シドの国

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なんでも人形ラボラトリー

第52話 名は体を表す

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~なんでも人形ラボラトリー 検問所~

「うっひゃぁ~イっちゃん怖~!!」
 なんでも人形ラボラトリーの出国手続きをしに検問所まで戻ってきたラルバ達。仏頂面ぶっちょうずらのイチルギに、ラルバは大袈裟おおげさおどけて揶揄からかっている。
「うるっさいわね!いつまでそのネタ引っ張るのよ!」
「いやだってさぁ~正義の世界ギルドの元総帥そうすいがちっぽけなぞくすごんで「うるさい」ってさぁ~!あれ本気で威圧いあつしてたよね!!トラウマになっちゃうんじゃないのぉ~?」
 ラルバは再現をしてイチルギを馬鹿にする。イチルギはいつものあきれた表情で大きく溜息を吐いて肩を落とす。
「もう好きなだけ言ってなさい……それより、早く出ましょ。もうここに用はないんでしょ?」
 ラルバ達が出国手続きをする横で、ラデックはティエップと別れの挨拶あいさつを交わしていた。
「ティエップはあの賊にかくまってもらうんだろう?気をつけて」
「…………」
「君の才能は素晴らしい物だ。きっとみんなの役に立つ」
「…………」
「世話になった。またどこかで会おう」
 しかしティエップは黙ってうつむいたままラデックの手を離そうとはせず、何か言葉を声に出そうと震えている。
「……悪いが君は連れて行けない。常夜の呪いの外へ出るのは危険すぎる」
 ティエップは涙で真っ赤に腫れた目をラデックへ向ける。
「ラ、ラデックさんだって……外は危険ですよ……!?それに、ましてやあの女尊男卑じょそんだんぴの国……!”グリディアン神殿しんでん“に行くなんて……!!」
「俺は大丈夫だ。使奴が3人も守ってくれている」
「でも……でも……!!」
 子供のようにボロボロと大粒の涙を流すティエップと、それを淡々たんたんと冷静になぐさめるラデック。チグハグな2人のやりとりに、ハピネスはヘラヘラと笑いながら口を挟んだ。
「まったくラデック君も鈍感だねぇ。ティエップは君にゾッコンなんだよ」
「ゾッコンなのか?」
 ティエップは暢気のんきな2人の指摘に顔を伏せて真っ赤なってしまう。ラデックは困り果てて頭をき、横目でラルバの方を見る。
「……本音を言えば、安全な所で家庭を作り平和に暮らしたいのはそうなんだが」
 その言葉に少し期待をしたティエップは、何かを乞うような顔でラデックの手を握る手に力を込める。しかし――――
「その願いが叶うのはまだまだ先になるみたいだ。ティエップ。元気でな」
 そう言ってラデックはティエップの手を少しだけ強く握り返してから、優しくゆっくりと引き剥がす。
「……ラ、ラデック……さん」
 ティエップは何かを探すように慌てて自分の身体を探り、腕輪を取り外してラデックに差し出す。
「こ、これを持っていってください……!私は、ついていけないから……そして、必ず、必ず帰ってきてください……!!」
「……わかった」
 そう言ってラデックがティエップの腕輪を受け取ろうとすると――――
却下きゃっかぁ!!!」
 横からラルバが2人の間を割くように手刀を割り込ませ、腕輪を両断りょうだんした。ティエップは恐怖と悲しみに満ちた表情で真っ二つにされた腕輪を見つめ呆然ぼうぜんとする。ラデックはめずらしく眉間みけんしわを寄せてラルバを睨む。
「……何をする。ラルバ」
「常夜の呪いで私に言葉が通じないからってコソコソなんかの約束などしよって!!お前なんぞにウチのラデックはやらん!!」
 ぎゃーぎゃーとわめくラルバを、後ろから鬼の形相ぎょうそうで迫ってきたイチルギが恐ろしい速さで羽交はがめ出口へと引きっていく。その後にバリアやハザクラ達も続き、その様子を呆れながら見ていたハピネスとラデックはティエップに向きなおり頭を下げる。
「ごめんねティエップちゃん。ウチの暴れん坊が粗相そそうを」
「……すまなかった」
「……いえ……その……ラデックさん達が謝ることでは……」
「……代わりに俺から何かを渡したいが、生憎あいにく私物と呼べるような何かを持っていない」
「あの!そんな気をつかわなくても……!」
「こういう時は、何か大事な物を形見代わりに渡す文化が広く浸透しんとうしているのは知ってる」
「か、形見って……!」
「……本当に何もない。どうしようかハピネス」
「え、私に聞くのかい?そのジャケットとかあげれば?」
「これは知らない使奴研究員の遺品いひんだからな……相応ふさわしくないと思う」
「ライターは?」
「これも遺品だ」
「ラデック君墓荒らしかなんか?」
「似たようなものではある」
「あのっ!私のことは気にしないで下さい!大丈夫ですから!」
「いやそう言うわけには……」
「ハピネース!!!ラデックー!!!早くこんかぁー!!!」
 ゲートの奥からラルバの怒鳴り声が響き、ラデックとハピネスは顔を見合わせる。するとティエップは意を決したようにラデックに近づき、背を伸ばして口づけをした。そして、ハッと我に帰りすぐさま離れ深々と頭を下げる。
「す、すみませんっ!!あ、あの……っかっ必ず、必ず帰ってきてください……!いや、ど、どうか……ご無事で……!!!」
 ラデックは黙ったままティエップを見つめ、ティエップの髪をゆっくりとでる。
「大丈夫だ。ありがとう」
 そう言ってラデックは背を向けて出口へ歩き出した。ハピネスはティエップにお辞儀じぎをしてからラデックの後を追う。
「ふふふ、ラデック君モテるねぇ。世界ギルドの衛兵カルネ、ヒトシズク・レストランのアビス、クザン村のクアンタ、でもってティエップと……この女誑おんなたらし」
「アビスもクアンタも別に何かあったわけじゃ……カルネ……?見ていたのか?ハピネス。俺が初めて世界ギルドに来た日のことだろう?」
「偶然ね」
「……別にたぶらかしているつもりはないが、異性から魅力的に見られているなら悪い気はしない」
「そう言うのを誑かしているって言うんだよ」



~なんでも人形ラボラトリー ゲート前~

「うおおおおおっ!!!おおおおおおおおおっ!!!」
 ゲートの外で雄叫びを上げているのはハピネスであった。いつもの妖しげな淑女の姿はそこにはなく、生まれて初めて見る遊園地に興奮こうふんする男児のように目をキラキラと輝かせている。ハピネスの横に立つ不潔ふけつな中年男性……今回の黒幕である知識のメインギアに隷属れいぞくさせられていた法則改変の異能を持つ男、“トコヨ“が目の前に鎮座ちんざする流線型の巨大な装甲車に対し説明を始める。
「……もも、ものとしては一級品。こ、工場の国“三本腕連合軍”に造らせた最新式のホバーハウス」
「ホバーハウス!?ホバー!?コレ浮くんだな!?」
 ハピネスがさらに興奮してトコヨに詰め寄る。
「う、浮くどころか、速度も他の高級馬車の比じゃない……防衛装置も通信機も超ハイスペック……ま、まあ通信機は旧文明に比べたらゴミ性能だけど……安定性と安全性、快適さをつきつ、突き詰めた金持ち専用の超高級マシン……これ乗ってる貴族なんか、世界に10人もいない……」
 ハピネスは大喜びでホバーハウスの中に走っていき、入り口の段差につまずいて盛大に顔面から突っ伏した。イチルギが見かねて肩を貸しハピネスを立ち上がらせる後ろで、ジャハルがトコヨに近寄る。
「……こんな代物、どこから持ってきた?無駄金を払うつもりはないぞ」
「だ、大丈夫。ただのお礼……ち、知識のメインギアが管理してた倉庫に……こういうのいっぱいある……他の国から、おどし取ったやつ……」
「そうか……では有難ありがたく使わせてもらうが……これ自動操縦そうじゅう機能とかは付いているのか?」
「つつ、付いてる。登録してあるとこしか行けないけど……“グリディアン神殿”に行くんでしょ?登録され、されてるから、大丈夫」
「そうか……グリディアン神殿に着いたらここへ戻ってくるよう設定しておこう。なるべく汚さないようにはする」
 するとハピネスが大慌おおあわてでホバーハウスの窓を開いて顔をのぞかせる。
「返すのか!?なんで!?ずっとこれ乗ろう!?」
 トコヨもジャハルを見上げて同意する。
「べべ、別に、俺使わない……もらってくれていい」
「目立ちすぎるだろう。好意は有難いが、必要ない」
 そこへラルバも近寄ってきてジャハルに同意する。
「そうだぞハピネス。こんなド級のヘンテコマシン乗ってたら悪者が萎縮いしゅくするだろう」
「私が悪党探すから!!ラルバ頼む!!」
「だーめ」
「頼む!!!」
「だーめ!!!」
 和気藹々わきあいあいとしているラルバ達から少し離れた所で、ラデックはタバコを吸いながら呆然ぼうぜんとそれをながめている。
「どうしたの?」
 バリアがラデックの顔を覗き込むと、ラデックは少し考えた後つぶやいた。
「…………預言者よげんしゃの子の名前が思い出せないんだ。全く」
「……常世の呪いのせい?」
「ああ、国内で覚えた言葉は誤翻訳ごほんやくされてしまうそうだ。多目的バイオロイド研究所がなんでも人形ラボラトリーと伝わってしまったようにな……けど、あの子の名前の誤翻訳すら思いつかない。その理由を考えているんだ」
 バリアは少し沈黙を挟むと、ラデックの顔色をうかがってから話し始める。
「……多分、意味がないんだよ」
「どう言うことだ?」
「あの子、奴隷どれいあつかいだったんでしょ?だから、きっと何も意味を込められていない適当な名前をつけられた。だから誤翻訳も何もないんだと思う」
「そうか………………そうか」
 ラデックは振り向いてなんでも人形ラボラトリーのゲートを見つめる。その悲しそうなラデックの横顔を見て、バリアは一つ提案をする。
「ラデック。あの子に何か貰ってたよね」
「ん?ああ、腕輪か。しかしラルバに壊されてしまった。俺があげられる物もなかったし、結局何もやり取りしていない」
「じゃあ名前をあげたらいいんじゃない?」
「名前?そういうものって勝手につけていいのか?」
「きっと喜ぶと思う」
「そうか。名前……名前……」













 後日、返却されたホバーハウスの中に一通の手紙が入っていたのをトコヨが発見した。トコヨは中身からそれがティエップ宛であることに気づき、すぐさま彼女の元をたずねた。
「あれ、トコヨさん……?どうしたんですか?」
「こ、これ、ラデックから。多分、あんたに」
「えっ……!?」
 ティエップはあわてて手紙を受け取り、中身を確認する。


 祖国を救った偉大なる預言者へ
 国を出てから、君の名前を思い出せないことに気づいた。きっと常世の呪いによる副作用なんだろう。しかし、それはあまりに寂しいことだ。そこで、別れ際に何も渡せず、何も受け取れなかった代わりに、本当に勝手な話ではあるが君に名前をおくりたい。ただ、もし今の名前を気に入っていたのだったら忘れてくれ。
 君は自分の実力を鼻にもかけず、謙虚けんきょつつましやかな美しい女性だ。それと同時に、君は自分の価値に誇りを持てず謙遜けんそんしがちだ。そんな君に相応ふさわしい名前を考えた。

 “スフィア”

 スフィアとは、魔力の不可逆的ふかぎゃくてきな変化によって生まれた結晶のことだ。俺達が生きていた200年前の旧文明では、歴史上最も長い間価値が変わらなかった“不変の美しさ”を象徴しょうちょうする宝石とされていた。君にその宝石と同じ名前を贈りたい。君が自分をどんな風に思っていたとしても、そこには決してけがれずおとしめられることのない不変の美しさがある。どうか、そのことを胸に生きて欲しい。

 またいつかどこかで会おう。スフィア。
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