シドの国

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笑顔による文明保安教会

第18話 今何時?

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~世界ギルド 質素な宿屋~

「あぁ~たのしかったなぁ!」
 ラルバは簡素なベッドに身を投げ目を瞑る。ラプーとバリアはいつも通り部屋の隅に座り、ラデックはコーヒーを飲みながら椅子に腰掛けた。
「ラデックー。イチルギ呼んできてくれぇ」
「もう呼んである。そろそろ来るはずだ」
「んふふー。あの国今頃どうなってるかなぁ」
「気になるなら暫く滞在すれば良かっただろう。なにもあんな明け方に夜行馬車を取らなくても……」
「犯罪者扱いされても旨味がないもん。あれ以上の悪人がいるわけでもなさそうだし」
悪辣あくらつな政府を滅ぼしたんだ。寧ろ礼を言われるんじゃないのか?」
「ヒーロー扱いはもっとイヤー!」
「わがままだな……」
 ラデックがコーヒーをすすりながら新聞に目を通す。
「なんか面白い記事あるか?」
「いや……流石に笑顔による文明保安教会のことは書いてない。まだ3日も経ってないしな。他も面白いものはない」
「お、これ面白そうだぞ。『魔工まこう研究所にて爆発事故!人為的な工作の痕跡!』どう?」
「それやったの私よ~」
 2人が話していると、イチルギが入り口の扉を開けながら会話に割って来た。当然のようにベッドに腰掛け、ラデックにコーヒーを注文する。
「4人ともお勤めご苦労様」
 和やかなイチルギの微笑みを、ラルバがムスッとした顔で睨見つける。
「あの資料、クソの役にも立たなかったぞ」
「あらごめんなさい。何もないよりはマシかと思って。奴らの悪巧み、わかったんでしょ?」
「はっ!悪巧みなんて可愛い響きでは言い表せんな!」
 ラルバがベッドに座ったまま、身振り手振りを織り交ぜてイチルギへ説明する。忌面いみづら笑葬しょうそうの儀、部隊長の非行の数々、ハピネスの生い立ち。最初こそ微笑みを浮かべていたイチルギも、次第に顔を曇らせ眉間にシワを寄せ始める。
「――――ってな感じで、まあ七人衆はクソの集まりだったわけだ。1人残らず――――あ?ああ。殆どぶっ殺してきた。問題あるまい?」
「…………ええ。まさかそこまで無茶苦茶やってるとは……」
「イチルギがさっさと乗り込んでボコボコにしてやれば、今日を生きた命もたくさんあったろうになあ。まったく」
「………………ごめんなさい」
 ラルバのわざとらしい悪態にも、イチルギは反論せず俯いて謝る。
「まあいいさ!これでお前は我々の仲間に加わるわけだろう?仲間の失態は許すのが仲間だ!」
 ラルバが俯いているイチルギの背中に肘を置いて寄りかかる。そこへラデックが2人分のコーヒーを淹れて運んできた。
「俺の失態も許してもらえたりするんだろうか」
「え?ああ、コトによる」
「コトによるか」
 イチルギはラデックからコーヒーを受け取ると一口飲んで溜息をつく。
「それで、貴方達はこれから何をするの?」
 ラルバがコーヒーを一気に飲み干して低い唸り声を漏らす。
「決まってない!なーんにもな!」
 そう言って顔をニカっと明るく光らせるラルバに、イチルギはコーヒーを啜りながら新聞を差し出す。
「じゃあここへ行ってみないかしら?」
「どれどれ?『人道主義自己防衛軍に、新幹部誕生か?』これがどうかしたのか?」
「新幹部は「ハザクラ」っていう若い男。3年前に人道主義自己防衛軍に現れて、たった3年でここまで上り詰めた超大物ルーキー。彼と少し話がしたくって」
「なんだイチルギの都合か。それは私の望む悪党惨殺大冒険にメリットがあるのか?」
「彼、魔工研究所に写真があったわ」
「魔工研究所って言うと……バリアがいた研究所か!」
「彼に少し用があって。付き合ってくれる?」
「まあしょうがない。今は目的もないし、悪党探しついでにハザクラに会いに行くかぁ」
 ラルバが大きく背伸びをして、ベッドにダイブする。イチルギはコーヒーを飲み干すと椅子から立ち上がり、4人から見える位置に立った。
「じゃあ改めまして、世界ギルド”境界の門“総帥。今は退陣して、特別調査員イチルギです。よろしくお願いします」



【使奴 イチルギが加入】

「ちょっといいだろうか」
 声と共に部屋の扉が唐突に開かれる。その姿にイチルギは愕然とした。
「ハ、ハピネス・レッセンベルク……!!」
 そこには、まだ皮膚が焼け落ち真皮を剥き出しにした無残な焼け跡を額に残すハピネスが立っていた。
「な、なぜ貴方がここに……!ラルバ!彼女の残っている戦力は!!」
「ジャガイモの魔人」
「ファムファールなら来ませんよ。私1人です」
 ハピネスが椅子に座り、静かにラルバの方を見る。
「私も連れて行ってほしい」
「え、なんで」
 露骨に不満を示すラルバ。そこへイチルギがハピネスに横槍を入れる。
「ついこの間まで敵だった相手を、『はいわかりました』で許すと思う?」
「それについては深く謝罪させてほしい。こんな能力を持っていながら世界ギルドへ降伏できず、民をいたずらに死なせてしまった。全て私の責任だ」
 ハピネスがイチルギへ深々とお頭を下げる。
「……復讐しに来たんじゃないの?」
 怪訝そうな顔でイチルギが少し距離を取る。
「まさか。アナタ方は私の腐った国を罰し、民を助けてくれた。礼こそすれど、恨む理由がない」
「じゃあなんでここに、まさか本当に仲間にしてほしいってわけじゃないでしょ」
「まさか本当に仲間にしてほしいんだ」
 イチルギが苦虫を噛み潰したような顔で固まる。
「……どうして」
「ふむ……まあ一番は、ラルバに誘われたからだ」
「えっ」
「ええっ!?」
 小さく驚くラルバを、その十倍は驚いたイチルギが襟元を持って激しく揺らす。
「なんで誘ったのよ!バカじゃないの!?」
「誘ったっけ……」
 ラデックがハピネスにコーヒーを差し出してから会話に混ざる。
「誘ってたぞ。『そんなに元気があるなら一緒に来るか?』って」
「言ったような言わないような……」
「考えらんない……」
 唸る2人を他所に、ハピネスはコーヒーの水面を見つめてから目を閉じる。
「しかし俺も疑問だハピネス。俺達についてくる明確なメリットはなんだ?」
「…………言ったところで理解できないと思うが、聞くか?」
 ラデックとハピネスの問答を遮って、ラルバがわざとらしく音を立てて立ち上がる。
「好きにしたら?ただし!覗き見ができるからと言ってネタバレは許さん。私は楽しみを潰されるのが一番嫌いだ。全員部屋を出るぞー」
 その場を立ち去るラルバを慌ててイチルギが追いかける。
「ちょっとラルバ本気!?アナタ失うものないかもしれないけど、一応まだ私世界ギルドの看板背負ってるんだから……」
 遠ざかって行く声に、眠そうなバリアがのそのそと歩き出すとラプーもその後に続く。
「……バリア。よろしくお願いします」
 バリアはハピネスの前で丁寧にお辞儀をすると、ハピネスもそれに倣いお辞儀を返す。
「ハピネス・レッセンベルク。どうぞよろしく」
 2人は部屋を後にし、部屋の中にはハピネスとラデックの2人だけが残った。
「ラデック君。これからよろしく」
「……財布がない。宿の支払いよろしく」
 ラデックはコーヒーの残りを飲み残すと、上着を羽織って外へ出て行った。ハピネスは鞄の中身を漁って、数枚の小銭を机の上に出す。
「……最初の仕事は盗みかな。人生初だ」

先導せんどう審神者さにわ ハピネス・レッセンベルクが加入】


~呑み喰い処「うわばみ」 個室「赤蛇の間」~

「それじゃあイチルギとハピネスの加入を祝いまして!かんぱーい!!」
 円卓の正面に立ったラルバの大きく杯を掲げる合図に、イチルギ以外の4人が杯を掲げる。
「どうしたイチルギ。お腹痛いのか?」
「……一応私もハピネスも一般人じゃないんだから、大声で名前呼ばないで」
 イチルギは苦い顔のまま焼き鳥を頬張る。
「確かに、んじゃあだ名で呼ぼうか“おイチ”さん」
「もっとやめて」
「イっちゃん。イッチー。ルギルギ。チル助。どれがいい?」
「や・め・て」
「ラデックお醤油とってー」
「はい」
「……調子狂うわね」
 イチルギの横では、ラデックがハピネスに手羽先の食べ方を教えている。
「次にここから骨を出すと食べやすい」
「ははぁ成る程……無知ですまないな」
「俺も初めて食べた。……結構辛いな」
 もそもそとから揚げを頬張るバリアを、隣のラプーがじっと見つめている。
「……食べれば?」
「んあ」
 ラプーは小さく返事をすると、から揚げを口いっぱいに頬張ってモゴモゴと顎を動かす。バリアは笑いもせずそれをじっと見守る。
「……食べ辛くない?」
「もがもがもが」
「……………………そう」
 ラルバは円卓を見回し満足そうに微笑む。それを見たラデックが、顔を寄せラルバに話しかける。
「随分大所帯になったな」
「ん?ああ。演者は多ければ多いほどいい!」
「演者?」
「ああ、演者だ」
 2人の会話にハピネスが割って入る。
「すまない、この後は人道主義自己防衛軍に行くと言うことでいいんだろう?」
「どっか寄りたいのか?悪党がいっぱいいるならいいぞ」
「ああ、人道主義自己防衛軍に向かうなら“ヒトシズク・レストラン”を経由するといい」
「ヒトシズク・レストラン?」
「あの“グルメの国”?いいわねぇ一回仕事抜きで行ってみたかったの!」
 妙に興奮したイチルギが横から反応をする。
「何があるんだヒトシズク・レストランには。生きたまま人間を食うカニバリストか」
 イチルギがしかめっ面でラルバを睨む。
「食べないわよ気持ち悪い……!」
 ハピネスがイチルギをなだめてラルバに向き直る。
「ヒトシズク・レストランは特殊な中立国でな、資源も豊富、国土も広く海にも面している。それなのに他国と揉めたことが一切ない上に、友好国が多いのに戦争にも一切参加しないんだ」
「中立国なのに?お前んトコ笑顔の国とかにボコボコにされそうだが」
「笑顔の七人衆の庇護下にあるというのも大きな理由ではあるが……その理由はなによりも“飯が旨い”んだ」
「はぁ~~~!?」
 ラルバが口をへ字に曲げ、疑心に満ちた声を上げる。。
「本当だ。世界各国から我こそはと名乗りを上げた優秀な料理人が集まり、世界一の高級食材が取引される。その技術や資源の集大成があそこなんだ。国というよりは全世界共有の娯楽施設と言った方が正しい。独り占めしようものならグルメの国を贔屓ひいきにしてる大国全てから銃口を向けられる。金持ちの共有財産だ」
「ふぅ~ん……」
 ラルバは顎をテーブルに乗せ、前歯で串を咥えて上下に振る。イチルギが髪を掻き上げながら麺を啜り、ハピネスの説明を引き継ぐ。
「ヒトシズク・レストランを束ねているのは“ラグラ・アムスタレイド”って言う料理人なんだけど、実際は使奴の秘書“アビス”が全部やってるのよ。だから無茶苦茶で経営が多少荒くてもなんとかなるの。あんな綱渡りしながら雨粒避けるような経営、使奴並の演算能力がなきゃ無理無理」
「ほぉん……まあ儲かるのはいいことだ!悪党も肥えるしな……!んひひひっ。すみませーん!”綿孔雀の照り焼き“と”レモンロブスターの旨塩焼き“下さーい!あと”ゲンコツビール“と“味噌ダレ枝豆”!ラデックなんか食うか?」
「頼みすぎだ。イチルギ、一ついいか?」
「ん?なあにラデックさん」
「ラデックでいい。さっき”使奴の演算能力“と言っていたが……イチルギは使奴の事をどれだけ知っている?」
「さぁてね……」
 ハピネスがイチルギにグイッと顔を寄せる。
「私も知りたい。使奴の情報だけはどうしても手に入らないんだ。並外れた戦闘能力に強靭な体、100年以上の時を生きる超常的生命体……私は人間とは明確に違う生物種だと睨んでいるんだが」
 ガタンッ!!と、突然ラデックがテーブルを叩いて立ち上がる。少しの間、バリアとラプーの咀嚼そしゃく音だけが響き、ハピネスがラデックを見上げて口を開く。
「ど、どうしたんだ。急に」
「………………使奴の耐用年数は実験で最長15年、劣化魔法での観測限界は80年、実在する最長勤務モデルは7年、そもそも使奴が誕生してからは16年しか経ってないし使奴の研究が開始されてからはまだ19年だ100年生きたケースなんてどこの資料にも記述されていない……!!」
 ラデックの早口の呟きは、次第に熱を持って荒い口調になる。それを聞いたイチルギが一言だけポツリと漏らした。
「ラデック……アナタもしかして使奴研究員……!?」
 その声にラデックが額に汗を浮かべながら顔を向ける。
「漸く思い出した……!研究所の警報……!“隔離プロトコル”……“浮島”……“時間壁”……!!イチルギ……お前は……お前が知っている事全て教えてくれ……!!今は……今は……!!あの“事故”から……!!ラルバ達が目覚めてから……!!何年、いや“何百年後”なんだ!!!」
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