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クザン村
第33話 あまりに生き生きとした生餌
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「どうせクザンの徒に伝わる“お告げ”だって鳥の大量死とかラリった猿とかだろう?毒ガスが漏れ始めれば、虫や地表の生き物は毒に侵され、それを食べた鳥含め生物の大量死を引き起こす。毒に多少耐性のある生き物は狂う程度で済むだろうな。はぁ~あ、なぁにがお告げだ全く」
村人達は目を皿にして口を半開きにし、ラルバが釣り上げたトコネムリをじっと見つめて呆然とする。
「こ、これが……祟り……?」
「嘘だべおい……」
「俺達……こんなん信じて……」
しかし、そこでバビィは大きく声を張り上げる。
「だっ騙されるなっ!!お前の言うことが正しいなら、男が生贄にならない理由にはならんだろう!!」
「なるよ」
ラルバは肩で風を切ってバビィに詰め寄る。
「クアンタから聞いたぞ。村の女は衣食住を管理されて、酒や煙草も禁止されると」
「そ、それがどうした……」
「てことは、男達は酒も煙草もやるってことだ。こんな毒塗れの村で作った酒や煙草を」
ラルバがハピネスの方をチラリと見ると、ハピネスは準備していたかのようにスラスラと話し始める。
「トコネムリは土や毒でも喰らう超弩級の雑食だが……実は、暴食という性質上共食いをしない。共食いなんてしたらあっという間に群れが全滅するからな。そしてこの湖のトコネムリは皆、この毒素を大量に体に蓄えている。つまり、同じ毒の臭いのする奴を同種と捉えている可能性がある。お前らはこの毒塗れの村で、毒塗れの飯に毒塗れの煙草と毒塗れの酒を飲んでいたんだろう?それじゃあトコネムリは食べないかも知れないな。同種と同じ臭いがするんだから。しかし、そういった毒から遠ざけて、衣食住を制限し毒を蓄えていない生物なら――――間違いなくこの上ないご馳走だろう」
ハピネスが話し終えると、歯を噛み締めたバビィはなんとか反論しようと口を開くが、それより早くラルバが手を叩いてバビィの第一声を搔き消す。
「と言うわけだ!しかしバビィ君は納得していないようなので……百聞は一見に如かず!試してみよう!」
ラルバは先程足元へ転がした男の首根っこを掴んで、勢いよく氷の桟橋へと放り投げる。
「わわっ……!あっ……!あっ……!」
男は必死に身体を捩って勢いを殺そうともがく。そして――――
「落ちっ……落ちるっ……!!」
氷で滑って止まりきれず静かに湖へと消えた。
ラルバは両手の汚れを払うように手を叩いて、ゆっくりと湖に近寄る。
「普通なら襲われはしないだろう。しかし昨晩私がお前らにかけた浄化と反転の魔法で毒は綺麗さっぱり落ちている……金持ちの膝で欠伸をする血統書付きの猫並みに健康だ。さてさて、祟りの真偽や如何に?」
繊細な名画の様に静まり返る湖。僅かな泡とそよ風だけが喧しく景色を揺らし、村人の1人が息を呑んだ次の瞬間。
バシャバシャバシャバシャ!!!
「たっ助けっ……!!!あああああああっ!!!」
湖から拘束が解けた男が、身体中をトコネムリに齧られながら浮き上がってきた。運良く拘束はトコネムリの鋭い歯によって解かれており、必死に氷の桟橋に捕まって這いあがろうとするが、何度掴んでも滑って再び湖へと落下する。
「ひっひっひ……!今までは子作りに疲れ果てた女を贄に捧げていたからこうはならなかっただろうが……今は元気いっぱいの生き餌だからなぁ!かくて迷信は消滅せり!って感じ?」
漸く桟橋に這い上がった男は、全身から血を垂れ流して四つん這いで戻ってくる。ヒルのように噛み付いているトコネムリは一匹一匹と肉を噛み千切って湖へと落下し、水面を真っ赤に染め上げる。
「た、助け……あっ……」
男は片足を滑らして再び湖へと吸い込まれる。しかし、大量の真っ赤な泡を水面に浮かべた後は、2度と浮き上がってくることはなかった。
「ありゃらりゃらーっと。次、誰行く?」
ラルバが村人達の方へ振り向くと、全員が顔を真っ青に染めてガチガチと歯を打ち鳴らす。必死に手元を動かして魔法を使い逃走を試みるが、昨晩知ったラルバという怪物との圧倒的な力の差を思い出し、恐怖で魔法の発動と中断を小刻みに繰り返す。
「あーら誰も行かない。じゃあバビィ君行っとこうか!首謀者だし!」
「なっ……!」
そう言ってラルバはバビィの片足を掴んで引きずる。
「やめっ……やめろっ!離せぇっ!!!」
「やーだよっ!」
しかし、ラルバは突然止まって顎を撫でながら天を仰ぐ。
「あー……でも、クアンタちゃんにお願いされたら見逃しちゃうかなー」
「えっ、わた、私……?」
クアンタは困惑して一歩下り、後ろにいたハピネスにぶつかる。
「そうそう。だってクアンタちゃん、バビィの奥さんなんでしょ?愛する人に懇願されたら流石に殺せないよねー」
それを聞くなり、バビィは先程の威勢も何処へやら。クアンタを哀愁漂う情けない泣き顔で見つめる。
「頼むクアンタ……!助けてくれ……!頼む……!!」
「わた、わた、し」
そこへハピネスが後ろからクアンタに耳打ちをする。
「大丈夫。逃げてもラルバは追ってこないよ。というより私とラデック君が追わせないさ」
「わたし……わたし……!!」
「頼むっ……!!クアンタ……!!!」
「んひひひ……」
クアンタが困惑しておろおろと後退りを続けていると、ラルバは再びゆっくり桟橋に向かって歩き始める。
「クアンタちゃんにその気がないならいいや。クザン様ーごはんですよぉー」
突然頬を擦り始めた地面にバビィは声を詰まらせ、血相を変えてクアンタを怒鳴りつける。
「クアンタっ!!早くっ!!おいっ!!聞こえてんのかクアンタ!!なんのためにお前を残したと思ってる!!!」
「残した……?」
「リュアンもソーラも逃げやがって……!!いいかっ!!ヨルンを殺した毒がお前にも入ってる!!!解毒剤が欲しけりゃ今すぐ止めろっ!!!クアンタぁ!!!」
「毒……?ヨルン……?」
クアンタは決して頭が良いわけではなかった。それでもバビィの言っていることは理解できた。理解してしまった。いつもは常に村の最下層として辛うじて生を許してもらっていたクアンタだが、今は突如現れたラルバという怪物に保護されている。あまりの臆病さから今まで自己防衛のためだけに働かせてきた脳が、初めて他者に向けられた瞬間だった。
「リュアンも……ソーラも……逃げた……」
殺されていない。祟りもまだ起きていない。
「ヨルン……」
そもそも、ヨルンはあの日“何故死んだ”のか。
「同じ、毒……」
ヨルンを殺した毒が、お前にも入ってる。
「早く止めろクアンタぁあああああああ!!!」
「バイバーイッ!」
「待ってくださいっ!!!」
バビィがラルバに放り投げられる瞬間。クアンタが今までに出したことのない大声を出して空気を揺らした。
「およ?」
ラルバは振りかぶったまま止まり、バビィを足元へ乱暴に落とす。
「ぐはっ……」
「あっれぇクアンタちゃん。マジで助けちゃうの?冗談だったんだけどなぁ……」
クアンタは俯いたままゆっくりバビィへ近寄る。
「バビィ……」
「クソッ……言うのが遅いんだよこのクソ女……!!そもそもお前がしくじらなきゃこんなことには「なんでヨルンを殺したんですか」
クアンタは俯いたまま拳を握りしめ、怒りに震えている。
「あぁ!?そりゃこの村のためだろうがっ!!勝手に逃げて文句言ってんじゃねぇっ!!」
「私を連れ戻せば良いだけじゃないですかっ!!なんで殺したんですかっ!!」
「んなコトどうだって「なんで殺したかを聞いてるっっっ!!!」
クアンタは食い縛った歯の隙間から荒い吐息を漏らし、目からぼたぼたと大粒の雫を溢れさせる。
「なんでっ……!!!なんでっ……!!!」
「首輪だよ」
少し離れたところで木に寄りかかっていたハピネスが口を挟む。
「バビィ達は君らが逃げ出すことを恐れた。だから君達に時間差で効く毒を普段から盛っていたんだ。今回生贄じゃないヨルンちゃんには早めに効くように……」
「なっ何をデタラメにっ」
反論しかけたバビィの口にラルバが土塊を捩じ込んで黙らせた。クアンタがハピネスにゆっくりと体を向ける。
「ハピネスさん……何故そんなことを知ってるんですか……?」
「目と耳が良いもんで」
ハピネスはゆっくりとバビィに近寄り、怪しげに見下ろす。
「クアンタちゃんが逃亡するとなれば、その手引きをするのはヨルンちゃんしかいない。だから早めに毒が効くようにしておいたんだ。普段出してる食事に解毒剤や毒を混ぜて……逃げ出せば解毒剤が早く切れて、残った毒が回って死ぬ。クアンタちゃんは怖がりだからね……目の前で妹の死を見れば、次に1人で逃げ出す気力はない。ヨルンちゃんを殺した理由は、絶望の首輪でクアンタちゃんをこの村に繋ぎ止める為だよ」
「ヨルン……」
クアンタはゆっくりとバビィに振り返り、ふらふらと足を絡れさせながら近づく。
「ぺっぺ……!オエッ……!」
土を吐き出すバビィを何も言わずに虚ろな目で見下ろし、口を半開きにして置物のように立ち尽くす。
「んー?クアンタちゃん大丈夫かい?復讐用に鉈でも持ってこようか?ラデック!鉈持ってこい鉈!」
「断る」
「じゃあ釣竿もらうよ。はいクアンタちゃん。どう使うかわかんないけど何かしていいよ」
ラルバが差し出した釣竿を、クアンタは手のひらで押し返す。すると腰に下げていた魔袋を手に取り――――
「もがっ……!!」
「あーっ!それ説明書にやっちゃダメって書いてあるやつーっ!!あーっはっはっは!」
バビィの口へ押し込んだ。
「がぼっ!がぼぼぼっ!」
魔袋とは、拡張魔法によって見た目以上の容量を得た原始的運搬用魔道具である。術者によって内容量は多少上下するが、三本腕連合軍による術式の機械化によって、高品質の物が大量生産され広く流通している。しかしクザン村の様な外界と遮断された所でも、基礎的な魔法が使えれば小銭入れを20リットル程の魔袋にすることができる。
「がぼがぼがぼっ!ぐあんがっがばばばっ!」
バビィは必死に吐き出そうと舌で押し返すが、緩んだ魔袋の口からはクザン湖の水が流れ出し口の隙間から吐瀉物の様にごぼごぼと溢れ出ている。クアンタはバビィの丸々とした腹を何度も蹴りつけ、その度にバビィは怯んで魔袋を噛み締めて湖水を肺に入れてしまう。
「よくも……くっ……!!はぁっ……!!はぁっ……!!よくもっ……!!よくもっ……!!!」
「がばっ!がぼがばばばっ!!」
「よくもっ……!!!よくもヨルンをっ!!!」
「クアンタちゃんコレ使いな!ハピネスの杖!先っちょとんがってて楽しいよ!」
横から嬉々としてちょっかいを出すラルバに見向きもせず、クアンタは一心不乱にバビィを蹴り続ける。握りしめすぎた拳は、爪が食いこんで鮮血を滴らせる。修羅に染まったクアンタの形相は疲労にも痛みにも一切乱れることなく、取り憑かれた様に足元に転がる悪人を痛めつける。
最初こそ観戦に熱中するファンのように興奮していたラルバだが、10分もせずに飽きてハピネスの杖で地面に暇潰しがてら絵を描き始めた。
「よく飽きないねぇクアンタちゃん……みてみてー。上手に描けたよー」
ラデックが後ろからラルバの足元を覗き込むと、とても杖の先で描いたとは思えないほど精巧な瀕死のバビィの醜貌が描かれていた。
「上手いな。流石使奴」
「お絵かき飽きた。私も悪人退治しーよおっと」
ラルバは膝を払い、放置していた村人の方へ歩き出す。
バビィに注目が集まっていたことで、内心見逃してもらえるのではないかと思っていた村人達は、迫ってくるラルバに怯えて身を捩る。
「たっ頼む……許してくれ……!!」
「俺たちは村のためと本気で信じてたんだ……!」
「これからは真面目に生きるっ!誓うよっ!だから――――」
「嫌でーす」
ラルバは1人を担ぐと、雑に氷の桟橋へ放り投げる。
「わああああああ――――っ!!!」
そのまま村人は水飛沫を上げて湖に落ち、言葉にならぬ叫び声をあげて浮き沈みを繰り返す。水面には夥しい数のトコネムリが、残飯に集るドブネズミの如く群れを成して渦巻いている。
「正直、何のためにとか風習とかそういった理由には興味ない。結局お前らは圧倒的弱者を軟禁してレイプした挙句、満身創痍のまま溺死させることを良しとして来た訳だ。一体どんな理由があればこの悪行が正当化されるんだ?寧ろコレにあれこれクソみたいな弁論貼っつけてくっさい脂汗ダラダラ流してゴマすること自体が、1つの立派な悪行だろうが」
再び村人の1人が宙を舞い、今度は氷の桟橋を叩き割って湖に消えていく。次第に薄い茶色だった湖面は真っ赤に染まり、血の池地獄の様なおどろおどろしい姿へと変貌していく。
残された2人の村人は縛られた体を必死に捩って体を寄せ合い、雨の中取り残された捨て犬のように怯える。
「だだだだ頼むぅ……!!みのっ、みみみ見逃じっみのっ」
「うーん、まあ……確かに私は被害者じゃないしなぁ……この村のレイプって親告罪?クアンタちゃーん!どうするー?」
ラルバはクアンタに大声で呼びかけるが、未だバビィを蹴り続けているクアンタの耳には届かない。
「あー聞こえてないね。残念!!」
軽々と持ち上げられた男2人は、鳥に突かれた芋虫のように暴れて抵抗する。
「ななななんでっ……!!クアンターっ!!!頼むとめでぐれぇーっ!!!」
「ひぃぃぃぃいいっ!!クアンタァっ!!!ぐあんだぁぁぁあああっ!!!」
「誰も見てないし、合法合法!」
「俺が見てるぞラルバ」
「見てない見てない」
バビィが“溺死”する頃には湖は鮮やかな真紅に染まり、毒素が薄まった湖でトコネムリ達は休眠することなく水面から背鰭を出して呑気に泳いでいた。
村人達は目を皿にして口を半開きにし、ラルバが釣り上げたトコネムリをじっと見つめて呆然とする。
「こ、これが……祟り……?」
「嘘だべおい……」
「俺達……こんなん信じて……」
しかし、そこでバビィは大きく声を張り上げる。
「だっ騙されるなっ!!お前の言うことが正しいなら、男が生贄にならない理由にはならんだろう!!」
「なるよ」
ラルバは肩で風を切ってバビィに詰め寄る。
「クアンタから聞いたぞ。村の女は衣食住を管理されて、酒や煙草も禁止されると」
「そ、それがどうした……」
「てことは、男達は酒も煙草もやるってことだ。こんな毒塗れの村で作った酒や煙草を」
ラルバがハピネスの方をチラリと見ると、ハピネスは準備していたかのようにスラスラと話し始める。
「トコネムリは土や毒でも喰らう超弩級の雑食だが……実は、暴食という性質上共食いをしない。共食いなんてしたらあっという間に群れが全滅するからな。そしてこの湖のトコネムリは皆、この毒素を大量に体に蓄えている。つまり、同じ毒の臭いのする奴を同種と捉えている可能性がある。お前らはこの毒塗れの村で、毒塗れの飯に毒塗れの煙草と毒塗れの酒を飲んでいたんだろう?それじゃあトコネムリは食べないかも知れないな。同種と同じ臭いがするんだから。しかし、そういった毒から遠ざけて、衣食住を制限し毒を蓄えていない生物なら――――間違いなくこの上ないご馳走だろう」
ハピネスが話し終えると、歯を噛み締めたバビィはなんとか反論しようと口を開くが、それより早くラルバが手を叩いてバビィの第一声を搔き消す。
「と言うわけだ!しかしバビィ君は納得していないようなので……百聞は一見に如かず!試してみよう!」
ラルバは先程足元へ転がした男の首根っこを掴んで、勢いよく氷の桟橋へと放り投げる。
「わわっ……!あっ……!あっ……!」
男は必死に身体を捩って勢いを殺そうともがく。そして――――
「落ちっ……落ちるっ……!!」
氷で滑って止まりきれず静かに湖へと消えた。
ラルバは両手の汚れを払うように手を叩いて、ゆっくりと湖に近寄る。
「普通なら襲われはしないだろう。しかし昨晩私がお前らにかけた浄化と反転の魔法で毒は綺麗さっぱり落ちている……金持ちの膝で欠伸をする血統書付きの猫並みに健康だ。さてさて、祟りの真偽や如何に?」
繊細な名画の様に静まり返る湖。僅かな泡とそよ風だけが喧しく景色を揺らし、村人の1人が息を呑んだ次の瞬間。
バシャバシャバシャバシャ!!!
「たっ助けっ……!!!あああああああっ!!!」
湖から拘束が解けた男が、身体中をトコネムリに齧られながら浮き上がってきた。運良く拘束はトコネムリの鋭い歯によって解かれており、必死に氷の桟橋に捕まって這いあがろうとするが、何度掴んでも滑って再び湖へと落下する。
「ひっひっひ……!今までは子作りに疲れ果てた女を贄に捧げていたからこうはならなかっただろうが……今は元気いっぱいの生き餌だからなぁ!かくて迷信は消滅せり!って感じ?」
漸く桟橋に這い上がった男は、全身から血を垂れ流して四つん這いで戻ってくる。ヒルのように噛み付いているトコネムリは一匹一匹と肉を噛み千切って湖へと落下し、水面を真っ赤に染め上げる。
「た、助け……あっ……」
男は片足を滑らして再び湖へと吸い込まれる。しかし、大量の真っ赤な泡を水面に浮かべた後は、2度と浮き上がってくることはなかった。
「ありゃらりゃらーっと。次、誰行く?」
ラルバが村人達の方へ振り向くと、全員が顔を真っ青に染めてガチガチと歯を打ち鳴らす。必死に手元を動かして魔法を使い逃走を試みるが、昨晩知ったラルバという怪物との圧倒的な力の差を思い出し、恐怖で魔法の発動と中断を小刻みに繰り返す。
「あーら誰も行かない。じゃあバビィ君行っとこうか!首謀者だし!」
「なっ……!」
そう言ってラルバはバビィの片足を掴んで引きずる。
「やめっ……やめろっ!離せぇっ!!!」
「やーだよっ!」
しかし、ラルバは突然止まって顎を撫でながら天を仰ぐ。
「あー……でも、クアンタちゃんにお願いされたら見逃しちゃうかなー」
「えっ、わた、私……?」
クアンタは困惑して一歩下り、後ろにいたハピネスにぶつかる。
「そうそう。だってクアンタちゃん、バビィの奥さんなんでしょ?愛する人に懇願されたら流石に殺せないよねー」
それを聞くなり、バビィは先程の威勢も何処へやら。クアンタを哀愁漂う情けない泣き顔で見つめる。
「頼むクアンタ……!助けてくれ……!頼む……!!」
「わた、わた、し」
そこへハピネスが後ろからクアンタに耳打ちをする。
「大丈夫。逃げてもラルバは追ってこないよ。というより私とラデック君が追わせないさ」
「わたし……わたし……!!」
「頼むっ……!!クアンタ……!!!」
「んひひひ……」
クアンタが困惑しておろおろと後退りを続けていると、ラルバは再びゆっくり桟橋に向かって歩き始める。
「クアンタちゃんにその気がないならいいや。クザン様ーごはんですよぉー」
突然頬を擦り始めた地面にバビィは声を詰まらせ、血相を変えてクアンタを怒鳴りつける。
「クアンタっ!!早くっ!!おいっ!!聞こえてんのかクアンタ!!なんのためにお前を残したと思ってる!!!」
「残した……?」
「リュアンもソーラも逃げやがって……!!いいかっ!!ヨルンを殺した毒がお前にも入ってる!!!解毒剤が欲しけりゃ今すぐ止めろっ!!!クアンタぁ!!!」
「毒……?ヨルン……?」
クアンタは決して頭が良いわけではなかった。それでもバビィの言っていることは理解できた。理解してしまった。いつもは常に村の最下層として辛うじて生を許してもらっていたクアンタだが、今は突如現れたラルバという怪物に保護されている。あまりの臆病さから今まで自己防衛のためだけに働かせてきた脳が、初めて他者に向けられた瞬間だった。
「リュアンも……ソーラも……逃げた……」
殺されていない。祟りもまだ起きていない。
「ヨルン……」
そもそも、ヨルンはあの日“何故死んだ”のか。
「同じ、毒……」
ヨルンを殺した毒が、お前にも入ってる。
「早く止めろクアンタぁあああああああ!!!」
「バイバーイッ!」
「待ってくださいっ!!!」
バビィがラルバに放り投げられる瞬間。クアンタが今までに出したことのない大声を出して空気を揺らした。
「およ?」
ラルバは振りかぶったまま止まり、バビィを足元へ乱暴に落とす。
「ぐはっ……」
「あっれぇクアンタちゃん。マジで助けちゃうの?冗談だったんだけどなぁ……」
クアンタは俯いたままゆっくりバビィへ近寄る。
「バビィ……」
「クソッ……言うのが遅いんだよこのクソ女……!!そもそもお前がしくじらなきゃこんなことには「なんでヨルンを殺したんですか」
クアンタは俯いたまま拳を握りしめ、怒りに震えている。
「あぁ!?そりゃこの村のためだろうがっ!!勝手に逃げて文句言ってんじゃねぇっ!!」
「私を連れ戻せば良いだけじゃないですかっ!!なんで殺したんですかっ!!」
「んなコトどうだって「なんで殺したかを聞いてるっっっ!!!」
クアンタは食い縛った歯の隙間から荒い吐息を漏らし、目からぼたぼたと大粒の雫を溢れさせる。
「なんでっ……!!!なんでっ……!!!」
「首輪だよ」
少し離れたところで木に寄りかかっていたハピネスが口を挟む。
「バビィ達は君らが逃げ出すことを恐れた。だから君達に時間差で効く毒を普段から盛っていたんだ。今回生贄じゃないヨルンちゃんには早めに効くように……」
「なっ何をデタラメにっ」
反論しかけたバビィの口にラルバが土塊を捩じ込んで黙らせた。クアンタがハピネスにゆっくりと体を向ける。
「ハピネスさん……何故そんなことを知ってるんですか……?」
「目と耳が良いもんで」
ハピネスはゆっくりとバビィに近寄り、怪しげに見下ろす。
「クアンタちゃんが逃亡するとなれば、その手引きをするのはヨルンちゃんしかいない。だから早めに毒が効くようにしておいたんだ。普段出してる食事に解毒剤や毒を混ぜて……逃げ出せば解毒剤が早く切れて、残った毒が回って死ぬ。クアンタちゃんは怖がりだからね……目の前で妹の死を見れば、次に1人で逃げ出す気力はない。ヨルンちゃんを殺した理由は、絶望の首輪でクアンタちゃんをこの村に繋ぎ止める為だよ」
「ヨルン……」
クアンタはゆっくりとバビィに振り返り、ふらふらと足を絡れさせながら近づく。
「ぺっぺ……!オエッ……!」
土を吐き出すバビィを何も言わずに虚ろな目で見下ろし、口を半開きにして置物のように立ち尽くす。
「んー?クアンタちゃん大丈夫かい?復讐用に鉈でも持ってこようか?ラデック!鉈持ってこい鉈!」
「断る」
「じゃあ釣竿もらうよ。はいクアンタちゃん。どう使うかわかんないけど何かしていいよ」
ラルバが差し出した釣竿を、クアンタは手のひらで押し返す。すると腰に下げていた魔袋を手に取り――――
「もがっ……!!」
「あーっ!それ説明書にやっちゃダメって書いてあるやつーっ!!あーっはっはっは!」
バビィの口へ押し込んだ。
「がぼっ!がぼぼぼっ!」
魔袋とは、拡張魔法によって見た目以上の容量を得た原始的運搬用魔道具である。術者によって内容量は多少上下するが、三本腕連合軍による術式の機械化によって、高品質の物が大量生産され広く流通している。しかしクザン村の様な外界と遮断された所でも、基礎的な魔法が使えれば小銭入れを20リットル程の魔袋にすることができる。
「がぼがぼがぼっ!ぐあんがっがばばばっ!」
バビィは必死に吐き出そうと舌で押し返すが、緩んだ魔袋の口からはクザン湖の水が流れ出し口の隙間から吐瀉物の様にごぼごぼと溢れ出ている。クアンタはバビィの丸々とした腹を何度も蹴りつけ、その度にバビィは怯んで魔袋を噛み締めて湖水を肺に入れてしまう。
「よくも……くっ……!!はぁっ……!!はぁっ……!!よくもっ……!!よくもっ……!!!」
「がばっ!がぼがばばばっ!!」
「よくもっ……!!!よくもヨルンをっ!!!」
「クアンタちゃんコレ使いな!ハピネスの杖!先っちょとんがってて楽しいよ!」
横から嬉々としてちょっかいを出すラルバに見向きもせず、クアンタは一心不乱にバビィを蹴り続ける。握りしめすぎた拳は、爪が食いこんで鮮血を滴らせる。修羅に染まったクアンタの形相は疲労にも痛みにも一切乱れることなく、取り憑かれた様に足元に転がる悪人を痛めつける。
最初こそ観戦に熱中するファンのように興奮していたラルバだが、10分もせずに飽きてハピネスの杖で地面に暇潰しがてら絵を描き始めた。
「よく飽きないねぇクアンタちゃん……みてみてー。上手に描けたよー」
ラデックが後ろからラルバの足元を覗き込むと、とても杖の先で描いたとは思えないほど精巧な瀕死のバビィの醜貌が描かれていた。
「上手いな。流石使奴」
「お絵かき飽きた。私も悪人退治しーよおっと」
ラルバは膝を払い、放置していた村人の方へ歩き出す。
バビィに注目が集まっていたことで、内心見逃してもらえるのではないかと思っていた村人達は、迫ってくるラルバに怯えて身を捩る。
「たっ頼む……許してくれ……!!」
「俺たちは村のためと本気で信じてたんだ……!」
「これからは真面目に生きるっ!誓うよっ!だから――――」
「嫌でーす」
ラルバは1人を担ぐと、雑に氷の桟橋へ放り投げる。
「わああああああ――――っ!!!」
そのまま村人は水飛沫を上げて湖に落ち、言葉にならぬ叫び声をあげて浮き沈みを繰り返す。水面には夥しい数のトコネムリが、残飯に集るドブネズミの如く群れを成して渦巻いている。
「正直、何のためにとか風習とかそういった理由には興味ない。結局お前らは圧倒的弱者を軟禁してレイプした挙句、満身創痍のまま溺死させることを良しとして来た訳だ。一体どんな理由があればこの悪行が正当化されるんだ?寧ろコレにあれこれクソみたいな弁論貼っつけてくっさい脂汗ダラダラ流してゴマすること自体が、1つの立派な悪行だろうが」
再び村人の1人が宙を舞い、今度は氷の桟橋を叩き割って湖に消えていく。次第に薄い茶色だった湖面は真っ赤に染まり、血の池地獄の様なおどろおどろしい姿へと変貌していく。
残された2人の村人は縛られた体を必死に捩って体を寄せ合い、雨の中取り残された捨て犬のように怯える。
「だだだだ頼むぅ……!!みのっ、みみみ見逃じっみのっ」
「うーん、まあ……確かに私は被害者じゃないしなぁ……この村のレイプって親告罪?クアンタちゃーん!どうするー?」
ラルバはクアンタに大声で呼びかけるが、未だバビィを蹴り続けているクアンタの耳には届かない。
「あー聞こえてないね。残念!!」
軽々と持ち上げられた男2人は、鳥に突かれた芋虫のように暴れて抵抗する。
「ななななんでっ……!!クアンターっ!!!頼むとめでぐれぇーっ!!!」
「ひぃぃぃぃいいっ!!クアンタァっ!!!ぐあんだぁぁぁあああっ!!!」
「誰も見てないし、合法合法!」
「俺が見てるぞラルバ」
「見てない見てない」
バビィが“溺死”する頃には湖は鮮やかな真紅に染まり、毒素が薄まった湖でトコネムリ達は休眠することなく水面から背鰭を出して呑気に泳いでいた。
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そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
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おっさんが異世界にとばされてネクロマンサーになり、聖女と戦ったり、勇者と戦ったり、魔王と戦ったり、建国したりするお話です。
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「部下は美女揃いだぞ?」
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こうして俺は仕方なく隊長となった。
渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。
女騎士二人は17歳。
もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。
「あの……みんな年上なんですが」
「だが美人揃いだぞ?」
「がんばります!」
とは言ったものの。
俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?
と思っていた翌日の朝。
実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた!
★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。
※2023年11月25日に書籍が発売!
イラストレーターはiltusa先生です!
※コミカライズも進行中!
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