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グリディアン神殿
第62話 拾う神あれば殺す神あり
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~グリディアン神殿 中央庁舎執務室~
ロゼの虚構拡張が解除され、黒雲渦巻く荒地は“ひび割れ”て”ガラガラと崩れ落ち“ 元の執務室へと景色が戻る。真っ赤な絨毯のような血溜まりに横たわるロゼを、ザルバスは沈黙したまま見下ろしている。そしてロゼから目を離し、彼女が戦いの最中に落としたカードに目を向ける。
ザルバスが昔ロゼに教えた飛び道具の案。この金属製のカードはそのうちの一つであり、幾つもの改良が重ねられ相談した時よりもずっと洗練された武器になっていた。
ザルバスはしゃがんで地面に散らばっているカードのうち一枚を手に取り、まじまじと見つめる。
「…………ごめん。ロゼ」
そしてぽつりぽつりと言葉を溢し始めた。
「……私について来させてごめん」
ザルバスはその場に座り込んで、片手で視界の外にあるロゼの頭を撫でる。
「人生を……無駄にさせてごめん」
言葉と同時に、涙が静かに頬を伝う。
「ロゼには、こんな姿……見せたくなかった……!!」
カードを強く握りしめ、鋭いカードの断面に指が食い込んで血が溢れ出す。
「ずっと……憧れのお姉さんでありたかった…………!!カッコよくて、強くて、優秀な……!!本当の家族みたいに思ってたんだ…………!!!」
次第に声は震え、歯をガチガチと打ち鳴らす。
「でっでも……無理だった……!!!だからせめて…………ロゼには……“あんな奴”の奴隷になって欲しくなかった……!!!」
大きく手を振りかぶると、握りしめたカードを思い切り自分の太腿に突き刺した。
「いや……嘘だ……!!!ロゼに期待してなかったんだ……!!!ロゼじゃ“あいつ”に勝てないって……ロゼの強さを……信じてなかった……!!!ごめん、ロゼ…………!!!ごめん…………」
涙と鼻水と涎まみれになった顔を袖で拭い、蹌踉ながら立ち上がる。そして俯いた時、ザルバスの視界に奇妙なものが映った。
ロゼのカードが散らばる中に紛れた一枚の紙。ザルバスはロゼがカードデッキに紙片を混入させる理由が思いつかず、気になって紙を拾い上げた。そこには、“ロゼのものではない筆跡で”こう書かれていた。
命令が“殺せ”とかなら、蘇生はできるんじゃない?知らないけど
ザルバスは一瞬固まった後、電撃が走ったようにロゼへと駆け寄る。そしてありったけの回復魔法を唱えロゼの喉の傷を押さえる。
「頼む……!!!頼む………!!!ああお願いだ神様……!!!ロゼを!!!私の“妹”を助けてくださいっ!!!私の“親友”を!!!たった1人の……大切な家族なんです……!!!どんな罰でも受けます!!!どんな代償でも払いますから……!!!この子を殺さないで下さい……!!!」
ロゼの傷口が僅かに修復される。しかし当然それ以外に反応はなく、無常にも回復魔法の光は大気へと霧散して行く。
「お願いします……!!!お願いします……!!!私から……最後の宝物を奪わないで下さい……!!!これだけは……ロゼだけは返して下さい……!!!お願いします……!!!私が、私がどんな罰でも受けますから……!!!」
「その言葉、忘れないでね」
頭上から降ってきた声――――そこにはイチルギが立っており、髪を掻き上げながらこちらを見つめている。
「イ、イチル――――」
『私の楽園を邪魔する奴はみーんな殺しなさい。アナタの役割に気づいだ奴も』
「――――っ!!!」
ザルバスは自分の意思とは無関係に動く自らの身体に、“魂の柩”の言葉を思い出した。そしてイチルギを殺そうと腕を伸ばすが、後ろから羽交締めにされ攻撃は中断される。
「バリアそのまま捕まえておいてー」
「わかった」
ザルバスが振り向くと、自分よりも頭ひとつ背の低い使奴が自分に抱きついて拘束しているのが見えた。ザルバスは拘束を振り解こうともがくが、少女の腕はまるで石像のように硬く一歩も動けない。目の前ではイチルギがロゼの傍にしゃがみ込んでおり、無防備な背中をこちらへ向けている。
「あー、ザルバスさん?その子タフだから、もし誰かを殺せって命令がかかってるならその子優先してくれない?こっちは邪魔が入ると蘇生に多少手間が――――あ、でも平気そうね」
イチルギがロゼの首元に手を置き高位の回復魔法を発動させる。瞬く間に傷は塞がり、ロゼの身体に波導が満ちていくのが伝わってきた。
「よかったわね。200年前の文明じゃ、脳死後3時間くらいまでなら余裕で治せるのよ」
そう言ってイチルギがVサインをザルバスに向けると、ザルバスは涙をぼろぼろと溢して項垂れる。しかしその手は未だ魔法を発し続けており、自らを捉えているバリアを殺さんと攻撃を続けている。
「難儀ねぇ……バリア。寝かしておいてあげて」
「そうだね」
バリアがザルバスの頸動脈を圧迫し、ザルバスの意識を奪う。そしてロゼの隣に横たわらせた。イチルギが腕を組んで満足そうに頷くと同時に、後ろから遅れてジャハルが執務室に入ってきた。
「すまないイチルギ!遅れた!」
「ああジャハル。こっちは全部終わったっぽいわよ。…………ハピネスはともかく、シスターとナハルは?」
「え?あれ?先にこっちへ来ているものだとばかり……」
すると、窓の外を見ていたバリアが遠くを指差す。
「4人ともあっちにいるみたいだよ」
ジャハルが窓から身を乗り出してバリアが指し示す方角を見るが、家屋が立ち並ぶばかりで手がかりは一つも見つけられなかった。
「んん……?どういうことだ……え?4人?」
「うん。ハピネス、シスター、ナハル、ラルバ」
後ろでイチルギが壁に八つ当たりをする音がした。
~グリディアン神殿 市民街裏通り~
日が当たらぬ家屋の隙間、そこには表を歩くことを許されない被差別民の男性たちが身を寄せ合って暮らしていた。ボロ布で屋根や壁を作り腐りかけの廃材を柱にした、最低限風雨を凌げる作りのテント。彼らにとっては精一杯の生き抜く術を、無常にも1人の異国人が脅かして行く。
「はっはっはー!!どけどけーい!!」
荷車を猛スピードで引き摺り回すラルバが、ホームレス達の居住区を無残にも風圧で破壊しながら駆け抜けてゆく。
「パカラッパカラッパカラッパカラッ!!らぁりほぅっ!!ラルバ運送は今日も安全運転ですっ!!」
「ラっラルバさん!!止ま……止まって……!!止まって下さいっ!!」
「おいっ!!止まれ馬鹿女!!」
荷車に乗せられたシスターとハピネスがラルバに止まるよう呼びかけるが、ラルバはどこ吹く風で裏路地を爆走して行く。
「止まっ止まって!!ハピネスさんが気を失ってます!!って言うか周りに迷惑がっ」
「止まれって言ってるだろ!!」
身を乗り出したナハルがラルバの角を引っ張り、無理やり停止させた。ラルバは姿勢を崩されてムッとした表情でナハルを睨む。
「何すんだおっぱい!!」
「お前も十分おっぱいだろうがっ!!」
荷車からシスターがふらつきながら身体を起こし、周囲にいるホームレスの男達へ頭を下げる。
「す、すみません皆さん……!この穴埋めは必ず致しますので、どうか今だけは先を急がせて下さい!」
女々しく非力なシスターの謝罪に、男達は顔を見合わせながらこちらを睨みつけている。恨みや怨嗟で満たされた眼差しだが、誰一人として動こうとはしない。ナハルはその光景を見て、ぼやく様に吐き捨てる。
「……報復を恐れているんだ。本当は怒りたくて堪らないのに、そんなことをしたら明日にでもこの路地裏には火のついた油が投げ込まれてしまう……」
ラルバは興味なさげに盛大に欠伸をする。
「ふぁ~あ……ねえ急いでるんだけど。シスターさん早く乗ってくれません?それともここ置いていこうか?」
「ちょ、ちょっと待ってください!確かに同行したいとは言いましたが、こんな乱暴な方法だなんて……せめて彼等に何か償いをしてから――――」
「んえぇ~……じゃあ、はい。これでいいでしょ」
ラルバが魔袋から宝石を一粒取り出すと、ナハルが慌ててそれを隠す。
「ばっ馬鹿!!こんなもの与えたら取り合いが起こるだろう!!暴徒化させるつもりか!!」
「暴徒化……いいね……それ!」
突然ニカっと笑うラルバに、ナハルは嫌な予感がして背筋を凍らせる。ラルバは気を失っているハピネスの頬をぺちぺちと叩き、無理矢理上体を起こす。
「おい!ハピネス!仕事だぞ仕事!」
「……ん……あれ……ここは……?」
今にも吐きそうなほど青褪めた顔色のハピネスは、虚な眼で涎を垂らし呟く。しかし構わずラルバは顔を寄せて怪しく微笑む。
「ハピネス。働き蟻が働かねば女王蟻は餓死するしかない。私が何を望んでいるかわかるな?」
ハピネスは暫く呆けた顔で固まっていたが、小さく吹き出す様に笑うとゆっくりと立ち上がる。
「ああ……はいはい。でもいいの?イチルギに怒られるんじゃないかい?」
「どうせ遅かれ早かれ起きることだ。なんか必要なものある?」
「いや……いい。この美貌とカリスマさえあれば朝飯前だ。それよりも、とっておきのご褒美を考えておいてくれ。ホバーハウスを奪われた傷心を癒すとびっきりのがいいな」
「はいはーい。じゃあ後は頼んだぞ、“先導の審神者”様」
ラルバはナハルとシスターを荷車へ押し込むと、ハピネスを一人残して再び凄まじい速度で走り出した。あまりに突然の急加速に、ナハルが再びラルバを制止する。
「おっおい!!ラルバ!?」
「なんじゃおっぱい!!」
「あの女1人置いていっていいのか!?あいつ戦闘できないだろ!!」
「はっはっはー心配ご無用!!うちのハピネスを舐めちゃいかんよ~。そんなことよりシスター君の心配してあげなよ。黒幕に出会って即死でもしたら、面白すぎて私笑い死ぬかもしれない」
不謹慎なラルバの発言に鬼の形相で睨むナハルを、後ろからシスターが袖を引いて止める。
「ナハル……私なら大丈夫です。大丈夫ですから……」
「シスター……」
「はいどおはいどお!!そこのけそこのけラルバが通るぞっ!!」
「……さて、と」
ハピネスは未だ靄がかかる頭をゆっくりと左右に傾けてストレッチをする。そして敵意に満ち溢れた男達へと目を向けた。住処を荒らされた男達のうち1人が、鉄パイプをハピネスに突きつける。ハピネスは光が一切映らない瞳を天へ向けると、嘲笑するように小さく微笑んだ。
「失敗したら、その時はその時だ」
ロゼの虚構拡張が解除され、黒雲渦巻く荒地は“ひび割れ”て”ガラガラと崩れ落ち“ 元の執務室へと景色が戻る。真っ赤な絨毯のような血溜まりに横たわるロゼを、ザルバスは沈黙したまま見下ろしている。そしてロゼから目を離し、彼女が戦いの最中に落としたカードに目を向ける。
ザルバスが昔ロゼに教えた飛び道具の案。この金属製のカードはそのうちの一つであり、幾つもの改良が重ねられ相談した時よりもずっと洗練された武器になっていた。
ザルバスはしゃがんで地面に散らばっているカードのうち一枚を手に取り、まじまじと見つめる。
「…………ごめん。ロゼ」
そしてぽつりぽつりと言葉を溢し始めた。
「……私について来させてごめん」
ザルバスはその場に座り込んで、片手で視界の外にあるロゼの頭を撫でる。
「人生を……無駄にさせてごめん」
言葉と同時に、涙が静かに頬を伝う。
「ロゼには、こんな姿……見せたくなかった……!!」
カードを強く握りしめ、鋭いカードの断面に指が食い込んで血が溢れ出す。
「ずっと……憧れのお姉さんでありたかった…………!!カッコよくて、強くて、優秀な……!!本当の家族みたいに思ってたんだ…………!!!」
次第に声は震え、歯をガチガチと打ち鳴らす。
「でっでも……無理だった……!!!だからせめて…………ロゼには……“あんな奴”の奴隷になって欲しくなかった……!!!」
大きく手を振りかぶると、握りしめたカードを思い切り自分の太腿に突き刺した。
「いや……嘘だ……!!!ロゼに期待してなかったんだ……!!!ロゼじゃ“あいつ”に勝てないって……ロゼの強さを……信じてなかった……!!!ごめん、ロゼ…………!!!ごめん…………」
涙と鼻水と涎まみれになった顔を袖で拭い、蹌踉ながら立ち上がる。そして俯いた時、ザルバスの視界に奇妙なものが映った。
ロゼのカードが散らばる中に紛れた一枚の紙。ザルバスはロゼがカードデッキに紙片を混入させる理由が思いつかず、気になって紙を拾い上げた。そこには、“ロゼのものではない筆跡で”こう書かれていた。
命令が“殺せ”とかなら、蘇生はできるんじゃない?知らないけど
ザルバスは一瞬固まった後、電撃が走ったようにロゼへと駆け寄る。そしてありったけの回復魔法を唱えロゼの喉の傷を押さえる。
「頼む……!!!頼む………!!!ああお願いだ神様……!!!ロゼを!!!私の“妹”を助けてくださいっ!!!私の“親友”を!!!たった1人の……大切な家族なんです……!!!どんな罰でも受けます!!!どんな代償でも払いますから……!!!この子を殺さないで下さい……!!!」
ロゼの傷口が僅かに修復される。しかし当然それ以外に反応はなく、無常にも回復魔法の光は大気へと霧散して行く。
「お願いします……!!!お願いします……!!!私から……最後の宝物を奪わないで下さい……!!!これだけは……ロゼだけは返して下さい……!!!お願いします……!!!私が、私がどんな罰でも受けますから……!!!」
「その言葉、忘れないでね」
頭上から降ってきた声――――そこにはイチルギが立っており、髪を掻き上げながらこちらを見つめている。
「イ、イチル――――」
『私の楽園を邪魔する奴はみーんな殺しなさい。アナタの役割に気づいだ奴も』
「――――っ!!!」
ザルバスは自分の意思とは無関係に動く自らの身体に、“魂の柩”の言葉を思い出した。そしてイチルギを殺そうと腕を伸ばすが、後ろから羽交締めにされ攻撃は中断される。
「バリアそのまま捕まえておいてー」
「わかった」
ザルバスが振り向くと、自分よりも頭ひとつ背の低い使奴が自分に抱きついて拘束しているのが見えた。ザルバスは拘束を振り解こうともがくが、少女の腕はまるで石像のように硬く一歩も動けない。目の前ではイチルギがロゼの傍にしゃがみ込んでおり、無防備な背中をこちらへ向けている。
「あー、ザルバスさん?その子タフだから、もし誰かを殺せって命令がかかってるならその子優先してくれない?こっちは邪魔が入ると蘇生に多少手間が――――あ、でも平気そうね」
イチルギがロゼの首元に手を置き高位の回復魔法を発動させる。瞬く間に傷は塞がり、ロゼの身体に波導が満ちていくのが伝わってきた。
「よかったわね。200年前の文明じゃ、脳死後3時間くらいまでなら余裕で治せるのよ」
そう言ってイチルギがVサインをザルバスに向けると、ザルバスは涙をぼろぼろと溢して項垂れる。しかしその手は未だ魔法を発し続けており、自らを捉えているバリアを殺さんと攻撃を続けている。
「難儀ねぇ……バリア。寝かしておいてあげて」
「そうだね」
バリアがザルバスの頸動脈を圧迫し、ザルバスの意識を奪う。そしてロゼの隣に横たわらせた。イチルギが腕を組んで満足そうに頷くと同時に、後ろから遅れてジャハルが執務室に入ってきた。
「すまないイチルギ!遅れた!」
「ああジャハル。こっちは全部終わったっぽいわよ。…………ハピネスはともかく、シスターとナハルは?」
「え?あれ?先にこっちへ来ているものだとばかり……」
すると、窓の外を見ていたバリアが遠くを指差す。
「4人ともあっちにいるみたいだよ」
ジャハルが窓から身を乗り出してバリアが指し示す方角を見るが、家屋が立ち並ぶばかりで手がかりは一つも見つけられなかった。
「んん……?どういうことだ……え?4人?」
「うん。ハピネス、シスター、ナハル、ラルバ」
後ろでイチルギが壁に八つ当たりをする音がした。
~グリディアン神殿 市民街裏通り~
日が当たらぬ家屋の隙間、そこには表を歩くことを許されない被差別民の男性たちが身を寄せ合って暮らしていた。ボロ布で屋根や壁を作り腐りかけの廃材を柱にした、最低限風雨を凌げる作りのテント。彼らにとっては精一杯の生き抜く術を、無常にも1人の異国人が脅かして行く。
「はっはっはー!!どけどけーい!!」
荷車を猛スピードで引き摺り回すラルバが、ホームレス達の居住区を無残にも風圧で破壊しながら駆け抜けてゆく。
「パカラッパカラッパカラッパカラッ!!らぁりほぅっ!!ラルバ運送は今日も安全運転ですっ!!」
「ラっラルバさん!!止ま……止まって……!!止まって下さいっ!!」
「おいっ!!止まれ馬鹿女!!」
荷車に乗せられたシスターとハピネスがラルバに止まるよう呼びかけるが、ラルバはどこ吹く風で裏路地を爆走して行く。
「止まっ止まって!!ハピネスさんが気を失ってます!!って言うか周りに迷惑がっ」
「止まれって言ってるだろ!!」
身を乗り出したナハルがラルバの角を引っ張り、無理やり停止させた。ラルバは姿勢を崩されてムッとした表情でナハルを睨む。
「何すんだおっぱい!!」
「お前も十分おっぱいだろうがっ!!」
荷車からシスターがふらつきながら身体を起こし、周囲にいるホームレスの男達へ頭を下げる。
「す、すみません皆さん……!この穴埋めは必ず致しますので、どうか今だけは先を急がせて下さい!」
女々しく非力なシスターの謝罪に、男達は顔を見合わせながらこちらを睨みつけている。恨みや怨嗟で満たされた眼差しだが、誰一人として動こうとはしない。ナハルはその光景を見て、ぼやく様に吐き捨てる。
「……報復を恐れているんだ。本当は怒りたくて堪らないのに、そんなことをしたら明日にでもこの路地裏には火のついた油が投げ込まれてしまう……」
ラルバは興味なさげに盛大に欠伸をする。
「ふぁ~あ……ねえ急いでるんだけど。シスターさん早く乗ってくれません?それともここ置いていこうか?」
「ちょ、ちょっと待ってください!確かに同行したいとは言いましたが、こんな乱暴な方法だなんて……せめて彼等に何か償いをしてから――――」
「んえぇ~……じゃあ、はい。これでいいでしょ」
ラルバが魔袋から宝石を一粒取り出すと、ナハルが慌ててそれを隠す。
「ばっ馬鹿!!こんなもの与えたら取り合いが起こるだろう!!暴徒化させるつもりか!!」
「暴徒化……いいね……それ!」
突然ニカっと笑うラルバに、ナハルは嫌な予感がして背筋を凍らせる。ラルバは気を失っているハピネスの頬をぺちぺちと叩き、無理矢理上体を起こす。
「おい!ハピネス!仕事だぞ仕事!」
「……ん……あれ……ここは……?」
今にも吐きそうなほど青褪めた顔色のハピネスは、虚な眼で涎を垂らし呟く。しかし構わずラルバは顔を寄せて怪しく微笑む。
「ハピネス。働き蟻が働かねば女王蟻は餓死するしかない。私が何を望んでいるかわかるな?」
ハピネスは暫く呆けた顔で固まっていたが、小さく吹き出す様に笑うとゆっくりと立ち上がる。
「ああ……はいはい。でもいいの?イチルギに怒られるんじゃないかい?」
「どうせ遅かれ早かれ起きることだ。なんか必要なものある?」
「いや……いい。この美貌とカリスマさえあれば朝飯前だ。それよりも、とっておきのご褒美を考えておいてくれ。ホバーハウスを奪われた傷心を癒すとびっきりのがいいな」
「はいはーい。じゃあ後は頼んだぞ、“先導の審神者”様」
ラルバはナハルとシスターを荷車へ押し込むと、ハピネスを一人残して再び凄まじい速度で走り出した。あまりに突然の急加速に、ナハルが再びラルバを制止する。
「おっおい!!ラルバ!?」
「なんじゃおっぱい!!」
「あの女1人置いていっていいのか!?あいつ戦闘できないだろ!!」
「はっはっはー心配ご無用!!うちのハピネスを舐めちゃいかんよ~。そんなことよりシスター君の心配してあげなよ。黒幕に出会って即死でもしたら、面白すぎて私笑い死ぬかもしれない」
不謹慎なラルバの発言に鬼の形相で睨むナハルを、後ろからシスターが袖を引いて止める。
「ナハル……私なら大丈夫です。大丈夫ですから……」
「シスター……」
「はいどおはいどお!!そこのけそこのけラルバが通るぞっ!!」
「……さて、と」
ハピネスは未だ靄がかかる頭をゆっくりと左右に傾けてストレッチをする。そして敵意に満ち溢れた男達へと目を向けた。住処を荒らされた男達のうち1人が、鉄パイプをハピネスに突きつける。ハピネスは光が一切映らない瞳を天へ向けると、嘲笑するように小さく微笑んだ。
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