シドの国

×90

文字の大きさ
上 下
60 / 74
グリディアン神殿

第59話 魂の柩

しおりを挟む
~グリディアン神殿 地下街 (ハザクラ、ラデック、ラプーサイド)~


「ラデック様はこちらへ、私がご案内いたします」
 執事風の男性の案内に、ラデックは血相を変えて首を振る。
「いや、断る。ハザクラ達と同じ部屋を頼む」
「すみませんが一人一室でして……」
「構わない。床で寝る」
「そう言うわけには……」
 困惑する男性に両手で作ったバッテンを突きつけて激しく拒絶きょぜつするラデック。しかし押し問答が数分続くと、しびれを切らしたハザクラがラデックの肩をつかんだ。
「ラデック。お前なら何とかなるだろう。ひとまず言う通りにしておけ」
 しかしラデックは首を大きく左右に振って拒否する。
「嫌だ」
「何が不安なんだ。具体的に説明しろ」
 ラデックは案内役の男性から遠ざかってハザクラに耳打ちをする。
「……ここの親玉に心当たりがある」
「何だと?」
「恐らく”ホガホガ“だ」
「ホガホガ?使奴研究員の名前か?」
「いや、本名は知らない。とある絵本に出てくる“ホガホガ大魔王”ってのに容姿が似ていることから保育施設の仲間が勝手につけた渾名あだなだ」
「……まあいい。ホガホガについて教えろ」
「根暗で気味の悪い女研究員で、保育施設の子供達によくちょっかいを出していた。俺が15歳くらいの時だったか、友人がホガホガに強姦ごうかんされかけたと泣きついてきたことがあってな」
「……当時のホガホガの年齢は?」
「さあ……見た目からすると、もう40後半ってところか。陰気いんきだったせいか、他の研究員からもけ者にされていたっぽかった」
「親玉がホガホガだと予想した理由は?」
「使奴研究所では下級研究員が給食の調理もねていて、担当者ごと献立こんだてが割り振られているんだ。下級研究員は頻繁ひんぱんに配置が入れ替わるから、その度に献立も入れ替わる。さっきの焼き魚はホガホガが担当している献立のうちの一つだ」
「……わかった。じゃあ最後に、ラデックがホガホガを恐れている理由は?」
「容姿が生理的に受け付けられない」
「行ってこい」
「嫌だ!!!」
「ホガホガは異能持ちか?」
「研究員に異能持ちはいないはずだ。もし持っていればメインギアにされるか売り飛ばされるだろう」
「行ってこい」
「嫌だ!!!」
「俺もかげでサポートを」
「嫌だ!!!」
 ハザクラは嫌がるラデックの胸倉むなぐらを掴む。
『行ってこい!』
「嫌だぁ……!」
 ハザクラが異能を使って命令をするが、ラデックも負けじと顔をそむけて歯を食い縛る。
「相手の素性すじょうを知っていて戦闘もできて多対一にも対応できるラデックが適任だろう!」
「適任かどうかじゃない!嫌なものは嫌だ!」
「ラルバよりは怖くないだろう!」
「ラルバより怖い!」
 そんな押し問答を続けていると、執事風の男性は2人に近づき恐る恐る声をかける。
「あの~……そろそろよろしいでしょうか……?」
「よろしくない」
「ああ、すまない。今行く」
「行かない!!」
 嫌がるラデックの手を無理やり引っ張りながら、ハザクラはラプーと共に男性の後ろを歩き始めた。

 結局ラデックはハザクラに説得せっとくされ、一人執事風の男性について行くことになった。ハザクラはラプーと共に別室から追跡ついせき魔法でラデックの動向どうこうを観察しているが、ラデック本人からは何も確認できないため、ラデックは生ゴミを素手で握らされているような苦悶くもんの表情でひょこひょこと歩いている。
 黄土色おうどいろの石壁と真っ赤な絨毯じゅうたんかれた廊下ろうかを10分ほど歩いていると、執事風の男性は“たましいひつぎ”ときざまれた大きな扉の前で立ち止まり振り返る。
「こちらです。中へどうぞ」
 ラデックは象が通るような巨大なとびらを見上げてつぶやく。
「……1人部屋か?」

「どうぞ」
 しかし男性は問いに答えない。それどころか、食堂で見せたさわやかスマイルはがれ落ち、すさまじい腹痛をこらえているような表情に脂汗をしたたらせてこちらを見つめている。
 ラデックは今すぐ反対方向へ全速力でけ出したくなったが、ハザクラかラルバに見つかればまたここへ立たされることになると思い、深呼吸を数回繰り返して扉に手をかける。




 おぞましい光景だった





 きらびやかな王室のような内装だが、その中央には巨大なベッドが置かれており、真っ白なシーツを真っ赤な天蓋てんがいカーテンが囲っている。そして何よりも目を引くのは、そのベッドの上に鎮座ちんざする真っ白いブヨブヨの肉塊にくかい
 よく見れば天蓋カーテンと同じ真っ赤な色の布をまとっているが、肉塊の正体の手がかりになるようなものではなかった。
『んふふ……いらっしゃい……』
 その肉塊が女性の声を発したことにより、肉塊が生命活動を行なっていることと会話が可能な知性を有していることの二つが判明した。
 ラデックはなるべく肉塊を見ないように目の焦点をズラしながら言葉を返す。
「……部屋を間違えたようだ。失礼する」
『間違えでないわよ』
 引き返そうとするラデックを肉塊が引き止める。
『そんな遠くにいないで……こっぢ、来てぇ?』
 甘えるようなあざとい肉塊のさそいに、ラデックは圧迫感あっぱくかんを覚えて顔を背ける。
「い、いや、そうだ。用事を思い出した。早く姉にパンを買って行ってやらねば」
 そう言ってラデックが扉に手をかけようとすると、その手を真っ白い肉塊が掴んだ。
『待っでよ』
 ラデックは凍りついた。一つをのぞいて全てを理解した。
 数mを一瞬で移動する身体能力、真っ白い肌、そして間近で聞いたことにより判明した聞き覚えのある声――――
『ちょっとだけ……ぎゃっ!!!』
 ラデックは走り出した。扉を体当たりで突き破り、その勢いのまま壁を走って扉の前で待機していた守衛しゅえいを置き去りにした。石壁がえぐれるほど強く踏み込み、閉められた強化防壁を紙のように突き破って走り続けた。改造で足止めした肉塊の追跡を恐れて、身体中の筋肉が千切ちぎれそうになるのも構わず走り続けた。

 追跡魔法でラデックの行動を把握していたハザクラは、すさまじい速度で自分の方にすっ飛んでくるラデックと合流しようと廊下に出た。するとぐに爆音を上げて周囲を破壊しながら突進してくるラデックが目に入った。
「ラデック!!一体何が――――」
「逃げるぞ!!!」
 今まで見たこともないラデックの必死の形相ぎょうそうに、ハザクラはすぐさま自己暗示をかけてラデックの後を追う。ラプーも背中に魔法陣を浮かべ、ジェット噴射をしながらラデックの後を追いかけた。



~グリディアン神殿 地上 スラム街~

 何とか地上へ脱出した三人は、真夜中のスラム街へ逃げ込み廃屋はいおくに身を隠した。
 ハザクラは大きく肩で息をしながら、過呼吸で横たわっているラデックにめ寄る。
「一体、何を見た……!せ、説明を……しろっ……!」
「はぁっ……!!はぁっ……!!あ、あれは……!!ダメだ……!!」
 ラデックはそう呟くと呼吸が落ち着くまで何も答えなかった。ハザクラもこれには何も言わない。依然いぜんなまずのような真顔で突っ立っているラプーの真横で、2人はしばらく寝転がっていた。
 呼吸が落ち着いてくると、ラデックは幽霊を見た子供のように震えながら語り始める。
「あれはホガホガだ……!でも、あり得ない……いや、決めつけは良くないか……」
「自己完結するな。憶測おくそくでもいいから話せ」
「……わかった。俺が見たのは確かにホガホガだったと思う……が、あれは“使奴”だ」
「……何?」
「クソでかい部屋にクソでかいベッドがあって、その上に真っ白い肉塊があった。それがホガホガの声でしゃべったことで、あれが人間だということに気がついた」
「真っ白い肌……確かに使奴の特徴ではあるが、それだけで使奴というのは……」
「身のたけ3mはあった」
「さんっ……!?」
「その時はベッドの上に座ってたからよく分からなかったが、俺が背を向けたときに後ろに立って腕を掴まれた。その時の声の位置や手の大きさから推測すいそくするに、それぐらいデカい」
「……元のホガホガの身長は」
「あって160cmくらいだろう。そしてきわめ付けは逃げる時、彼女に異能を使った時だ」
 ラデックは嘔気おうきおさえながら自分のてのひらを見つめる。
「……俺の異能は、触れた相手のステータスみたいなものを感じることができる。改造するってことは、改造前の能力値も分かるってことだ。……ホガホガの能力値は使奴のそれと何ら変わらなかった」
「……自らを使奴にしたのか」
「そして失敗した」
「失敗?」
「腕を掴まれた時、一瞬だが顔が見えた。しぼみかけの風船みたいな醜悪しゅうあくな容姿だった。恐らく身体が使奴細胞に耐えられなかったんだろう」
「……しかし、使奴相手となると厄介やっかいだな。前にベルが言っていたが、使奴対使奴の場合は多対一でも勝敗は推測できないらしい」
「いや、その点に関しては大丈夫だろう。使奴の戦闘能力の真髄しんずいは身体能力よりも思考力にある。なんでも人形ラボラトリーで知識のメインギアが200年前から脱走していたとなると、できるのは精々せいぜい肉体の改造だけだ」
「じゃあ何が不安なんだ?」
「……ハザクラ、手を出せ」
「……?」
 ハザクラが右手を差し出すと、ラデックはその手を取り、唐突とうとつに改造をほどこした。
「うっ……!?」
 ハザクラは上下の感覚が入れ替わったことに吐き気をもよおし困惑する。
『ぐっ……な、治れ!』
 そして自己暗示をかけ、改造された感覚を正常に戻した。
「いきなり何をする!」
「それ、外傷にも適応できるか?」
「はぁ?いや、外傷は無理だ。肉体強化で若干は改善されるが、物理的な損傷そんしょうは難しい」
 そこまで言うと、ハザクラはハッとしたような顔で固まる。そしてラデックはゆっくりとうなずいた。
「俺がホガホガの身体の自由をうばった時、かすかに聞こえたんだ。「治れ」って」
「なっ……ホガホガに異能はないんじゃなかったのか!?しかもよりにもよって俺と同じ無理往生むりおうじょうの異能だと……!」
「……恐らく、異能の発生は意識の覚醒かくせいではなく、意識の覚醒による魔力の激しい増加によって発生するんじゃないだろうか。だから、使奴化という魔力が莫大ばくだいに発生する現象により、ホガホガは後天的に異能を得た」
「無理往生の異能を使う使奴……これは……厄介なことになった……!」
「地下街の男達は皆彼女の奴隷だろう。さっきの移動でハピネスの監視かんしも振り切ってしまったかもしれない。ラルバ達に早いところ伝えに行こう」









~グリディアン神殿 地下街~



『うう~……うううう~……うう~!!治れ~……治れぇ~……!!!』
 真っ白な肉塊は苦しみながらもぞもぞとのたうち回り、おもむろに2本の足で立ち上がる。
「うううう~!!!イライラするぅ~!!!なんでもうぅぅぅぅぅ嫌ぁぁぁあああああ!!!」
 肉塊は空気をビリビリと震わせて絶叫をすると、近くにいた男性を数人捕食するように抱え上げて自分の部屋に転がり込む。その直後、部屋からはけたたましい粘液音とあえぎ声がれ出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

入れ替わった二人

廣瀬純一
ファンタジー
ある日突然、男と女の身体が入れ替わる話です。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

処理中です...