道主義自己防衛軍のジャハルという者だ。先刻、我々の乗る車両が故障してしまい、徒歩で目的地を目指していたところあなた方を発見した。大変迷惑な話ではあるかと思うが、向こうにいる仲間共々乗せて頂けないだろうか」
ジャハルが振り返って遠くにいるラルバ達を指し示す。すると御者の女性達は顔を見合わせた後、ジャハルに柔らかな微笑みを返した。
「長に話を通します。でも、多分平気だと思いますよ。旅をしながら生活している私達にとって、放浪者を拾うことは日常ですから」
「それは有難い。当然、対価は十二分に支払おう」
「おや、では目一杯大きな財布を用意しなくては」
御者は軽い冗談を挟み、遠くの馬車で待機している人間に合図をする。すると、数秒もせずに合図が返された。
「大丈夫みたいです。あの五芒星の飾りがついた馬車へお越し下さい」
「どうもありがとう」
ジャハルは深く頭を下げて礼をし、ラルバ達の元へ戻った。
「大丈夫だそうだ。意外にもあっさり受け入れてもらった。何か悪巧みのようなものも感じなかったし」
ジャハルの報告に、ハザクラはハピネスの方を向いて問いかける。
「で、本当のところはどうなんだ。どうせ覗いているんだろう」
「……先にラルバに聞いてくれ。ネタバレは禁じられてる」
するとラルバは少し低く唸った後、興味なさげに歩き出した。
「ん~……今回はいいや。好きにしたらいいよ」
ハザクラが再びハピネスの方を向く。
「だそうだ。教えてくれ」
ハピネスは少し考えた後、ラルバにも聞こえる声量で答えた。
「……あんまり油断しない方がいいんじゃないかな」
ハザクラは怪訝そうな顔でハピネスを睨む。
「どう言う意味だ?」
「さてね……あ、シスターとナハルは気にしなくていいと思うよ。慰安旅行だと思って楽しむといい。どうせ次はあの悪名高き“悪魔の国”だ」
シスターとナハルは不思議そうに顔を見合わせる。しかしハピネスはそれ以上何も言わず、馬車に向けて歩き始めた。ハザクラはジャハルの顔を一瞥してから少し考え込む。
「ジャハル……何か、何でもいい。少しでも気になったことはないか?」
「え?いや、そう言われてもな……」
ジャハルは腕を組んで頭を捻り小さく呻く。
「う~ん……そうは言われても……御者は“旅をしながら生活をしていると、放浪者を拾うことはよくある”と言っていたくらいか……?」
「ふむ……放浪者か……」
【演劇の国】
ジャハルが運転するラルバ一行を乗せたバスが、疎らに雑草が生える荒野をひた走っている。“悪魔の国”と呼ばれる君主主義国家“スヴァルタスフォード自治区”を目指し、グリディアン神殿を発って2日が経った。しかし、壊れかけのバスを修理しながらの旅は未だ乾燥地帯を抜け出せずにいた。
車内ではラルバとラデックとバリアとラプーが4人でトランプに興じており、それをイチルギが汚物を見るような眼差しで見下している。
「はい上がりー!!また私の勝ち!!」
ラルバが手札を場に放り投げて勝ち誇ると、続けてバリアが手持ちの札を全て場に出す。
「三番上がり」
「あははー、またラデック最下位だねぇ」
ラデックは僅かに眉間に皺を寄せて自分の残った手札を睨み、ラルバ達の顔へ順番に目を向ける。
「……使奴相手に競技を始めた時点で、既に負けが確定している様なものだ」
しかしラデックは発言とは裏腹にトランプを纏め、再び全員分の手札を配り始める。イチルギはそれを見て大きく溜息を吐いて視線を逸らす。
「暢気ねぇ……全く」
逸らした視線の先では、シスターが物憂げそうな表情で風景を眺めていた。イチルギはその近くに座ってシスターの視界に入る。
「心配?」
「…………いえ、そうではありません……」
「否定するってことは、悩みの種はグリディアン神殿のことじゃないのね」
シスターはイチルギの予想外の返答を聞いて、初めてカマをかけられたことに気付く。
「イチルギさんも人が悪いですね」
シスターが少し不機嫌な表情をすると、すぐ側にいたナハルがシスターを守る様にイチルギを睨みつける。しかしシスターは小さくナハルの名を呼んで牽制した。
「構いません。正直、この旅に同行した時点で道徳的な交流は半ば諦めています。イチルギさん。聞きたいことがあるならハッキリと仰ってください」
イチルギは少し意外そうな顔をして微笑む。
「……じゃあ遠慮なく。あなた、どうして私達に付いてきたの?」
その問いにナハルが怪訝そうな顔で首を傾げる。
「はあ?何を言っているんだ?お前のとこの暴れん坊が脅したんじゃないか」
「う~ん……そうなんだけど――――」
イチルギの発言を遮って、シスターが小さく失笑を溢す。
「ふふっ……出発前に、ラルバさんにも同じことを聞かれましたよ」
「あら、なら返答はそれで十分だわ」
「いいんですか?別に話しても構いませんが……」
「ええ。私のやるべきことは決まったし……困ったことがあったら何でも言って」
そう言ってイチルギが笑うと、シスターは眉を顰めて首を捻った。その時――――
バゴォン!!!
大きな爆発音と共に車体はガクガクと揺れ急停止した。すぐさまラデックが運転していたジャハルの傍へ駆け寄ると、ジャハルは目を伏せて首を振った。
「エンジンがイカれた」
イチルギとバリアが一旦降車し、エンジン部を覗く。するとイチルギはジャハル達の方を向いて大きく腕でバツ印を作った。
「限界ね。もう直したとこで幾らも走らないわ」
ラデックもバスを降りてエンジンを覗き込む。
「使奴が……3人もいるのに直らないのか?」
イチルギは小さく唸ってエンジンをノックする。
「ん~……というより、このバスの機能的にもう走れないわ。古い魔導機関だから波導が薄い地域、この辺みたいな温暖夏期少雨気候とは相性が悪いのよ」
「でもグリディアン神殿では一般的な乗り物なんだろう?あの砂漠気候だって波導が薄いことに変わりはないはずだ」
「この車が売れてるんじゃなくて、この車しか仕入れられないの。他所の国で使い古された型落ち品に税金かけまくって売ってるのよ」
「なんだ、よくある話か」
「ここからは歩くしかないわねー……」
イチルギが目を細めて地平線を眺める。荒野には只々薄黄土色の地面が広がっており、目的地どころか人工物の気配すら感じられない。するとラルバがバスから飛び降りて、唐突に空へ向かって大きく跳躍をした。そして凄まじい衝撃音と共に着地すると、あどけなく笑い出す。
「んあー……最低でも4日は歩き通しになるねぇ。この辺何もないわ」
その言葉に反応して、バスの中から何かが倒れる様な音が聞こえてきた。皆が音の方を見ると、酷く青褪めた顔のハピネスが亡者のように出口へ這い出てきた。
「そ……そんな……!!ダメだそんなの……!!」
見るも無惨に窶れたハピネスにラデックが手を差し伸べる。
「車酔いは大丈夫か?」
「大丈夫なものか……!!見ろ!この遭難3日目の墓荒らしの様な姿を!!こんな瀕死の体で炎天下に放り出されたら死んでしまう……!!」
バスの外でラルバが「死なない死なない」と手を扇いで否定しているが、ハピネスは顔をブンブン振って拒絶する。
「わた、私に1時間……いや!30分だけ時間をくれ……!!頼む!!」
ハピネスの懇願に全員が顔を見合わせ、小さく溜息を吐いた。
そうしてハピネスが汗だくになりながらウンウンと唸り始めてから30分後。背後からラルバが声をかけようと近づくと、ハピネスは不気味な笑顔を浮かべて振り返った。
「はは……わた、私の読み通りだ……ラルバ!提案がある!」
「何よ。言っておくけど、移動型民族の馬車に乗せてもらうって案は却下だよ。そんな少数民族が好んで“悪魔の国”に寄るとは思えないし」
この言葉にハピネスは凄惨な油絵の様に顔を歪め戦慄する。ハピネスが異能で見つけた希望の星は、瞬く間に遠ざかっていった。しかし、ラルバの発言にハザクラが何かを思い出したかの様に口を開いた。
「いや、待った。この辺の移動型民族というと、ひょっとして“真吐き一座”か?」
ハピネスはハザクラの方を見て、焦燥に塗り潰された微笑みを作る。
「そ、そうさ。ほら、行く価値あるだろう……?」
「ああ。ラルバ、ハピネスの言う通り進路を変更しよう」
「うぇ~!?なんでぇ~!?」
「“真吐き一座”……人道主義防衛軍が目をつけていた要注意国だ」
「いやそれは知ってるけどさぁ~」
「“なんでも人形ラボラトリー”と同じく警戒していたが……この流れでいくと、“真吐き一座”も同じく計り知れない問題を抱えている可能性が高い」
ハザクラの賛同にハピネスは目をギラギラと輝かせながら両手を広げる。
「ほら!ラルバ!君の好きな悪党の巣窟候補だよ!!行きたいだろう?行きたいよなぁ!」
「いや、別に……」
「行きたいはずだよぉ!!」
「そも本当に悪党がいるならこの反応は不自然だろう。私が喜ぶと思ったのなら、何故反論された時に弁明をしないんだ」
ラルバが半ば呆れながら指摘すると、ハピネスは再び抽象的な芸術作品の様に顔を歪ませて硬直する。そこへ見かねたラデックが現れ、石膏像と化したハピネスを庇った。
「ラルバ、幾らなんでもこの先歩き通しは可哀想だ。2人の意見を聞き入れよう」
ラルバは強く息を吹いて唇を震わせ威嚇する。
「なんだいなんだい!ラデック最近私に厳しいぞ!!」
「随分甘やかしているつもりだが……」
不貞腐れるラルバを他所目に、ラデックはハザクラの方を振り向いて説明を求めた。
「ハザクラ。その“真吐き一座”ってのはどういう国なんだ?移動型民族と言っていたが……」
「“真吐き一座”は、通称“演劇の国”と言われる移動型民族だ。彼らは決まった領土を持たず、主要都市から離れた人の居ない地域を縫う様に旅しながら生活している。演劇の国と言うだけあって、曲芸などを含めた演劇……いわゆる見世物の類を主な収入源として活動している」
ハザクラの言葉に反応して、ラルバが顔を輝かせて身を乗り出す。
「演劇の国!?面白そう!!」
「まあ実際、本当に面白いとは思うぞ。移動しているだけあって、行こうと思っても出会えるか分からないしな」
ハピネスは若干疑いつつも、一縷の望みに縋る様にか細い声を紡ぎ出す。
「じゃ、じゃあ……案内してもいいかな……?行くん……だよね?」
「え、やだよ」
「え……」
「ウソ。行く行く」
一行は荷物をまとめ、ただの鉄クズのなったバスに別れを告げて歩き出した。
~今際湖~
子枯し平野から2日ほど歩き続け、とっくに日が落ちた宵闇の湖。その畔に、真吐き一座と思しき馬車の集団が微かに見えたところで、突然イチルギが手を上げる。
「ちょっと待った」
一行が足を止めてイチルギに注目する。
「今回私身分隠していい?揉め事は避けたいの」
ハピネスは疲労で満身創痍であるにも関わらず、杖にもたれかかったまませせら嗤った。
「はっ。世界ギルドのパスポート取得条件に“定住者に限る”などと定めるからだ。事実上、貿易社会での村八分だ」
「違うわよ!!単なる棲み分け!!あの後ちゃんと事情説明に訪問したもん!!」
ラデックは上体ごと身体を捻って問いかける。
「それの何が問題なんだ?俺は社会事情に詳しくないから分からない」
小馬鹿にするように語り始めるハピネスを遮ってイチルギが咳払いをする。
「簡単に言うと、真吐き一座は私の政策が気に入らなかったのよ。私としては移動型民族としての地位を確立させてあげたかったんだけど……」
後ろの方でナハルがボソリと呟く。
「……イチルギ側、世界ギルドの言い分としては“他国の領地での行動は世界ギルドで定めた範囲で行え“と言うのに対し、真吐き一座側は”領土という制度を採用している側の勝手な都合で我々の行動を制限するな“と言うものだ。移動型民族からしたら、狩猟全般が他国の規則によって制限される訳だからな……鬱陶しいことこの上ないだろう」
このナハルの説明を聞くと、ラデックは蟠りの内容を漸く理解する。
「ああ、成る程。移動型民族という文化が国家として認められているからこその軋轢か」
イチルギは頭を抱えながら不機嫌そうに唸る。
「そう!そこよラデック!独立宣言と少しの条件さえ満たせば国家として認めてあげてるのにこの始末!!何よ“国領制度は自然への冒涜“って!!人間なんか生きてるだけで自然への冒涜よ!!」
「やめろイチルギ。それは天然の人間に対する冒涜だ」
怒りに打ち震えるイチルギに、ラルバは半笑いで話しかける。
「じゃあ真吐き一座にいる間は、イチルギを“チル助”って呼ぶことにしよう。異論は認めん」
イチルギは至極不満そうな面持ちでラルバを睨みつけるが、反論することはなかった。
~真吐き一座~
真吐き一座は100台近い馬車から成る移動国家である。宿泊専用の馬車や食堂専用の馬車、倉庫馬車、娯楽施設馬車、発電、魔導変換機、作業場などなど……旅人や少数の移動型民族とは異なる、大規模な移動型民族ならではの発展をしている。
ジャハルはその内の一つに、見張りの人間に敵意がないことを示すため単独で歩み寄る。
「そこの御者の方!!すまない!!少し時間を頂けるだろうか!!」
ジャハルの声に、御者の女性は数人の仲間に声をかけて近づいてくる。
「こんな所に人間なんて珍しい。旅の方ですか?」
「私は人道主義自己防衛軍のジャハルという者だ。先刻、我々の乗る車両が故障してしまい、徒歩で目的地を目指していたところあなた方を発見した。大変迷惑な話ではあるかと思うが、向こうにいる仲間共々乗せて頂けないだろうか」
ジャハルが振り返って遠くにいるラルバ達を指し示す。すると御者の女性達は顔を見合わせた後、ジャハルに柔らかな微笑みを返した。
「長に話を通します。でも、多分平気だと思いますよ。旅をしながら生活している私達にとって、放浪者を拾うことは日常ですから」
「それは有難い。当然、対価は十二分に支払おう」
「おや、では目一杯大きな財布を用意しなくては」
御者は軽い冗談を挟み、遠くの馬車で待機している人間に合図をする。すると、数秒もせずに合図が返された。
「大丈夫みたいです。あの五芒星の飾りがついた馬車へお越し下さい」
「どうもありがとう」
ジャハルは深く頭を下げて礼をし、ラルバ達の元へ戻った。
「大丈夫だそうだ。意外にもあっさり受け入れてもらった。何か悪巧みのようなものも感じなかったし」
ジャハルの報告に、ハザクラはハピネスの方を向いて問いかける。
「で、本当のところはどうなんだ。どうせ覗いているんだろう」
「……先にラルバに聞いてくれ。ネタバレは禁じられてる」
するとラルバは少し低く唸った後、興味なさげに歩き出した。
「ん~……今回はいいや。好きにしたらいいよ」
ハザクラが再びハピネスの方を向く。
「だそうだ。教えてくれ」
ハピネスは少し考えた後、ラルバにも聞こえる声量で答えた。
「……あんまり油断しない方がいいんじゃないかな」
ハザクラは怪訝そうな顔でハピネスを睨む。
「どう言う意味だ?」
「さてね……あ、シスターとナハルは気にしなくていいと思うよ。慰安旅行だと思って楽しむといい。どうせ次はあの悪名高き“悪魔の国”だ」
シスターとナハルは不思議そうに顔を見合わせる。しかしハピネスはそれ以上何も言わず、馬車に向けて歩き始めた。ハザクラはジャハルの顔を一瞥してから少し考え込む。
「ジャハル……何か、何でもいい。少しでも気になったことはないか?」
「え?いや、そう言われてもな……」
ジャハルは腕を組んで頭を捻り小さく呻く。
「う~ん……そうは言われても……御者は“旅をしながら生活をしていると、放浪者を拾うことはよくある”と言っていたくらいか……?」
「ふむ……放浪者か……」
【演劇の国】
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不定期で更新します。また、フォーマットが不安定ですが、どこかのタイミングで直します。
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