シドの国

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ヒトシズク・レストラン

第21話 グルメの国

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~ヒトシズク・レストラン メインストリート~

 ”ヒトシズク・レストラン“世界一の料理人が集まるグルメの国。世界ギルドにも引けを取らぬほど厳重な警備が敷かれている城門を抜ければ、ヒトシズク・レストラン名物のド派手なメインストリートが入国者を出迎える。見渡す限りの歓楽街に、広場と見間違う程に広いメインストリート。しかし、所狭しと並び地を埋め尽くす露天商のせいで、メインストリートの通り一面に描かれた壮大な絵画を拝むことはできず、四六時中スパイスと脂の匂いが立ち込める街は、夜になれば提灯やネオンで昼間のように明るく輝く眠らぬ街と化す。
 ラルバ達がメインストリートへ到着したのが午後11時。幾ら機械化された高級馬車とはいえ、決して良い寝心地とは言えなかった旅路で疲れた体に歓楽街の轟音が襲い掛かる。
「いらっしゃいらっしゃい!!“鬼蜜熊おにみつぐまの黒鍋”が食べられるのはココだけ!お客さんヒトシズク・レストランに来たら食べなきゃソンだよ!!」
「さあさあご賞味ください~ぶっとい“山海老やまえび”を丸々1匹使った串焼きだよ~今なら3本で1本サービス3本購入で1本サービス~」
「お兄さんお兄さんお姉さんもっ!ウチの名物”海鮮トマチー煮込み“食べてってよ!モッチモチのスパイスチーズとゴロッゴロの海老イカ蛸に、歯応え抜群なのにホロロと崩れる”岩鯨いわくじら“と酸味旨味コク抜群の”砂漠トマト“のコンボは病みつき間違いナシ!!どう?」
 一行の先陣を切るイチルギは、3歩進むごとに群がる客引きを必死にあしらう。
「はいごめんなさいねぇ~通して下さい結構です~もう私達さっき食べてきたんで!!」
 その真後ろをついてくるラデックは、露天に興味津々なラルバの手を引いてイチルギを追いかける。
「ラルバしっかり歩いてくれ。イチルギを見失う」
「あっはっは。平気だ平気。お!ラデック!”極旨炙り味噌シシ鍋“だって!」
「ああ明日な。今は空腹よりも睡眠だ」
「極旨って言うだけで旨そうなのズルいよなぁ……」
 更に後ろをハピネスがバリアの手を引いてラデック達を追いかける。
「バリア、足元躓かないように。私がコケるからな」
「ん」
「ラプーはどこに行ったかな……っと。いたいた」
 ハピネスの異能に映ったラプーは、ずんぐりむっくり太った体に似合わぬ俊敏な動きで人混みの隙間を擦り抜ける。
「ふふふ……なんとも奇妙な男だな」
 一行は城門最寄りの駅を目指して、たかだか数百メートルを牛歩で進んでいく。

~ヒトシズク・レストラン 城門前駅~

 一行を乗せた要人専用機械馬車は、メインストリートとは打って変わって静まった大通りを進んでいく。車内ではイチルギとラルバの向かいに、ヒトシズク・レストランのハンカー大臣がニコニコしながら座っている。
「メインストリートの中をわざわざご足労様です~職員は皆業務時間外ですので~お迎えに行けず申し訳ありません~」
 あまりに見え見えの嫌味に、イチルギはしかめっ面を笑顔で隠しながらにこやかに答える。
「いえいえ、こちらこそ遅れてしまい申し訳ありません。連れが急に“森林浴がしたい”なんてワガママを言い出しまして」
 イチルギがチラリとラルバを見るが、当の本人は窓の外を物珍しそうに眺めている。ラルバはイチルギの視線に気がつくと、キョトンとした顔で呆ける。
「何の話だ?」
 イチルギは信じられないような顔で目を見開き眉をひそめる。
「……で~ハンカー大臣。先日お送りさせていただいた資料なんですが」
  唐突に話を変えるイチルギに、ハンカーはへらへらしながら話を遮るように口を開く。
「拝見させていただきました~総帥をご退陣なされたようで~大変でしたねぇ~」
「はい。なので改めて調査員として少しだけ挨拶にと」
 グルメの国は数々の大国の要人がひっきりなしに訪れる為、あまりに急なイチルギの来訪は酷く煙たがられていた。ハンカーは大きく鼻から息を吐いて背もたれに寄りかかり、若干の苛立ちを微かに表す。
「……少しだけって言われましてもぉ~ウチの事情はよく分かってらっしゃるかと思っていたんですが~思い違いでしたかねぇ~」
「申し訳ありません。まあ今回は職務っていう建前で観光にでもと思いまして!来訪させて頂いたからには顔出しだけでもしないと上がうるさくって!」
「……むぅ。まあ~明日の午前中数十分程度なら~マルカ大臣もお時間取れると思いますので~」
「はいはい!もう写真一枚だけ撮らせてもらえれば結構ですので!重ね重ね申し訳ありません本当!」
 段々とやさぐれるハンカーの態度に、イチルギは怒りに揺れる眉を押さえながら媚びた笑顔をなんとか保つ。
 馬車の後部座席でやりとりを聞いていたラデックは、こっそりとハピネスに耳打ちする。
「俺の知ってる大臣という職業はもっと社交的なんだが……これが普通なのか?」
「ふふ……ヒトシズク・レストランは娯楽が主の観光業が盛んだからな。規則を定め秩序を保つ世界ギルドは目の上のたんこぶ、煙たがられて当然だ。しかしそれを抜きにしても、完璧超人のイチルギは権力者に妬まれやすい。半分以上ただの嫌がらせだ」
 2人がヒソヒソと話していると、ラルバが前の座席から振り向き、身を乗り出す。
「んふふ~愉快愉快。2人とも明日は早いからしっかり寝るんだぞ!」
 ニヤニヤと悪戯っぽい顔で笑うラルバに、ハピネスは微笑んで問いかける。
「その様子だと、何かいいことを思いついたのかい?」
「ん~?まあ半分くらいかなぁ。明日は食べ歩きだぞ!胃袋が裏返るくらい腹を空かせておけ!」


~ヒトシズク・レストラン メインストリート~

 翌日。朝早くから一行はラルバを先頭にしてごった返す人混みを掻き分け進んでいく。
「みんなついて来てるかー?」
 唯一人混みに流されかけているハピネスが、返事の代わりに助けを乞うような呻き声を上げながら苦しみの眼差しをラルバに向ける。
「あはは、ハピネスが死にそうな顔してる。ラプー、ハピネスの手を引いてやってくれ」
「んあ」
 ラプーはハピネスの手を取り、歩きやすいよう人混みを掻き分ける。
「す、すまないラプー……何故皆平気なんだ……?」
「身体能力が人並み外れてるだ」
「……そういえばそうだった。こんなことなら祈祷の合間に少しくらい運動しておくんだった。ラルバ!少しペースを落としてくれないか……!」
「んあっはっは、無理な頼みだなぁ!時間は有限、此岸しがんは幽玄!弱音を吐いても前には進まんぞー?」

一軒目、海鮮料理屋“海の宿“
「はい”花火魚はなびうおのお造り“お待ちっ!」
 一行の待つテーブルに、赤と黄の斑模様が美しいカサゴの舟盛りが運ばれてきた。料理が来るなり、ラルバがトロの切り身を箸で掻っさらう。同じくトロを狙っていたイチルギが口撃を飛ばす。
「ちょ、ちょっと一切れくらい残してよっ!」
「んおお旨いなぁ……脂がねっとりしてるが後味サッパリ……カラフルな鱗も綺麗だし、これは人気が出るわ……」
「食べたかった……んっ!でも赤身も甘くて美味しいっ!牡蠣醤油のコクに合うわね……」
「どれどれぇ?」
「だぁから全部持ってかないのっ!!」

二軒目、馬料理専門店“山麓苑さんろくえん
「お待たせしました~桜ユッケ盛り合わせ”特上桜吹雪“で~す」
 上品な大理石の机とは対照的に、薄いピンクの大皿が中央に置かれる。遠目に見ればまるで大きな薔薇のように美しく螺旋状に盛られた細切り肉に輝く山椒ダレ。螺旋の中央には拳並の大きさの卵黄が艶かしく身を揺らしている。ハピネスはバリアから箸を受け取り、少し躊躇ためらいながらタレを混ぜた肉塊を口へ運ぶ。
「むっ……最初は生肉なんぞ奇怪な代物だと思っていたが、中々美味しいな。スパイスの効いた山椒ダレと肉の脂が舌に絡みつくようだ」
「モチモチしてる」
「歯を僅かに押し返すような弾力が心地いいな。プチプチとした食感は山椒だろうか……この鼻から抜けていく香りがいい。バリア、おいしいかい?」
「掴みづらい」
「……味の感想はないんだな。味覚がないのかい?」
「隠し味に薔薇生姜ばらしょうが赤縞鮫あかしまざめの肝を使ってる」
「……そう」

三軒目、狩猟肉料理屋“とらばさみ”
「お待たせしましたっ!ヒトシズク・レストランが誇る“鬼蜜熊の黒鍋”ですっ!」
 老舗の貫禄を纏う石造りのテーブルに、まるで魔女が薬を作るような大鍋が鎮座する。ぐらぐらと煮えたぎる赤褐色のスープに、リンゴのように大きな肉塊が幾つも浮いている。ラデックが溢さぬよう肉塊を掬い上げると、どろどろに溶かされた野菜の成れの果てが若干混じっているのが見て取れた。
「……鍋料理って普通ナイフは使わないんだろうな」
 ナイフで熊肉を切ろうとすると、切った感触が伝わる前にぬるりと真っ二つに裂けた。
「……おお?」
 ナイフを箸に持ち替え肉を摘むと、まるで細かい藁を掴んだように繊維が解れて引き千切れる。
「熊肉ってこんなに柔らかいのか。どれ…………んんっ!肉の甘味と野菜の風味が猛烈だな……!蜂蜜のコクがいい土台になっている」
 イチルギが口いっぱいに肉を頬張ると、満面の笑みで目を瞑り口角を持ち上げる。
「ん~っ!!!おいっし~いっ!!歯で肉を押しつぶした時にぶちぶち~って筋繊維が潰れていくのが良いわね~!!やっぱり“鬼蜜熊”って言うだけあって、蜂蜜のじゅわじゅわ~って溢れる旨味もご飯によく合うっ!!」
「しかし使奴はよく食べるな……ラプーも相当食べているが、ハピネスはもう水しか飲んでいないと言うのに」
「沢山食べられるのもそうだけど、熱々を火傷せずに頬張れるのも、どれだけ辛くても平気なのも使奴の特権!いいでしょ~」
「それは少し羨ましいな。辛いのは苦手だ」

~ヒトシズク・レストラン ホテル「箸休め」~

 それから十軒目の店を後にした一行は、三軒目でダウンしたハピネスと五軒目でダウンしたラデックを引き摺り帰路に着いた。ラデックを担ぎながら上機嫌にホテルの階段を登るラルバを、ハピネスを背負ったイチルギが追いかける。
「イチルギ……すまないな……満腹なんて概念、ここ20年近く縁がなくてな……うっ」
「私は200年以上ないわよ」
「……それはそれで可哀想だな」
 部屋につくなり、ラルバはラデックをベッドに放り投げ自分も隣に飛び乗る。
「うっ……もっと優しく置いてくれ」
「んはぁ~食った食った!やっぱり優勝は八軒目のピザだなぁ。シーフード照り焼きミックスと旨辛ベーコンデラックス……」
「今食べ物の話は少し控えてくれ。つらい」
「今しなきゃいつするんだ」
 ラルバが飛び起きて部屋の備え付けのパソコンの電源をつける。
「……まさか明日も食べ歩きか?」
「うんにゃ、明日は~」
 ラルバがポケットから出したチラシをラデックの目の前に突きつける。
「食べる方じゃなくて作る方っ!お料理大会だっ!!」
「なになに……“第32回グルメコンテスト”これに出るのか?」
「受付はもう過ぎているらしいが、まあ問題ない。誰かしら脅して出場権を奪い取る」
「またイチルギの頭痛が加速するな」
「そこは問題ない。脅す方法もお料理対決だからな。自分より旨い料理を作る相手に出場権を譲ってくれそうな融通の効く奴を探そう」
 遅れて入室してきたイチルギ達に事情を説明すると、心底嫌そうな顔をしたイチルギが呻き声を上げた。
「……問題起こさないでネ。貴方達一応世界ギルド名義で入国してるんだから」
「もっちろん!それはそうとハピネス!一つ頼みがある」
「なんだろうか」
「んふふ~先導の審神者さにわ様の御神託を賜ろうと思いましてなぁ」
 ハピネスが少し首を捻り考えると、すぐにラルバの思惑を察して微笑みを浮かべる。
「ああ、なるほど……“御神託”をね……」
「そうそう。か弱いか弱い迷える仔羊を導いては下さらんか?」
 ニヤニヤと薄汚い笑みを浮かべ手をこまねいているラルバに、ハピネスは仰々しく咳払いを一つして背筋を伸ばす。
「そうだな……ふむ、どうしようか…………では…………

 目打ち、骨切り、焼き霜、湯引き。握り3年巻き8年。至高の料理を彩る要は、餌に拘る職人心と、死苦をも搔き消す幸福一匙。一世一代無上の味に、滴るネズミを殺す唾

 ……こんなのでどうだろうか?」
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