シドの国

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グリディアン神殿

第60話 いつだってリーダーはストローマン

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~グリディアン神殿 中央庁舎資料室 (ラルバ・バリア・ハピネス・イチルギ・ジャハルサイド)~

「この国には広大な地下空間がある」
 ラルバは全員の前で白板に図を描きながら説明をしている。イチルギとハピネスとバリアは邪魔をしないよう傍観ぼうかんしているが、ロゼとシスターとナハルのグリディアン神殿組は、自国の知られざる事実に固唾かたずを飲んで耳をかたむけている。
「スラムのクソ共から聞いた話だが、実際に私も少しだけ忍び込んできた。ちょろっと見ただけでも数十人の男達が普通に生活していて、差別どころか普通の商業施設や家屋が立ち並ぶ平和な地下街ってところだな。ざっと見ただけでも相当な広さだ。地盤沈下じばんちんかを起こしていないということは、人工的に掘られたんだろう……しかし、掘削工事くっさくこうじのことをスラムの連中どころかロゼすら知らなかった。秘密裏ひみつりに穴を掘るとなると莫大ばくだいな人件費と人数が必要だが……これらを一気に解決する方法がある!!ロゼっち!!」
 ロゼは至極しごく不満そうに立ち上がり、ラルバの横に並ぶ。
「……地下に人間が暮らせる空間があるのは知って居たが……それほどの規模きぼだとは思わなかった。そこで、正直俺もラルバから聞かされるまで自分の勝手な憶測おくそくだと思っていた妄想もうそう……もとい推論すいろんがある。恐らく……全ての発端ほったんは、この国の起源“グリディアン教”だ」

 グリディアン教――――

 混沌としていた死にかけの世界を救った女神“グリディアン”を唯一神とする宗教。グリディアンは自らと同じ姿をした女性を人類のいしずえとして加護を与え、男性を厄災を引き起こした元凶とし自らのもとで浄化するとされている。

「古くから男はグリディアンの浄化の加護を受ける習わしがあったが、いつの間にか極端な男性差別になった。今じゃ“オタケ”なんて呼ばれてマトモな人権すら保障されていない」
「だそうです!!その“オタケ”って何?」
「男性器をキノコに見立てた蔑称べっしょうだ」
「ああ、”汚茸オタケ“ね」
「もしこの“グリディアン”が神なんかじゃなく異能を持った人間の支配者だとしたら……意図的に男を被差別民におとしめ支配したとも言える」
奴隷どれいに人権も人件費もらないもんね!!出生記録だってろくに残さないし!!穴を掘ろうが都市を造ろうが死のうが何しようが、表社会には関係ないからね~」
「ただそれだと一つ問題がある」
「奴隷が従順じゅうじゅんすぎる、だろう?だからこそこの国はここまで発展してきたんだ」
 ジャハルが怒りに打ち震えながら声を絞り出す。
「……洗脳教育というのは、ここまで人を貶められるのか……!?人の命を……一体何だと思って……!!!」
 しかしジャハルの回答に、ラルバは呆れながらペンをクルクルと回して否定する。
「ジャハルちゃんブッブー。洗脳教育はそこまで完璧じゃないよ。奴隷とはいえ知的生命体には変わりないからねー」
 ロゼもラルバに同調してうなずく。
「奴隷が従順すぎるっつーのは、人間の生態からしてもおかしいっつー意味だ」
「きっと最初っから……異能で奴隷をしたがえてたんだろうねぇ」
「……じゃねぇとザルバスが裏切った理由にはならねぇ……!!」
 ロゼは机を強く叩いて身体を震わせる。
「アイツは……アイツは誰よりもこの国を嫌ってた!!弱者を救いたいっつー平和ボケした理念だけで大統領にまでなったんだ!!あそこまで理想に突っ走れた馬鹿が……いきなり裏切って差別者側に回るなんてありえねぇ……!!!」
 この言葉に、シスターも顔を伏せて同情する。
「……確かに、ロゼの話を聞くまでは私もザルバスは悪者だと思っていました。彼女の政策……男性出産時の給付金の増加、雇用者への男性雇用手当、男性専用宿泊施設の建設……表向きは男性への配慮はいりょですが、実態は差別を助長させる政策の数々。あそこまで善人を気取って弱者をしいたげるなど、悪者に決まっているとばかり……」
「アイツは誰かにあやつられてるんだ……!!そうに決まってる!!アイツは俺なんかと違って優秀な頭脳を持ってる……だから俺はついていったんだ……!!なのに、なのにこんなことって……」
 項垂うなだれるロゼを見て、ラルバは首をぐるぐる回してうなる。
「善人かぁ~。もしそうだったらロゼちゃん何とかしてよ。操られてるとはいえ善人ブチ殺すのは楽しくないし……」
「む」
 ハピネスがほんの少しだけ声を漏らす。さっきまでロゼ達と話していたラルバは、その小さなつぶやきに大きく反応して振り向いた。
「どうしたハピネス」
「すまない。ラデック達を見失った」
 その返答にジャハルが動揺して立ち上がり、その拍子ひょうしに椅子を倒した。
「なっなんだと!?ハザクラは!?3人の安否あんぴは!!」
「上手く逃げおおせたようだ。だが現在地が分からない」
「すぐ探しに行こう!大体の方角を教えてくれ!」
 あわてて資料室を飛び出そうとするジャハル。その首根っこをラルバが引っ張り、盛大に転倒させた。
「痛っ!!な、何をする!!」
「いいよ、行かなくて」
「何を言っている!!もう真夜中だ!!敵に見つかったらどうする!!」
「どうせ見つからんよ。どうせ見つからないなら、もう少し泳いでいてもらおう」
 ラルバは大きくって後ろを向き、ロゼの方をにらんだ。
「それに真夜中だしね。ロゼんちって何人泊められる?」

~グリディアン神殿 アパート「ギテツ」101号室~

「……狭い」
「だぁから3人が限界っつったろ!!」
 ロゼは自宅へ押しかけてきた無礼者ラルバを怒鳴りつける。
 統合軍総司令部から歩いて数分の場所にある簡素かんそなアパート。そこへラルバ達と、ロゼ、シスター、ナハルを含めた8人は夜を明かすために移動していた。そしてロゼの忠告ちゅうこくに全く耳を貸さなかったラルバは、8畳程しかないワンルームにあきれて溜息を吐いた。
「軍のトップって薄給はくきゅうなの?家具もベッドと本棚ほんだなしかないし……」
「寝に帰るだけだからこれで十分なんだよ!!これで全員泊めるのは無理だってわかったろ!!出てけ!!」
「えーお外寒いじゃーん」
 このラルバのワガママにはイチルギとジャハルも呆れて何も言えず、同行してきたシスターとナハルもベッドに腰掛こしかけて気の毒そうにロゼを見つめている。
 ロゼに胸ぐらをつかまれブンブンと揺さぶられていたラルバは、いい加減苛立いらだってロゼの髪を背中側に引っ張り壁に押し付けて拘束こうそくする。そして彼女の耳元でおどすようにささやいた。
「ふん、反撃しなければいい気になりおって。念願ねんがんのシスターとのおうちデートだろうが。もう少し喜ばんか」
「たっ……頼んでっ……ねぇっ……!」
 ロゼの苦しそうな表情を見て、シスターが不安そうにラルバのうでを引く。
「や、やめてください……私達が帰れば済む話ですから……!」
「えー、でも君ら自分ち帰ったら殺されるよ?」
「えっ……!?」
「イチルギが君らと接触したのを敵は知ってるだろうしー、ラデック達が逃げ出したのも知ってるしー、イチルギとラデックが仲間なのも知ってるじゃん?てことは、今敵側からしたらシスターやナハルも十分反乱分子として認識されてると思うよ?自宅にも敵が待ち伏せてるんじゃないかなぁ」
「そ、それは杞憂きゆうでは……」
「杞憂だと思うなら帰れば?そのあとどうなっても知らんけど。その点ロゼっちは私がボコしただけだし、その事実を敵はまだ知らない。身をかくすならここくらいしかないと思うけどねぇ」
 ラルバの発言にシスター達が顔を伏せる。すると横からハピネスがラルバのそでを引いた。
「それは分かったんだが……狭さはどうにかならないかい?私今晩ぐらいはゆっくり休めると思ってたからもうヘトヘトなんだが……」
「寝れば?」
「グリディアン神殿に着くまでずっと野宿だったんだ。せめて足を伸ばして寝たい……」
「外で寝れば?」
「野宿じゃないか……」
「んもうしょうがないなぁー」
 そう言うとラルバは両手を組んで勢いよくはじいた。壁はまたたく間にひび割れ、破片がひっくり返って別の景色を映し出す。ロゼの部屋はあっという間に満天の星が輝く無限に広がる夜の世界に変貌へんぼうした。
「はい、広くなったよ。最高級プラネタリウムのオマケ付きだ」
 ラルバは石畳いしだたみの上に大の字になって寝そべり、大きく深呼吸をした。ハピネスは魔袋またいから組み立て式のハンモックを取り出して大喜びで組み立て始める。
 ジャハルは空を見上げて感嘆かんたんの声をらした。
「……そういえばラルバの異能をくわしく聞いていなかったな。どういう能力なんだ?」
「え?言うわけないじゃん」
「……それもそうか。夜空ということは自然現象の類……?イチルギはラルバの異能を見たことあるか?」
「ん?見たことはないけど……ハピネスが言うには“溶岩の召喚しょうかん”とか“水を凍らせる”とか“物体を岩に変える”とか……夜空は関係ないけど、自然現象に関わってるのは確かね。実物見ないとなんとも言えない」
「ふむ……夜空……溶岩……凍結……」
 他のメンバーも夜空に見惚みとれてしばらく雑談をした後に、翌日に備え寝支度を始めた。

 皆が寝静まったころ、ラルバは突然ムクリと起き上がった。そして何かを紙に書き、ロゼのカードデッキの隙間すきに差し込む。そして再び横になって寝息を立て始めた。

~グリディアン神殿 中央庁舎~

「さあて!!悪党ぶっ殺し隊!!出陣しゅつじんですっ!!」
 翌朝、ラルバ達は再び中央庁舎をおとずれていた。しかし今回の目的は対談ではなく、全員が戦闘準備を整えての侵攻作戦である。
 目標はザルバスの捕縛ほばく、そして恐らく裏に控えているであろう黒幕の居場所の特定。ラルバは8人の先頭を肩で風を切って歩き、中央庁舎のベルを鳴らした。
「………………誰も出ないねぇ」
 するとロゼが後ろからラルバ押しのけベルを乱暴に鳴らす。
「……中には居るはずだ」
「ってことは迎撃体制げいげきたいせいばっちしってことだね!」
 ラルバはニヤリと笑うと、その場で全力のりをドアに向かって放った。ドアは大砲につらぬかれたかのごとく破壊され、ドアの後ろで待ち構えていたであろう伏兵諸共もろとも吹き飛んだ。
「……全然迎撃体制ばっちしじゃないじゃん。全くもう……私が殺人犯になったらどうするつもりなのよ」
 加害者になったことに不満を漏らすラルバを勢いよくなぐりつけながらイチルギが飛び出し、負傷した伏兵の手当を始める。
 すると廊下や階段から大勢の衛兵が現れ、ラルバ達に向かって一切の躊躇ちゅうちょなく炎魔法を飛ばし始めた。
「ここは任せろ!!」
 いくつもの渦巻く炎弾を、ジャハルが氷魔法で防壁を作り撃ち落とす。同時に天井へ巨大な氷柱つらら射出しゃしゅつして大きな風穴かざあなを開ける。
「苦しゅうないぞジャハルん。じゃあロゼっぴ、行こうか」
「……さっき見たいな出会い頭の攻撃、ザルバスにやるなよ」
「やんないやんない」
 天井に開いた穴からロゼとラルバが侵入し、ジャハルは再び衛兵達の方へ顔を向ける。彼女はこの数秒の間に相手の規模、戦力、戦法、攻略法を概算がいさんしており、プランを3通りほど考え出していた。しかし――――
「バリアそっち手当お願いー」
「わかった」
 既に戦場には、イチルギとバリア以外に動いている人物は誰一人としていなかった。ジャハルは自分のおろかさと傲慢ごうまんさに不甲斐ふがいなくなり、倒れこむようにうずくまり頭を抱えた。
「……そうだった。私元々このメンバーじゃ戦力外じゃないか……それを……ここは任せろって……はっ……」
 意気消沈いきしょうちんするジャハルの後ろで、信じられない光景にシスターとナハルは呆然ぼうぜんと立ち尽くす。
「い、一瞬で……」
「なんと……」
 そこへ何故かハピネスがドヤ顔で説明を挟む。
「ふふふ。すごいだろう。何てったって彼女達はウチの笑顔の七人衆も――――あれ、これ言っちゃダメなやつだっけ……まあいっか」



~グリディアン神殿 中央庁舎執務室~

 中央庁舎最上階の執務室。その中にザルバス大統領は待ち構えていた。ロゼはラルバと共に部屋に入り、彼女と対峙たいじする。
「来ましたか」
「……ザルバス」
 ロゼは歯をけずれる程食いしばってザルバスを睨む。しかしザルバスは冷たい真顔のまま言葉を吐き出す。
「まず、ロゼ最高司令官。あなたを国家反逆の罪で――――」
「そんな建前はどうでもいい!ザルバス!!」
 ロゼがえる。
「お前、正気か?」
「はい。正気ですよ」
 ロゼは恐る恐るラルバの方を見る。彼女が善人であればラルバは彼女に手を出さない。そういう約束になっている。今ラルバがザルバスを悪人と判断すれば、最早もはやロゼにザルバスを救う手立てはない。ロゼが見上げたラルバは――――
「………………ん~?」
 眉間みけんしわを寄せて首をかしげていた。
「おい!どっちなんだよ!ザルバスは操られてんのか!?」
「ん~………………」
 ラルバは再び逆方向に首を傾げて唸り声をあげる。その様子を見たザルバスは手に持っていた拳銃を構えてロゼを睨みつけた。
「私は正気です。そしてロゼ最高司令官……ラルバ・クアッドホッパー。あなた方を処理します」
 ラルバはザルバスの眼差まなざしを冷たく睨み返した後、大きく跳躍ちょうやくした。
「よくわかんないからロゼ助にあげる!!バイバイ!!」
 ザルバスは自らの頭上を跳んでいくラルバを撃ち落とそうと銃口を向けるが、ラルバは既に窓を突き破って逃走してしまっていた。
「……逃げ足の早い」
「虚構拡張」
 突如とつじょ、部屋の壁は“爆風で窓が割れる様に弾け飛び“、”龍が暴れ回る様な黒雲渦巻く、無限に広がるちた荒野”に変貌した。
「“ひとり終末戦争”」
「……ロゼ」
 ザルバスはふところからもう一丁拳銃を取り出し、二丁の拳銃をロゼに突きつける。ロゼも上着をマントのように広げ、姿勢を低くして腰につけたカードデッキに手を置く。
「なあザルバス。ここなら盗聴も監視の心配もない……本当のことを言ってくれ……!!」
「あなたを殺します」
「――――っ!!!クソがぁ!!!」
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