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グリディアン神殿
第55話 恵まれた人々
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~グリディアン神殿 役所~
「そんな!!何かの間違いだ!!」
ジャハルは木製の受付台を掌で叩き、受付嬢に対して怒りを露わにする。ジャハル達は入国後いつまで経ってもハザクラ達3人と合流できず、役所へこうして問い合わせても何時間もたらい回しにされ、挙げ句の果てには”新規の入国希望者を3名とも逮捕した“と言う不穏な報告。ジャハルは余りの横暴さに我も忘れて怒鳴り声をあげる。
「ハザクラ達がそんなことするものか!!」
「し、しかし……報告では“明らかな犯罪行為があったため拘留中”と確かに……」
「異議申し立てを行いたい!!手続きはどこで!?」
「あの……入国に関する異議申し立ては、基本的に大臣の承認を頂かないと……」
「ぐっ……!?クソ……まどろっこしいことを……!!」
受付嬢はジャハルの“人道主義自己防衛軍幹部”という身分もあって、狼に睨まれたリスの様に震え上がっている。しかしジャハルは頭に血が上っており、目の前の無力な一般人に対する敬意を欠いている。
そこへ見かねたイチルギが近づき、ジャハルの頭を軽く叩く。
「こら、喚いても変わらないわよ」
「イ、イチルギ……しかし……!!」
「言ったでしょ。信じてあげなさいって」
「………………でも」
イチルギはジャハルを受付から引き剥がし、受付嬢に微笑む。
「ごめんなさいね。こっちでなんとかやってみるわ」
「は……はい」
「ほら、行くわよジャハル」
ジャハルは後ろ髪を引かれる思いを拭いきれないまま役所を後にした。
~大衆酒場「酒飲み矢倉」~
まだ夕暮れ前だと言うのに、大衆酒場は宴会の様な賑わいを見せていた。
グリディアン神殿自体は電子機器が一般的に流通する程度には文明があるが、地域によっては――――特に都市部から少しでも離れた場所では未だにガスや水道も碌に通っておらず、この酒場の様に何処から引っ張ってきたか分からない違法電線が当たり前のように使用されているのが現状である。
そんな経済の急成長に置いてけぼりを食らった酒場へジャハルとイチルギは足を踏み入れる。2人ともこんな怪しい店に入るのは不本意だが、ラルバ達との待ち合わせ場所に指定してしまったため、仕方なく店内を覗き込んだ。
「ええと……ラルバは……」
ジャハルが少し背伸びをして店内を見回そうとすると、イチルギが自分の後ろへ隠すようにジャハルの袖を引いた。
「ジャハル。こっちへ」
「な、なんだ?」
イチルギはジャハルへ一言の説明もなく一歩前へ踏み出した。
その瞬間店内の全員がイチルギ達の存在に気づき、馬鹿騒ぎを止めて警戒心全開で静まり返る。
「おい……あいつ……」
「ああ、確かに……」
「後ろにいるのは……」
「どうするよ……」
「何でこんな所に……」
辺りからヒソヒソと聞こえる小声の中傷。それもその筈――――
イチルギは世界ギルドの元総帥であり、実質世界の秩序を保つ存在として世界中で認知されていた。彼女の決定は世界ギルドの決定であり、彼女の行動は一挙手一投足が世界ギルドの意思。言わば、歩く裁判所のような存在である。彼女の神にも等しいその支配力は、左右の区別もつかぬ子供にも理解できる事実であった。
さらにジャハルは永年鎖国の軍事大国の権力者。しかし永年鎖国と言えど、人道主義自己防衛軍と関係を持つ報道陣は僅かながらに存在する。その実力と思想は良くも悪くも“正義の権化”等と呼ばれ、総指揮官着任前から人道主義自己防衛軍の看板となる人物として認知されるようになった。そしてその顔と軍服、何より背負った姿見の様に大きな実用性皆無の大剣に施された装飾と紋章は、どれをとってもジャハルの正体を証明するものであり、名のある悪党であれば当然知っている常識であった。
そんな2人はこの酒場、延いてはグリディアン神殿にいる殆どの人間にとって煩わしい存在であり、自分達の持っている差別思想――――もとい正論を頭ごなしに非難してくる厄介な権力者。頑固で稚拙な分からず屋といった認識である。
この酒場の静寂は、客達の2人へ対する侮蔑と恐怖の表れだった。
そんな近寄り難い2人に近づく人影が1人。彼女は酒場の人間全員が押し黙る中を、まるでランウェイを歩く様に優雅に髪を靡かせ進んで行く。毒々しい紫の長髪は毛先に行くほど鮮やかな赤に染まり、血溜まりの様に燻んだ赤の双角が頭部から突き出ている。真っ白な肌に真っ黒なスーツを身に纏った、イチルギ達のよく知る快楽殺人鬼がそこにいた。
「おやおや、世界ギルドのお嬢様が……こんな下町まで一体何の御用で?」
まるで初対面の様なラルバの煽り文句に、ジャハルは訳が分からず立ち尽くす。しかしイチルギは一欠片の曇りもない眼差しで真っ直ぐにラルバを睨み返す。
「ただの視察よ。アナタは?ここの酒場の関係者?」
当然のように話を合わせて初対面を騙るイチルギ。ジャハルは再び混乱するも、せめてイチルギの足を引っ張らぬ様にと毅然とした態度で仁王立ちを決め込んだ。
「酒場の関係者?いやいやいや……私はただの旅人だよ」
「そう。じゃあ通してもらえるかしら?」
「断る」
「何故?」
「何故?何故だって?見て分からないかい?」
ラルバは両手を大きく広げて周りで黙り込んでいる客達を示し、声を荒げて挑発する。
「誰がお前らを歓迎してるってんだい!!ああ!?あんたら見たいな上流階級が来る場所じゃないんだよここは!!どうしても私らの話が聞きたいなら素っ裸になって逆立ちしてこいボンクラ野郎!!」
ラルバがそう言うと、周りの客達が口々に同調を示し、罵声の大合唱が始まった。
「そうだそうだ!!帰れよ!!」
「うぜーから早く出てけ!!」
「お前らに話すことなんか何もねーっつの!!」
罵詈雑言の雨霰の中、イチルギは呆れながら当たりを見回す。すると端の席で酒を飲んでいるハピネスが、こちらに向かって「バイバイ」と手を振っているのが見えた。その横にはバリアもおり、何の感情も宿っていない真顔でアイスを食べている。イチルギは心の中で盛大に溜息を吐きながらラルバに向き直る。ラルバはやけに上機嫌でニヤニヤと笑っており、この現状に満足している様だった。
そしてイチルギが何か言葉を発しようとした瞬間、ラルバは近くの客から銃を奪ってイチルギ目掛けて発砲した。
パァン!!!
イチルギは咄嗟に頭部を傾けて回避し、弾丸は彼女のこめかみ数ミリ横を外れて店の柱に命中した。調子に乗っていた客達も、流石にこの常軌を逸した行動には怯んで言葉を失う。誰もがイチルギとジャハルによる鉄拳制裁を恐れて縮こまる中、ラルバだけが不敵に笑い、イチルギの額に銃口を押し付ける。
「出てけ」
2人は数秒の間睨み合いを続け、先にイチルギが背を向け店を出て行った。それに続いて不服な面持ちのジャハルも無言で着いていく。店内は一瞬の静寂を挟んで、忽ち歓声の嵐となった。
「うおおおおおおすげぇぇぇぇえええ!!!」
「あんた何モンだよ!!!本当にあいつら追い払いやがった!!!」
「かっけー!!!マジやっっべぇぇええええ!!!」
ラルバは客達に褒め称えられる中、上機嫌で席に戻り深く腰掛ける。そこへ待っていたハピネスが顔を寄せて耳打ちをする。
「ふふふ、ラルバって羨望とか賞賛って嫌いじゃなかったっけ?」
「ん?嫌いだよ。すぐにでも黙らせたいくらいだ」
「ほう……?」
「大丈夫大丈夫」
ラルバは未だ沸き立つ客に囲まれながら、ニヤリと北叟笑む。
「どうせすぐに黙る」
~グリディアン神殿 メインストリート~
酒場を追い出されたイチルギとジャハルは、男性陣3人を解放する手続きを行うためグリディアン神殿の中央部を目指して歩いていた。
「な、なあイチルギ……次からああ言うことやる時はなるべく教えてくれないか?幾ら何でもびっくりするぞ……」
ジャハルはげっそりした表情でイチルギの隣を歩いている。そしてイチルギも同じく疲れた様な表情で道中買ったレモネードを啜る。
「私だって事前に知りたかったわよ」
「ええっ!?あれアドリブなのか!?」
「そーよ」
「よ、よくラルバの求めてることが分かったな……ハピネスが口パクで何か言ってくれてたとかか?」
「ううん?ハピネスも知らなかったんでしょうねー。端っこでずっとニヤニヤしてたし。完っ全に観客気分で手伝いの一つもしてくれなかった――――」
「じゃあ……使奴の勘ってやつか?」
「まあそんなとこ……演技するってことは付き合えってことだろうし、私が普段の業務であの酒場に行くってことは人探しくらいしかあり得ないから、その体で話進めただけ。後はラルバが好きな様に話持っていくだろうし」
「最後の銃は?あれは流石に……」
「いや、それもアドリブ。なんならアイツ当てに来てたわよ。全く……幾ら使奴でも不意打ちじゃあ当たる時もあるっつーの!」
イチルギは飲み干したレモネードの容器を怒りに任せて握り潰す。ジャハルは気の毒そうな顔でイチルギを見つめる。
「そ、それは災難だったな……あれ?でも、ラルバはヒーロー扱いされるの嫌がってなかったか?前にグルメの国で宴会に参加しなかったと聞いたんだが」
「え?ああ。今回はヒーローになるのが目的だったんじゃないかしら」
「……?なんでまた」
「多分……詳しくは分からないけど、悪党の味方のフリして潜り込んで……関係者纏めて一網打尽にしたいとかそんなとこじゃないかしらねー」
「は、はぁ……成る程……」
ジャハルは呆れながらも納得し、ふとあることが気になり辺りを見回す。
「どうしたの?ジャハル」
「い、いや……この国は男性差別が根強いとあるが、意外にも普通に働いている男性が多いと思ってな。話に聞くより幾分か平和に見える」
ジャハルの言う通り、メインストリートの出店や飲食店。服飾店の中にも少数ながらも生き生きと働く男性の姿があった。しかしイチルギは重苦しい雰囲気で口を開く。
「……差別される側にも階級があるのよ」
そう言って双眼鏡を取り出してジャハルに渡す。ジャハルがイチルギに示された場所を見ると、何やらしゃがんで足元の穴からバケツを受け取っている男性の姿が見えた。
「ん?あれは何をしているんだ?」
「糞尿の汲み取り」
「え…………何だと……!?」
ジャハルは慌ててもう一度双眼鏡を覗き込む。男性は足元の穴の側でしゃがみ込んで、何回もバケツを受け取り荷車に運び込んでいる。遠くてわかり辛いが明らかな薄着であることは確かで、全身が黒ずんでいるのは肌の色ではない様に見えた。
「と、と言うことは……穴の中にも人が!?」
「大体深さは2mか3mくらいかしら。1人が中に入って溜め込まれた汚物をバケツに汲み取って、上にいる人間がそれを運び出す。まあよくある仕事よ」
「しかしっ……!!彼ら、作業服は着ていないのか!?マスクは!?」
「マスクどころか、素手に素足よ。ちょっとぐらい口に入ろうが目に入ろうが、仕事が優先」
「くっ口にっ……!?」
ジャハルは口元を押さえて嘔気を堪える。
「そ、そんな……素手で汚物の掃除など……!!!」
「この辺の男達の間でもまあまあ嫌がられる仕事ね。汚いし病気にもなるし、安いし疲れるし」
「まあまあ!?あの拷問がまあまあだと!?」
「まあまあよ。だって気をつけていればあんまり死にはしないし、自分たちのことを雇う人間がちゃんといるんだもの。本当に嫌われる仕事は薬物とか拷問の実験体とか、あとは伝書人かしらね。所謂配達人なんだけど配達物を狙ってる人間も大勢いるし、時間通りに届けられなければ報酬無しで体罰は免れない。そう考えると、相手が自分のことを意図的に攻撃してこなくてほぼほぼ確実に賃金が貰えるってだけで大分恵まれてる方よ」
「そんな……そんなもの仕事ではない!!奴隷ではないか……!!!調査班の報告書にそんな記述などなかった……!!!」
「外国人は普通あんなとこまで入ってこれないから、実態も薄いところしか露呈してないのよ。あの子達も、こんな昼間っからあんな見えやすい場所で作業してるってバレたら大目玉でしょうね。だからメインストリートで働く男達は被差別民の中でも上位階級なの。朝から晩まで働かされて、臭い飯に路上での寝起きだったとしても、死にはしないもの」
イチルギは話している内容とは裏腹に、平然としたまま歩みを進める。しかしジャハルは惨憺たる現状に耐え切れず、イチルギに詰め寄る。
「イチルギはっ!!!この現状を救う力があるんじゃないのか……!?何故見て見ぬ振りが出来るんだ……!!!」
しかし、イチルギは眉一つ動かさずに呟く。
「じゃあ全員殺すわよ」
「な……なん……」
「全ては有限なの。安全に暮らせる人の席は少ししかない。そこに座れない人はドブに浸かって生きるしかない。恵まれない人を救うには、恵まれている人に席を空けてもらうしかないの」
「そんなはずは、互いに譲り合えば……!!」
「アナタの国。人道主義自己防衛軍では確か出生制限があったわよね?」
「………………ああ」
「あれはジャハルの国の長、ベルとフラムが最初に“安全に暮らせる人の席”を設定したから。だからみんな平和に暮らせていた。でもここは違う。物が足りていないのに消費する人間が増えたら奪い合いが起こるのは当然。それを無くすには……物は増えないんだから。人を減らすしかないのよ」
「……でも、きっと何か方法が……」
「あったとして、それは“全人類が一致団結”して始めてなし得る策よ。私達使奴は全人類の洗脳までは難しいし、そんなことしたくもないわ」
ジャハルは何も言い返せず、俯いたまま立ち尽くす。彼女自身、頭の中に描いている世界平和のための政策は山程あるが、イチルギという自分より遥かに優れた人物の断言の前では無策だと感じた。
「……行くわよ。まずは身近な人から救いましょ」
しかしジャハルは小さな違和感を覚えていた。今回ばかりは、イチルギは間違ったことを言っているのではないかと――――
それは決して自分の妄信や現実逃避からくる我儘などではなく、“イチルギが何かを隠し、嘘をついている”様な気がして……
パーティ現在位置
メインストリート イチルギ、ジャハル
酒場 ラルバ、ハピネス、バリア
地下牢 ラデック、ハザクラ、ラプー
「そんな!!何かの間違いだ!!」
ジャハルは木製の受付台を掌で叩き、受付嬢に対して怒りを露わにする。ジャハル達は入国後いつまで経ってもハザクラ達3人と合流できず、役所へこうして問い合わせても何時間もたらい回しにされ、挙げ句の果てには”新規の入国希望者を3名とも逮捕した“と言う不穏な報告。ジャハルは余りの横暴さに我も忘れて怒鳴り声をあげる。
「ハザクラ達がそんなことするものか!!」
「し、しかし……報告では“明らかな犯罪行為があったため拘留中”と確かに……」
「異議申し立てを行いたい!!手続きはどこで!?」
「あの……入国に関する異議申し立ては、基本的に大臣の承認を頂かないと……」
「ぐっ……!?クソ……まどろっこしいことを……!!」
受付嬢はジャハルの“人道主義自己防衛軍幹部”という身分もあって、狼に睨まれたリスの様に震え上がっている。しかしジャハルは頭に血が上っており、目の前の無力な一般人に対する敬意を欠いている。
そこへ見かねたイチルギが近づき、ジャハルの頭を軽く叩く。
「こら、喚いても変わらないわよ」
「イ、イチルギ……しかし……!!」
「言ったでしょ。信じてあげなさいって」
「………………でも」
イチルギはジャハルを受付から引き剥がし、受付嬢に微笑む。
「ごめんなさいね。こっちでなんとかやってみるわ」
「は……はい」
「ほら、行くわよジャハル」
ジャハルは後ろ髪を引かれる思いを拭いきれないまま役所を後にした。
~大衆酒場「酒飲み矢倉」~
まだ夕暮れ前だと言うのに、大衆酒場は宴会の様な賑わいを見せていた。
グリディアン神殿自体は電子機器が一般的に流通する程度には文明があるが、地域によっては――――特に都市部から少しでも離れた場所では未だにガスや水道も碌に通っておらず、この酒場の様に何処から引っ張ってきたか分からない違法電線が当たり前のように使用されているのが現状である。
そんな経済の急成長に置いてけぼりを食らった酒場へジャハルとイチルギは足を踏み入れる。2人ともこんな怪しい店に入るのは不本意だが、ラルバ達との待ち合わせ場所に指定してしまったため、仕方なく店内を覗き込んだ。
「ええと……ラルバは……」
ジャハルが少し背伸びをして店内を見回そうとすると、イチルギが自分の後ろへ隠すようにジャハルの袖を引いた。
「ジャハル。こっちへ」
「な、なんだ?」
イチルギはジャハルへ一言の説明もなく一歩前へ踏み出した。
その瞬間店内の全員がイチルギ達の存在に気づき、馬鹿騒ぎを止めて警戒心全開で静まり返る。
「おい……あいつ……」
「ああ、確かに……」
「後ろにいるのは……」
「どうするよ……」
「何でこんな所に……」
辺りからヒソヒソと聞こえる小声の中傷。それもその筈――――
イチルギは世界ギルドの元総帥であり、実質世界の秩序を保つ存在として世界中で認知されていた。彼女の決定は世界ギルドの決定であり、彼女の行動は一挙手一投足が世界ギルドの意思。言わば、歩く裁判所のような存在である。彼女の神にも等しいその支配力は、左右の区別もつかぬ子供にも理解できる事実であった。
さらにジャハルは永年鎖国の軍事大国の権力者。しかし永年鎖国と言えど、人道主義自己防衛軍と関係を持つ報道陣は僅かながらに存在する。その実力と思想は良くも悪くも“正義の権化”等と呼ばれ、総指揮官着任前から人道主義自己防衛軍の看板となる人物として認知されるようになった。そしてその顔と軍服、何より背負った姿見の様に大きな実用性皆無の大剣に施された装飾と紋章は、どれをとってもジャハルの正体を証明するものであり、名のある悪党であれば当然知っている常識であった。
そんな2人はこの酒場、延いてはグリディアン神殿にいる殆どの人間にとって煩わしい存在であり、自分達の持っている差別思想――――もとい正論を頭ごなしに非難してくる厄介な権力者。頑固で稚拙な分からず屋といった認識である。
この酒場の静寂は、客達の2人へ対する侮蔑と恐怖の表れだった。
そんな近寄り難い2人に近づく人影が1人。彼女は酒場の人間全員が押し黙る中を、まるでランウェイを歩く様に優雅に髪を靡かせ進んで行く。毒々しい紫の長髪は毛先に行くほど鮮やかな赤に染まり、血溜まりの様に燻んだ赤の双角が頭部から突き出ている。真っ白な肌に真っ黒なスーツを身に纏った、イチルギ達のよく知る快楽殺人鬼がそこにいた。
「おやおや、世界ギルドのお嬢様が……こんな下町まで一体何の御用で?」
まるで初対面の様なラルバの煽り文句に、ジャハルは訳が分からず立ち尽くす。しかしイチルギは一欠片の曇りもない眼差しで真っ直ぐにラルバを睨み返す。
「ただの視察よ。アナタは?ここの酒場の関係者?」
当然のように話を合わせて初対面を騙るイチルギ。ジャハルは再び混乱するも、せめてイチルギの足を引っ張らぬ様にと毅然とした態度で仁王立ちを決め込んだ。
「酒場の関係者?いやいやいや……私はただの旅人だよ」
「そう。じゃあ通してもらえるかしら?」
「断る」
「何故?」
「何故?何故だって?見て分からないかい?」
ラルバは両手を大きく広げて周りで黙り込んでいる客達を示し、声を荒げて挑発する。
「誰がお前らを歓迎してるってんだい!!ああ!?あんたら見たいな上流階級が来る場所じゃないんだよここは!!どうしても私らの話が聞きたいなら素っ裸になって逆立ちしてこいボンクラ野郎!!」
ラルバがそう言うと、周りの客達が口々に同調を示し、罵声の大合唱が始まった。
「そうだそうだ!!帰れよ!!」
「うぜーから早く出てけ!!」
「お前らに話すことなんか何もねーっつの!!」
罵詈雑言の雨霰の中、イチルギは呆れながら当たりを見回す。すると端の席で酒を飲んでいるハピネスが、こちらに向かって「バイバイ」と手を振っているのが見えた。その横にはバリアもおり、何の感情も宿っていない真顔でアイスを食べている。イチルギは心の中で盛大に溜息を吐きながらラルバに向き直る。ラルバはやけに上機嫌でニヤニヤと笑っており、この現状に満足している様だった。
そしてイチルギが何か言葉を発しようとした瞬間、ラルバは近くの客から銃を奪ってイチルギ目掛けて発砲した。
パァン!!!
イチルギは咄嗟に頭部を傾けて回避し、弾丸は彼女のこめかみ数ミリ横を外れて店の柱に命中した。調子に乗っていた客達も、流石にこの常軌を逸した行動には怯んで言葉を失う。誰もがイチルギとジャハルによる鉄拳制裁を恐れて縮こまる中、ラルバだけが不敵に笑い、イチルギの額に銃口を押し付ける。
「出てけ」
2人は数秒の間睨み合いを続け、先にイチルギが背を向け店を出て行った。それに続いて不服な面持ちのジャハルも無言で着いていく。店内は一瞬の静寂を挟んで、忽ち歓声の嵐となった。
「うおおおおおおすげぇぇぇぇえええ!!!」
「あんた何モンだよ!!!本当にあいつら追い払いやがった!!!」
「かっけー!!!マジやっっべぇぇええええ!!!」
ラルバは客達に褒め称えられる中、上機嫌で席に戻り深く腰掛ける。そこへ待っていたハピネスが顔を寄せて耳打ちをする。
「ふふふ、ラルバって羨望とか賞賛って嫌いじゃなかったっけ?」
「ん?嫌いだよ。すぐにでも黙らせたいくらいだ」
「ほう……?」
「大丈夫大丈夫」
ラルバは未だ沸き立つ客に囲まれながら、ニヤリと北叟笑む。
「どうせすぐに黙る」
~グリディアン神殿 メインストリート~
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「な、なあイチルギ……次からああ言うことやる時はなるべく教えてくれないか?幾ら何でもびっくりするぞ……」
ジャハルはげっそりした表情でイチルギの隣を歩いている。そしてイチルギも同じく疲れた様な表情で道中買ったレモネードを啜る。
「私だって事前に知りたかったわよ」
「ええっ!?あれアドリブなのか!?」
「そーよ」
「よ、よくラルバの求めてることが分かったな……ハピネスが口パクで何か言ってくれてたとかか?」
「ううん?ハピネスも知らなかったんでしょうねー。端っこでずっとニヤニヤしてたし。完っ全に観客気分で手伝いの一つもしてくれなかった――――」
「じゃあ……使奴の勘ってやつか?」
「まあそんなとこ……演技するってことは付き合えってことだろうし、私が普段の業務であの酒場に行くってことは人探しくらいしかあり得ないから、その体で話進めただけ。後はラルバが好きな様に話持っていくだろうし」
「最後の銃は?あれは流石に……」
「いや、それもアドリブ。なんならアイツ当てに来てたわよ。全く……幾ら使奴でも不意打ちじゃあ当たる時もあるっつーの!」
イチルギは飲み干したレモネードの容器を怒りに任せて握り潰す。ジャハルは気の毒そうな顔でイチルギを見つめる。
「そ、それは災難だったな……あれ?でも、ラルバはヒーロー扱いされるの嫌がってなかったか?前にグルメの国で宴会に参加しなかったと聞いたんだが」
「え?ああ。今回はヒーローになるのが目的だったんじゃないかしら」
「……?なんでまた」
「多分……詳しくは分からないけど、悪党の味方のフリして潜り込んで……関係者纏めて一網打尽にしたいとかそんなとこじゃないかしらねー」
「は、はぁ……成る程……」
ジャハルは呆れながらも納得し、ふとあることが気になり辺りを見回す。
「どうしたの?ジャハル」
「い、いや……この国は男性差別が根強いとあるが、意外にも普通に働いている男性が多いと思ってな。話に聞くより幾分か平和に見える」
ジャハルの言う通り、メインストリートの出店や飲食店。服飾店の中にも少数ながらも生き生きと働く男性の姿があった。しかしイチルギは重苦しい雰囲気で口を開く。
「……差別される側にも階級があるのよ」
そう言って双眼鏡を取り出してジャハルに渡す。ジャハルがイチルギに示された場所を見ると、何やらしゃがんで足元の穴からバケツを受け取っている男性の姿が見えた。
「ん?あれは何をしているんだ?」
「糞尿の汲み取り」
「え…………何だと……!?」
ジャハルは慌ててもう一度双眼鏡を覗き込む。男性は足元の穴の側でしゃがみ込んで、何回もバケツを受け取り荷車に運び込んでいる。遠くてわかり辛いが明らかな薄着であることは確かで、全身が黒ずんでいるのは肌の色ではない様に見えた。
「と、と言うことは……穴の中にも人が!?」
「大体深さは2mか3mくらいかしら。1人が中に入って溜め込まれた汚物をバケツに汲み取って、上にいる人間がそれを運び出す。まあよくある仕事よ」
「しかしっ……!!彼ら、作業服は着ていないのか!?マスクは!?」
「マスクどころか、素手に素足よ。ちょっとぐらい口に入ろうが目に入ろうが、仕事が優先」
「くっ口にっ……!?」
ジャハルは口元を押さえて嘔気を堪える。
「そ、そんな……素手で汚物の掃除など……!!!」
「この辺の男達の間でもまあまあ嫌がられる仕事ね。汚いし病気にもなるし、安いし疲れるし」
「まあまあ!?あの拷問がまあまあだと!?」
「まあまあよ。だって気をつけていればあんまり死にはしないし、自分たちのことを雇う人間がちゃんといるんだもの。本当に嫌われる仕事は薬物とか拷問の実験体とか、あとは伝書人かしらね。所謂配達人なんだけど配達物を狙ってる人間も大勢いるし、時間通りに届けられなければ報酬無しで体罰は免れない。そう考えると、相手が自分のことを意図的に攻撃してこなくてほぼほぼ確実に賃金が貰えるってだけで大分恵まれてる方よ」
「そんな……そんなもの仕事ではない!!奴隷ではないか……!!!調査班の報告書にそんな記述などなかった……!!!」
「外国人は普通あんなとこまで入ってこれないから、実態も薄いところしか露呈してないのよ。あの子達も、こんな昼間っからあんな見えやすい場所で作業してるってバレたら大目玉でしょうね。だからメインストリートで働く男達は被差別民の中でも上位階級なの。朝から晩まで働かされて、臭い飯に路上での寝起きだったとしても、死にはしないもの」
イチルギは話している内容とは裏腹に、平然としたまま歩みを進める。しかしジャハルは惨憺たる現状に耐え切れず、イチルギに詰め寄る。
「イチルギはっ!!!この現状を救う力があるんじゃないのか……!?何故見て見ぬ振りが出来るんだ……!!!」
しかし、イチルギは眉一つ動かさずに呟く。
「じゃあ全員殺すわよ」
「な……なん……」
「全ては有限なの。安全に暮らせる人の席は少ししかない。そこに座れない人はドブに浸かって生きるしかない。恵まれない人を救うには、恵まれている人に席を空けてもらうしかないの」
「そんなはずは、互いに譲り合えば……!!」
「アナタの国。人道主義自己防衛軍では確か出生制限があったわよね?」
「………………ああ」
「あれはジャハルの国の長、ベルとフラムが最初に“安全に暮らせる人の席”を設定したから。だからみんな平和に暮らせていた。でもここは違う。物が足りていないのに消費する人間が増えたら奪い合いが起こるのは当然。それを無くすには……物は増えないんだから。人を減らすしかないのよ」
「……でも、きっと何か方法が……」
「あったとして、それは“全人類が一致団結”して始めてなし得る策よ。私達使奴は全人類の洗脳までは難しいし、そんなことしたくもないわ」
ジャハルは何も言い返せず、俯いたまま立ち尽くす。彼女自身、頭の中に描いている世界平和のための政策は山程あるが、イチルギという自分より遥かに優れた人物の断言の前では無策だと感じた。
「……行くわよ。まずは身近な人から救いましょ」
しかしジャハルは小さな違和感を覚えていた。今回ばかりは、イチルギは間違ったことを言っているのではないかと――――
それは決して自分の妄信や現実逃避からくる我儘などではなく、“イチルギが何かを隠し、嘘をついている”様な気がして……
パーティ現在位置
メインストリート イチルギ、ジャハル
酒場 ラルバ、ハピネス、バリア
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しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!
仁徳
ファンタジー
あらすじ
リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。
彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。
ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。
途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。
ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。
彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。
リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。
一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。
そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。
これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!
オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】
山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。
失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。
そんな彼が交通事故にあった。
ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。
「どうしたものかな」
入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。
今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。
たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。
そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。
『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』
である。
50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。
ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。
俺もそちら側の人間だった。
年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。
「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」
これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。
注意事項
50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。
あらかじめご了承の上読み進めてください。
注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。
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