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グリディアン神殿
第57話 たった孤りの統合軍
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~グリディアン神殿 中央庁舎資料室 (イチルギ・ジャハルサイド)~
魔導外科医のシスターと、その助手ナハル。2人は数年前にグリディアン神殿を訪れ、政府お抱えの役人担当医師になったことをイチルギ達に話した。
「……その内に、あることに気が付きました。この国は“政府が意図的に男性を弱者として扱っている”ことに。表向きの政策は全てまやかしです。詳しくは分かりませんが……ザルバスは確実に敵だと思います」
イチルギはシスターの話を黙って聞いている。彼女はシスターの言葉を微塵も疑わず、思考を全て現状の推測に割いている。そして、シスターの言葉を補足する様にナハルも会話へ入ってくる。
「グリディアン神殿は、私の様な“使奴寄り”の人間を中心に上層部を固めています。詮索には充分注意してください」
ナハルは片目を強調する様に指で開き、本来は白色であるはずの真っ黒な眼球を見せる。ジャハルは聞き慣れない言葉に小さく首を捻りつつ口元に手を当てる。
「使奴寄り?使奴の血を色濃く受け継いでいるという意味か?」
ナハルは小さく頷く。
「魔族、不人、ネクスト。地方によって呼び方に差異はあれど、概ね意味は同じでしょう。我々は通常の人間よりも、魔力や膂力など様々な面で優れています。幾らイチルギ様が純粋な使奴とはいえ、多対一では苦戦するでしょう」
イチルギはナハルと一瞬目を合わせた後、シスターの方に目を向けて頭を下げる。
「貴重な情報をありがとう。決して無駄にはしないわ」
「いえ、私もイチルギさん達が来てくれて助かりました。どうか……この国を正す為にお力添えをお願いします」
シスターは深々と頭を下げる。イチルギとジャハルは顔を見合わせて小さく頷き合った。
一方その頃……
~グリディアン神殿 スラム街 (ラルバ・バリア・ハピネスサイド)~
日が沈み、壊れかけた街灯が疎らに照らすだけの闇。杜撰な土壁の家屋が犇めき合うスラム街の広場に、十数人の人影が円を描くようになにかを取り囲んでいる。
「この“脚売りルゴロッカ”に会いたいとか言うマヌケはお前らかい?」
ルゴロッカと名乗るリーダー格の女性がドレッドヘアを揺らしながら首を鳴らし、円の中心にいる3人組を睨みつける。
「んえ?会いたいなんて言ったっけ?」
3人組の内の1人、使奴寄りと思われる大女が道化者を演じてヘラヘラと笑う。
「いや、ちょいと教えてほしいことがあってですねぇ~」
「断る。タダで情報出すわけねぇだろダボが」
「え~……いいのかなぁ~?下っ端使って子供をシャブ漬けにして奴隷量産してたこと、お巡りさんに言っちゃおうかなぁ~?」
「はぁ?んな証拠がどこに……」
「あるんだなぁここに。オタクらと売人のキラリン笑顔のツーショット写真」
ラルバがスーツの胸ポケットから一枚の写真を取り出すと、ルゴロッカは眉を一瞬だけピクリと動かし冷静に口を開く。
「…………で?お前らを生きて帰さなきゃ済む話だろ?」
「済むといいねぇ」
「うえっ……えぐっ……ゆ、ゆるじでぐだざい……」
「はいはい許しちゃうよ~許してあげるから元締めの名前吐こうねぇ~」
ルゴロッカ含む十数人の犯罪者集団はラルバに一瞬で蹂躙され、みっともなく涙をぼろぼろと流しながら必死に命乞いをする。それもその筈、他の下っ端達は皆大怪我を負わされた程度で済んでいるが、統率者であるルゴロッカは両手足の骨を粉々に砕かれ使い古した雑巾のように地面に転がされていた。
「元、元締め……」
「そうそう元締め。お薬でアッパラパーになった子供達を労働力として使い捨てるには働く場所が必要でしょうよ。君1人じゃ全部仕切れないでしょ?あと武器売ったお金の大半も行先不明だし」
「……も、元締め……は……」
当然ここで元締めの名前を言ってしまえばルゴロッカ本人もタダでは済まされない。しかし、既に両手足を失っているルゴロッカにとっては、元締めよりも目の前の怪物の方がずっと残酷で無邪気だと思い口を開きかけた。その時――――
「元締めは……バ、バシュ――――」
パァン!!!
ルゴロッカは名前を言い切る前に射殺された。ラルバの真後ろから発砲された鉛玉はルゴロッカの左眼を正確に射抜き、本人が状況を理解する前に絶命させた。
「おや」
ラルバが後ろを向くと、マントの下に銃を隠すマスク姿の女性が立っていた。
「……ラルバさんですね?元締めに会いたいそうで……此方へどうぞ」
マントの女性はそう言って踵を返して遠ざかっていく。ラルバは満足そうにその後を追い、置物と化していた2人に手招きをする。
「バリア!ハピネス!早く来い!」
2人は一回だけ顔を見合わせ、ラルバの蛮行に何の意も唱えず歩き出した。
~グリディアン神殿 統合軍総司令部~
暗く汚いスラム街とは打って変わって、埃一つ落ちていない清潔なコンクリートの廊下。しかし真夜中だと言うのに通り過ぎる部屋からは毎回のように罵声が鳴り響き、時折悲鳴や泣き声のような声と共に怒号と荒々しい物音が転がってくる。
ラルバ達3人はマントの女性を先頭に悠々と歩いていく。そして偶にすれ違う軍服を着た女性達がマントの女性を見るなり、機械のような機敏な動作で敬礼をして微動だにしない姿を目にした。
ラルバは敬礼の姿勢で固まる女性達に出会す度に、自分も適当な敬礼でニカっと笑い挨拶を返す。
「やあやあどうも!どうもこんちは!精が出るねぇ!やあやあ!元気してるぅ?」
それを見てバリアも真似して真顔のまま敬礼を返す。しかし軍人達は誰一人として反応を示さず、敬礼した後は姿が見えなくなるまで人形のように固まるばかりである。
「……これ一発ギャグとかやって笑わせてみてもいいかな」
「えぇ……やめなよ……」
笑いを堪えて目を伏せていたハピネスも、流石にラルバを制止して軍人達を気遣う。
そんな暢気なラルバ達を気にも留めず淡々と歩みを進めるマントの女性。暫くすると一番奥の一番大きな扉の前で立ち止まり、ラルバ達に先に入るよう促した。
ラルバは扉を開く前に、後ろの夥しい数の敵意に気がついた。遠すぎて分かり辛いが、明らかに自分達に向けられた針のように鋭く尖った波導。扉の向こうにいるのは相当な権力者であり、何かしようものなら決して生かしては帰さないという気迫。ラルバは満足そうにニタリと笑うと、一切の躊躇なく勢いよく扉を開けた。
数々のトロフィーや盾、槍や紋章が飾られた部屋。その正面の豪奢な机の向こうに腰掛ける人物はゆっくりと立ち上がり、此方へ歩き出す。
龍の立髪のように逆立った黒い長髪に、大きくはみ出した白いメッシュ。深く被った制帽の奥には、真っ黒な白目に鮮血のように赤い瞳孔がぐらぐらと輝いており、額を覆う真っ黒な刺青のせいで切長の目は輪郭が曖昧になっている。しかし肌の色は淡く色付いており、彼女が使奴ではないことが辛うじて分かった。
「俺は……グリディアン神殿、統合軍最高司令官……ロゼだ」
ロゼは羽織っている大きな勲章がついたオーバーサイズの上着を揺らし、マントのようにして手元を隠す。
ラルバはロゼの上着の隙間からチラリと見えた、下着の様に布地の少ない際どい服装を茶化して戯ける。
「ハローベイベー!マイネームイズ、ラルバー。ご機嫌いかが?てかでなんで素っ裸なの?趣味?」
横でハピネスが怪訝そうな顔でラルバの脇腹を肘で突く。
「やめなって……あれはただのファッションだよ……力自慢だったり、自分を強く見せたい者がよくやる格好だ」
「へー、だからルギルギも偉いのにあんな薄着なわけだ。正装の概念がないのかと思ってた。ハピネスのそのバニーガールみたいな肌着もファッション?」
「……旧文明とは文化が違う様だね。反感買うからあんまり言及しない方がいいよ」
「おいっす」
ラルバがハピネスと話していると、突如として部屋の壁が“爆風で窓が割れる様に弾け飛んだ“。その破片の向こう側からはグリディアン神殿の風景ではなく、”龍が暴れ回る様な黒雲渦巻く、無限に広がる朽ちた荒野”が姿を表した。
「虚構拡張――――“孤り終末戦争”」
ロゼは羽織った上着の前を大きく開き、金属製のカードデッキを取り出した。するとラルバは再びロゼの服装を小馬鹿にして両手で顔を覆う。
「うひゃーえっちぃー!けしからんなぁ!!」
そんなラルバの言動にロゼは眉一つ動かさず、トランプを弾き飛ばす様に金属製のカードをラルバ目掛け射出する。
「む!」
ラルバが人差し指と中指でカードをキャッチする。飛んできた4枚のうち、ラルバが無視した1枚は大きくカーブして足元に突き刺さる。するとカードは次々に波導光を放ち、爆音を発して地を揺らした。
「うるさっ!!」
ラルバが一瞬怯んで屈むと、その真上から黒い影が迫る。
「まずは1人……」
ロゼの呟きと共に落下してきた“ソレ”は、地面に衝突した瞬間大爆発を起こした。
吹き荒れる爆風の中、防壁魔法で自身を防護していたロゼは煙幕が晴れる前に大きく飛び退いて反撃に備える。そして再び金属のカードを弾いて煙幕の中へと射出した。カードは一瞬波導光を放ち今度は大量の粘液を撒き散らして回転する。可燃性の粘液は瞬く間に爆炎に引火し、辺りを火の海に変えた。そしてロゼは中空へ手を翳し、何かを異能を発動する。
「もう1人」
ロゼの頭上数十m、虚空から突如砲弾の雨が煙幕に向け放たれた。煙幕は砲弾の爆発により一瞬で吹き飛ばされ、そこへ砲弾により発生した煙幕と土煙が再び標的を隠す。しかし、その煙幕が一瞬だけ晴れた刹那、ロゼは信じがたいものを目にしていた。
防壁の中で一切の被害なく棒立ちしているバリアとハピネスの姿、そして“防壁の外”で肩を大きく回すラルバの姿――――
すぐさま思考を切り替えてカードを弾くロゼ。カードは大量の煙を吐きながら爆音を轟かせ、ロゼの足跡を文字通り煙に巻いた。
「どうやって避けたかは考えるな……どう当てるかだ……」
「こうやって当てるんだよ」
独り言に返答されたロゼはギョッとして隣を見る。そこには怨霊の如く不気味な笑みを浮かべるラルバが並走してきていた。
そしてロゼが何か行動を起こす前に足を払われ地面に突っ伏す。ラルバはロゼの頭を鷲掴みにして持ち上げ、ギリギリと頭蓋骨を締め付ける。
「ぐがっ……!!がっ……!!!」
ロゼは激痛に悶えてラルバの手を掻き毟るが、もう片方の手は反撃をしようとカードデッキに手を伸ばしている。
「いやあ、でもいい策だと思うよ?」
ラルバはロゼが取り損ねて落下したカードデッキを爪先で蹴飛ばし、地面に散らばったカードを一枚一枚眺める。
「未完成の魔法陣が描かれた霊合金のカードか。魔法陣を完成させながら投げれば相手はどの属性が来るかわからないから叩き落とすのを躊躇うし、本体が命中すればそのまま刃物として扱える……不発でも放置しておいて後で起動させれば地雷としても使えるし、何より嵩張らなくていい。でもって本命の異能でトドメを刺す……と」
ラルバの後ろからのんびり歩いてきたハピネスが、苦しむロゼをじっと見つめる。
「……でもこの戦い方では防御姿勢を取れない。異能でなんとかなるのかもしれないけど……どっちかっていうと自信の現れだね。近づかせる前に殺し切るって言う絶対的な覚悟。お家が相当厳しかったのかな?」
ロゼは悔しそうに歯をギリギリと噛み締めると、腕を力なくだらんとぶら下げて異能を解除した。荒野はパキパキとひび割れ、元のトロフィーだらけの部屋に戻った。
ラルバはロゼからパッと手を離し、彼女を地面に落とす。そして顔をマジマジと見つめ、満足そうにニタリと笑った。
「いやあ、裏社会の親玉探しって楽でいいねぇ。上の奴をボコるともっと上の奴が勝手に来てくれる。いいシステムだ」
ハピネスは呆れたように溜息を吐くと、ロゼが最初に座っていた豪華な椅子にどかっと腰掛け、暇なのかそのままクルクルと回り始めた。
魔導外科医のシスターと、その助手ナハル。2人は数年前にグリディアン神殿を訪れ、政府お抱えの役人担当医師になったことをイチルギ達に話した。
「……その内に、あることに気が付きました。この国は“政府が意図的に男性を弱者として扱っている”ことに。表向きの政策は全てまやかしです。詳しくは分かりませんが……ザルバスは確実に敵だと思います」
イチルギはシスターの話を黙って聞いている。彼女はシスターの言葉を微塵も疑わず、思考を全て現状の推測に割いている。そして、シスターの言葉を補足する様にナハルも会話へ入ってくる。
「グリディアン神殿は、私の様な“使奴寄り”の人間を中心に上層部を固めています。詮索には充分注意してください」
ナハルは片目を強調する様に指で開き、本来は白色であるはずの真っ黒な眼球を見せる。ジャハルは聞き慣れない言葉に小さく首を捻りつつ口元に手を当てる。
「使奴寄り?使奴の血を色濃く受け継いでいるという意味か?」
ナハルは小さく頷く。
「魔族、不人、ネクスト。地方によって呼び方に差異はあれど、概ね意味は同じでしょう。我々は通常の人間よりも、魔力や膂力など様々な面で優れています。幾らイチルギ様が純粋な使奴とはいえ、多対一では苦戦するでしょう」
イチルギはナハルと一瞬目を合わせた後、シスターの方に目を向けて頭を下げる。
「貴重な情報をありがとう。決して無駄にはしないわ」
「いえ、私もイチルギさん達が来てくれて助かりました。どうか……この国を正す為にお力添えをお願いします」
シスターは深々と頭を下げる。イチルギとジャハルは顔を見合わせて小さく頷き合った。
一方その頃……
~グリディアン神殿 スラム街 (ラルバ・バリア・ハピネスサイド)~
日が沈み、壊れかけた街灯が疎らに照らすだけの闇。杜撰な土壁の家屋が犇めき合うスラム街の広場に、十数人の人影が円を描くようになにかを取り囲んでいる。
「この“脚売りルゴロッカ”に会いたいとか言うマヌケはお前らかい?」
ルゴロッカと名乗るリーダー格の女性がドレッドヘアを揺らしながら首を鳴らし、円の中心にいる3人組を睨みつける。
「んえ?会いたいなんて言ったっけ?」
3人組の内の1人、使奴寄りと思われる大女が道化者を演じてヘラヘラと笑う。
「いや、ちょいと教えてほしいことがあってですねぇ~」
「断る。タダで情報出すわけねぇだろダボが」
「え~……いいのかなぁ~?下っ端使って子供をシャブ漬けにして奴隷量産してたこと、お巡りさんに言っちゃおうかなぁ~?」
「はぁ?んな証拠がどこに……」
「あるんだなぁここに。オタクらと売人のキラリン笑顔のツーショット写真」
ラルバがスーツの胸ポケットから一枚の写真を取り出すと、ルゴロッカは眉を一瞬だけピクリと動かし冷静に口を開く。
「…………で?お前らを生きて帰さなきゃ済む話だろ?」
「済むといいねぇ」
「うえっ……えぐっ……ゆ、ゆるじでぐだざい……」
「はいはい許しちゃうよ~許してあげるから元締めの名前吐こうねぇ~」
ルゴロッカ含む十数人の犯罪者集団はラルバに一瞬で蹂躙され、みっともなく涙をぼろぼろと流しながら必死に命乞いをする。それもその筈、他の下っ端達は皆大怪我を負わされた程度で済んでいるが、統率者であるルゴロッカは両手足の骨を粉々に砕かれ使い古した雑巾のように地面に転がされていた。
「元、元締め……」
「そうそう元締め。お薬でアッパラパーになった子供達を労働力として使い捨てるには働く場所が必要でしょうよ。君1人じゃ全部仕切れないでしょ?あと武器売ったお金の大半も行先不明だし」
「……も、元締め……は……」
当然ここで元締めの名前を言ってしまえばルゴロッカ本人もタダでは済まされない。しかし、既に両手足を失っているルゴロッカにとっては、元締めよりも目の前の怪物の方がずっと残酷で無邪気だと思い口を開きかけた。その時――――
「元締めは……バ、バシュ――――」
パァン!!!
ルゴロッカは名前を言い切る前に射殺された。ラルバの真後ろから発砲された鉛玉はルゴロッカの左眼を正確に射抜き、本人が状況を理解する前に絶命させた。
「おや」
ラルバが後ろを向くと、マントの下に銃を隠すマスク姿の女性が立っていた。
「……ラルバさんですね?元締めに会いたいそうで……此方へどうぞ」
マントの女性はそう言って踵を返して遠ざかっていく。ラルバは満足そうにその後を追い、置物と化していた2人に手招きをする。
「バリア!ハピネス!早く来い!」
2人は一回だけ顔を見合わせ、ラルバの蛮行に何の意も唱えず歩き出した。
~グリディアン神殿 統合軍総司令部~
暗く汚いスラム街とは打って変わって、埃一つ落ちていない清潔なコンクリートの廊下。しかし真夜中だと言うのに通り過ぎる部屋からは毎回のように罵声が鳴り響き、時折悲鳴や泣き声のような声と共に怒号と荒々しい物音が転がってくる。
ラルバ達3人はマントの女性を先頭に悠々と歩いていく。そして偶にすれ違う軍服を着た女性達がマントの女性を見るなり、機械のような機敏な動作で敬礼をして微動だにしない姿を目にした。
ラルバは敬礼の姿勢で固まる女性達に出会す度に、自分も適当な敬礼でニカっと笑い挨拶を返す。
「やあやあどうも!どうもこんちは!精が出るねぇ!やあやあ!元気してるぅ?」
それを見てバリアも真似して真顔のまま敬礼を返す。しかし軍人達は誰一人として反応を示さず、敬礼した後は姿が見えなくなるまで人形のように固まるばかりである。
「……これ一発ギャグとかやって笑わせてみてもいいかな」
「えぇ……やめなよ……」
笑いを堪えて目を伏せていたハピネスも、流石にラルバを制止して軍人達を気遣う。
そんな暢気なラルバ達を気にも留めず淡々と歩みを進めるマントの女性。暫くすると一番奥の一番大きな扉の前で立ち止まり、ラルバ達に先に入るよう促した。
ラルバは扉を開く前に、後ろの夥しい数の敵意に気がついた。遠すぎて分かり辛いが、明らかに自分達に向けられた針のように鋭く尖った波導。扉の向こうにいるのは相当な権力者であり、何かしようものなら決して生かしては帰さないという気迫。ラルバは満足そうにニタリと笑うと、一切の躊躇なく勢いよく扉を開けた。
数々のトロフィーや盾、槍や紋章が飾られた部屋。その正面の豪奢な机の向こうに腰掛ける人物はゆっくりと立ち上がり、此方へ歩き出す。
龍の立髪のように逆立った黒い長髪に、大きくはみ出した白いメッシュ。深く被った制帽の奥には、真っ黒な白目に鮮血のように赤い瞳孔がぐらぐらと輝いており、額を覆う真っ黒な刺青のせいで切長の目は輪郭が曖昧になっている。しかし肌の色は淡く色付いており、彼女が使奴ではないことが辛うじて分かった。
「俺は……グリディアン神殿、統合軍最高司令官……ロゼだ」
ロゼは羽織っている大きな勲章がついたオーバーサイズの上着を揺らし、マントのようにして手元を隠す。
ラルバはロゼの上着の隙間からチラリと見えた、下着の様に布地の少ない際どい服装を茶化して戯ける。
「ハローベイベー!マイネームイズ、ラルバー。ご機嫌いかが?てかでなんで素っ裸なの?趣味?」
横でハピネスが怪訝そうな顔でラルバの脇腹を肘で突く。
「やめなって……あれはただのファッションだよ……力自慢だったり、自分を強く見せたい者がよくやる格好だ」
「へー、だからルギルギも偉いのにあんな薄着なわけだ。正装の概念がないのかと思ってた。ハピネスのそのバニーガールみたいな肌着もファッション?」
「……旧文明とは文化が違う様だね。反感買うからあんまり言及しない方がいいよ」
「おいっす」
ラルバがハピネスと話していると、突如として部屋の壁が“爆風で窓が割れる様に弾け飛んだ“。その破片の向こう側からはグリディアン神殿の風景ではなく、”龍が暴れ回る様な黒雲渦巻く、無限に広がる朽ちた荒野”が姿を表した。
「虚構拡張――――“孤り終末戦争”」
ロゼは羽織った上着の前を大きく開き、金属製のカードデッキを取り出した。するとラルバは再びロゼの服装を小馬鹿にして両手で顔を覆う。
「うひゃーえっちぃー!けしからんなぁ!!」
そんなラルバの言動にロゼは眉一つ動かさず、トランプを弾き飛ばす様に金属製のカードをラルバ目掛け射出する。
「む!」
ラルバが人差し指と中指でカードをキャッチする。飛んできた4枚のうち、ラルバが無視した1枚は大きくカーブして足元に突き刺さる。するとカードは次々に波導光を放ち、爆音を発して地を揺らした。
「うるさっ!!」
ラルバが一瞬怯んで屈むと、その真上から黒い影が迫る。
「まずは1人……」
ロゼの呟きと共に落下してきた“ソレ”は、地面に衝突した瞬間大爆発を起こした。
吹き荒れる爆風の中、防壁魔法で自身を防護していたロゼは煙幕が晴れる前に大きく飛び退いて反撃に備える。そして再び金属のカードを弾いて煙幕の中へと射出した。カードは一瞬波導光を放ち今度は大量の粘液を撒き散らして回転する。可燃性の粘液は瞬く間に爆炎に引火し、辺りを火の海に変えた。そしてロゼは中空へ手を翳し、何かを異能を発動する。
「もう1人」
ロゼの頭上数十m、虚空から突如砲弾の雨が煙幕に向け放たれた。煙幕は砲弾の爆発により一瞬で吹き飛ばされ、そこへ砲弾により発生した煙幕と土煙が再び標的を隠す。しかし、その煙幕が一瞬だけ晴れた刹那、ロゼは信じがたいものを目にしていた。
防壁の中で一切の被害なく棒立ちしているバリアとハピネスの姿、そして“防壁の外”で肩を大きく回すラルバの姿――――
すぐさま思考を切り替えてカードを弾くロゼ。カードは大量の煙を吐きながら爆音を轟かせ、ロゼの足跡を文字通り煙に巻いた。
「どうやって避けたかは考えるな……どう当てるかだ……」
「こうやって当てるんだよ」
独り言に返答されたロゼはギョッとして隣を見る。そこには怨霊の如く不気味な笑みを浮かべるラルバが並走してきていた。
そしてロゼが何か行動を起こす前に足を払われ地面に突っ伏す。ラルバはロゼの頭を鷲掴みにして持ち上げ、ギリギリと頭蓋骨を締め付ける。
「ぐがっ……!!がっ……!!!」
ロゼは激痛に悶えてラルバの手を掻き毟るが、もう片方の手は反撃をしようとカードデッキに手を伸ばしている。
「いやあ、でもいい策だと思うよ?」
ラルバはロゼが取り損ねて落下したカードデッキを爪先で蹴飛ばし、地面に散らばったカードを一枚一枚眺める。
「未完成の魔法陣が描かれた霊合金のカードか。魔法陣を完成させながら投げれば相手はどの属性が来るかわからないから叩き落とすのを躊躇うし、本体が命中すればそのまま刃物として扱える……不発でも放置しておいて後で起動させれば地雷としても使えるし、何より嵩張らなくていい。でもって本命の異能でトドメを刺す……と」
ラルバの後ろからのんびり歩いてきたハピネスが、苦しむロゼをじっと見つめる。
「……でもこの戦い方では防御姿勢を取れない。異能でなんとかなるのかもしれないけど……どっちかっていうと自信の現れだね。近づかせる前に殺し切るって言う絶対的な覚悟。お家が相当厳しかったのかな?」
ロゼは悔しそうに歯をギリギリと噛み締めると、腕を力なくだらんとぶら下げて異能を解除した。荒野はパキパキとひび割れ、元のトロフィーだらけの部屋に戻った。
ラルバはロゼからパッと手を離し、彼女を地面に落とす。そして顔をマジマジと見つめ、満足そうにニタリと笑った。
「いやあ、裏社会の親玉探しって楽でいいねぇ。上の奴をボコるともっと上の奴が勝手に来てくれる。いいシステムだ」
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不定期で更新します。また、フォーマットが不安定ですが、どこかのタイミングで直します。
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