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笑顔による文明保安教会
第12話 運悪く
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~豪奢なホテル~
「もう寝るぞラデックー」
「ああ」
夕食を済ませた4人は、どこへ行くわけでもなく部屋で屯ろしていた。
「……ラルバ。明日はどうするんだ?」
「んー?明日ー?」
布団に寝転んだままラルバが気怠そうに返事をする。
「ゆっくり風呂に浸かって夕食を食べて寝るだけじゃないだろう。それとも一人で勝手に何かするか?」
「んー……半分正解……」
「半分?」
不思議そうにラルバの方を振り返ったラデックは、突然飛んできた上着を反射的にキャッチする。
「一人で勝手に何かするが……恐らく私たちに明日は来ないぞ」
不穏な一言だけ残してラルバは眠ってしまった。その姿を見てラデックも不満そうな顔をして眠りについた。
~気力に満ち溢れた大通り~
「……いい朝だな」
ラデックは露店で買ったコーヒーを飲みながら眩しそうに朝日を浴びる。
「いいじゃないか明日が来たんだから。もっと喜べ」
屋台で買ったイカ飯を頬張りながらラルバが早足で人混みをすり抜けていく。
「宿に2人を置いてきて良かったのか?」
「ラプーには隠れてろと言ったし、バリアは何かあっても平気だろう」
「バリアは丈夫なだけで死なないわけじゃない」
「大丈夫、すぐ帰るから」
呑気に露店を物色して回るラルバの後ろを追いかけながら、ラデックはホテルの方角を心配そうに見つめた。
~巨塔の地下牢獄~
「大丈夫じゃなくなったぞラルバ」
「大丈夫大丈夫。私は」
突然憲兵に拘束された2人は有無を言わさず巨塔に連行され、表の活気に溢れた街とは対照的に暗く冷たく薄汚れた地下深い檻に投獄された。
「おいバカチン!私達が何をしたって言うんだ!まだなんもしてないぞー!」
「一言多いぞ」
憲兵が持っていた槍の石突を激しく床に叩きつける。
「アナタ方は法を犯しましたっ!!よって笑顔による文明保安教会教則第4条に基づきっ!!刑を執行いたしますっ!!」
「笑顔でないものは笑顔により笑福の神へと導かれるっ!!」
呆れ顔のラルバがわざと大きくため息をつく。
「なぁにが笑顔だ。そんなんで裁かれてたまるか」
「俺は裁かれたくないから笑顔になるぞ」
ラデックが人差し指で口角を持ち上げ、目の笑っていない不自然な笑顔を作る。
「気持ち悪いからやめろ」
「ラルバチャンモイッショニ笑オウ」
「やめろ」
ラデックを小突いて黙らせるラルバ。ラルバが視線を信者2人に戻すと、立ち去っていく後ろ姿が見えた。
「おい!こっから出さんか!まさか本当に笑ってなかっただけで投獄なんて訳じゃなかろうに!」
「先導の審神者のお導きですっ!!」
「先導の審神者のお導きですっ!!」
信者2人が振り向きニカっと笑う。
「なにがお導きだバカチン」
「先導の審神者から神託を賜りましたっ!!貴方達が災を齎す巨悪であると!!」
溌剌と答える信者2人に腹を立てたラルバは、怒りに満ちた攻撃的な笑顔で睨み付ける。
「神託だぁ?そんなもん私だってできるぞ。特別にお前らに神託を授けてやる。えーとそうだな……もうすぐ隕石が落ちてきてお前らは業火の中悶え苦しみ……聞かんかぁ!!!」
ラルバの神託を無視して立ち去っていく信者。分厚い石の扉が断末魔のような音を軋ませ閉まっていくのが見えた。
「ラルバ。俺は神託の続き聞きたいぞ」
「え?ああ。みんな笑ってハッピーエンド」
「良い話だな」
ラルバはふてくされて胡座をかきながら上半身を前後に揺すり呻き声を漏らす。虚な怒りを宿した瞳は、まだ見ぬ大悪党を今か今かと待ち望んでいる。
「これからどうする?」
「んー……ひとまず奴らがどんな悪さをしてるかもわからんし、寝る」
ごろんと横になったラルバは腕を枕にして目を瞑る。
「あ、あんたら……外の人かい?」
どこからか聞こえた声に、ラルバが寝ながら返事を返す。
「外?まあこの国の外だな。そういうお前は中の人か?」
声の主は安心したように息を漏らし、少し期待を込めたような興奮気味の声で早口に話す。
「おっ俺の名はバーレン!娘がいるんだ、外の国に!頼むアンタらに頼みがあるっ!俺はあの子になんもしてやれなかった……娘の名前はウォレン!白い巻き毛のいい子なんだ!手紙を何通も送ったが何も帰ってこなかった!不安で仕方がないんだぁ……あの子は格好つけるのが好きだったから自分の好きなことだけをしたいって子だから……だからアンタらに頼みが」
「やかましいな」
徐々にヒートアップして捲し立てるバーレンを遮り、ラルバが冷たく言葉を突き刺す。
「頼みがあるなら交換条件だ。ここの、笑顔による文明保安教会の悪事を教えろ。簡潔明瞭に」
「あっ……ああ何でもするさ……!何でも言うさ!この国は狂ってる!国民全員が“先導の審神者“の言うことを信じて……いや、従わされて顔に笑顔を貼り付けてる!笑顔でいないとダメなんだ……!災いを呼ぶ”忌面“だと……!子供でも5歳になったらみんな言われる!あんたらもこの国に来て思ったろう!信者はみんな異常だあんなのを信じて!俺はウォレンが心配で心配でもう笑ってられなかった……!笑ってないのが先導の審神者に見つかったぁ……!巻き添えを恐れて誰も助けてくれやしなかった!今ウォレンが家に帰ったらきっと悲しんで到底笑顔になんて」
「もういい。静かにしろ」
興奮して話すバーレンを制止し、鬱陶しそうにため息を漏らす。
「一問一答だ。 先導の審神者ってのはなんだ」
「こっこの国の王だ……」
「見た目は」
「…………わからん。見たことないんだ」
「忌面ってのは」
「笑顔以外の顔……笑顔じゃないとこの塔に閉じ込められる……」
「閉じ込められるとどうなる」
「……わからない。みんな帰ってきても笑顔で「なんでもない」って言うだけだ……」
「結構。この話は終わりだ」
そう吐き捨てると、再びラルバは目を閉じて眠りについた。
「たっ頼む……!娘を……!ウォレンは今どこで……!」
眉間にグッとシワを寄せたラルバを、ラデックが肩に手を置き抑える。
「バーレン。俺の名はラデック。もう1人はラルバ。そのウォレンという子に会えるかはわからんが、もし会えたらこの国へ帰るよう伝える」
「こっこの国はダメだ!あの子が元気にしてればそれでいい!」
「いや、この国は恐らくもうじき良くなる。多分。俺たちが無事に出国できるなら平気だ」
理解不能な説明にバーレンは言葉に迷ったが、それ以上何も喋ることはできなかった。
~豪奢なホテル~
少しだけ、と言葉を残して去っていった2人の遅い帰りに、残されたバリアは1人布団の中で薄目を開けて疑問に思っていた。
「………………ラプー?」
「んあ」
どこからともなくラプーがバリアの目の前に姿を表す。
「ラルバ達どこ行ったのかな」
「捕まって投獄されてるだ」
「…………あちゃぁ」
小さく呻きながら再び毛布を被り蠢くバリア。数分経つと再び毛布から顔を覗かせ、ラプーを見つめる。
「助けに行ったほうがいいのかな……………………行こ、ラプー」
「んあ」
まだぼんやりとした目を擦り小さく欠伸をするバリア。ベッドから這い出て立ち上がり、大きく背伸びをする。
「うん……なるべく誰にも見つかりたくない。できる?」
「出来るだよ」
ポテポテと歩き出したラプーの後ろをゆっくりとついていく。途中ラプーは急に方向転換したかと思えば、来た道を真っ直ぐ戻ったり個室に入ったり出たりと奇妙な案内をした。最初は考えなしに歩いていたバリアも、流石に不審に思いラプーに尋ねた。
「何してるの?」
「撒いてるだ」
理解不能な一問一答にバリアは首を捻り沈黙する。暫く歩いていると、後ろの方から大勢の足音と金属のぶつかる音が聞こえてきた。バリアがラプーと一緒に身を隠しながら待っていると、甲冑を着た衛兵が10人ほどホテルの奥に向かって走っていった。
「もう少し待ってたら私たちも捕まってたのかな」
「んあ」
「……捕まった方が早かったなぁ」
残念そうに愚痴を零すと、再びホテルの入り口へ向かって歩き出す。そしてラプーは何故だかポケットから財布を取り出して、廊下の端にあった目薬と耳かきの自動販売機で買い物を始めた。
「何してるの?」
「開けるだ」
「開ける?」
「扉」
ラプーがお金を入れて数個の商品を買うと、ゴゥンと重い金属音を響かせて自動販売機が回転扉のように回り、石造りの下り階段が現れた。
「……ここが牢屋に続いてるの?」
「んだ」
迷いなく暗く湿った階段を降りていくラプー。バリアは一瞬足を踏み出すのを躊躇った。僅かな風の反響音に混じって、大勢の笑い声と叫び声が聞こえたような気がした。
「もう寝るぞラデックー」
「ああ」
夕食を済ませた4人は、どこへ行くわけでもなく部屋で屯ろしていた。
「……ラルバ。明日はどうするんだ?」
「んー?明日ー?」
布団に寝転んだままラルバが気怠そうに返事をする。
「ゆっくり風呂に浸かって夕食を食べて寝るだけじゃないだろう。それとも一人で勝手に何かするか?」
「んー……半分正解……」
「半分?」
不思議そうにラルバの方を振り返ったラデックは、突然飛んできた上着を反射的にキャッチする。
「一人で勝手に何かするが……恐らく私たちに明日は来ないぞ」
不穏な一言だけ残してラルバは眠ってしまった。その姿を見てラデックも不満そうな顔をして眠りについた。
~気力に満ち溢れた大通り~
「……いい朝だな」
ラデックは露店で買ったコーヒーを飲みながら眩しそうに朝日を浴びる。
「いいじゃないか明日が来たんだから。もっと喜べ」
屋台で買ったイカ飯を頬張りながらラルバが早足で人混みをすり抜けていく。
「宿に2人を置いてきて良かったのか?」
「ラプーには隠れてろと言ったし、バリアは何かあっても平気だろう」
「バリアは丈夫なだけで死なないわけじゃない」
「大丈夫、すぐ帰るから」
呑気に露店を物色して回るラルバの後ろを追いかけながら、ラデックはホテルの方角を心配そうに見つめた。
~巨塔の地下牢獄~
「大丈夫じゃなくなったぞラルバ」
「大丈夫大丈夫。私は」
突然憲兵に拘束された2人は有無を言わさず巨塔に連行され、表の活気に溢れた街とは対照的に暗く冷たく薄汚れた地下深い檻に投獄された。
「おいバカチン!私達が何をしたって言うんだ!まだなんもしてないぞー!」
「一言多いぞ」
憲兵が持っていた槍の石突を激しく床に叩きつける。
「アナタ方は法を犯しましたっ!!よって笑顔による文明保安教会教則第4条に基づきっ!!刑を執行いたしますっ!!」
「笑顔でないものは笑顔により笑福の神へと導かれるっ!!」
呆れ顔のラルバがわざと大きくため息をつく。
「なぁにが笑顔だ。そんなんで裁かれてたまるか」
「俺は裁かれたくないから笑顔になるぞ」
ラデックが人差し指で口角を持ち上げ、目の笑っていない不自然な笑顔を作る。
「気持ち悪いからやめろ」
「ラルバチャンモイッショニ笑オウ」
「やめろ」
ラデックを小突いて黙らせるラルバ。ラルバが視線を信者2人に戻すと、立ち去っていく後ろ姿が見えた。
「おい!こっから出さんか!まさか本当に笑ってなかっただけで投獄なんて訳じゃなかろうに!」
「先導の審神者のお導きですっ!!」
「先導の審神者のお導きですっ!!」
信者2人が振り向きニカっと笑う。
「なにがお導きだバカチン」
「先導の審神者から神託を賜りましたっ!!貴方達が災を齎す巨悪であると!!」
溌剌と答える信者2人に腹を立てたラルバは、怒りに満ちた攻撃的な笑顔で睨み付ける。
「神託だぁ?そんなもん私だってできるぞ。特別にお前らに神託を授けてやる。えーとそうだな……もうすぐ隕石が落ちてきてお前らは業火の中悶え苦しみ……聞かんかぁ!!!」
ラルバの神託を無視して立ち去っていく信者。分厚い石の扉が断末魔のような音を軋ませ閉まっていくのが見えた。
「ラルバ。俺は神託の続き聞きたいぞ」
「え?ああ。みんな笑ってハッピーエンド」
「良い話だな」
ラルバはふてくされて胡座をかきながら上半身を前後に揺すり呻き声を漏らす。虚な怒りを宿した瞳は、まだ見ぬ大悪党を今か今かと待ち望んでいる。
「これからどうする?」
「んー……ひとまず奴らがどんな悪さをしてるかもわからんし、寝る」
ごろんと横になったラルバは腕を枕にして目を瞑る。
「あ、あんたら……外の人かい?」
どこからか聞こえた声に、ラルバが寝ながら返事を返す。
「外?まあこの国の外だな。そういうお前は中の人か?」
声の主は安心したように息を漏らし、少し期待を込めたような興奮気味の声で早口に話す。
「おっ俺の名はバーレン!娘がいるんだ、外の国に!頼むアンタらに頼みがあるっ!俺はあの子になんもしてやれなかった……娘の名前はウォレン!白い巻き毛のいい子なんだ!手紙を何通も送ったが何も帰ってこなかった!不安で仕方がないんだぁ……あの子は格好つけるのが好きだったから自分の好きなことだけをしたいって子だから……だからアンタらに頼みが」
「やかましいな」
徐々にヒートアップして捲し立てるバーレンを遮り、ラルバが冷たく言葉を突き刺す。
「頼みがあるなら交換条件だ。ここの、笑顔による文明保安教会の悪事を教えろ。簡潔明瞭に」
「あっ……ああ何でもするさ……!何でも言うさ!この国は狂ってる!国民全員が“先導の審神者“の言うことを信じて……いや、従わされて顔に笑顔を貼り付けてる!笑顔でいないとダメなんだ……!災いを呼ぶ”忌面“だと……!子供でも5歳になったらみんな言われる!あんたらもこの国に来て思ったろう!信者はみんな異常だあんなのを信じて!俺はウォレンが心配で心配でもう笑ってられなかった……!笑ってないのが先導の審神者に見つかったぁ……!巻き添えを恐れて誰も助けてくれやしなかった!今ウォレンが家に帰ったらきっと悲しんで到底笑顔になんて」
「もういい。静かにしろ」
興奮して話すバーレンを制止し、鬱陶しそうにため息を漏らす。
「一問一答だ。 先導の審神者ってのはなんだ」
「こっこの国の王だ……」
「見た目は」
「…………わからん。見たことないんだ」
「忌面ってのは」
「笑顔以外の顔……笑顔じゃないとこの塔に閉じ込められる……」
「閉じ込められるとどうなる」
「……わからない。みんな帰ってきても笑顔で「なんでもない」って言うだけだ……」
「結構。この話は終わりだ」
そう吐き捨てると、再びラルバは目を閉じて眠りについた。
「たっ頼む……!娘を……!ウォレンは今どこで……!」
眉間にグッとシワを寄せたラルバを、ラデックが肩に手を置き抑える。
「バーレン。俺の名はラデック。もう1人はラルバ。そのウォレンという子に会えるかはわからんが、もし会えたらこの国へ帰るよう伝える」
「こっこの国はダメだ!あの子が元気にしてればそれでいい!」
「いや、この国は恐らくもうじき良くなる。多分。俺たちが無事に出国できるなら平気だ」
理解不能な説明にバーレンは言葉に迷ったが、それ以上何も喋ることはできなかった。
~豪奢なホテル~
少しだけ、と言葉を残して去っていった2人の遅い帰りに、残されたバリアは1人布団の中で薄目を開けて疑問に思っていた。
「………………ラプー?」
「んあ」
どこからともなくラプーがバリアの目の前に姿を表す。
「ラルバ達どこ行ったのかな」
「捕まって投獄されてるだ」
「…………あちゃぁ」
小さく呻きながら再び毛布を被り蠢くバリア。数分経つと再び毛布から顔を覗かせ、ラプーを見つめる。
「助けに行ったほうがいいのかな……………………行こ、ラプー」
「んあ」
まだぼんやりとした目を擦り小さく欠伸をするバリア。ベッドから這い出て立ち上がり、大きく背伸びをする。
「うん……なるべく誰にも見つかりたくない。できる?」
「出来るだよ」
ポテポテと歩き出したラプーの後ろをゆっくりとついていく。途中ラプーは急に方向転換したかと思えば、来た道を真っ直ぐ戻ったり個室に入ったり出たりと奇妙な案内をした。最初は考えなしに歩いていたバリアも、流石に不審に思いラプーに尋ねた。
「何してるの?」
「撒いてるだ」
理解不能な一問一答にバリアは首を捻り沈黙する。暫く歩いていると、後ろの方から大勢の足音と金属のぶつかる音が聞こえてきた。バリアがラプーと一緒に身を隠しながら待っていると、甲冑を着た衛兵が10人ほどホテルの奥に向かって走っていった。
「もう少し待ってたら私たちも捕まってたのかな」
「んあ」
「……捕まった方が早かったなぁ」
残念そうに愚痴を零すと、再びホテルの入り口へ向かって歩き出す。そしてラプーは何故だかポケットから財布を取り出して、廊下の端にあった目薬と耳かきの自動販売機で買い物を始めた。
「何してるの?」
「開けるだ」
「開ける?」
「扉」
ラプーがお金を入れて数個の商品を買うと、ゴゥンと重い金属音を響かせて自動販売機が回転扉のように回り、石造りの下り階段が現れた。
「……ここが牢屋に続いてるの?」
「んだ」
迷いなく暗く湿った階段を降りていくラプー。バリアは一瞬足を踏み出すのを躊躇った。僅かな風の反響音に混じって、大勢の笑い声と叫び声が聞こえたような気がした。
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