シドの国

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笑顔による文明保安教会

第15話 扇動の審神者

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~ハピネスの回想~

 私がこの部屋に閉じ込められたのは、いや、この国の王になったのは5つの時……今から22年前ですね。私の両親がこの国のルールを教えてくれました。
 笑顔でいなければ怖い悪魔が来て連れ去ってしまう。でも笑顔でいれば神様が守ってくれる、と。私はこのおかしな力でその規則を随分前に知っていました。両親はそのことを驚きながらも受け入れ、愛してくれました。
 でも、終わりはすぐに来ました。私の父は教会の幹部で、私を先導の審神者にすれば今よりもっと強大な国になると画策しました。直ぐに前任の先導の審神者が、神のお導きだとか何とかそれっぽい理由で私を次期先導の審神者として認めました。
 母は私を溺愛していたので先導の審神者にすることに強く反対しましたが、強欲な父の逆鱗に触れ”忌面の禊いみづらのみそぎ“を受けました。あなた方が先程ご覧になった“笑葬しょうそうの儀”の元となった刑罰です。まだこの頃、忌面は死罪ではありませんでした。鞭打ちや水責め、焼印などの暴力で恐怖を植え付けるのが目的でしたが、体の弱かった母は儀式の途中に耐えきれず命を落としました。
「あなたをマトモに産んであげられなくてごめんなさい」
 忌面の禊の直前、母が私に言った最期の言葉です。私は恨みました。母を殺した父も、狂ったこの国も、自分の忌まわしい力も。そしてそれは逆恨みに変わりました。
 異能で国中を飛び回り、笑っていない者を尽く告発して罰を与えました。母だけが殺されたのが許せなくて。他の幸せな人間が許せなくて。無意味に死ぬ人間が母だけではないと思いたくて。
 忌面の禊はやがて弱者を一方的に痛ぶる娯楽のようなものへ変わっていきました。刑罰をより残酷なものに変えたり、忌面を死罪として扱い、それならばと私怨や言いがかりを理由に都合のいい処刑装置として機能するようになりました。
 そうして今の“笑顔による文明保安協会”があります。元々は笑顔によって幸せを願う慎ましやかな慈善の国だったそうですが……幸せを呼ぶ笑顔はいつしか、災いを招く忌面という形でこの国に蔓延はびこっています。
 この国を動かしているのは実際は幹部である部隊長達ですが、その根幹は私にあります。他の国を強請ゆすり強引に肩を組んで同盟を持ちかけ、行く行くはこの世界の支配者にでもなりたいのでしょうかね。


~笑顔の巨塔 神託の間~

 「王にされ、この部屋で一日中祈祷を強いられても何も感じませんでした。後悔や自責の念がなかったと言えば嘘になりますが、私も大概狂っているのでしょうね。」
 ハピネスはボロボロの玉座に座り、ラルバを見上げる。
「これが私の知るこの国の全てです。他に何か聞きたいことはありますか?」
 そして穏やかな笑顔で少し俯き、目を閉じる。
「もしなければ……私の首を国民達へ見せてください。それだけでアナタはこの国の王になれるでしょう……幹部達もみんな殺されてしまいましたし。ああ、そうだ。ひとつだけお願いがあるのですが、ファムファールという部隊長が」
「はぁ~……やかましいなぁ……」
 ハピネスの言葉は、酷く退屈そうなラルバの溜息に遮られる。
「満足か?この臆病な道化師め。独擅場どくせんじょうにやっとスポットライトが当たってさぞかしいい気分だろうなぁ」
 ラルバの唾を吐きかけるような非難に、ハピネスは微笑みを少し崩して声を震わせる。
「道化師……?私が、でしょうか?」
「それ以外に誰がいるというのだ。自慰を覚えた猿じゃあるまいし……悲劇のヒロインを演じたいだけだろう」
「な、何を勝手に……っ!!!」
 思わず立ち上がろうとするハピネス。ラルバは小石を弾きハピネスの額に当てて怯ませ、再び玉座へ座らせる。
「お前にはお似合いの玉座だぞ。なあラデックもそうは思わんか?」
「思わない」
「ええ……」
「だが、今のラルバの気持ちも十分に理解できる」
「なっ何故……っ!!」
「やったー」
 憤りを必死に押さえながら体を強張らせるハピネスに、ラデックが前へ出て語りかける。
「アナタは救いが欲しいんじゃないのか?誰かに認められたいわけではなく、誰かを救いたいわけでもなく、贖罪しょくざいや逆恨みでもない。ただ“救い”を求めている。」
「私のような人間が許されることは決してありません……!」
「じゃあ何故今まで償ってきた?」
 ラデックの指摘に、ハピネスは目を見開き鬼の形相で歯を食いしばり睨む。
「償いたいなら生きて償い続けるべきだ。でもアナタはそれを拒否した。それなのにアナタは償い続けてきた。笑顔でいないといけないなんて馬鹿げた規則、到底守られはしない。幾ら恐怖で支配しようと感情を抑圧するのは不可能だ。しかしこの国の牢屋はガラガラだ。それに、忌面全員を処刑してきたんなら反逆や貧困でこの国はとっくに滅んでいるだろう。それらを鑑みるに、アナタはかなりの人数を見逃してきたんだろう。逆恨みで国民を虐殺しているうちに間違いに気付いたのかもしれないが、遅すぎたな。しかし忌面を見逃していたのも罪悪感や罪滅ぼしからかもしれないが、1番は“逃亡”なんじゃないのか」
 部屋中に狂気と殺意が充満する。ハピネスは手をわなわなと震わせ、今にも殴りかからんと体全体をガタガタと揺らしているが、お構いなしにラデックは語り続ける。
「俺やラルバに命乞いをしなかったこと。忌面を見逃してきた事実を言わなかったこと。アナタは終わりを求めているんだろう。今まで殺してきた国民の幻影から逃れたい?父への憎悪が鬱陶しい?無意味に死んでいった母を忘れたい?“赦し”という終わりが来ないなら、せめて『独裁者の無残な死』を以てこの世を去りたい?悲劇のヒロインと揶揄やゆされても仕方のない我儘わがままだ」
 ハピネスは何も言わない。何も言えない。ラルバ達がこの国へ来た時、内心”安堵あんど”したことが、足枷を引き摺り歩いてきた地獄でようやく底の見えない奈落に辿り着いたという“終わり”を感じていたことが、ハピネス自身も理解していなかった心の弱さが今になっていななき始めた。
 茫然と焦燥が入り混じった顔で目を白黒させるハピネス。暇そうにしていたラルバは、大きく背伸びをして背を向ける。
「さぁて……じゃあ帰るとするかな」
「か、帰る……?」
 ハピネスは焦燥をより濃く煮詰めながらラルバを見つめる。
「ああそうだ。私はこのまま帰る。特にまだ誰も殺してないし、朝になれば幹部達も目を覚ますだろう。とんだ悪党が来たもんだとボヤキながらいつも通りの日常が来るわけだ」
「そ、そんな……そんな…………!!」
 立ち上がろうとしたハピネスは、思わず玉座から転げ落ちてラルバに這い寄る。
「今更……!今更何もせず帰るなど……!!」
「別に私はこの国の何かしらが欲しいわけじゃあない。ただ自分の加虐心を満たしたいだけだ」
 じゃあ、と手を振り歩き出すラルバ。ラデックもハピネスにお辞儀をしてからラルバに続く。
「ま、待ってください……待って…………待てっ……!!」
「んー?」
 ただならぬ大声に、渋々ラルバが振り向く。ハピネスはラプーを後ろから羽交い締めにし、首筋に短剣を押し付けている。
「ゆ、許しません……!あなた方は我々を陥れるのです…………!この国は滅び……そうして国民は独裁から解き放たれる……!」
「ほう……」
 足を震わせながら息を荒げ、目をギラギラと光らせるハピネス。まるで強盗をする小心者の浮浪者のような姿に、もはや最初の穏やかな聖職者の面影はない。
 ラルバは首を鳴らして、気怠そうにハピネスへ歩き出す。
「全く自分勝手な奴め……人質をとるぐらいの覚悟があるなら最初からやらんか」
「うっ……うるさいっ……!!」
「今まで幾らでもチャンスはあっただろう。ましてや覗き見なんて異能があれば幹部を世界ギルドへ告発することも不可能じゃない」
「わたっ……私にっ……そんな発想はなかったんです!恐怖や自己嫌悪に囚われていたあの頃に……牙を剥くなどっ!!」
 ハピネスは大粒の涙を溢れさせ、次第に顔をぐしゃぐしゃに歪める。
「言い訳も甚だしい。結局お前は幹部の言いなりで何もしなかったろうに。お前は強い力に流されることを選んだんだ」
「ちっ違うっ!!知らなかったんですっ!!歯向かうことなどっ!!誰かに助けを求めることなど思いもしなかった!!誰がっ……誰が教えてくれるんですかっ!!この呪いの解き方をっ!!物心ついて直ぐに閉じ込められ!!誰も味方がいなかった私に!!」
 憤怒に染まった泣き声が、ラルバに津波の如く押し寄せる。
「どうすればよかったんですか!!立ち向かうことを……戦うことを知らなかった私に……!!どんな道があったと言うんですか……!!逃げ出すこともっ…………!助けを求めることもっ…………!何もっ…………!何も知らなかった私にっ!!何ができたというのですかっ!!恐怖に!恨みに!運命に!全てに呪われた私はどうしたらよかったと言うのですかっ!!アナタには強い力があるのかもしれないっ!!立ち向かう勇気があったのかもしれないっ!!でも……でもっ……!私には……何も……なかったんですっ!!ただの一つもっ!!!この呪いは……この呪いは!!どうやったら解けるんですかっっっ!!!」
「知るかそんなこと」
 ラルバが拳を開くと、中から溶岩が湧き流れ出す。それをギュっと握りしめ、燃え上がる灼熱の手でハピネスの額を鷲掴む。
「っっぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!」
 ハピネスの絶叫が小部屋に響き渡り、蝋燭の火を揺らす。絶叫に紛れて僅かに額を焼く音が、手と顔の隙間から生々しく漏れ出している。
 ラルバはジタバタと悶えるハピネスをそのまま投げ飛ばし、手をブンブンと振って焦げ跡を払う。
「これでよし。そんなに元気が余ってるなら一緒に来るか?悪党惨殺ツアー。楽しいぞ?」
 ラデックがハピネスを治療をしようと近寄るが、ラルバに遮られる。
「死ぬほど強く焼いてない。あっちよりもこっち治してくれ。せっかくの真っ白おててが真っ黒だ」
 ラルバは炭なのか痣なのかわからないほど真っ黒に染まったてのひらをラデックに見せる。
「いいのか?ハピネスの方は」
「そんなことより拷問!早くしないと朝が来てしまう」
 ラデックの改造が済んで元通り真っ白になった手を満足そうに見つめ、軽快に歩き出すラルバ。ラデックは部屋の隅でうずくまるハピネスを心配そうに見つめてから、ラプーと一緒にラルバを追いかける。

 ハピネスは3人が去ってから芋虫の様に身を揺らし、のっそりと起き上がる。
 焼かれて失明したのか、目蓋まぶたを開いても視界は真っ黒のままだった。ならばと異能を使い、自分の顔を見た。生え際から目元まで皮膚が焼け剥がれており、額に刻まれた紋章は跡形もなく消え去っていた。
 そっと指先で額をなぞると、突き刺す様な激痛と、指先にぬるりとした粘液の感触がした。
「ははっ…………」
 僅かに笑い、再び崩れ落ちるハピネス。その眼からは涙をぼたぼたと溢れさせるが、その表情はどこか清々しさを感じさせる微笑みを浮かべていた。

「呪いは……こんなにも簡単に消せたのか…………」
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