シドの国

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グリディアン神殿

第58話 消される男たち

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~グリディアン神殿 統合軍総司令部 (ラルバ・バリア・ハピネスサイド)~

「私は今とっても機嫌きげんが悪いです!!何ででしょう!!はいロゼっち早かった!!」
「知るかよ」
 総司令官の部屋で、地べたに座らされたロゼは鬱陶うっとうしそうにラルバを見上げる。しかしラルバは子供が駄々だだをこねるように怒りをあらわにして地団駄じだんだを踏む。一切の興味を持たずに棒立ちしているバリアの後ろ、総司令官の椅子いすにふんぞり返って腰掛けているハピネスがおもむろに手を挙げる。
「はいハピネスさん!!」
 ラルバが勢いよくハピネスに指を向ける。
「楽しみにしていた大悪党の正体が陳腐ちんぷな善人だったから」
「正解っっっ!!!5ポイント差し上げます!!」
「やったぁ。ちなみにそのポイントで使い捨てバスタブって買える?」
「……はあ。しょうがないなぁ。いいよ」
 高らかにこぶしを天に突き上げるハピネス。ロゼはあきれながらも、自らを容易たやすく負かした化け物に視線を戻す。
「……大悪党ってのは俺のことか?」
「うん」
 ラルバは腰に下げていた小さな魔袋またいをひっくり返し、中身を地面にぶち撒ける。
「その辺のチンピラが売ってた麻薬でしょー?あと改造銃に偽札とー詐欺さぎマニュアルのデータが入ったメモリーカードとー」
 一頻ひとしきり中身を散らかした後で、今度は指折り数え出す。
「チンピラ共のー、リーダーのー、上司のー、バックのー、親玉のー、裏ボスのー、元締めのー……何個か上がアンタ。らしいよ?」
「知らねぇ」
「これって組織的犯行っていうより裏社会の治安維持だよね。裏社会の人間を一定数組織化させることで個人の犯罪者を撲滅ぼくめつして、そのトップに立つことで犯罪組織の不必要な拡大を防いでるわけだ。はいはい。偉い偉い」
 ロゼは黙ったままラルバをにらみ続けている。否定も肯定こうていもせず、今はまだラルバの様子をうかがい情報を与えまいと口を閉ざす。ラルバは「やれやれ」と首を振りうつむく。そこへハピネスが近寄ってきてラルバに提案をした。
「ラルバ。いくら使奴でも、このロゼという人物を籠絡ろうらくするには一筋縄ひとすじなわでは行かないと思うよ?そこで、私に任せてみてはくれないかな?」
 ラルバは数秒考えた後に口を開く。
「……ハピネス。お前、弱いものいじめしたいだけだろ」
「人聞きが悪い。揶揄からかうのが好きなだけだ」
 ラルバがハピネスの提案を受け入れるように数歩下がる。ハピネスは座り込んでいるロゼの正面に立ち、一度丁寧ていねいにお辞儀じぎをしてから腰を大きく曲げてロゼに目線を合わせる。
「我々に協力をして欲しい」
「……この流れで承諾しょうだくするわけねぇだろ」
「ふぅん……?」
 ハピネスは灰色ににごった目をにたりと細める。
「いいのかなぁ……?シスター君に、君が仮病を使ってること言っちゃおうかなぁ……?」
 その言葉に、ロゼは顔を真っ青にして反応する。
「なっ……!?おまっ……!?」
「ね?協力。したくなった?」
 ロゼが目に見えて取り乱し始めると、ラルバは首をかしげてハピネスにたずねる。
「シスター?誰?」
「この国の偉い人専門のお医者さん。ロゼの奇病もているんだが……この小娘、とっくに治ってるくせして、シスターに会いたいがために仮病使って何度も診察を受けているんだよ」
 ロゼは顔を真っ青にして目を泳がせる。
「え?何?こいつレズなの?」
 余りに不躾ぶしつけなラルバの物言いに、ハピネスは呆れて溜息を吐く。
「同性愛くらい別に不思議ふしぎじゃないだろう。あと、シスターは男だよ」



~グリディアン神殿 中央庁舎資料室 (イチルギ・ジャハルサイド)~

「お、男ぉ!?」
「声がデカい!!」
 過剰かじょうおどろいたジャハルに、助手のナハルが顔をしかめて詰め寄る。
「誰かに聞かれたらどうする……!今シスターが男性であることを知っているのは私とシスター本人、そしてグリディアン軍のトップ、ロゼの3人だけだ……!」
 シスターが申し訳なさそうに頭を下げ、ジャハルもあわてて頭を下げる。
「し、しかし、この女尊男卑の国で、よく男性がこんな名誉職に……役人専門の魔導外科医まどうげかいなど……」
 シスターは眉をひそめながら、困ったように少し微笑ほほえむ。
「……まあ、色々ありまして……女性と勘違かんちがいされたまま雇われてしまったのです。今はまだロゼが上手く手を回してくれていますが……バレたらどうなるか……」
 ナハルはシスターを物憂ものうげな表情で見つめ、目を伏せる。
「ザルバスが意図的に男性をしいたげる政策を打っている以上、シスターも正体がバレればタダではすみません。どうかご内密に」
 ジャハルは少し困惑してイチルギの方を見る。
「イチルギは分かっていたのか?シスターの正体に……」
 イチルギは突然話を振られ、少しほうけたように返事をする。
「ん?ええ、まあ、喉仏のどぼとけあるし」
「あ、そっか……」
 シスターはバツが悪そうに喉を押さえる。
「……こればっかりは切除するわけにはいきませんからね。さいわいあまり大きい方ではありませんし、地声も高い方なので何とかなってはいますが……」

 バタン!!!

 突然開かれた入り口のとびらに、4人は臨戦態勢りんせんたいせいを取って振り向く。
 そこには――――
「ルギルギめーっけ!お土産みやげ持ってきたよー!」
 上機嫌なラルバがロゼの首根っこを猫のように持ち上げて入ってきた。ロゼはシスターを見るなり心底くやしそうな顔をして不満をらす。
「さっさと降ろせ……!!!」
「はい。逃げたらシスター君ぶっ殺すかんね」
 ラルバがロゼを乱暴に降ろすと、ロゼはシスターに深々と頭を下げた。
「……すまん。厄介やっかいなことになった」
「……は、はい?あの、ロゼ?この方は一体……」
 困惑するシスターに敵意全開で毛を逆立てるナハル。そして申し訳なさそうにしながらも目をそむけるジャハルとイチルギ。しかしラルバはニカっと笑い5人の前で腕を組む。
「さぁて役者はそろった!!ここに“悪党ぶっ殺し隊”を結成します!!」
 高らかな宣言には誰も反応を返さず、ただただ黙って冷たい視線を向ける。それでもラルバは鼻歌を歌いながら机に腰掛け、大袈裟おおげさに足を組む。
「さあて、この国の悪事を整理しようか」
 そう言ってラルバは指先を空中でくるくると回し、説明を始めた。

「元は宗教色の強いただの集落だったグリディアン神殿。それがいつしか男性をゴミクソ扱いする女尊男卑の国に。そしてそのトップに居るのはザルバス大統領。でも変だねぇ。ロゼ坊の話では、ザルバスはこの国の政治に嫌気が差して大統領選に出馬したって聞いたんだけど?」
 ロゼは不満を露わにした怒りの表情で歯をギリギリと擦り合わせる。
「ザルバスとは10年近い仲だが、大統領になってからのアイツは変だ……!誰かに何かされてるとしか思えねぇ……!!」
 それに対しナハルが何かを言おうとするが、ラルバが指を差して制止する。
「いっぺんにしゃべらない!一個づつ!でーえっと?ロゼ坊いわく、ザルバスはどっかの誰かにあやつられていると。ここで!面白いニュースがあります!」
 ラルバはポケットから紙切れを取り出して5人に見せる。
「スラム街を取り仕切る裏ボスから頂戴ちょうだいした奴隷どれい売買履歴ばいばいりれきだ!この国は性差別から国民を守るため、性別によって出生後の対応が違う……そうだね?」
 ナハルが一歩前に出て口を開く。
「出生どころか子作りの段階から違う。この国では万が一にも男性を出産することを忌避きひして、細胞を産科施設に送り人工子宮での出産が一般的な繁殖方法はんしょくほうほうになっている。女性が生まれれば即座そくざに親の元へ送られ、男性であれば一定の給付金と引き換えに養護施設ようごしせつへ送られる」
 同じような仕組みを採用している人道主義自己防衛軍出身のジャハルはだまって話を聞いているが、イチルギは苦い顔をしつつも押し黙り、ラルバにいたっては舌を突き出して顔を顰めている。
「うげぇー冒涜的ぼうとくてきぃー。まあいいや。その養護施設、ぶっちゃけ大体が奴隷かクソ貧乏国民びんぼうこくみんの子供にされてるんだけど、あれ?常識よね?」
 シスターは今にも泣きそうな顔で首を左右に振る。
「……正直、今聞くまで偏見へんけんに近い噂話うわさばなしだと思って……いや、信じてました……やっぱり、現実はそうなんですね……」
「あっはっは。ピュアだねぇシスター君。でもってー、その奴隷かクソ貧乏に送られた子供たちなんだけど、明らかに出生数と出荷数が食い違っている」
 その言葉にロゼは「やっぱりか」という顔で目を伏せる。
「10人生まれたら3人奴隷で3人国民に押し付けって感じで、どの帳簿ちょうぼ誤魔化ごまかしてはいるけど、裏社会と表社会の資料を照らし合わせると半数近い人間が闇に消えていることが分かる。けど、そんな莫大ばくだいな数の人間、どうしたって闇には消えん。下手したら都市がきずける人数だぞ」
 そしてラルバは眼を細めて、今までになく真剣な眼差まなざしで5人を見つめる。
「これはあくまで私の予想だが……この国は“男を嫌った”のではなく、“男を欲した”結果だ」



~グリディアン神殿 豪華な食堂 (ハザクラ・ラデック・ラプーサイド)~

「……なんなんだここは」
 ハザクラは眉間にしわを寄せて目玉だけを動かして周囲を見る。清潔で豪華な広々とした食堂に3人はぽつんと座らされている。
 捕まえられた直後の乱暴なあつかいとは打って変わって丁寧なお客様対応に、ラデックも不審がって不安そうに辺りを見回す。
「お待たせいたしました!」
 食堂に入ってきた執事風の男性。ここまで3人を案内してきた爽やかな笑顔の彼は、ハザクラ達の横に立ち、深々と頭を下げた。
「驚かせてしまってすみません!さぞや不快な思いをされたことでしょう!」
 ハザクラは未だ警戒心を解かないまま、無愛想に軽くお辞儀を返す。
「ああ、全くだ」
「我がグリディアン神殿では、男女の住む地域を地上と地下で分けているのです!地上は酷い男性差別が根付いているため、入国なさる男性の方のほとんどは此方こちらへ招待しているのです!」
「はぁ……」
「しかし検問所は地上の管轄かんかつでして……大変申し訳ないことをいたしました!」
 男性は再び深々と頭を下げると、若干後ろを振り向きながら両手を2回叩く。
随分ずいぶん長い間拘束されてお疲れでしょう!僭越せんえつながらお食事をご用意させていただきました!」
 男性の合図で入ってきた執事風の服を着た別の男性が、ワゴンカートを押して食事を運んでくる。
「我がグリディアン神殿の味付けがお口に合うかどうか……もし何かありましたらいつでもお声掛けください!この後はご入浴と宿の手配も済ませてありますので、お食事が終わりましたらお声掛けください!」
 そう言って男性2人は食堂を後にした。ハザクラは運ばれてきた料理をじっと見つめ、分析魔法をかける。
「……毒は入っていないようだな。しかし、グリディアン神殿に地下街があるなど、人道主義自己防衛軍の報告にはなかった……怪しすぎる」
 ハザクラは運ばれてきた料理を食べようと食器に手を伸ばすが、真横にいたラデックの珍妙ちんみょうな行動に目を奪われる。
 ラデックは魚の塩焼きの尻尾を持って目の前にぶら下げ、黙ってじっと見つめている。
「ラデック、行儀ぎょうぎが悪い。やめろ」
「焼き魚、バゲット、コンソメスープ、豆のサラダ、焼きバナナ、フルーツゼリー」
「見れば分かる」
えさだ」
「言い方を変えろ。命に礼儀を持て」
「違う。餌だ」
 ハザクラはラデックの行動と発言に苛立いらだちながら静かに声を荒げるが、その怒りはすぐに疑問に変わった。ラデックの目尻が若干痙攣けいれんして冷や汗をかいてる姿を見て口をつぐむ。ラデックはそのまま魚を皿の上に戻すと、苦虫を噛み潰したような表情で言葉を漏らした。
「俺は、魚を食べるのが下手で……”いつも残してた“……だから……この”献立こんだて“はいつも嫌いで……!!!」
 ハザクラはラデックの言葉を理解できず呆然ぼうぜんとする。
「いつも……?献立……?ラデック……!?何を言っているんだ……!?」
 ラデックは青褪あおざめた表情をハザクラに向ける。
「俺は使奴研究所の保育施設で育った……これは、そこに出てきた給食の献立と全く同じだ……!!」
「そんなの偶然じゃ……」
「偶然じゃないっ!!!」
 ラデックは魚のエラに指を入れる。
「エラが抜かれている……俺達の給食もそうだった……!!でもそれは、魚のエラが微細な波動粒子はどうりゅうしを吸着して調理魔工ちょうりまこうの設定をくるわせるからだ!!通常の調理工程には関係ない!!そもそも波動粒子の観測できる機械なんか今の文明には存在するはずない!!保育施設のマニュアル通りに作らなければこうはならない!!!」
 ハザクラは取り乱すラデックを静観しながら料理を一瞥いちべつする。
「……また使奴研究員絡みか」





~グリディアン神殿 ???~

「んふふぅ……”また”可愛い子達が入ってきたぁ……ン……この子ラデック……いいわねぇ……ねえっ!!!この子っ!!!この子がいいっ!!!連れてぎでっ!!!早ぐっ!!!」



【女尊男卑の国】
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