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クザン村
第29話 生贄の村
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~鬱蒼とした森~
グルメの国を去った一行は、当初の目的であった”ハザクラ“という男に会うために”人道主義自己防衛軍“を目指していた。永年鎖国の軍事大国への馬車――――ましてや娯楽の象徴であるグルメの国からの馬車などそうそう巡り会えるわけもなく、もう何日も不気味な森林地帯を歩き続けていた。
整備などされているはずもない凸凹のジャングル。剣山のように密集して地に根を張り巡らす木々に足を取られ、幹に絡まる蔦が数少ない日向を求めて空間を埋め視界を遮る。むせ返るほどの湿気に湧き出る虫の大群。それらを求めて飛び交う鳥の“落とし物”が、歩き通しで死にかけているハピネスの美しい金髪に着弾した。
「ハピネス。大丈夫か?」
ラデックは垂れた前髪で伺うことのできないハピネスの顔色を察し、覗き込むように尋ねる。ハピネスは一言も発することなく首を振って決死の意思表示をする。
「流石にキツいか――――ラルバー!!ハピネスが死にそうだ!!どこかで休憩を挟もう!!」
そうラデックが叫ぶが、既に遠く離れた見えなくなっているラルバは返事を返さない。ラデックは「まあ大丈夫だろう」と呟き、まだ姿がみえているバリアに「止まれ」とジェスチャーをする。バリアのそばにいたイチルギもラデックの方に振り向き、周囲を見回して休憩地点を探している。
「――――っはあ!はあっ……はあっ……」
水筒に口をつけたハピネスはそれを一気に飲み干し、溺れかけたかのように荒い呼吸を繰り返す。ラデックとイチルギが極相林の一部を刈り取って作った平地にテントを立て、ハピネスは数時間ぶりに尻を地につけ上を向く。
「はあっ……はあっ……足手纏いですまない……」
「気にするな。どうせ夜になれば皆の汚れを払うのに俺も死にかける」
ラデックはそう言いながらハピネスの体中についた汚れを、異能で結晶状に変化させて叩き落とす。密林を涼しい顔で進んでいたラデックも、たったそれだけの作業で額に汗を浮かべながら大きく深呼吸をする。
「もう姿は見えないが、ラルバも俺達が歩き出すまでは先でじっとしているだろう」
その呟きに応えるようにテントの入り口が少し開かれ、外にいたイチルギが顔を覗かせる。
「いや、さっきラデックがラルバに休憩しようって言った時返事してたわよ。先に行ってるぞーって。私このままトンズラしていいかしら?」
「ラルバとハピネスから逃げ切れる自信があるならそうするといい」
「そうなるわよねー……あーもう虫がうざったい!」
「虫除けの術が切れたか?早いな」
「いや、その辺飛んでるだけでも充分嫌じゃない?」
イチルギは鬱陶しそうに眼前を手で振り払う。追い払われた豆粒ほどの羽虫は息を切らしているハピネスの首筋にとまり、腹部の先端から毒針を突き出し皮膚に擦り付ける。虫除けの術で身体を防護しなければ、あっという間に毒が身体中に巡り卒倒する猛毒。しかしハピネスは毒虫の攻撃を全く意に介さず、スキットルに入った栄養酒をちまちま啜っている。
「……どうしたイチルギ。飲みたいのか?」
「いや、ハピネスって虫とか平気なのね……」
「ん?ああ……」
ハピネスは首筋で毒針を振り回している羽虫を指でつまむ。羽虫はハピネスの指を齧りながら毒針を擦り付け暴れている。
「あー……針ごと毒袋を引き抜けば食べられそうだな。今は必要がないから食べはしないが――――先導の審神者になったばかりの頃は酷い待遇だったからな。虫は貴重な栄養源だった」
そう言って羽虫をテントの外へ放り投げる。それを見ていたイチルギは、顔の中心に皺を寄せて渋い表情を作った。
「……逞しいわね。あ、ラルバがすっ飛んできた」
イチルギの呟きから数秒もせずに、木から木へ飛び移り密林を縦横無尽に駆け巡るラルバの姿が見えた。ラルバは勢いよく大木を蹴り付けて放物線を描き、ラデック達のテントの前に着地する。
「村があった!さあ立てハピネス!すったか走れ!」
些細な吉報とこの上なく残酷な命令に、ハピネスは虚な微笑みで首を横に振る。
「今から歩くと日没までに間に合わん!今晩くらいはあったか~い風呂に入りたいだろう?」
「水魔法でなんとかするさ……苦難は乗り越えられるが……三途の川は渡れん……」
「じゃあ特別におぶってやろう。ほら乗れ」
「いや……あれはもう勘弁してくれ……」
しゃがんで背中を向けるラルバを見て、ハピネスはグルメの国を発った直後のことを思い出す。使奴の身体能力をフル活用した急加速と急停止、化け物じみた跳躍に揺さぶられる脳と内臓のダンス。あまりの速度に呼吸を拒む肺。出国して10分経たずに満身創痍になったトラウマがハピネスの背筋を撫でた。
「ええ~わがままばっかりぃ~」
「アンタが無茶するからでしょ!ハピネスこっち乗んなさい。ゆっくり行くから」
そう言ってイチルギが手招きしてしゃがむ。
「すまない………………速いのはいいが、急停止とジャンプは加減してくれるか?」
「こういうのは経験あるから大丈夫よ」
ハピネスを背負って茂みを踏み倒しながら走り出すイチルギ。少し遅れてラデックはテントを畳んで魔袋にしまい、ラルバと共に村を目指して進み始めた。
「ラデックー。ハピネスも改造でどうにかならんか?せめてお前ぐらいの身体能力がないと、多分この先死ぬぞ」
「他人の身体だからな。うまく改造れる自信はないし、元に戻せる保証もない。誘った責任としてラルバが守ってやれ」
「むぅ」
~クザン村~
簡素な平家が乱雑に立ち並ぶ秘境の集落に当然電気や水道などの設備はなく、僅かに泥濘んだ通りには奇妙な形の毒草が点々と顔を覗かせている。度重なる修繕でツギハギになっている木造建築の中では、黄ばんだ薄布を一枚だけ纏った10代後半の少女が焦げ付いた鍋で湯を沸かしている。
「こんな物しか用意できませんが……どうぞ」
歩くたびに家鳴りが響く廊下を通り、今にも壊れそうな椅子とテーブルに素焼きのカップを並べる。
風貌からして相当な物好きか、はたまた自己陶酔に毒された愚かな旅人は、若干の汚れが浮いた白湯に近い茶を手に取り躊躇いもせず一気に飲み干した。
「うん!お湯だな!」
そう言ってラルバがニカっと笑うと、隣に座っていたイチルギがラルバの後頭部をパチンと叩く。
「アンタには礼儀ってもんがないのか!」
「いやコレ出す方が礼儀ないだろ」
嘲笑する用に眉を八の字に曲げたラルバが周りを見ると、バリアとラプーは既に飲み干していたが、ラデックとハピネスは水面をじっと見て固まっているだけであった。
「ほら」
「…………」
複雑そうな顔で黙り込むイチルギに、茶を用意した少女は申し訳なさそうに頭を下げる。
「すみません本当に……とてもお客様にお出しできるような物はなくて……」
「えっ?あー!いいのいいの!ごめんなさいね!?」
慌てて少女と同じように頭を下げるイチルギをラルバはニヤニヤしながら見下し、ラデックの分のお茶を下品に啜り出した。
「んふふふふふ。こんなきったない村に礼儀など端から求めているものか」
「そういう事言うなっつーに!!」
「すみません本当に……」
「それで……皆さんは何故この村にいらっしゃったのですか……?」
今にも消えてしまいそうな少女のか細い声に、ラルバがあたりをキョロキョロと見回しながら答える。
「んー?いや私こう見えて民族学の研究者でしてー」
唐突なラルバの大ホラにイチルギが心底嫌そうな顔をして睨み付ける。
「そこで助手のラデックくんとー念の為護衛と案内の方についてきてもらったわけなんですよー」
「どうも。助手のラデックです」
何の疑問も持たず言われた通りの嘘に従うラデックと、同じように頭を下げるハピネスとバリア。それに倣いイチルギも渋々頭を下げる。
「あ……そうなん……ですか……」
「はいそうなんですよーってなわけで、暫く泊めていただけませんかねぇ?いやあこんな大人数で突然申し訳ないんですが、いかんせん職場の方には「半年は帰らない」って行き先も告げずに来てしまったもんで、元々鼻つまみ者にされていた手前頼るに頼れんのですよぉ」
止め処なくありもしない嘘を垂れ流すラルバに、最早イチルギは顔を向けることもせずただ黙って中空に意識を預けている。少女はポカンとした顔で「はぁ」と相槌をうっていたが、暫くするとまたか細い声で話し出した。
「まぁ……主人もきっと許してくれるかと思います……こんなボロ屋で良ければどうぞ……部屋だけなら、そう狭くはないと思うので……」
「いやーありがたいっ!こんなご迷惑を聞き入れて頂けるとは――――と、ご迷惑ついでにぃ……村の軽い案内とか頼めます?」
「え……?はぁ……まぁ……いいですけど……」
少女は再びポカンとした表情でぼんやりとした返事を返す。その気の抜けた態度とは打って変わって元気いっぱいのラルバは手を握って上下にブンブンと振り喜ぶ。
「いやもう本当に助かりますっ!あ、自己紹介まだでしたね。私“ラルバ”と申します。アナタは?」
「あ、はい。“クアンタ”と言います……」
「クアンタさん!いいお名前ですねーじゃあ案内をお願いしますっ!」
「はい……あの……主人が戻ってきた時のために書き置きを残したいので……少し待っていてください……」
そう言ってクアンタは廊下に出ると、お辞儀を一つして扉を閉めた。するとさっきから真顔のまま硬直していたイチルギが、僅かに口を開いてラルバに問いかける。
「……民族学者騙ってお願いするくらいなら、何で最初っから礼儀正しくしないのよ」
ラルバは釣り上がった口角を、より歪めながらイチルギに眼を向ける。
「んひひひ……そりゃーおイチさん……あの子がどれだけ愚かかを見るためですよぉ」
それを聞くとイチルギは舌打ちをして「夜には戻るから」と言い残して家を出て行ってしまった。ラデックは首を傾げて暫し考え、ラルバに顔を寄せる。
「すまん。全くわからないんだが……どういう意味だ?」
「んー?他人を騙している時ってのはな、自分が騙されたと思うことはまずないんだよ」
「……クアンタが俺たちを騙そうとしている?」
ラデックがチラリとハピネスを見ると、彼女の見えていない筈の灰色の眼が不気味にこちらを覗いていた。ラルバもハピネスの方に少しだけ目を向けて、口元を手で抑え含み笑いをする。
「そうだなー……二つだけ言うなら、さっきの白湯。飲まなくて正解だぞラデック」
「毒か?」
「まあコレは追々……それでもう一つだが、クアンタの服に書いてある文字。あれはこの村独自のものだろうな」
「読めるのか?」
「文法が全く一緒だ。片っ端から置き換えていけば必ず正しい文章になる」
「……まあそれはそうだろうが……使奴の思考能力は凄まじいな。なんて書いてあったんだ?」
「”男を楽しませて子供を産んで神のためにさっさと死ね”ってさ」
「…………じゃあ彼女は」
悍ましい言葉を何の嫌悪も持たずに言い放ったラルバ。ラデックはクアンタが出て行った扉の方を見つめながら、次の言葉を若干つっかえさせた。
「…………生贄の村か」
【生贄の村】
グルメの国を去った一行は、当初の目的であった”ハザクラ“という男に会うために”人道主義自己防衛軍“を目指していた。永年鎖国の軍事大国への馬車――――ましてや娯楽の象徴であるグルメの国からの馬車などそうそう巡り会えるわけもなく、もう何日も不気味な森林地帯を歩き続けていた。
整備などされているはずもない凸凹のジャングル。剣山のように密集して地に根を張り巡らす木々に足を取られ、幹に絡まる蔦が数少ない日向を求めて空間を埋め視界を遮る。むせ返るほどの湿気に湧き出る虫の大群。それらを求めて飛び交う鳥の“落とし物”が、歩き通しで死にかけているハピネスの美しい金髪に着弾した。
「ハピネス。大丈夫か?」
ラデックは垂れた前髪で伺うことのできないハピネスの顔色を察し、覗き込むように尋ねる。ハピネスは一言も発することなく首を振って決死の意思表示をする。
「流石にキツいか――――ラルバー!!ハピネスが死にそうだ!!どこかで休憩を挟もう!!」
そうラデックが叫ぶが、既に遠く離れた見えなくなっているラルバは返事を返さない。ラデックは「まあ大丈夫だろう」と呟き、まだ姿がみえているバリアに「止まれ」とジェスチャーをする。バリアのそばにいたイチルギもラデックの方に振り向き、周囲を見回して休憩地点を探している。
「――――っはあ!はあっ……はあっ……」
水筒に口をつけたハピネスはそれを一気に飲み干し、溺れかけたかのように荒い呼吸を繰り返す。ラデックとイチルギが極相林の一部を刈り取って作った平地にテントを立て、ハピネスは数時間ぶりに尻を地につけ上を向く。
「はあっ……はあっ……足手纏いですまない……」
「気にするな。どうせ夜になれば皆の汚れを払うのに俺も死にかける」
ラデックはそう言いながらハピネスの体中についた汚れを、異能で結晶状に変化させて叩き落とす。密林を涼しい顔で進んでいたラデックも、たったそれだけの作業で額に汗を浮かべながら大きく深呼吸をする。
「もう姿は見えないが、ラルバも俺達が歩き出すまでは先でじっとしているだろう」
その呟きに応えるようにテントの入り口が少し開かれ、外にいたイチルギが顔を覗かせる。
「いや、さっきラデックがラルバに休憩しようって言った時返事してたわよ。先に行ってるぞーって。私このままトンズラしていいかしら?」
「ラルバとハピネスから逃げ切れる自信があるならそうするといい」
「そうなるわよねー……あーもう虫がうざったい!」
「虫除けの術が切れたか?早いな」
「いや、その辺飛んでるだけでも充分嫌じゃない?」
イチルギは鬱陶しそうに眼前を手で振り払う。追い払われた豆粒ほどの羽虫は息を切らしているハピネスの首筋にとまり、腹部の先端から毒針を突き出し皮膚に擦り付ける。虫除けの術で身体を防護しなければ、あっという間に毒が身体中に巡り卒倒する猛毒。しかしハピネスは毒虫の攻撃を全く意に介さず、スキットルに入った栄養酒をちまちま啜っている。
「……どうしたイチルギ。飲みたいのか?」
「いや、ハピネスって虫とか平気なのね……」
「ん?ああ……」
ハピネスは首筋で毒針を振り回している羽虫を指でつまむ。羽虫はハピネスの指を齧りながら毒針を擦り付け暴れている。
「あー……針ごと毒袋を引き抜けば食べられそうだな。今は必要がないから食べはしないが――――先導の審神者になったばかりの頃は酷い待遇だったからな。虫は貴重な栄養源だった」
そう言って羽虫をテントの外へ放り投げる。それを見ていたイチルギは、顔の中心に皺を寄せて渋い表情を作った。
「……逞しいわね。あ、ラルバがすっ飛んできた」
イチルギの呟きから数秒もせずに、木から木へ飛び移り密林を縦横無尽に駆け巡るラルバの姿が見えた。ラルバは勢いよく大木を蹴り付けて放物線を描き、ラデック達のテントの前に着地する。
「村があった!さあ立てハピネス!すったか走れ!」
些細な吉報とこの上なく残酷な命令に、ハピネスは虚な微笑みで首を横に振る。
「今から歩くと日没までに間に合わん!今晩くらいはあったか~い風呂に入りたいだろう?」
「水魔法でなんとかするさ……苦難は乗り越えられるが……三途の川は渡れん……」
「じゃあ特別におぶってやろう。ほら乗れ」
「いや……あれはもう勘弁してくれ……」
しゃがんで背中を向けるラルバを見て、ハピネスはグルメの国を発った直後のことを思い出す。使奴の身体能力をフル活用した急加速と急停止、化け物じみた跳躍に揺さぶられる脳と内臓のダンス。あまりの速度に呼吸を拒む肺。出国して10分経たずに満身創痍になったトラウマがハピネスの背筋を撫でた。
「ええ~わがままばっかりぃ~」
「アンタが無茶するからでしょ!ハピネスこっち乗んなさい。ゆっくり行くから」
そう言ってイチルギが手招きしてしゃがむ。
「すまない………………速いのはいいが、急停止とジャンプは加減してくれるか?」
「こういうのは経験あるから大丈夫よ」
ハピネスを背負って茂みを踏み倒しながら走り出すイチルギ。少し遅れてラデックはテントを畳んで魔袋にしまい、ラルバと共に村を目指して進み始めた。
「ラデックー。ハピネスも改造でどうにかならんか?せめてお前ぐらいの身体能力がないと、多分この先死ぬぞ」
「他人の身体だからな。うまく改造れる自信はないし、元に戻せる保証もない。誘った責任としてラルバが守ってやれ」
「むぅ」
~クザン村~
簡素な平家が乱雑に立ち並ぶ秘境の集落に当然電気や水道などの設備はなく、僅かに泥濘んだ通りには奇妙な形の毒草が点々と顔を覗かせている。度重なる修繕でツギハギになっている木造建築の中では、黄ばんだ薄布を一枚だけ纏った10代後半の少女が焦げ付いた鍋で湯を沸かしている。
「こんな物しか用意できませんが……どうぞ」
歩くたびに家鳴りが響く廊下を通り、今にも壊れそうな椅子とテーブルに素焼きのカップを並べる。
風貌からして相当な物好きか、はたまた自己陶酔に毒された愚かな旅人は、若干の汚れが浮いた白湯に近い茶を手に取り躊躇いもせず一気に飲み干した。
「うん!お湯だな!」
そう言ってラルバがニカっと笑うと、隣に座っていたイチルギがラルバの後頭部をパチンと叩く。
「アンタには礼儀ってもんがないのか!」
「いやコレ出す方が礼儀ないだろ」
嘲笑する用に眉を八の字に曲げたラルバが周りを見ると、バリアとラプーは既に飲み干していたが、ラデックとハピネスは水面をじっと見て固まっているだけであった。
「ほら」
「…………」
複雑そうな顔で黙り込むイチルギに、茶を用意した少女は申し訳なさそうに頭を下げる。
「すみません本当に……とてもお客様にお出しできるような物はなくて……」
「えっ?あー!いいのいいの!ごめんなさいね!?」
慌てて少女と同じように頭を下げるイチルギをラルバはニヤニヤしながら見下し、ラデックの分のお茶を下品に啜り出した。
「んふふふふふ。こんなきったない村に礼儀など端から求めているものか」
「そういう事言うなっつーに!!」
「すみません本当に……」
「それで……皆さんは何故この村にいらっしゃったのですか……?」
今にも消えてしまいそうな少女のか細い声に、ラルバがあたりをキョロキョロと見回しながら答える。
「んー?いや私こう見えて民族学の研究者でしてー」
唐突なラルバの大ホラにイチルギが心底嫌そうな顔をして睨み付ける。
「そこで助手のラデックくんとー念の為護衛と案内の方についてきてもらったわけなんですよー」
「どうも。助手のラデックです」
何の疑問も持たず言われた通りの嘘に従うラデックと、同じように頭を下げるハピネスとバリア。それに倣いイチルギも渋々頭を下げる。
「あ……そうなん……ですか……」
「はいそうなんですよーってなわけで、暫く泊めていただけませんかねぇ?いやあこんな大人数で突然申し訳ないんですが、いかんせん職場の方には「半年は帰らない」って行き先も告げずに来てしまったもんで、元々鼻つまみ者にされていた手前頼るに頼れんのですよぉ」
止め処なくありもしない嘘を垂れ流すラルバに、最早イチルギは顔を向けることもせずただ黙って中空に意識を預けている。少女はポカンとした顔で「はぁ」と相槌をうっていたが、暫くするとまたか細い声で話し出した。
「まぁ……主人もきっと許してくれるかと思います……こんなボロ屋で良ければどうぞ……部屋だけなら、そう狭くはないと思うので……」
「いやーありがたいっ!こんなご迷惑を聞き入れて頂けるとは――――と、ご迷惑ついでにぃ……村の軽い案内とか頼めます?」
「え……?はぁ……まぁ……いいですけど……」
少女は再びポカンとした表情でぼんやりとした返事を返す。その気の抜けた態度とは打って変わって元気いっぱいのラルバは手を握って上下にブンブンと振り喜ぶ。
「いやもう本当に助かりますっ!あ、自己紹介まだでしたね。私“ラルバ”と申します。アナタは?」
「あ、はい。“クアンタ”と言います……」
「クアンタさん!いいお名前ですねーじゃあ案内をお願いしますっ!」
「はい……あの……主人が戻ってきた時のために書き置きを残したいので……少し待っていてください……」
そう言ってクアンタは廊下に出ると、お辞儀を一つして扉を閉めた。するとさっきから真顔のまま硬直していたイチルギが、僅かに口を開いてラルバに問いかける。
「……民族学者騙ってお願いするくらいなら、何で最初っから礼儀正しくしないのよ」
ラルバは釣り上がった口角を、より歪めながらイチルギに眼を向ける。
「んひひひ……そりゃーおイチさん……あの子がどれだけ愚かかを見るためですよぉ」
それを聞くとイチルギは舌打ちをして「夜には戻るから」と言い残して家を出て行ってしまった。ラデックは首を傾げて暫し考え、ラルバに顔を寄せる。
「すまん。全くわからないんだが……どういう意味だ?」
「んー?他人を騙している時ってのはな、自分が騙されたと思うことはまずないんだよ」
「……クアンタが俺たちを騙そうとしている?」
ラデックがチラリとハピネスを見ると、彼女の見えていない筈の灰色の眼が不気味にこちらを覗いていた。ラルバもハピネスの方に少しだけ目を向けて、口元を手で抑え含み笑いをする。
「そうだなー……二つだけ言うなら、さっきの白湯。飲まなくて正解だぞラデック」
「毒か?」
「まあコレは追々……それでもう一つだが、クアンタの服に書いてある文字。あれはこの村独自のものだろうな」
「読めるのか?」
「文法が全く一緒だ。片っ端から置き換えていけば必ず正しい文章になる」
「……まあそれはそうだろうが……使奴の思考能力は凄まじいな。なんて書いてあったんだ?」
「”男を楽しませて子供を産んで神のためにさっさと死ね”ってさ」
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