シドの国

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ヒトシズク・レストラン

第20話 豚にでも食わせておけ

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~世界ギルド外れの大森林~

 一行の馬車は、馬に乗った盗賊達に囲まれながら鬱蒼うっそうとした森を走り抜ける。
 倒木が散乱する森を突き進もうとも浮遊魔法のおかげで快適な馬車の中で、イチルギはラルバと打ち合わせをしていた。
「一番後続にいる黒い馬に乗った男。あいつが黒幕ね」
「確かに一番悪そうな顔してる」
「覆面してるのに顔わかるの?」
「勘だ」
「あいつは境界運送の人間ね。男の名前はネルダバ。元々金持ちの生まれで、脅しとコネで会社に入ったようなものだけど、まさかこんな悪事に手を染めてるなんて……」
「周りの盗賊達は?」
「あれは……義賊っぽいけど、私達を襲うってことは違うのかしら」
 イチルギが渋い顔で窓の外を見ると、後ろからハピネスが会話に割り込んできた。
「カランクラ率いる盗賊団“ヘビースモーカー”だ」
 イチルギは驚いたような顔でハピネスを見つめる。
「ハピネス……アナタ知ってるの?」
「覗き見は唯一の趣味なんでね。世界ギルド関連の情勢がマイブーム。ラルバ、続きを話しても?」
「許可する!」
「では、僭越せんえつながら……彼らは世界ギルドの貧困層を根城にする義賊だ。金持ちから奪い貧民に分け与える。そこへ漬け込んだのがネルダバだ。分け前を半分もらう代わりに顧客情報を流して襲わせる。ヘビースモーカーは悪党ではないから奪うだけだが、ネルダバは自宅に奴隷を何人も飼ってる。お気に入りがいれば持ち帰るだろうな」
 イチルギが拳を強く握りしめながら窓の外を睨む。
「奴隷!?そんなの一体どこから……」
「……ヘビースモーカーは子供を売ってたのさ。ネルダバにな。もっと言うと“奪われて“いた。ヘビースモーカーのリーダー”カランクラ“と、その部下3名は元”怪物の洞穴“のメンバーだ」
「えっ……!?」
「なんだ怪物の洞穴って」
 イチルギが暗い顔で口を重たく開く。
「……世界ギルドの軍隊の一つ。ラルバは確か、”燃え盛る灯火“と遭遇してたんだっけ」
「ああ!あのおチビちゃん!」
「レイアに会ったのね。あの子、あの若さで燃え盛る灯火のリーダーなのよ。戦闘能力もトップクラス」
「おチビちゃんやるなぁ」
 ハピネスが話を続ける。
「元世界ギルドの軍隊が盗みをやってるなんて知れたら、世界ギルドの面目が丸潰れだ。ネルダバは最初こそ「金持ちに対する正義の鉄槌だ」とカランクラに持ちかけたんだろう。しかしヘビースモーカーが幾つか仕事をした後で強請ゆすった。なんてったってヘビースモーカーが襲った相手は、どれも世界ギルドを良く思っていない権力家だったんだ。それで「この事を公にして欲しくなければ」と、子供を売らせ、今もこうして人々を襲わせているんだ」
「イチルギさぁん政治全然出来てないじゃないですかぁ。なんですかこの治安の悪さはぁ」
「……ごめんなさい。義賊がいたのは知っていたけど、まさかこんな目に遭わされているなんて……!」
 両手で顔を覆うイチルギの背中を、ハピネスが優しく撫でる。
「……イチルギ。アナタが見抜けなかったとなると、誰かから入れ知恵をされているのかもしれん……いや、イチルギを欺く程の悪党なら痕跡も残さないか。私もこれ以上は知らないんだ」
「てことはてことはー!殺してもオッケーってことだな!?」
 ラルバが机に手をついてぴょんぴょん跳ねる。ラデックが窓の外を少し覗いてラルバに話しかける。
「それでどうするんだ?もう時間もなさそうだが……」
「一個だけ聞かせてくれ。ハピネス!あのボンボンに人殺しの経験は……?」
「ネルダバはグロいのが苦手らしくて、滅多に人は殺さない。殺したとしても銃殺なんかの手に感触が残らない方法だ。あとの罪と言うと、デカいのは奴隷に対する強姦くらいだろうか……」
「っしゃあキタキタ!!臆病でチンケな大悪党!!こう言うのを待ってたんですよぉ!!」

 森林奥地で停車させられた馬車に、盗賊の1人が無線機で命令をする。
「1人づつ、頭の後ろで手を交差させて降りてこい。逆らえば殺す」
 その声を合図に、馬車の側面から煙が吹き出して降車口が開いた。すると、両手を頭の後ろで交差させたバリア、続いてハピネスが降りてきた。ハピネスはゆっくり盗賊の1人に近づくと、体を震わせてバリアの手を取り抱きついた。
「おっお前!離れろ!」
「お願いしますこの子を助けてください!なんでもしますからこの子だけは!どうか……!アイツから守って……!」
「ア、アイツ?」
 その直後、降車口から血塗れのイチルギが転がり落ちてきた。その姿を見てハピネスは口元を覆って悲鳴を上げる。
「い、いやぁぁぁぁああああああ!!!」
「なっ!?」
「イッ、イチルギさっ……ま……!?」
「きっ貴様等!私を守れっ!!」
 盗賊達の奥にいたネルダバは大声で盗賊達に指示をする。
「クソッ。奴隷目当てについてくるんじゃなかった……!」
 ネルダバが馬を方向転換させようとすると、突然景色が“ひび割れ”まるで脆い土壁のように“剥がれ落ち”満点の夜空が現れた。
「こ、これは……異能の虚構拡張……!!」
 ネルダバが振り返ると、馬車の中から現れた血塗れのラルバがイチルギのポニーテールを掴んで引き摺り、鼻歌を歌いながら此方へ歩いてくるのが見えた。
「ふーんふふーん……ふーんふーん……親玉テメェだな」
「ひっひぃぃいい!!」
 怯えるネルダバに、銃口を向けながらも狼狽るヘビースモーカーの女達。
「ア、アイツはいったい何者なんだ……!?」
 体をガタガタと震わせるハピネスは、ゆっくりと呟くように口を開く。
「ま、まさか……笑顔の七人衆……“仇討ちエンファ”が忍び込んでいるなんて……!!!」
「なっ何!?」
「仇討ちエンファだと……!?」
 盗賊の1人が堪らずラルバに発砲するが、真後ろからの弾丸を余裕の表情で避ける。
「んー?アタシってば有名人?」
 ラルバはイチルギを引き摺ったまま、詰め寄るようにネルダバに近寄る。
「まっままままままってくれ!!金っ!!金ならある!!」
 早口で唾を飛ばしながら必死に命乞いをするネルダバ。
「ふぅん……10?15?幾ら出せる?」
「に、にににに20出すっ!!!」
「気が変わった。50」
「5っ!?わわわわかった!!50!!50出す!!!」
「んふふ~。あんた結構物分かりいいね。じゃあさ、物分かりついでに……知恵貸してよ」
「ちちちちち知恵???」
 ラルバはイチルギのポニーテールを持ち上げ、ぐったりとしたイチルギをネルダバに見せつける。
「コイツ今から殺すんだけどさ、ただ殺すってのはつまんないじゃん?だからぁ、提案してよ。コイツのクッソ惨めな処刑」
「もっ……もちろんです!もちろんですっ!!」
 そのやりとりを見ていたヘビースモーカーのリーダー“カランクラ”は、堪らず銃口をラルバへ向ける。するとほぼ同時にラルバがカランクラの方を振り返る。
「なあ変な気ぃ起こすとそのガキも殺っちゃうよぉ!?」
 ビクッと体を硬直させるカランクラに、バリアは抱きついて顔を擦り付ける。カランクラはバリアを抱きしめながら歯を強く噛み締める。
「…………クソッ……すみませんイチルギ様…………!!!」
 ラルバは鼻で軽く笑い、ネルダバの肩を組む。
「なあどんな方法がいいかな?ただしクッソつまんねぇコト言うなよ……もしビビって銃殺とかつまんねぇコト言ったら、テメェの目ん玉くり抜いてやっからな……!?」
「はっはひっ!はい勿論ですエンファ様!!」
 過呼吸気味のネルダバは必死に息を落ち着け、ラルバに提案した。
「でででではこう言うのはどうでしょう……!!この辺の森では、昔から住み着いている野生のキノコ豚がおります……!キノコ豚はその体にキノコが生えるほど緩慢かんまんで……栄養をキノコに吸われているため小柄ですが大食漢……!!その女の体全体にバターを塗りたくり!!四肢を捥いで身動きが取れぬ状態にして!!ゆっくりゆっくりと!!豚に食わせるなど!!いかがでしょうかぁ!!」
「ほう……」
 ラルバはネルダバの肩から腕を外し、口元を押さえる。
「ほうほうほうほう!!中々!!中々いい提案だ!!ネルダバ君!!採用!!」
 ラルバがパチンと指を弾くと、満点の夜空はたちまちガラガラとひび割れ崩れ落ち、鬱蒼とした森が姿を取り戻す。
「あああああありがたき幸せっっっ!!!」
 ネルダバは目を見開いて何度もラルバに頭を下げる。それを見下しながら、ラルバは今日一番の笑みを浮かべる。
「ラデック!ラデックー!」
「聞こえてる」
 ラルバに呼ばれたラデックは馬車から降りて、ネルダバに歩いて近寄る。
「だ、誰だアンタは?」
「ラデック。手を出せネルダバ」
「こ、こうか?」
 ネルダバの手にラデックが触れると、ネルダバはたちまち四肢から力が抜け崩れ落ちた。ネルダバは何が起きたかわからず、冷や汗をダラダラと流しながら目を白黒させる。
「んふふふ……”身動き取れなくして豚に食わせる“か。中々いい発想力だと思わんか?”イチルギ“さん」
 ラルバに話を振られたイチルギは、ゆっくりと体を起こして体の土を払う。その姿にネルダバは目を見開き、ヘビースモーカーの女達全員が口を開けて硬直する。
「もう!必要以上に汚さないでラルバ!!結構お気に入りの服なのに……」
「あっはっはっは!!汚れくらいならラデックがちゃちゃっと落としてくれるさ!」
「何度も言うが、服の汚れを払うのも割と気力がいるんだが……」
 呑気に会話を続ける3人を、驚愕の表情で見つめる盗賊達。すると、畳み掛けるようにさらなる事実が襲った。盗賊の体に抱きついていたハピネスは、さっきまで震えていたのが嘘のような微笑みでラルバ達の方へ歩き出す。
「彼女等はどうするんだ?イチルギ。アナタから説明したほうがいいと思うが」
「あ、ああそうね。ラデック。この血だけでも落としてくれる?」
「わかった」
 イチルギの汚れに手をかざして、異能ではたき落とすラデック。血や土はたちまち繊維のようにほぐれ絡まり落下する。
「あ、仇討ちエンファとイチルギ様が……仲間……!?」
「仲間じゃないわよ!!」
「ああ、私エンファじゃないぞー」
 狼狽るカランクラは一歩前に出てラルバへ近づく。
「じゃ、じゃあアナタは……?」
「私はラルバ。イチルギのお友達です!」
 ニカっと笑うラルバに、イチルギが頭を抱えて訂正する。
「……拷問が趣味の快楽殺人鬼……無理やり言うこと聞かされてるの」
「えーおばあちゃん冷たい……私快楽殺人鬼じゃないし……」
「おばあちゃん言うな!!はぁ……ごめんなさいねカランクラ。貴方達義賊の存在は知っていたけど、まさか脅されていたなんて……」
「いっいえ……!!!こちらこそ世界ギルドの顔に泥を塗るようなことを……!!」
「ううん。貴方達は悪くないわ。治安を守らなきゃいけない筈の私が見抜けなかったのが悪いの……この後、ヘビースモーカー全員で世界ギルド総本部へ行って。それなりの地位に就けるよう、私から話を通しておくわ」
「そ、そんな!私は一度世界ギルドを裏切った身です!!」
「裏切ってなんかないわ。裏から私の手の届かない世界を守ってくれていたじゃない。今までやっていた善行に、大義名分がつくだけ」
「イ、イチルギ様……!!」
 少し離れたラルバはイチルギとカランクラが話す様子を遠巻きに眺め、盛大に大欠伸を溢した。
「ふぁ~あ……いい話だなぁ……思わず涙が出るヨ……」
 ラデックが足元を指差してラルバに尋ねる。
「コレはどうする?」
「コレ?ああコイツか」
 足元では四肢の自由が効かないネルダバが、目を見開いて鼻息荒くうごめいている。
「ラデックもしかして言語機能も奪ったのか?」
「イチルギとヘビースモーカーの会話に水を差すといけないと思って……」
「まあいいけど、どうせなら豚の鳴き声みたいなのだけ出せるようにできない?」
「…………難しい注文だな」
「何事も挑戦挑戦!!」
 ラデックがしゃがみ込むと、ネルダバは恐怖に顔を染めて涙を流す。
「……自業自得だ」
 そうこうしていると、ヘビースモーカーの女達は馬に乗って森を抜けて行った。
 ラルバがイチルギに近寄る。
「アイツ等これからどうするんだ?」
「ん?一応無罪放免ってわけにはいかないから、暫くは勾留させるわ。でもすぐに出所させて世界ギルドの軍隊のどこかに入隊させる。優秀な子達だから、お給料も沢山あげないと」
「コネ入隊か、民衆からアレコレ言われるぞ」
「言われるだけなら我慢我慢!」
 イチルギはバリアとハピネスを連れて馬車へ戻っていく。すると。
「ブ、ブヒィィィィィィイイイイイイイ!!!」
 一際大きな豚の鳴き声が森に響いた。
「あっはっはっはっは!!ラデック成功したのか!!」
「まさか成功するとは思わなかった」
「ブヒッブヒッブヒィィィィイイイイン!!」
 ネルダバは大粒の涙を流しながら、仕切りに豚のような鳴き声を上げ続ける。
「んふふ、あんまり吠えると豚寄ってくるよ」
 ラルバにそう言われると、ネルダバは口をぎゅっと結びピタッと泣き止んだ。
「んひひひっ。3歳児かお前は」
「ラルバ、はいこれ」
 馬車から戻ってきたハピネスが早足でラルバに駆け寄り、霧吹きを手渡す。
「なにこれ」
「バターだ。溶かして持ってきた。さっき塗りたくるとか言ってなかったか?」
「言った!流石!ようしラデック!ひん剥け!」
「なんで俺が、自分で剥いてくれ」
「やぁだこんな汚いオッサンの身包み剥ぐのぉ。ハピネス!」
「私も遠慮させてもらおう。まだ生娘なんでな」
「ええぇ……0歳児にオッサン剥かせるフツー?幼児虐待じゃないのぉ……まったく」
 ラルバはネルダバをうつ伏せにし、思い切り服を引き千切った。
「ブヒィィィィイイイイイイ!!」
「うるさっ」
 服は体のあちこちに引っかかり、破ける直前に皮膚を強く擦り引き裂いた。激しい痛みにネルダバは思わず大声を上げる。
「あんま鳴くと豚来ちゃうぞー」
「ブヒッ!ブヒッ……ブヒィイィン……!!」
 素っ裸にされた醜い体に霧吹きでバターをまぶすラルバを、大粒の涙をポロポロと流しながら見つめるネルダバ。
「美味しくな~れ。美味しくな~れ…………どう考えても美味しくならんなコレは。豚から抗議されたらどうしよう」
 暫く霧吹きをかけていると、数匹のキノコ豚が茂みから現れた。
「おお!可愛……くはないな……単純に汚いしブサイクだし臭い……」
 キノコ豚はネルダバの体にたかり体の臭いを嗅ぎ始める。
「さーて食べてくれるかなー」
 一匹がネルダバの太ももに噛み付くと、堪らず痛みに声を上げる。
「ブヒッ!!ブヒィイィィイイン!!!」
「あはは、喜んでる喜んでる」
 すると一匹のキノコ豚が、ネルダバを仰向けにして上から覆いかぶさった。
「ブッ、ブヒッ?」
「…………あ」
 覆いかぶさったキノコ豚は、一心不乱に体をネルダバに擦り付ける。
「…………ご、ごゆっくりぃ」
 ラルバは苦笑いをしながら立ち去る。
「ブッブヒヒッ!!ブヒィイィイン!!ブヒィィィイイイイイイ!!!」
 薄暗い森にネルダバの鳴き声が響き渡る。その鳴き声は、不幸にも豚の”劣情“を誘うものだった。
「ブヒィン!!ブヒヒィン!!ピギィィィィイイイイイ!!!」

 馬車の中で、イチルギは耳を塞ぎながら視線を下へ向ける。
「…………悪趣味にも程がある」
 そこへ走って戻ってきたラルバが、急いで扉を閉める。
「ラデック!馬車出してくれ!」
「いいのか?随分早かったな」
「……流石に豚の交尾には興味ない」
「……鳴き声は意図して改造したものじゃないぞ」
 ラデックがラプーに指示を出し、2人で機械のパネルを操作して再度進路を設定する。
 ハピネスはラルバの顔を見ると、少し声を漏らして笑う。
「私の顔に何かついているか?」
「いや、ラルバにも可愛いところがあるんだなぁ、と」
「あ?豚の交尾か?いや、別に見届けてもよかったんだが……」
 ラルバはソファに仰向けに寝そべる。
「……そのうちネルダバが悦びだしたら嫌だなぁと思って。見届けられんかった」
 ハピネスとラデックも顔を見合わせて苦い顔を浮かべた。
「まあコレでもう邪魔は入らんだろう。ラデックー馬車の不具合直しといてー」
「やることが多い……」
「まだあと2日もあるじゃないか。グルメの国に着くまで」

【グルメの国】
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