シドの国

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グリディアン神殿

第67話 元凶死すとも戰は死せず

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~グリディアン神殿 貧民街~

 一体あれからどれほどの時間が経っただろう。真夜中に起こった爆発事故を皮切りに、貧民街を中心として起き始めた暴動。中央庁舎から走り出したジャハルが駆けつける頃には、市街地は既に武装した市民が闇雲に互いを殺し合う地獄絵図が広がっていた。ジャハルが暴徒をじ伏せるも、死体から奪った武器で反乱に加わる一般市民が後を絶たず、血で血を洗う戦禍せんかは決して勢いを落とすことなく燃え盛り続けた。
 真っ暗だった空にはいつのまにか燦々さんさんと太陽が輝き、母親を探して泣き喚いていた少女はいつの間にかぬいぐるみの代わりに機関銃を抱いている。救った側から殺されていく弱者同士の殺し合いの中、それでもジャハルは肩で息をしながらも未だ独り前を向き続けていた。
「はあっ……!!はぁっ……!!クソっ……!!これではらちが明かん……!!!」
 爆風で崩れる建物をかついだ大剣で叩き割り、魔法による爆発で瓦礫がれきを粉々に破壊する。細かい石の雨と土煙つちけむりが盛大に吹き荒れ、その中から数人の民間人が咳き込みながら起き上がる。
「手荒ですみません。お怪我はありませんか?向こうの広場に避難所が作られています。鋭い破片が散らばっていますので、足に布か何かを巻きつけて防護してください」
 ジャハルが案内を続けていると、遠くから見知った人影が近づいてきていることに気がついた。
「バリア!!丁度いいところに!!ハザクラ達は見つかったか!?人手が足りないんだ!手伝ってくれ!!」
 しかしジャハルの声にバリアはうなずきも否定もせず、無言でジャハルを肩に担ぐ。
「バ、バリア!?何をする!?」
「ラルバが国を出るから連れてこいって」
「なっ……!!馬鹿を言うな!!せめて私を置いていけ!!」
「ごめん。強制」
 藻掻もがき暴れるジャハルを無理やり担ぎ込んだバリアは、大きく地面を踏み割って跳躍ちょうやくしその場を後にした。ジャハルの目には一瞬で遠ざかる地面と、こちらを唖然あぜんと眺める負傷者達が映っていた。

~グリディアン神殿 倒壊した中央庁舎~

「ぐぎゃっ!!」
「ラルバ。連れてきたよ」
「ん、おかえり」
 着地の衝撃で首を痛めたジャハルはバリアの肩からずるりと地面に落ちる。そして蹌踉よろめきながら立ち上がり、ラルバの方をキッと睨みつけた。
「おい!!ラルバの我儘わがままに付き合うとは言ったが、流石に限度がある!!どうしても出国するならば私はここで抜けさせてもらうぞ!!」
 するとラルバは鼻を小さく鳴らして笑い、あざける様に首をかしげる。
「はっ。じゃあ愛しのクラぽんとはここでお別れだけど、いいの?」
 ジャハルは「えっ」と小さくつぶやく。ラルバの後ろにはイチルギやロゼ、ザルバスの他にハザクラ、ラデック、ラプーの3人も戻ってきており、更に奥の方にはシスター、ナハル、ハピネスの姿も見えた。
「み、皆んな無事だったのか!!良かった……!!」
 ほっと胸をで下ろしたジャハルは、ハッとして首を強く左右に振る。
「ハザクラっ!!出国に賛成というのは本当か!?」
 必死の形相ぎょうそうのジャハルに、ハザクラは真顔のまま小さく頷く。
「ああ。ラルバが黒幕をたおしたそうだ。もうこれ以上留まる必要もない」
「ばっ馬鹿を言うな!!この惨状さんじょうを見ろ!!これだけの戦争を見て助けず去ると言うのか!?」
「ああ、そうだ。不本意ではあるがな」
「ハザクラ……!!何故だ……!!またなんでも人形ラボラトリーの時の様に「人助けにも理由がいる」なんて言うんじゃないだろうな……!!彼等が生き延びたことで我々が困ることはない!!あったとしても……未来に世界をべようというものが!!この惨状を見て背を向けることなど決してあってはならない!!ハザクラ!!」
「……ジャハル。俺達の当初の目的を忘れていないか?」
「それは勿論もちろん世界の秩序ちつじょを……!!」
「違う。ラルバをおとりに使うという部分だ」
 ジャハルはハザクラに話をさえぎられるのと同時に小さく息を飲む。
「ラルバという巨悪をえさに小悪党を殲滅せんめつする。ならばラルバはこれ以上ここにいてはならないし、俺達も見張りのために同行しなければならない」
「しかし!!」
「それにいくら通信魔法が規制されていると言っても、俺もジャハルも一部の奴らからは“ラルバ一味の構成員”と認識されているはずだ。もし敵が弱者を人質ひとじちにとったら?弱者に俺達が戦争をきつけた仲間だと知れたら?残った時のデメリットは挙げればキリがない」
 ジャハルは悔しさと怒りと悲しさが混濁こんだくしたままうつむき、歯が割れそうなほど強く噛み締める。それを見てハザクラは目を閉じ、ジャハルに背を向ける。
「大人しく人道主義自己防衛軍の後援が到着するのを待とう。イチルギも力を貸してくれるそうだ」
 そう言ってハザクラはあごをしゃくってイチルギの方を指す。少し離れたところでイチルギとザルバスとロゼの3人が話をしており、イチルギの説明にザルバスが何度も頭を下げているのが見えた。

「じゃあ世界ギルドの方には私からうまいこと言っておくから。ザルバスの方は大丈夫?」
「ああ、何から何まですまないイチルギ。……正直、この後ジャハルの母国……人道主義自己防衛軍が来るなら属国にしてもらうのも手だと思ってな。あちらの大将はイチルギの知り合いの使奴なのだろう?」
 ザルバスのあきらめにすさんだ眼差しに、イチルギは気の毒そうに肩を落とす。
「……そうね。ベル総統そうとうならきっと戦争も何とかしてくれると思うわ。でも……ザルバス。あなたの評判は地に落ちるわよ?いいの?」
「構わないさ。私はこの国を救いたかっただけで偉くなりたかったわけじゃない。善良な国民が一人でも多く助かるなら溝浚どぶさらいでも実験体でもよろこんでやるよ」
「……ベルはそんなことしないわよ」
「そうか。まあそうか」
 一抹いちまつの不安も感じさせずにケラケラと笑うザルバスをロゼは心配そうに見つめるが、その目にはどこか晴々とした嘲笑ちょうしょうの様なものがあった。ふと、ロゼは背後に気配を感じて振り向く。そこには如何いかにも悪巧わるだくみをしていますと言わんばかりのニヤケ面をぶら下げたラルバが立っていた。
「……あんだよ」
「ん~?いやあちょぉっとお願いがありましてですねぇ……ザルバスさん?」
「ん?何かな?」
 何の疑いもなくラルバに応えるザルバスを、ロゼとイチルギは苦い顔をして見守る。
「いやあ実はですね……我々の旅に増援が欲しいと思っているんですよぉ。異能持ちの」
 この発言にイチルギが顔を大きくしかめた。
「……ちょっと、ラルバ?アンタまさか――――」
「おイチさん黙ってて!」
 話に割り込んできたイチルギをラルバは強くにらみ、口元に人差し指を当てて「しぃ~っ!」と威嚇いかくする。ザルバスはイチルギをなだめながらラルバの方を向いた。
「まあまあイチルギ。まずは話を聞こうじゃないか」
「そうだぞイっちゃん。私だってちゃあんと話し合って、あくまでも合意の上でって思ってるんだから!」
 遠くでラデックが小さく「詭弁きべんだ」と呟くと、ラルバはすぐ様振り向いて指を差し「そこ!静かに!」と牽制けんせいする。
「というわけでザルバスさん?まずはアナタの合意が欲しいんですヨォ。なんてったって貴重な異能保持者!黙って連れ出すわけには行かない……ねぇ?」
 ラルバがロゼに怪しい微笑ほほみを向けると、ロゼははえを追い払う様に手の甲を数回振って拒絶きょぜつする。
「ふざけんなこの人でなしのろくでなしがよ。誰がお前みたいな頓狂とんきょうで気の触れた 狂悖暴戻きょうはいぼうれい乱痴気らんちき野郎について行くかよ。腐った馬の死肉でもすすってろ」
「うっわスゴい言うじゃん。悪口事典か?」
 2人のやりとりを見ていたザルバスは、顎に手を当てて少し考えたあと小さく頷く。
「うん。構わないよ」
「うぇっ!?」
「やったぁ!バルちゃん大好き!」
 信じられないザルバスの発言に、ロゼは彼女の胸倉をつかんで大きく前後に揺さ振る。
「おいザルバスっ!!お前まだちょっと洗脳残ってんじゃないのか!?」
「いや違うよロゼ。落ち着……落ち……落ち着いて」
 一旦ロゼを引きがし、ザルバスは襟元えりもとととのえる。
「今回の戦争、本来であれば統合軍による鎮圧ちんあつが最優先だったはずだ。しかし君は気を失っていて動けなかった。事情はどうあれ、君は国民全員から役立たずの烙印らくいんを押されてしまったんだよ」
 ロゼが気まずそうに声をらす。
「ロゼが今後どんなに頑張っても国民からの不信感はぬぐえない。ならばいっそ国を出るのも手だと思ってね。なに、心配はいらない。こっちは人道主義自己防衛軍の支援もあるし、そっちにはイチルギとハザクラとジャハルもいる。君には私の理想のためにいままでさんざ人生をべてもらった……少し羽を伸ばしたってバチは当たらないよ。またほとぼりが冷めたら帰って来ればいいさ」
 黙って俯いたまま困惑するロゼ。ザルバスの言い分の正しさを理解しているからこそ、何の役にも立てない今の自分の境遇きょうぐうを受け入れることが出来なかった。
 ザルバスは再びラルバに向き直り頭を下げる。ラルバは満足そうにニカっと笑うと、明後日の方向に大きく手を振る。

「シスターちゃーん!!私らと一緒に行こー!!」







「……はい?」
 突然話を振られたシスターは、驚きのあまり言葉を失って立ち尽くす。ラルバの発言にはその場にいたほぼ全員が驚愕きょうがくし、ザルバスとロゼは大慌てでシスターとラルバの間に割って入る。
「ちょちょちょ、ちょっと待った!!え?誘うのはロゼじゃないのかい!?」
「お前異能持ちが欲しいっつってたろ!!」
「うん。言ったよ」
 ラルバはザルバスとロゼを強引に退かし、ナハルが背に隠したシスターへ歩み寄る。そして腰を大きく曲げて怯えるシスターに目線を合わせた。
「ねぇ?異能持ちのシスターさん」
 ラルバの指摘にシスターは瞳孔どうこうを広げて硬直する。ナハルは自分の服のすそを握るシスターの手が強張こわばったのを感じ、ラルバを睨みつけて威嚇する。
「気味の悪い妄想をやめろ!!」
「あん?」
 しかしラルバがナハルを睨み返すと、ナハルは胸の奥に矢が刺さった様な息苦しさにさいなまれた。反論は言葉にならず、生唾なまつばみ込むことしかできないナハルを、ラルバは微笑みながら見上げる。
「気味の悪い妄想かどうか……説明してあげてもいいよ?」
「……っ!!」
「やめろ!!!」
 そこへロゼが怒号を飛ばして割って入る。ロゼはラルバを突き飛ばし睨みつける。しかしシスターはロゼの手を握って肩を震わせる。
「ロゼ……!やめて下さい……!」
「シスター……!」
「私なら……私なら大丈夫ですから……」
 ロゼは強く握られた手から伝わってくるシスターの想いに困惑し、目を強くつむって数歩下がる。
 しかしそこへザルバスも前に出てラルバを見つめる。
「君の言う異能持ちが、まさかシスターだったとは……ならば同行の許可はできないよ」
「へー、引き留めるんだ」
 ラルバの言葉にザルバスは一瞬考えこむも、すぐさま意図を理解して背筋を凍らせた。
「……んひひ。さっすがザルバス大統領。読みがするどくて助かるよ」
 そしてラルバは周囲をぐるりと見渡す。ジャハルとロゼの二人は未だこちらを睨みつけてはいるが、この状況に依然押し黙っているイチルギを見て同じように口をつぐんでいる。
 ラルバはそれらを満足そうに眺めると、再びシスターに顔を寄せニタァっと笑う。
「で、どう?シスターちゃん。私は君の異能の力を借りたいんだけど……あ。ナハルんも来る?正直らないけど、来たいなら来ていいよ」
 シスターには最早もはや、選択の余地など残されてはいなかった。この悪魔の微笑みは、彼を決して逃げられない奈落の底へ突き落とした。
「シスターちゃん?どうする?」
 シスターは俯いたまま小刻みに震え呟いた。
「……わ、わかり……ました……同行、します……」
「いやっはー!!これからよろしくぅ!!」
 目の前で小躍こおどりをするラルバを軽蔑けいべつの眼差しで睨みつけながら、シスターはナハルの指先を握る。
「ナハルは……どうしますか?無理強いはしません……」
「……私もシスターについて行きます。どこまででも。必ず」
 ナハルはその場にひざをついてシスターを見上げる。シスターは申し訳なさそうにくちびるを噛みながらも、ナハルの手を取って優しく握りしめた。
「……ありがとう。……ごめんなさい、ナハル」
「謝らないで下さい。シスター」

【魔導外科医 シスターが加入】
【魔導外科医助手 ナハルが加入】
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